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#間章 勇者の葛藤
しおりを挟む「ジ、ジアンナさあん」
我ながら情けない声が出てしまう。第五番聖都まで行くことになって、野宿を挟むことになったのはよかった。いや、よくなかった。
ジアンナさんは女の子なのだ。異性の経験値自体が少なすぎて、俺はすっかり考えが抜けていた。
水浴びだ。
ふりかえればすぐのところで、ジアンナさんが水浴びをしているのだった。ちなみに俺は見張り。それはいい、うん。道から外れてる森の中とはいえ、いつだれが来るともしれないからね。いいんだ、それは、もちろん。
きれい好きなのもいいと思う。清潔さを保つのは病気の予防にも有効だと言う。俺だってジアンナさんに臭いって思われたくないし、一人でいたときよりとっても気を遣ってますよ。成功しているかはともかく。
だけど、忘れてませんか。
「お、俺も、お、男、なんですけどぉ……」
「アレクくん、また敬語になってる」
ジアンナさんが笑った。
ああ、首をすこし動かすだけでジアンナさんの服を着ていてもわかるカラダの黄金比が、そ、それもありのままの状態でこの目に収めることができる!
ゴク、と喉が鳴った。まずは両目を覆っていた手のひらを少しずつおろしていって、高鳴る鼓動を胸に、俺は深く呼吸をする。
ああ、いけない、こんなのだめだ俺「勇者」なのに。思いながらも、ついに俺は己との戦いに敗れてしまう。勇者は勇者だけどそのまえに若さを持て余している一人の人間なんだああああ(絶叫)
「って、うわっ!?」
ひたりと後ろから、濡れた手のひらが俺の頬を包んだ。川の水でじゅうぶんに冷やされたそれに驚いて、俺は動物のように飛び跳ねる。
「見るなら、とっくに見てるでしょ」
ジアンナさんだった。ああそんな、いけない! と思うけれど、ジアンナさんはきちんと服を着ていたし露出されているのはすらりと長くかたちのいい脚や腕といった部位だった。ジアンナさんがまた笑う。
「さすがに外で裸にはなれないよー」
「ですよね」
一人で盛り上がってしまってむしろ俺の方がすみません、妄想とても楽しかったです。恥じ入る俺の頭上、それより、とジアンナさんが困ったように続ける。
「アレクくん、敬語。アレクくんの方が年上なんだから」
「あ、はい。うん……」
ジアンナさんが十七で、俺が十九。でも身分で言えばジアンナさんは貴族なわけで、この場合年齢差は関係ないというのが俺の感覚なんだけど、ジアンナさんは違うらしい。
不思議なひとだなと思う。あの魔力とか。
凡庸な俺でもわかるくらい巨大で密度の高い魔力だった。突然体の自由が利かなくなったのに、けれど、ちっともこわくなかったのを覚えてる。びっくりはしたけど。俺を支配する魔力がとてもあたたかかったからだ。
(彼女はいったい、どこから来たんだろう)
なぜあの人はジアンナさんを殺そうとしたのか。彼女はいったい何から逃げてきて、何におびえているのか。夢にうなされるほどの怖い思いを、いったいどこでしたのだろう。
こんなとき、俺がもっとちゃんとした「勇者」だったならと思った。肩書だけじゃない、ちゃんと実力の伴った「勇者」。そうしたら、彼女の力になれたのかな。かかえている全部を、彼女は俺にうちあけてくれたのかな。
(ばかだな、俺)
ジアンナさんは頼ってくれた。力を貸してほしいって、こんな俺に言ってくれた。ただ聖人さまに予言されたっていうだけの凡人の俺に。
それが、どれだけうれしかったか。
きっとジアンナさんは知らない。
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