29 / 55
#27 レッツ・スキンシップ
しおりを挟むラアルさまに描いてもらった図によると、第一番から第五番までの聖都が置かれている五つの国土は地続きになっていて、鳥瞰すると五角形のような形をしているそうだ。国と国を行き来する基本的な手段のうち最も早いのは船で、次に馬、徒歩の順になっている。
アレクくんの目算では、今いる町から第四番聖都まで徒歩で行くとどんなに急いでも十日以上かかるという。第四番聖都はウフタ・サボエイジ中部やや北寄りに位置しているからだ。
できるだけ急いで、できれば化身サイドより先に第四番聖都に着きたいわたしたちは、そこで船を選択した。直通ではないにしろ、五日近くショートカットすることができる。この差は大きい。
船といっても人工的に造られた水路、つまり運河である。五か国間を一周できるコース設計がされていて、荷物や人を運搬する船が定期的に行き来してるんだって。
「船賃も組合で統一してるから、いわゆるぼったくりにも遭いづらいんだよ」
アレクくんが教えてくれる隣で、ラアルさまがうっとりと言った。
「ウフタ・サボエイジは酪農がさかんな国です。ゆえにチーズやミルクをたっぷり使ったケーキやタルトが食べられています。なかでも絶品なのは三種のチーズを使ったタルトで、ウフタ・サボエイジに来たら必ず食べるべしとまで言われているとか」
河風が気持ちいい。船に乗るのが初めてというラアルさまは手すりから身を乗り出すようにして船の足もとをのぞきこんだり、景色にはしゃいだりしている。かわいい。
さて、とわたしはアレクくんに目を定めた。あちこち観察してまわっているラアルさまとは対照的に、ぼんやりと景色を眺めている。
(ラアルさまとアレクくんの好感度、ほとんど同じだったよね)
お気づきだったでしょうか。アレクくんが88でラアルさまが80だった。選択肢で好感度を上げていくシステムだとして、明らかに二人の数字差がおかしい。気になるのは宿屋で見たラアルさまの花エフェクトだけど、たぶんほかに何か好感度を上げるための方法があるんだと思う。
(ラアルさまにしてアレクくんにしてないことってなんだろう)
わたしはアレクくんの隣に立って、彼と同じように手すりに体重をかけてみた。じっとその横顔を見ていると、気づいたらしいアレクくんがこちらを見る。どうしたの、と視線で問われて、わたしはとりあえず「元気?」と返してみた。
「……少し、考えごとをしてただけだよ」
コセムくんのことかな、と思ったけど、昨日の今日だ。さすがにわたしは躊躇する。けど、顔に出たようで、アレクくんがくすっと笑った。
「同じ村の出身なんだ。幼なじみっていうのかな。子どものころから、すごい奴だったんだよ。俺なんかより、ずっと」
「……」
何か励ます言葉を彼に言おうとして、けれどわたしは最終的に口をつぐむ。そんなことないよとテンプレ通りに吐くことは簡単だった。どんな体験や気持ちからその言葉がでてきたのか、何がつらいのか、根底を理解する必要なんかない。
落ち込んでたら「頑張れ」、自虐には「そんなことないよ」。社交場の定型句みたいなものだ。むしろそう言わないとあいつは思いやりのないやつみたいに思われることさえある。
だけど、アレクくんにはそうしたくなかった。かわりにわたしは昨日の夜にしたみたいに、アレクくんの手に自分の手を重ねた。驚く彼に、黙って首を横に振って見せる。
「ていっ」
だしぬけに、わたしは空いている手でアレクくんの胸元に拳をうちこんだ。もちろん軽くである。それでもまだ途方に暮れたような顔をしているので、今度は両脇に腕をつっこんでくすぐった。
「ジ、ジアンナさんっ!?」
ようやく解放されたアレクくんが這うようにしてわたしから距離をとる。目に涙を浮かべ、貞操を必死に守ろうとする乙女のように両手で脇をガードする彼に、正直ちょっとムラッときた。
けど、目的は彼とじゃれることではない。あらためるようにアレクくんを見、わたしはうむ、とうなずく。
いつものアレクくんだ。戻ってきたラアルさまがいったい何があったのかとアレクくんにたずね、アレクくんが涙声で被害状況をうったえる。わたしもついに奇行の真意を説明しなかったので、船が到着するまでアレクくんのわたしに対する警戒は解けなかった。(でも好感度はなぜか上がってた)
*
