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ケーと啓介、ゼロと無限

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 そんこんなでこれといった進展もなくとある夜。

 モダンな拵えのベッドで寝ていたところ、胸元に押し当てられる温かい違和感で目が覚めた。

 睡魔の残る眼でその原因を探ると、銀色の髪の毛がピョコンっとしたアホ毛を揺らして、自分の胸に顔を押し当てているようだった。


「えっと…レイ なにしてるんだ?」

「ケーの匂い嗅いでる」

「それはいったい…どうして…?」

「ケーの匂い、落ち着くから」

「なら嗅いでていいよ…とはならないよっ!
 レイ、君はもうすぐ成人するんだから、もう少し男女の棲み分けについて考えてもらってもいいかなぁ!」

「や。レイは子供だもん。
 ケーとずっと一緒じゃないと嫌」


 レイを連れて帰ってほぼほぼ毎晩、自分とレイは同じ食卓を囲み、同じ空間で過ごし、同じベッドで眠るという日々を送っている。


 他のドラゴン達からすれば、どうってこともない仲のいい兄妹に見えるらしいのだが18歳過ぎの社会人と、14歳の女児が同じベッドで寝ている。
 日本人の神経で普通に考えればいろいろアウトだ。


 初めて風呂に突撃された時は本気で叫んだなぁ…
 彼女は小柄といっても14歳。長年カプセルの中で育ったせいか成長が遅れているとはいえ、女の子のソレはしっかり…

 おっといけないいけないっ!

 魔法カードやモザイク処理をしてくれる魔法カードで理性と視界を完全に制御しているので間違いはおろか、断じて見ていない。


 カードやアニメのキャラデザに胸の高鳴りを抱いたことはあるが、現実リアルの女の子には残念ながら経験ゼロ…

 無論、カードゲームオタである自分は『彼女いない歴=己の年齢』という手札なし男。
 どうしていいかも分からない。



 レイのスキルを調べる傍ら、カムロさんに相談してみたのだが…


「『うーん…私に聞かれても14の時にはもう婚約していたからなぁ…』」


 王女様にも相談してみたが…


「『貴族社会では15歳までには婚約者を決めるのが普通ですからね…
 私も12歳で婚約の話は決まってましたし…』」


 アベルさんは…


「『正妻とめかけの問題は席の取り合いになると大変なことになるとよく聞くな…
 決めるなら早いうちに決めたほうがいいぞ』」


 ザックさんも…
『別に付き合っちまえばいいんじゃねーの?
 減るもんじゃねーし』


 フィーラさんには…聞くことも恐ろしかったのでパス。



 …っていうかどうなってんだよ、この世界の貞操観点は!?


 クンクンクンクンクンクンクンクンクンクン…!

「って、チャンスとばかりにいっぱい嗅ぐなぁーーーっ」
「や。」

 クンクンクンクンクンクンクンクンクンクン…!

「やーーーめーーーれーーー!」


 誰から見ても不毛なやり取りを長々続け、気づけば時計が日付を変える0時を指していた。


 モヨッ…ビクッ!
「んんっ!!!」

「今度は何? 勝手に嗅いでおいて汗臭くなったとか…」

「けぇ…熱いっ!からだがっ…急にっ!」


 突然顔を苦痛に歪め、小さな手で必死にしがみついてくる。


「どうしたんだ!? 心臓発作か!? それとも狼人間的な変貌を!?」


「あつい…熱いぃぃ…!」

「熱い!? しっかりしろレイ!
 どうしよ…こういう時何をしたら…
 そうだ書斎から医学書!って探してる時間ない!
 ヴァイスならこういう時の対処の仕方知ってるかも!」


 ベッド横のチェストに置いたデッキケースから仲間カードを探し出す


「『ヴァイスっ! 大変なんだ! レイが! レイが!』」

 シーーーーン…

「人のこと殺す気で起こすくせに今日に限ってなんでしっかり寝てるんだよ!
『ネロ!』
『シアン!』
『ドラゴルド!』
『グレン!』
『トーネル!』
『ブラスク!』
『サンちゃん!』
 ・・・なんでだよぉ…!」

 ハァ…ハァ…ハァ…
「けぇ… ! うぐぁっ!」

「大丈夫かレイ!
 …どうすればいいんだ…!」


『状況を手短に説明しろっての』

「『ブラスク! どうしよう…レイが急に身体が熱いって苦しみだして!』」

『落ち着けっての、テメェの脳ミソと鑑定スキルは飾りかっての』

「『え…?』」

『鑑定スキル使ってみろっての。
 なんか分かるっての』

「そうか…『鑑定スキル!』」






 名前:レイ
 種族:◼️◽️◼️◽️
 職業:◼️◽️◼️◽️
 レベル:0
 称号:希望と絶望の狭間に生きる子

【職業スキル】
 未定

【補助スキル】
 未定

【固有スキル】
 未定



「『称号が読めるようになってる!』」

『他は』

「『スキル欄が文字化けじゃなくて“未定”に変わってる…これも読めてる…どうしてだ…?』」

『ガキンチョの見た目に変化は』

「『変化…? なんだこれ…レイの身体がちょっと光ってる…!』」

 ピュ~~っ
『ビンゴ。』

「『何か分かったのか!?
 もしかしてレイは狼男ならぬ狼女とか…』」

『ダルいからその発想捨てろっての。
 ただの成人のタイミングだからほっとけばいいっての』

「『ほっとけって…こんな苦しそうなのに本当に大丈夫なのかよぉ…』」

『平凡な人間なら決まった記念日に教会に行って成人の義を受けた時にスキルを授かるってのが、基本的に放っておいても誕生日がくればスキルは授かるっての。 

 しかもタイミングは決まって誕生日の午前0時だっての。

 ただ…』

「『ただ?』」

『身体が熱くなんてデータがないっての。
 ケーが慌てるくらいの症状が出るなら検索した結果の筆頭に出てこないとおかしいっての』

「『それってやっぱり…何かしらの病気なんじゃぁ』」

『それはないっての』

「『どうして』」

『ケーはこの里に来て以降、報告書のアレ以外で体調崩したことあるかっての』

「『それはない…けど』」

「『この里は人間界とはそもそもの構造が違う。
 里に施された結界の浄化作用で、病気はほとんど蔓延しないっての。
 仮に何かしらの病気にかかっても、栄養価がバグってる里の野菜と果物を食えば一発で治るっての。
 暴走するなら邪神化の時みたいに状態異常かスキルに出てるっての』」

「『ってことは…レイは運命と戦ってるだけ…』」

『表現は大げさではあるっての、まぁその通りだっての。
 ケーも大賢者も地球で死んでからこっちの世界でレアなジョブを授かってるっての。
 レアなジョブには成人のタイミングにそれだけの前兆があるのかもしれないっての。
 むしろつつかないほうがガキンチョのためだっての』

「『そうか…分かった、ありがと。』」


 今は何もしてやれることはない。
 そう言われても、目の前で苦しんでるレイのことをず~っと撫で続けた


「レイ…一緒に頑張ろうな」




















 あれから何時間経っただろうか…
 レイの苦しみはおさまり、自分の胸にすがりついたまま、気を失うかのように眠ってしまった。

 自分はあんなに人が苦しんでいるのに何もできない無力感に支配されて、眠いのに眠れなかった。

 朝日がわずかに差し込むカーテンの隙間から、少し早めの朝を知らされて、体調的にも物理的にもひと回り重い身体を起こす。


「朝…か」


 衝動的にレイの頭を撫でる。
 ツヤツヤの銀髪に柔らかいほっぺ、薄ピンクの唇に長いまつ毛。

 この世界がどうかはまだ理解できていないけど、とてもメンタルが成熟していない少女に降りかかるには重すぎる人生だ。
 自分がレイだったら…耐えきれないだろう


「よく頑張ったな…」

 ピクっ…
「んん…」

「レイ?」

「ケェ…」
 ギュッ…

「おはよ。気分は大丈夫か?」

「ん…平気。けー、なでなでして?」

「まったく…ちょっとだけだぞ」


 優しくゆっくり頭を撫でてやる。
 甘えているネコのように、撫でている腕を掴んで擦り付けてくる。

 頑張ったご褒美とイタズラ心で顎下も撫でてやると…


「んんっ ンヒッ…」


 くすぐったそうに身をよじる。
 顎を引っ込めるが、逃げようとしない。
 むしろもう一度触ってくれと言わんばかりに擦り寄ってくるので耳や首をくすぐったり、鼻に人差し指をあてて『ブタ鼻~」って遊んでやる。


「んヒヒヒヒッ…」

「はい、おしまい」

「やっ…もっと…」


 眩しい上目遣いで自分を見つめる眼は、幼いながらもイケナイ方向性に誘われそうになるが、数秒かけて理性に引き戻される


「だ、ダ~メ。また今度な」

「む~っ…」

「朝ごはん作ってくるから、もうちょっと寝てていいぞ。」

「ケチ…」




 ジュゥゥゥゥーーーーーーーーッ…
「よしっ」

「おーいっ 朝ごはんできたぞー」

「来た」

「うわぁ! なんで真後ろに貼りついてるんだよ!」


 さっきまで背中に何もなかったはずなのに、ギュッと重みがかかる。


「料理中は危ないから近づいちゃダメだっていつも言ってるだろぉっ」

「なでなでしてくれるなら離れないこともない」

「それ絶対離れてくれないやつぅ…っ」











「はむはむ…うまうま…」

 プニプニほっぺを満パンにしながら目の前の食事を詰め込んでいく。

 ハムスターみたいだなぁ…なんて思いつつ、昨晩のことが思い出される。


「レイ」

「んにゅ?」

「今、身体はなんともないか?」

「ん。なんともない。前よりずっといい。
 けーと一緒になったみたいで。」

「自分と一緒…? そっか、レイも職業(ジョブ)とスキルを授かったからだろうな。
 ちょっと見せてくれない?」

「ん。でもどうやって?」

「鑑定スキルで見てもいいんだけど…よしっ
 ステータスオープンって唱えてみてくれ。」

「『すてーたす…おーぷん』」









「な…な…   何じゃこりゃァァァァァァ!!」










 名前:レイ
 種族:亜人族 ホムンクルス系
 職業:巫女
 レベル:0
 称号:運命の巫女,ケースケ大好きっ娘

【職業スキル】
 全属性魔法(条件あり)
 魔法強化
 回復速度上昇



【補助スキル】
 器用:超級
 勘:超級
 幸運:超級

【固有スキル】
『ゼロの暴走』

【特殊スキル】
『異世界人の加護』
『竜王の加護』
『ドラゴン族の寵愛』





「超級ってマジかぁ」

「どう?レイ、へん?」

「変ってことはないぞ。 …ないんだけど…」


 徹夜明けテンションによる見間違えだと思いたくて何回、何十回と見直したが、結果は変わることはなかった。


「ふむふむ…変わったスキル構成でありまスルね~」

「うわぁっ!?」

 ゴツンッ!
 突然顔の横にヌゥッと現れたメガネ系イケメンに身体を跳ねさせてしまい、机の裏に膝をぶつける。


「痛ぁ~…来たなら言えよヴァイス!」

「これは失敬でありまスル。
 昨日のことを聞いて様子に見に来たでありまスルよ。
 でも、思ってたよりいつも通りでありまスルね」

「いつも通りな訳なあるかぁっ!只今絶賛混乱中だよっ!」

「まぁ一旦落ち着くでありまスル、見たところ危険なスキルはないでありまスルよ。」

「そうなのか、よかった…」

「レイ…悪い子じゃない?」

「ああ。 頑張ったもんな」


 ドラゴン族で1、2を誇る知識者の言葉にホッと胸を撫でおろす。
 ただ、いい話だけで終われる訳もなく…


『ここからはコッチで続けまスル』

『やっぱり…完全に安全っとはいかなかったんだな』

『ええ。危険はないと言ったでありまスルが、注意しないといけないポイントもありまスル』

『注意すべき…ポイント…』

『全属性魔法についてる条件というのは貴方サマのデッキに入っている魔法カードと同じものだけが使えるでありまスル。』

『え…それって、結構強くない…?』

『えぇ、はっきり言って使い放題でありまスル。
 しかし、固有ユニークスキル、『ゼロの暴走』はどうやら、彼女または貴方サマが身の危険に直面すると、バーサーカーになる可能性がありまスル。

 もしケーじゃない人間に見つかっていれば…』


 ヴァイスの説明は撫で下ろしたての胸を苦しめる。
 この先、ずっとドラゴン族の里にいるかというと決めたわけじゃないし、自分がドラゴン族の存在を公開してしまった事によるトラブルも避けられない。

