上 下
19 / 55

#17 好感度が上がるとだいたい正解

しおりを挟む






 そのときわたしたちは、パティスリー・イザヨイの呪文スイーツを手土産に聖女さまと約束した聖堂を訪れていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
 聖堂はひとびとと聖人さまがお話しをする神殿部分と奥の住居部分からなる建物で、わたしたちが案内されたのは住居部分にある一室だった。ここではヴェルニさま含む、聖堂で働くひとびとや聖人さまを守る騎士などが暮らしている。

「ラアルと双子の、ジャンです」

 わたしたちを迎え、ラアルさまと同じ銀髪黒目の男の子が名乗った。髪の色と揃えたような白銀のアーマーがなんとも神々しく、凛々しい。小柄に見えるのは単純に年齢のためだろう。ラアルさま同様、陶器のような肌にえりすぐったパーツを一分の隙もなく配置したようなまさに神の御業というべき美貌だった。

 曰く、ラアルさまは急用が入りかわりにジャンくんが挨拶に出向いたとのことだった。ラアルさまの喜んだ顔が見たかったわたしはちょっとだけがっかりしたけれど、ジャンくんに呪文スイーツを預けることにする。
「ラアルにかわって厚くお礼申し上げます。ラアルには悪いですが、あなたとお会いできてうれしいです、ジアンナさま」
 ぜひ一緒に食べていってほしい、とジャンくんが言った。もしかしてそのつもりで奥の方に招いてくれたのだろうか。ラアルさまと同じ濡れた黒曜石のようなひとみで見つめられ、わたしは頬に熱がのぼるのを感じる。

「あの」

 ジャンくんに名乗る以外無言だったアレクくんが咳払いをした。
「先にヴェルニさまにお会いしても?」
「もちろん」
 ジャンくんがにっこりと笑う。呪文スイーツを置いてくるとのことで、一度その場を離れた。しずかな回廊を風がそよそよと抜けていく。涼しく感じるのは建物が石造りだからなのかもしれない。青みを帯びた石灰質の壁だった。中庭が近いので、ときおり葉擦れの音が聞こえる。

「……ジアンナさんは」

 まもなく、アレクくんがぼそっと言った。
「ああいう顔が、好みなんですね……」
「顔?」

 顔とは。
 もしかしてジャンくんのことだろうか。問うように首をかしげて見せると、アレクくんがハッとしたようにかぶりを振る。
「な、なんでもないです」
 また敬語になってる。
(もしかして面食いに思われたのかな)
 それは困る。困るけど、ここで否定するのもなにかが違うような気がする。でも、かといって誤解されたままなのも嫌だ。

 ▽「それは違うよ、たしかにジャンくんの顔は好きだけど」と弁解する
 ▽「もちろん、綺麗なものはすきだよ」と肯定する

 思いあぐねるわたしをさらに惑わすかのように、選択肢が出現した。単純なYES・NOじゃなくて「弁解」と「肯定」なのがいやらしいところだ。
 わたしは「弁解」を選択する。消去法だ。「もちろん、綺麗なものはすきだよ」なんて素面で吐けるほどメンタル強くないもん。選択肢のセリフって自分で言わないといけないんだよ、CVキャストボイスつけてください。

 言うてちょっとこそばゆかったりもするよね。だって、たいてい少女漫画とかだとこういう場合、「好きな人」に誤解されたくないからじゃんね。
「その、だから、……えっと、……」
 そんなことを考えてしまったせいか、だんだん顔が熱くなってきてしまった。誤解されまいと言葉を重ねれば重ねるほどさらなる深みにはまるというか自縄自縛になるというか。

 「だからわたしを嫌いにならないで」をひたすら、形をかえてうったえ続ける。わたしはただ人間として彼に軽蔑されたくなかっただけなのに、まるで身の潔白を証明しようと恋人に「説明」を必死に重ねる彼氏みたいになっている。なんだこれ。
 そのうちにくすっと、アレクくんがふきだした。最終的に(恥ずかしさのあまり)その場にしゃがみこむことになったわたしと揃えるように自身もしゃがんで、大丈夫? と言う。わたしの方は大変だ。酸素、酸素が足りない。

「ち、違うから……」
「……」
「その、すばらしい芸術にうっとりするようなものであって、ジャンくんに一目ぼれしたとか、そういう甘酸っぱい話ではないので……」

 やっとそれだけを言うと、アレクくんが「うん」とうなずいた。うなずいたきり、黙ってしまう。空白のような「間」が気になって見てみると、アレクくんはなんとも表現しがたい顔をしていた。困ったような? 怒ったような? 笑うのを我慢しているかのような? 
 とにかく変な顔だ。その胸元でじわっと、金色のふわふわがサイダーの泡のように上昇していくのだった。

「……」

 何かをとりつくろうとするかのように、それからアレクくんが咳払いをする。戻ってきたジャンくんが「何かあったんですか?」と遠慮がちにたずねるくらいには、ちょっとおかしな感じの空気が流れていた。ほらね、だから言ったじゃんね、こそばゆいってさぁ!
「ジャンさま!」
 ぱたぱたと神殿の方から女の子が走ってきた。見とめ、わたしはふとこげくささを嗅ぎ取る。
「ジャンさま、大変です。街に、火が! 聖都が燃えています!」

 どこかで陶器が割れたような音がした。女の子は肩に怪我を負っていて、そのまま、わたしたちには目もくれず、ジャンくんにすがりつくように駆け寄る。
 それは敵襲のしらせだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

悪役令嬢はどうしてこうなったと唸る

黒木メイ
恋愛
私の婚約者は乙女ゲームの攻略対象でした。 ヒロインはどうやら、逆ハー狙いのよう。 でも、キースの初めての初恋と友情を邪魔する気もない。 キースが幸せになるならと思ってさっさと婚約破棄して退場したのに……どうしてこうなったのかしら。 ※同様の内容をカクヨムやなろうでも掲載しています。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

処理中です...