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#27 レッツ・スキンシップ

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 ラアルさまに描いてもらった図によると、第一番から第五番までの聖都が置かれている五つの国土は地続きになっていて、鳥瞰ちょうかんすると五角形のような形をしているそうだ。国と国を行き来する基本的な手段のうち最も早いのは船で、次に馬、徒歩の順になっている。

 アレクくんの目算では、今いる町から第四番聖都まで徒歩で行くとどんなに急いでも十日以上かかるという。第四番聖都はウフタ・サボエイジ中部やや北寄りに位置しているからだ。
 できるだけ急いで、できれば化身サイドより先に第四番聖都に着きたいわたしたちは、そこで船を選択した。直通ではないにしろ、五日近くショートカットすることができる。この差は大きい。

 船といっても人工的に造られた水路、つまり運河である。五か国間を一周できるコース設計がされていて、荷物や人を運搬する船が定期的に行き来してるんだって。
「船賃も組合で統一してるから、いわゆるぼったくりにも遭いづらいんだよ」
 アレクくんが教えてくれる隣で、ラアルさまがうっとりと言った。

「ウフタ・サボエイジは酪農がさかんな国です。ゆえにチーズやミルクをたっぷり使ったケーキやタルトが食べられています。なかでも絶品なのは三種のチーズを使ったタルトで、ウフタ・サボエイジに来たら必ず食べるべしとまで言われているとか」
 河風が気持ちいい。船に乗るのが初めてというラアルさまは手すりから身を乗り出すようにして船の足もとをのぞきこんだり、景色にはしゃいだりしている。かわいい。

 さて、とわたしはアレクくんに目を定めた。あちこち観察してまわっているラアルさまとは対照的に、ぼんやりと景色を眺めている。
(ラアルさまとアレクくんの好感度、ほとんど同じだったよね)
 お気づきだったでしょうか。アレクくんが88でラアルさまが80だった。選択肢で好感度を上げていくシステムだとして、明らかに二人の数字差がおかしい。気になるのは宿屋で見たラアルさまの花エフェクトだけど、たぶんほかに何か好感度を上げるための方法があるんだと思う。

(ラアルさまにしてアレクくんにしてないことってなんだろう)

 わたしはアレクくんの隣に立って、彼と同じように手すりに体重をかけてみた。じっとその横顔を見ていると、気づいたらしいアレクくんがこちらを見る。どうしたの、と視線で問われて、わたしはとりあえず「元気?」と返してみた。
「……少し、考えごとをしてただけだよ」
 コセムくんのことかな、と思ったけど、昨日の今日だ。さすがにわたしは躊躇する。けど、顔に出たようで、アレクくんがくすっと笑った。

「同じ村の出身なんだ。幼なじみっていうのかな。子どものころから、すごい奴だったんだよ。俺なんかより、ずっと」
「……」

 何か励ます言葉を彼に言おうとして、けれどわたしは最終的に口をつぐむ。そんなことないよとテンプレ通りに吐くことは簡単だった。どんな体験や気持ちからその言葉がでてきたのか、何がつらいのか、根底を理解する必要なんかない。
 落ち込んでたら「頑張れ」、自虐には「そんなことないよ」。社交場の定型句みたいなものだ。むしろそう言わないとあいつは思いやりのないやつみたいに思われることさえある。
 だけど、アレクくんにはそうしたくなかった。かわりにわたしは昨日の夜にしたみたいに、アレクくんの手に自分の手を重ねた。驚く彼に、黙って首を横に振って見せる。

「ていっ」

 だしぬけに、わたしは空いている手でアレクくんの胸元に拳をうちこんだ。もちろん軽くである。それでもまだ途方に暮れたような顔をしているので、今度は両脇に腕をつっこんでくすぐった。
「ジ、ジアンナさんっ!?」
 ようやく解放されたアレクくんが這うようにしてわたしから距離をとる。目に涙を浮かべ、貞操を必死に守ろうとする乙女のように両手で脇をガードする彼に、正直ちょっとムラッときた。

 けど、目的は彼とじゃれることではない。あらためるようにアレクくんを見、わたしはうむ、とうなずく。
 いつものアレクくんだ。戻ってきたラアルさまがいったい何があったのかとアレクくんにたずね、アレクくんが涙声で被害状況をうったえる。わたしもついに奇行の真意を説明しなかったので、船が到着するまでアレクくんのわたしに対する警戒は解けなかった。(でも好感度はなぜか上がってた)