というわけで、タッチである。そう、ラアルさまにしていてアレクくんにしていないこと。身体的接触、すなわちスキンシップだ。
(そういえばラアルさまにはずっとべたべたしてたもんなー)
理屈がわかったのでさっそく実行に移したいところだったけれど悲しいかな、船でのことがよっぽどびっくりしたみたいで、船を降りて徒歩になっても、わたしが近づこうとするとアレクくんがさりげなく距離をとるみたいなパターンが続いた。
もうすこし好感度についてデータが欲しかったけど痴女になりたいわけでもない。あるいは魔法のときみたいにアレクくんに同意を得るか。その場合はだけど、好感度まわりのことも説明しなきゃいけなくなってしまうし、わたし自身もまだ確信があるわけじゃない。アレクくんの信頼が回復するまではしかたがない、しばらく中断だ。
「おねえさまは、アレクさんを元気づけようとなさっているのでしょう?」
船を降りた町で購入した地図によると第四番聖都に着くまでにはいくつか村が点在していた。今日はそこまで距離が届かないので野宿という流れになる。
アレクくんが水を汲みに出てしばらく、ラアルさまが耳打ちするように言った。
「たしかに、どこか気落ちしているように見えました。心ここにあらずというか。わたくしも気になっていたのですが、おねえさまの気持ちはアレクさんにもきっと伝わっていると思います」
それにしても、とラアルさまが首をかしげる。アレクくんが入っていった繁みの方へ目をやった。
「少し、……遅いですね」
アレクくんが立って結構経つ。水源の場所はキャンプの前に一度確認してあるし、まさか迷子ってことはないはずだけど、何かあったんだろうか。わたしもラアルさまに倣って腰を上げた時だった。繁みがガサガサと揺れて見知らぬ男たちが姿を現した。
「ウヒョー、女だ! それも上玉」
全部で七人だからちょっと多い。冒険者というよりは賊といった野卑な風体のそれらが、ごちそうでも見つけたみたいに歓声を上げる。ぞろぞろとわたしたちを囲うように位置どるのへ、ラアルさまがのんびりと言った。
「火が消えていると、アレクさんが戸惑うでしょう。おねえさまは、火を」
「わかった」
それからはあっという間だった。瞬殺だった。ラアルさまが強すぎるのか賊側が弱すぎるのか判断がつかないくらいの瞬殺っぷりだった。
「ジアンナさん、ラアルさんっ!」
アレクくんが戻ってきたのは最後の一人が沈黙したあとのことだった。いそいで戻ってきてくれたのだろう、呼吸がひどく乱れている。ラアルさまが心配した通り賊はアレクくんも襲ったようで、アレクくんは剣を手に持っていた。
そのまま、彼は周囲に伸びている男たちを見回す。
「これは……?」
「僭越ながら、わたくしが。そちらは大丈夫でしたか?」
「ああ、こっちは、数が少なかったから――」
言いながら、アレクくんがわたしを見た。心配してくれたのだろうと解釈してわたしがうなずいて返すと、けれど、アレクくんはなぜか目をそらす。ちょうど椅子取りゲームにおいて椅子に座り損ねた人がするようなしぐさだったけれど、それを追いかけて問うことはまだ踏み込みが過ぎる気がして、わたしは気づかなかったふりをした。船でのこともある。
急イテハ事ヲ仕損ジル。まさに急いて仕損じたわけだ。こういうとき、“何者でもない”関係性っていうのは脆いものだと思うよね。踏み込むための理由がないというか、一回ぎくしゃくしちゃうと回復が難しいというか。
てっきりバッドエンド誘導な選択肢が来るかと思いきやないし。選択肢が出ると動かざるをえないから、こういうときほど心理的には助かるんだなって思いました。
タイミングを失したことで余計に声をかけづらくなってしまった。アレクくんもアレクくんで表面上はいつも通りだしいよいよ隙がない。そのまま就寝の時間になってしまった。
無理やり閉じたまぶたの裏に、アレクくんの置いて行かれた人のような表情がいつまでも残った。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る
黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。
※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる