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#4 聞いちゃった!
しおりを挟むつきあいをおろそかにすると思わぬ敵を作るというロコの忠告を聞き入れたわけではないけれど、その後私は稽古の合間に意識的に交流を試みている。意外なことに子供時代のロコは一日中ベッドから離れられないような病気がちの子供であったらしい。
私はロコの熊のような容貌を思い浮かべながら首を横に振った。
「まさか。さもなくば魔王と契約でもしたんですか?」
「魔王? まあ、先生がそう言いたくなるのもわかりますがね。あいつの体があんなふうにでかくなったのは、前侯爵様たちが亡くなってからです」
「!」
はじめは傭兵たち同様私を下に見ていた彼らも、今では私を「先生」と呼び対等な仲間として扱ってくれる。特にロコと敵対する者ではないと認めると、彼らは驚くほど友好的だった。
「ロコの目の前で殺されたんでさあ」
「ガキだったけどよく覚えてるよ。あの戦いは本当に悲惨だった……」
当時を振り返るように男たちがぼんやりと空を仰ぐ。鳥たちがじゃれあいながらさえずるそこに、私は土埃と立ち上る煙のために濁った空を見るような思いになる。
結果としてシュトライテンの人々はカラドアナ兵を追い払うことに成功したものの、支払った代償はあまりにも多すぎたし、また大きすぎた。人々はシィル王家に激しく失望し、王都へ乗り込んでの抗議を声高に叫んだけれど、ロコがこれをかたく拒んだために成らなかったそうだ。
これ以上何も失いたくない。震えながら吐いたロコの言葉に、誰もそれ以上いうことができなかったのだと彼らは語った。
「それからだよ、表向きは俺らを励まして復興に尽くしながら、あいつがまるで自分を責めるみたいに自分の体いじめはじめたのは」
「見てられなかったよなあ。あいつだってまだ助けが必要なガキだったはずなのに、必死にあちこち助けて回って」
それから20年。
けれどシュトライテンは再び戦火の道を選び取ろうとしている。両親を戦で失い、シィル王家への怒りよりもこれ以上の犠牲が出ることを恐れたロコ自身が総大将として。
わからない。
なかなかやってこない眠気に膝を抱えながら、私は顔を伏せる。領主の館に集まっている傭兵は現在200名以上、まさか全部を館内で扱うわけにはいかないので、かつての兵舎があてがわれている。
シュトライテン領は古くより優秀な騎士や剣士を多く輩出する土地柄で、レミルの父エリックもその一人だ。いつどこで戦闘の始まるとも知れない緊張感がそうさせたのだろうと思う。領主は代々文武にすぐれ、志を持つ若者たちの育成に力を注いでいた。
ところが『リーエルの悲劇』によってほとんどが失われてしまい、このようになっている次第である。同じ志を持つ者たちと日々高めあい大事に使っていただろう場所の変わり果てた姿を見たらきっとエリックは悲しむだろうなと、日々カードゲームに興じ乱闘し、酔っ払いのだらしなく転がったそこを見るにつけ私は思う。
閉口していた周囲のいびきもあかあかと燃えるたいまつの明るさにも慣れたと思っていたけれど、私はあきらめて兵舎を出た。
(わからないといえば私が城から逃げ出すにいたった暗殺もそうだけど……)
殺すほど邪魔だったのなら、なぜ祖母の死と同時に私を始末しなかったのだろう。兵舎に戻る途中で力尽きたらしい、屍のように転がっている酔っ払いたちを踏まないように注意しながら私はレミルのことを思う。
マーリたちからの報告には少なくとも女王が逃げ出した等の情報はなかったし、それにかかわった騎士一名が処罰を受けた等の話も出てこなかった。
――なぜ20年前のあの事件が起きたのか、王家はあれだけの犠牲を払ってなお理解していない
――それでこの20年、シィル王家がシィルの民のために何をしました?