 理不尽を力で訴えかけるのが正義ともされるこの世界で戦いと無縁の生活を送るのなんて難しいだろう。

 世界の滅亡を企む救世会だってまだ一部しか摘発していないから、どこかから情報が漏れればもう一度レイを狙わないとは限らない。


 そんな中で果たして、自分は彼女を守ることができるのだろうか…









 朝食を済ませたら簡単に身支度をさせ、いつもの日課である散歩に向かっていた


「はぁち、きゅう、じゅう…」

「お~にさ~ん こ~ちら 手~の鳴る方へ~」


 広場の周囲で土煙を上げながら駆け回るレイとドラゴンキッズ達。
 子供といってもドラゴンである事に変わりはなく、風圧を撒き散らしながら鬼役のレイから逃げ回る。

 …が


 シュンっ

「うそっ!?」

 トン
「タッチ」

「なっ!?」


 今朝見た俊敏のスキルはやはり嘘ではないようで、人型だろうとドラゴン体だろうとなんのその、残像が残るほどの走り出しを見せる。


「スゲェなレイ! 」

「ドラゴン族に追いつくなんてメッチャすごいよ!」

 フンスッ
「レイはサイキョーになったぁ」

「なぁなぁ、今のどうやったんだよ!」

「ボクにも教えてよ!」





 子供たちが走り回るのを横目に眺める里の広場。
 その中心に建てられた大賢者フレア像の前


「そろそろどういうつもりか説明してもらいましょうか。
 大賢者フレア…いや、如月知也さん」

 シーーン…

「“他人の人格を半分乗っ取っておいて”説明も謝罪も無しですか
 神っていうのは随分無責任なんですね」


 大賢者の像を睨みつける。
 それに応えるかのように、像の目が白く光る。


『よく俺に辿り着いたな』

「っ…!」


 脳内に聞いたことのない男性の声が響き渡り、里の広場の景色が真っ白に染まっていく。


「ここは…」

『俺が創り出した幻影の空間さ。
 心配しなくてもちゃんと元の世界に戻る』


 どこまでも続く純白の空間の真ん中に像にそっくりの…いや彼を模って造られたのだからご本人登場というべきか、黒地に紫と赤のラインが入ったローブを纏った10代後半から20代前半の青年が立っていた


「あなたが大賢者 不知火フレア、如月知也さんですね」

『そういう君は神谷啓介、またの名を召喚士Kだな。
 実際に話せて嬉しいよ。』

「よく言いますよ、ゼロ距離で見てたくせに」

 フフッ…
『いつから気付いていた?』

「違和感に気づいたのはこの里に来てからです。
 前世…日本にいる時の一人称は『俺』で、『自分』っていう一人称は仕事中に使うくらいだったのに、ドラゴルドたちと出会ったあたりからちょっとずつ『自分』呼びが基本に変わっていた。

 王女様や騎士の皆さん相手なら目上の相手だから仕事の癖が出ていたのかもと思っていたけど、ピンチになった時に限って『俺』って一人称と一緒にあからさまにレベルと不釣り合いな力が湧いてくるんですよ。」

「ただ君が本番に強いタイプという可能性もあるが、そこはどう説明する?」

「普通に考えて信用ならない不特定多数の本拠地に行って、油断したら斬り殺される決闘をカードゲーム対ガチの剣でしようなんてカードゲーマーはいないでしょ。
 手札見てる間に3回は死ぬ自信ありますよ。
 あなたが自分の意識を半分乗っ取って、手助けしてくれてたんですよね」

「全部お見通しということか…なら話は早い。
 そんな君には伝えなければならないことがある」

「伝えなければならない…こと?」


 一歩、また一歩と近づいてくる。
 余裕のある笑みが張り詰めた顔に変わっていくのを見逃すことはできなかった。


 ズザザザザザザザーーーーーっ
『すんませぇぇん!! わざとじゃないんですぅぅ!!』

「えぇ!?なになになに! なんですか急に土下座って!
 頭を上げてくださいよ!」

『止めないでくれ! 今はこうでもしないと俺の罪悪感が暴発してしまうっ!』

「いや普通に困りますから! まず何がどうなっているのか説明してくださいよっ」

『嫌だぁっ! 俺は詫びるっ! 許してくれるまで詫び続けるっ!』

「固っ! 意志と土下座がドラゴルドの鱗並みに固い!」

『すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!』

「だから説明をしてくれぇえええええええ!」








 数分後
 なんとか落ち着きを勝ち取り、どこから取り出したのか、ちゃぶ台とを挟んでお茶をすすっていた。

 ズズズ…っ
「つまり、如月さんは狙って自分を乗っ取った訳ではないんですね」

『あぁ。そもそも俺が死んだとされてる部分から完全に事故でさぁ…』

「事故?」

『あれは確か…~…』







 記憶を遡ること大賢者の生前。
 如月邸の書斎でペンを走らせていた。

「これでよし…」

 紙いっぱいに行儀よく並ぶ文字列を眺める。

「製本作業は明日にするか…」

 綺麗に積み重なった紙の束に、今持った最後の一枚を加え、魔導書の表紙となる厚いカバーを乗せる

 ふぁ~~…
「眠っ」





『何も変わることない1日を終え、寝室に行く途中で事件が起きたんだ』

 ゴクリ…
「…」





「え~っと、美女に囲まれる夢を見る魔法の魔導書は…」

 ゴチーン!
「だぁぁ!小指がっ!」





「は? 小指ぶつけただけ?」

『いやいやそこじゃなくって、大事なのはそのあと!』







「いっつぅぅ!」 

 グキッ
「ぎっ!?」

 ヨロ…
「うわっ!」


 体勢を安定させようと手をついた先には先ほど書き上げたページの束が。

 当然紙の山に人間の体重を受け止める力はなく、机の上で雪崩を起こす。

 手をついた際に折れ曲がったページに描かれていた魔法陣と、次のページの魔法陣が偶然重なり、発動。


「うわぁぁぁああああああ!」










「どういう原理か、体と魂が分離してしまったと…」

『そ。どうにか戻ろうとしたんだが何やってもダメでなぁ。
 魔法陣に干渉しようにもペンにもさわれなくて、そのまんまってワケ』

「やっぱり…不老不死の魔法とか創っておいてポックリ逝っちゃうなんて変だなと思いましたよ」

『詳しいことは後で話すが、正確には死んでるワケじゃない。
 とはいえ、魔法の研究で爆死したならともかく、小指ぶつけて魔法陣を暴発させたなんて話はアイツらとしても恥ずかしい以外の何ものでもないだろ?
 伝承の最後はいいように誤魔化してるだけだ。』

「なるほど…それでその後はどうなったんです?」

『問題の魔導書がどういうわけかシュレッダーをかけたみたいにバラバラになったから完全に詰んださ。
 それでもなんとか物になら干渉できるようになって筆談でならライドラとレフドラと会話できるようになってな』

「あ、気づいてもらえたんですね…」

『ドラゴンって霊感って概念がないんだろうな、認識してもらって状況を理解してもらうのに2ヶ月かかったぜ』

「ちゃんと時間かかりましたね」

『それで元に戻れないか色々試したんだが、アイツら日本語どころか文字を読むところからのスタートだから俺が書いたまともに魔導書を解読できないときた…
 そこで、この里の創造神として存在を食い繋ぎつつ、一縷の望みにかけて俺と同じ地球から来た日本人を探してもらっているってわけ。』

「そこから見つからずに数百年、偶然近くに自分が来たってことですか」

『あぁ。アイツらには可哀想だが今しかないって思って近づいたんだよ。
 ただそこでも事故が起きた』

「邪神化事件が起きて、加勢しに入ったら勢い余って自分の中に入っちゃった…と」

『そ。分かりやすく言うなら神谷啓介のなかに如月知也のバックアップデータがめり込んでしまったって訳だ。

 あれをきっかけに君の『自分』呼びと『俺』呼びのバランスが変わったのは、その副作用だと考えられる。」

「薄々勘づいたあたりから結構ストレスなんですけど、一人称だけでもどうにかならないんですか」

『いや…な?俺も人知れず対処しようとは思ったんだが…その…』

「自分の基本ステータスが弱すぎて何もできなかった、ってことでしょどうせ」

『無理したらポキっといきそうで…』

 スッ
「…」

『スマン、悪気はないんだ。 その地獄カレーみたいな絵柄のカードはしまってくれ…』

 ハァ…
「一人称が変わった以外に実害はないですし、色々助かってるんで今回は聞かなかったことにしておきます。

 それより、レイのこと…何か分かりますか」

『あの少女のことなら心配いらない。
 彼女は自身の運命とちゃんと向き合ってあのステータス構成になってる

 メインのスキルは…面白いな
 どれどれ?サブのスキル構成は…幸運、器用、勘の超級かぁ
 固有スキルも最初は苦労すると思うけど…うん、ただのチート少女だ。』

「サラッと言うんですね」

『俺が今までどれだけの人間や魔物に出会ってきたと思う?
 今さら暴走の恐れくらいでビビったりしないさ。
 だからこそ分かる。 君と彼女とドラゴン族ならきっと乗り越えられるって』

「だといいんですが…」

『大丈夫だ。 君たちには仲間がついてる』


 グラグラグラ…!

