上 下
37 / 55

#35 ルートに入ると三択になる

しおりを挟む

「にーちゃん、顎、どうしただね」
「それが、よくおぼえてないんですよ。目が覚めたら痛くて……。ねぼけてぶつけちゃったのかなあ」
 アレクくんが顎を撫で撫で答える。気のいい冒険者のお兄さんは「あー、あるある」と笑って、薬草をねりこんだ湿布を作ってくれた。

(わたしのせいです。まことにすみません……!)

 アレクくんとお兄さんがなごやかに世間話するそば、わたしは一人いたたまれない思いで押し黙る。心臓さえ動いていれば、胴をぶちぬかれようが四肢がもげようが完璧に治してしまう治癒魔法のスペシャリストであるはずのアレクくんが、なぜ半日を経過してもなお顎を傷めたままなのか。

 それはわたしが頭突きした際、彼が舌を噛んでしまったことにある。ようするに舌の痛みが気になって集中できないそうです。「ソウナンダー」と白々しく相槌をうったわたしに、アレクくんははにかむように頭を掻いて見せた。
「もともと自分に向けて使うの、あんまり得意じゃないんだ。このくらいなら大丈夫だな、我慢できるなって思っちゃうからかも」
 それより、とアレクくんがわたしの頬に目を向けた。「ちょっとごめんね」と断って伸びた指が、肌に付着した水滴をはらうようなしぐさで頬に触れる。ドキリとした刹那、肌に残っていた違和感が消えたことにわたしは気づいた。

(ぶたれたときの)

 わたしなんかそんなことがあったことすら忘れてたのに、もしかしてずっと気にしてたんだろうか。そういえば(ねぼけながら)謝ってくれてたなと思って、「ありがとう」って言った。
 アレクくんはまなざしで笑んだだけだったけど、くすぐったそうな色合いがこちらにまで感染したかのようで、わたしはドキリとしてしまう。何気なく渡したけど実はそれめっちゃ悩んで何日もかけてあちこちお店回って選んだんですよみたいな。実はそんな経緯のプレゼントなんだけど本人の前ではさもなんでもないようにふるまってみましたみたいな! やったねスマートに渡してやったぜみたいな!!

「ン゛ン゛ッ!」

 うっかり令嬢らしからぬ声が出てしまった。アレクくんとお兄さんがびくっとこちらを見るのへ、曖昧に手を振って返す。
「にーちゃんらさあ、もしかして恋人?」
 早朝から降りだした雨は刻々と激しさを増していくばかりで、わたしとアレクくんは早々にこの洞窟に逃げ込んだ。そこへ飛びこんできたのがこの冒険者のお兄さんだった。めずらしい素材をテイラーに売って生計を立てているそうだ。

「相棒って感じじゃないし、兄妹にしてはよそよそしいし、そしたらあとは恋人かなって」
「ち、違いますよ! 俺と彼女は、全然、そういう関係じゃなくて」
「いいねえ、オレも恋人欲しいなあ」

 アレクくんが真っ赤になって否定するのへ、おにいさんが明るく笑う。笑いながら、反応をうかがうようにこちらを見た。こういう状況下で空気を悪くしても仕方がないのでハハ、とわたしも笑い返す。
(恋人かあ)
 ある意味間違ってはない。だって現実にアレクくんは攻略対象なわけだし。まあ、ほかに二人いますけどね。

(そっか、乙女ゲーなんだから最終的にはそうなるのか)

 クロスオーバーした世界でエンディングなんて存在するのかな? そもそもここ、本当にゲームの世界なのかな? って思ってきた。確かに好感度とかスキルレジストリとかオートセーブとかメタシステム要素はあるけど、だってアレクくんもコセムくんもラアルさまも、みんなそれぞれ感情や人生のある“人間”だ。ゲームの“キャラ”じゃない。
 わたしだって。

「雨、今日はこのままやまないかもしれないね」

 流れ落ちてくる雨水が幕を張って滝中にある洞窟のようになっている入り口を見、わたしは言う。突然天井が崩れたりはしないだろうか。落ち着かない気持ちで洞窟内を見回していたときだった。
「ひあああああああっ」
 ひときわ大きな雷鳴がとどろいて、わたしは思わず伏せてしまった。光った、すごい光った。視界が真っ白になったよおおおお。

(腰、抜けた……)

 なのに雷は続いていて、わたしは小動物のごとく震えるばかりだ。ああ、何かにしがみつきたい。考えて、ラアルさまの美しいかんばせを思い出した。
(ラ、ラアルさま~~~~~)
 まあ、おねえさまったら。やさしく笑いながらラアルさまが、膝にしがみつくわたしの髪をよしよししてくれるの。
(ラアルさまに会いたい……聖女さま美少女さま……いったいどこにいるの……?)
 ちなみにあの後アレクくんとも探してみたけど、結局コセムくんやラアルさま、ユグノくんを見つけることはできなかった。

「……ジ、ジアンナさん」
「ア、……アレクくん……」

 うるさくしてごめんって言いたいのに、震えて言葉が続かない。情けない。化身の雷は平気だったのに涙まで出てきた。
「……」
 ごく、とアレクくんの喉が動く。大舞台に臨むような緊張した面前に、そして例のフレームが出現した。

 ▽怖いから雨が止むまでくっついてもいいかな?
 ▽こ、こんなの全然へっちゃらだよ!
 ▽ラアルさまたち、大丈夫かな

 間違えればバッドエンドになる乙女ゲーだ。初めて出現した三択についてもふれたいし、慎重に一個ずつ検証していきたい。いきたいけど、雷が気になってそれどころじゃない。
(もうおうち帰りたい)
 これ選んだら雷イベント終わる? わたしは藁にもすがるような思いで二番目にカーソルをあてた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました! でもそこはすでに断罪後の世界でした

ひなクラゲ
恋愛
 突然ですが私は転生者…  ここは乙女ゲームの世界  そして私は悪役令嬢でした…  出来ればこんな時に思い出したくなかった  だってここは全てが終わった世界…  悪役令嬢が断罪された後の世界なんですもの……

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

処理中です...