        *



 というわけで、タッチである。そう、ラアルさまにしていてアレクくんにしていないこと。身体的接触、すなわちスキンシップだ。
(そういえばラアルさまにはずっとべたべたしてたもんなー)
 理屈がわかったのでさっそく実行に移したいところだったけれど悲しいかな、船でのことがよっぽどびっくりしたみたいで、船を降りて徒歩になっても、わたしが近づこうとするとアレクくんがさりげなく距離をとるみたいなパターンが続いた。

 もうすこし好感度についてデータが欲しかったけど痴女になりたいわけでもない。あるいは魔法のときみたいにアレクくんに同意を得るか。その場合はだけど、好感度まわりのことも説明しなきゃいけなくなってしまうし、わたし自身もまだ確信があるわけじゃない。アレクくんの信頼が回復するまではしかたがない、しばらく中断だ。

「おねえさまは、アレクさんを元気づけようとなさっているのでしょう?」

 船を降りた町で購入した地図によると第四番聖都に着くまでにはいくつか村が点在していた。今日はそこまで距離が届かないので野宿という流れになる。
 アレクくんが水を汲みに出てしばらく、ラアルさまが耳打ちするように言った。

「たしかに、どこか気落ちしているように見えました。心ここにあらずというか。わたくしも気になっていたのですが、おねえさまの気持ちはアレクさんにもきっと伝わっていると思います」

 それにしても、とラアルさまが首をかしげる。アレクくんが入っていった繁みの方へ目をやった。
「少し、……遅いですね」
 アレクくんが立って結構経つ。水源の場所はキャンプの前に一度確認してあるし、まさか迷子ってことはないはずだけど、何かあったんだろうか。わたしもラアルさまに倣って腰を上げた時だった。繁みがガサガサと揺れて見知らぬ男たちが姿を現した。

「ウヒョー、女だ! それも上玉」

 全部で七人だからちょっと多い。冒険者というよりは賊といった野卑な風体のそれらが、ごちそうでも見つけたみたいに歓声を上げる。ぞろぞろとわたしたちを囲うように位置どるのへ、ラアルさまがのんびりと言った。
「火が消えていると、アレクさんが戸惑うでしょう。おねえさまは、火を」
「わかった」

 それからはあっという間だった。瞬殺だった。ラアルさまが強すぎるのか賊側が弱すぎるのか判断がつかないくらいの瞬殺っぷりだった。
「ジアンナさん、ラアルさんっ!」
 アレクくんが戻ってきたのは最後の一人が沈黙したあとのことだった。いそいで戻ってきてくれたのだろう、呼吸がひどく乱れている。ラアルさまが心配した通り賊はアレクくんも襲ったようで、アレクくんは剣を手に持っていた。
 そのまま、彼は周囲に伸びている男たちを見回す。

「これは……?」
「僭越ながら、わたくしが。そちらは大丈夫でしたか?」
「ああ、こっちは、数が少なかったから――」

 言いながら、アレクくんがわたしを見た。心配してくれたのだろうと解釈してわたしがうなずいて返すと、けれど、アレクくんはなぜか目をそらす。ちょうど椅子取りゲームにおいて椅子に座り損ねた人がするようなしぐさだったけれど、それを追いかけて問うことはまだ踏み込みが過ぎる気がして、わたしは気づかなかったふりをした。船でのこともある。

 急イテハ事ヲ仕損ジル。まさに急いて仕損じたわけだ。こういうとき、“何者でもない”関係性っていうのは脆いものだと思うよね。踏み込むための理由がないというか、一回ぎくしゃくしちゃうと回復が難しいというか。
 てっきりバッドエンド誘導な選択肢が来るかと思いきやないし。選択肢が出ると動かざるをえないから、こういうときほど心理的には助かるんだなって思いました。

 タイミングを失したことで余計に声をかけづらくなってしまった。アレクくんもアレクくんで表面上はいつも通りだしいよいよ隙がない。そのまま就寝の時間になってしまった。
 無理やり閉じたまぶたの裏に、アレクくんの置いて行かれた人のような表情がいつまでも残った。
 


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