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#33 魔女の復活
しおりを挟む“悪役令嬢”。
『聖なる獣は聖暁の乙女を求める』というゲーム内において「ジアンナ・ゲイル」というキャラクターに振り分けられた役割である。わたしはその「ジアンナ・ゲイル」として十七年間を生きてきた。もしも前世を思いだす機会がなければおそらくゲームのシナリオ通りの結末を迎えていたことだろう。
ユグノくんの存在も忘れてわたしが目の前の少女に見入ったのは、彼女の口から出た単語のためだった。“悪役令嬢”。そう、たしかにそれは「ジアンナ・ゲイル」に割り振られた役割だ。そして彼女は主人公である。
けれど、なぜそれを花村祥子が知っているのか。
(まさか、花村祥子もわたしと同じように転生を?)
前世の自分に目覚めて、この世界が乙女ゲームであることに気づいた?
「『うふふ、どうかしらね?』」
わたしの表情を読んだように花村祥子が小首をかしげて見せる。清楚な印象があった分、百戦錬磨の毒婦を思わせる笑い方に、すこしどきりとしてしまった。会ったときと同じ制服姿なのに、まるで別人のようだ。
「……おろして」
そんなに距離を走ったわけじゃないのに、秒ごとに地形を変形させている化身たちの攻撃は、ここまで届かない。届かないというよりは、わたしたちの立っている場所自体がそこから切り離されているかのようだった。
ユグノくんにおろしてもらい、わたしは自分の足で立つ。どうしてここにという質問は、化身たちが彼女を守りにやってこない時点で棄却した。
「近づいちゃあいかん、ジアンナさん! こいつは――」
大刀をかまえたユグノくんが叫ぶのへ、花村祥子が不快そうに眉を寄せた。
「『女の子同士のおしゃべりに口を挟むなんて、無粋な男ね』」
「ユグノくん!?」
なんと花村祥子が指をさした途端、ユグノくんとコセムくんの姿が消えてしまった。いったい二人はどこへ行ってしまったのか。警戒するわたしに、花村祥子がくすくすと笑いながら片手を振る。
「『そんなに警戒しなくたってすぐに帰るわよ。わたしの用事は、これだけ』」
「!?」
まるでそばの収納から物をとるような所作で、花村祥子が腕を伸ばした。黒く妖しげなな燐光をまとったその手がそのまま、水中にしずむようにわたしの胸元へと消える。
瞬間、まるで心臓を直接つかまれたような激痛がわたしを襲った。
「っあああああああ!」
「『手に入れたぞ』」
わたしから手を引き抜いた花村祥子が歓喜に満ちた声で言う。
「『手に入れた……! ようやく、手に入れてやったぞ、パンディオめ!』」
刹那、ざあああ、と空が真っ暗になった。赤く光が爆発したかと思うと、アンディ、それからディエゴの人間としての体の輪郭が大幅に奇形して、それから何倍もの大きさに変わる。
「『さあ、勇者どもよ!』」
花村祥子が指揮者のように両腕を広げるといっせいに闇が空を覆いはじめた。それと一緒に細かな光のようなものが散っていくのをわたしは見る。
花村祥子がわたしを指さして言った。
「『聖人たちを殺し、世の破滅をもたらす “静暁の魔女”はここにいるぞ! 勇者たちよ、いまこそ静暁の魔女を討ち取り、世界を救ってみせよ!』」
「!?」
はじめは花村祥子が何を言っているのか意味がよくわからなかった。だけどこちらへやってくるアレクくんたちの姿が見えて、わたしはようやく事態を理解する。叫ぶ。
「違う、わたしは“静暁の魔女”なんかじゃ――」
「ジアンナさん!」
ハッとした。
アレクくんは『勇者』だ。
ずっと怯えていた。アレクくんに成敗されてしまうんじゃないかって。いやだ。怖い。わたしはその瞬間をこばむようにかぶりを振ったけれど、アレクくんはわたしの知っているアレクくんの眼をしていた。
「逃げるよ!」
ユグノくんがコセムくんとラアルさまを抱え、アレクくんがわたしに向かって手を伸ばす。この場からいったいどうやって、どこに逃げるというのか。おぼれている人のような気持ちで考えたけれど、気づけばしっかりとその手をとっていた。アレクくんと目が合う。
アレクくんがうなずいて、ユグノくんが何かの呪文を詠唱した。そしてわたしたちは、その場から離脱したのだった。
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