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本編

第3話 友人の手がかり

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 結局、フランという人造人間には会えずじまいだった。綾音の終電が出てしまう。

「昼に来ても良いから。ワンナイトって言ってもいつでも来る奴は来るしな」

 と言うシンスの言葉に見送られて、彼女は広場を後にする。

 帰宅してから、綾音は人造人間の製造企業のウェブサイトを開いた。お問い合わせフォームをクリックし、「ワンナイト広場」にいる人造人間たちを早急に回収してほしいと頼んだ。人捜しをして尋ねたところ、大変に親切にしてもらった。どうやら不埒な輩もいるらしい、と言うことも書き添え送信する。人造人間を製造している、と公言している企業は数社あるため、同じ文章ではあったが、全ての会社のお問い合わせフォームから送信した。

 寝支度を調えてベッドに入る。シンスの、あのクリームイエローの瞳に見つめられた時のときめきにも似た興奮は心のどこかに引っかかり続けた。

 だから、なのだろうか。夢の中で綾音はシンスに抱かれていた。足を開いて彼を受け入れ、自分の首筋に顔を埋める彼の背をかき抱き、腰を振って喘ぐ。

「シンス……っ! もっと……!」
「良いよ……綾音のして欲しいこと、全部してあげる……」

 甘く囁かれて嬉しくなってしまう。激しくなる律動に、綾音は甘い声を上げて溺れた。酷いことをされるかもしれない、意に沿わないことを強制されるかもしれない、と言う不安とは無縁で快楽に浸れる。

 だって、人造人間は人が嫌がることをしないから……。


 と言う夢を見てから数日後の休日、綾音は再び、ワンナイト広場を訪れていた。昼に来ても良い、と言うシンスの助言に従って、午前中から家を出ている。

「あの、すみません。ビオさん、でしたよね」
「あ、この前の。シンスに会いに来たの? シンス、ちょうど今部屋入ってるんだよね」

 部屋に入っている。それは、この前のやりとりから察するに、求めてきた女性と性行為の真っ最中と言う事で……。

 心臓がきゅっとなるような感覚に見舞われる。

(どうして……そりゃ確かにそう言う夢は見た……けど、この前初めて会って、助けてもらって、有紗のこと聞いただけなんだし……)
「えーっと……フランさんから友達のこと聞きたくて……」

 そう、だから、シンスに会う必要はないのだ。

「フラン、ちょっと待ってて。フランー、話したいって人がいるんだけどー」

 ビオがそう言いながら中心ホテルの中に入っていく。後を追って覗き込むと、どうやら待機しているらしい人造人間たちがロビーで所在なさげにしていた。どうやら、ここで相手を見繕って部屋に入る、と言うシステムらしい。しかし男性の人造人間が多い。女性型は少ないようだ。

「こんにちは。私がフランですが……お話とは?」

 やがて、ビオに連れられて、真紅の髪をした青年がやってきた。目の色は、シンスとは雰囲気の異なる鮮烈な黄色。元気でやんちゃそうな見た目だが、その印象を裏切るような丁寧な態度だった。

「久山綾音と言います。実は……」

 また事情を説明して、有紗の写真を見せる。彼は有紗を覚えていた。

「ええ、お目に掛かりました。詳しいことは、その、個人情報というか、個人の尊厳に関わるので申し上げられませんが……」
「え、ええ……それはもちろん……」

 友達のセックスライフなんて知りたくもなかった。知るべきでもないだろう。

「ただ、それ以来連絡が取れなくて……何か、手がかりになることを言ってませんでしたか?」
「だいぶお疲れの様でして、すぐにお休みになりましたから……ただ、そうですね……」

 彼は何かを思い出すように宙を睨む。

「『フランのおかげで、こんな人生馬鹿馬鹿しいって気づけたよ』と」

 なんだか不穏な言葉だ……ブラック労働の馬鹿らしさに気づけた、と言うことならそれは良いことなのだが、それから綾音に連絡もしてこないとは……ワンナイト広場に難色を示した手前報告しづらかったのかもしれないが。

「ただ、その後具体的にどうされるかまでは仰いませんでした」
「そう、ですか……あの、もし彼女がまた来たら、久山綾音が心配していたと伝えてもらえませんか?」
「お約束はできかねますが、もしチャンスがあれば」
「ボクも気をつけて見ておきますね」

 フランとビオは快く頷いてくれた。

 部屋から二人組が出てきた。見たことのない男性型人造人間と、恐らく彼を求めた女性。女性の方はどこか晴れやかな表情だ。きっと、あの部屋の中で……満足したのだろう。そう考えた瞬間、下腹部に疼きを感じて、ちらりとビオを見た。ビオは視線に気付いてこちらを見た。慌てて目を逸らす。でも、夢の中でシンスに抱かれた時の、安心して快楽に溺れた開放感が脳裏に蘇った。

 したい。ここの誰かと。

 そんな欲望がこみ上げてくる。

 けれど、綾音の中には社会的な抵抗がまだ残っていた。シンスがここにいたら、もしかしたら誘ってしまっていたかもしれないのは否定しないが、やはり、ワンナイトというもの自体にまだ抵抗がある。

「とにかく、有紗のことはよろしくお願いします」

 そう言って頭を下げて、彼女はホテルを出て行った。

(あれ?)

 綾音は、先ほどの女性を見送った人造人間が、そのままホテルの中ではなく、人のいない方へ歩いて行くのを見た。その方角には、先日綾音が連れ込まれた廃屋がある筈だ。あの時の恐怖と不快感がまざまざと思い起こされる。

「ねえ、ビオさん」

 彼女はホテルの中に戻って、ビオの腕を引っ張った。

「どうしたの。ご指名?」
「そうじゃなくて……あの彼なんだけど、見回りなのかな?」
「え?」

 ビオは目を瞬かせて、その後ろ姿を見た。

「ああ、彼。ボクと同じメーカーなんだよね。いや、あの人、新入りだから、まだ見回りやらせてないんだけどー」
「え……?」
「ちょっとフランにも聞いてくる」

 ビオは踵を返す。

(管理したい人間たちはなんか知らないけど来た人間をああいう所に連れていって無理矢理しようとすんだよな。俺たちが気付いたから良かったけど。それから手の空いてる奴が見回りしてつまみ出してる)

 先日の、シンスの言葉が脳裏に蘇った。

(管理してやるって言うからお断りしたから仕返しか?)

 ……もしかして……人造人間のフリをした人間なのか?

 しかし、何らかの方法で人造人間かどうかの区別は付くのだろう。少なくとも人造人間同士はわかるはずで、それについてビオが言及しなかったと言うことは、あの彼は人造人間で間違いないはずだ。

 でも何かがおかしい。

 綾音は後を追った。
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