怒りを押し殺したマーリの冷たい声が頭から離れない。あれがおそらくシュトライテン領の人々が抱え続けてきた本音なのだろうと思う。
(そういえば、カラドアナ王ももとは平民の出だったんだっけ)
たった一代で現在の国土に近いところまで領土を広げ、それを受け継いだのがゲイリー王だ。気炎万丈、野心と精力にあふれたゲイリー王は大陸統一をかかげ、まずはテレジアおばあさまに求婚し、そして断られた。なぜなら当時、おばあさまにはすでに心に決めた人がいたからだった。それが私のおじいさまである。
私はバンダナに手を触れた。曰く、これは当時おばあさまが城を抜け出しておじいさまに会いに行くときに決まって装着していたものなのだとか。いつかあなたに思う人ができたらきっと助けになってくれるでしょう。おばあさまはそう言って私にこのバンダナをくださったのだった。
(どうしてバンダナが助けになってくれるのかしら……)
私が知っているのは遠い異国で織られた生地だということだけだ。私は空を見上げた。たいまつの煙がしみて目に涙がにじむ。
(ねえレミル、私、これからどうしようか)
追手は私がレミルに逃がされたことを知っている。そして誰一人私に追いつくことなく私が生きているということは、レミルが退けてくれたのだろう。無事だろうか。会いたいなと私は思う。今、どうしているかな。私のせいで迷惑がかかっていないだろうか。
(私なんか助けたところでレミルに何にもいいことないのに)
女王の権力なんてテレジアおばあさまが亡くなってから失墜の一方で、いまや傀儡同然。私利私欲によって動かされ賄賂が横行し、民は年々引き上げられていく税に悲鳴を上げているというのに、いわれるまま令を発し書面にサインをするだけの存在だ。マーリたちの方がよっぽどまともな政治をしてくれるかもしれない。
(シィル最後の女王として、ロコたちに討たれた方が――)
涙をぬぐう。いつのまにか兵舎から離れて納屋まできてしまったようだ。裏門に近いこともあってめったに人が通らない場所だ。うかつに夜中に近づくと男女の怪しいささやき声が聞こえるらしい、とオーガストに聞いたような気がする。
なるほど、ではこの聞こえてくる声はその逢瀬のものなのだろうか。私は顔が熱くなってくるのを感じながら回れ右をしようとした。いけないわ、クローディア。恋人の秘密の会話を立ち聞きなんて。
「ロコは幼いころからシュトライテン領がいかにシィル国にとって重要であるかを前侯爵夫妻より聞かされて育ちました。万が一自分たちが死ぬことがあってもけして女王を恨んではならないと」
「!?」
驚いたことに、男女のうち一人はマーリのものだった。私は兵舎に戻ろうとしていた足を止め、声の聞こえてくる方へ近づく。もちろん、足音と気配を消してだ。
「あれは愚直にそれを守ろうとしているのです。あんな図体ですが、あの男の心は五つのころから変わらないままなのですよ」
どうやら二人はロコの話をしているようだった。せっかくの恋人との逢瀬になぜロコ? 不思議に思いながら私は耳をすませる。もう少し近づけば相手が見えるのに、これ以上先は身をひそめる場所がないのだ。
私は続いて聞こえてきた声に息をのむ。なんと、マーリの逢瀬の相手は男だった。
(なによ、人にはさんざん男色の疑いをふっかけておきながら自分だってちゃっかり同性の恋人がいるんじゃない)
だとすればなおさら不思議だ。なぜマーリはロコの話なんかしてるんだろう。ハ、と私は思い至る。
(まさか、マーリはロコのことが……?)
私のまったく的外れな妄想はそこまでだった。マーリたちが話していたのはロコの暗殺計画だったからだ。
「あれは昔から変わりません。甘ったれの泣き虫のくせに絶対に自分を曲げないのです。ロコは王都に乗り込むまでは賛成しましたが、シィル王家そのものを滅ぼし、自分がなりかわることは考えていません。人を集めるのにあれの名前が必要だったので利用しましたが、あとは邪魔なだけです」
あやうく声を出すところだった。
ロコを殺す?
(なんてことを!)
二人が去ったあとも、私はしばし放心したようにその場所から動けずにいた。ちょっと風に当たるだけのつもりが、とんでもない話を聞いてしまった。
やがて私はゆっくりと立ち上がって宙を見つめる。どこかでパキリと小枝の折れるような音が聞こえた。
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