「な、何ですこの音!」

 あちゃ~
『やっぱりこの状態じゃ、幻影魔法もこんなもんかぁ
 最後に啓介、コレを』


 虹色に輝くピンポン玉サイズの宝玉をアンダースローで投げ渡す


「うわっ えっ!?」


 受け取ると宝玉はスライムのように溶け、自分の胸…魂と混ざり合う。


「如月さん、今のは?」

『コレまでのお礼と君を部分的に借りてる家賃代わりに君の悩みを解決しておいた。

 里とドラゴン族のこと、あわよくば俺の事も、よろしく頼むな』

「スキルはありがたくいただきますし、ドラゴン達のためにやれることはコレからもするつもりですが、里が植民地になる前に元に戻ってくださいよ?
 “俺”は自分のことで精一杯ですからね」




 静かな笑顔に見送られるように、幻影魔法で創られた視界ごと、大賢者の姿は消えてしまった




「まったく…手がかかる大賢者だな…」

「ケェ~っ」
 ギュッ

「ケーもあーそーぶっ」


 ちょっと話し込んでる間にどこでひと泳ぎしたんだか、服も顔もびしょびしょ。

 見回すと元気底なしのドラゴンキッズたちがグデ~ン…と横たわっている。

 いやいや…どんだけハードに遊び回ったんだ?


「あーそーぼっ」

「分かった分かった。 遊ぶのはいいけど、自分はあの子達みたいに動けないからな」

「うーん…ならレイもケーのカードやってみたい」


 そう言いながら、腰のデッキケースの一つをツンツンする。

 子供の好奇心で無理やり開けないのは、カードがただの紙切れなんかじゃない事をちゃんと理解しているから。




 カードゲーム…か…
 そういえばこの世界に来てからまともにカードゲームなんてしてなかったっけ…

 地球での自分はブラック企業…なんてことはなく、令和の時代を考慮しても眩しいほどにホワイト企業勤めだったので有り余る時間とお金は全て、カードゲームのアニメ鑑賞や情報収集、そして何よりおばちゃんの店で長いオタク友達や子供達とたくさん遊ぶことに費やしたものだ。

 カードゲームは日本の文化であり、俺にとっては人生そのものだ。

 だから正直いえば、元の世界に戻りたいと思う瞬間は少なくない。
 机の上という模擬戦場フィールドで行われるゲームでは無く、弱肉強食の血生臭い戦場で行われる命と命のやり取り。

 いつしか誰かの命がなくなるかも知れないという重圧でカードをゲームとして見れず、純粋に楽しめなくなっていた。



「ケー?」

「ん? あぁごめんごめん そうだな、レイもやってみるか。
 あ、でもやるなら先にルールを決めないとな」

「るーる?」

「里で言うところの“おきて”だ。 だいじょうぶ、結構簡単だから」





 数分後

「風のはおーグリフォンでこうげき」

「職人犬 工技コーギーでブロック」

「ん。 まほーカード かぜのくつ。」

「そ、そのカードは…!」

「机の上においてあった。 ピンときたから入れてみた」

「勘のスキル持ち…初心者だと思って油断してた…」


 こうして空想上のHPは全て削り取られた


「くーっ負けたぁ! けど…楽しかったぁーー!」

「負けたのに楽しそう…?」

「そりゃぁね。でもやっぱりカード同士のぶつかり合いが1番だもんな~
 あぁ~もう1戦したい…けど」


 ゴ~ン ゴ~ン
 長い針がてっぺんに来たことを知らせる時計の鐘が快感の余韻を打ち砕いた。

 午前の10時、王都の面々が会議終わりだとかなんとかで一息つくことのできる時間らしい。
 いつもこの時間に誰かしら安否確認ついでにさまざまな連絡がくるのだ。

 大体の場合は愚痴か互いの近況報告で事足りるのだが、ごく一部例外がいる


「頼む…頼むからあの人だけは…!」






『おい ケースケ』

「うげっ この声は…」

『頑固者はお求めでないようで悪かったな』

「『あ、いえ…そんなことはない…はずです多分』」

『社交辞令でも否定するならちゃんと否定しろ』
 ハァ…

「『スミマセン…』」

『まぁいい。時間がないので端的に答えろ。
 昨夜か朝方、少女の身に何らかの変化は起きたか』

「『えっどうしてそれを…』」

『起きたんだな?』

「『あぁ…はい、どうやら今日が誕生日だったみたいで職業ジョブとスキルを授かりました。』」

『やはりか…』

「『やはりってことは何かあったんですか』」

『問題が起きたわけではない。私の第6感というやつだ』

「『第六感って…信ぴょう性あるんですか?
 前に自分のことを悪と完全に決めつけてたような…』」

『そっ、それは私の考えが凝り固まってただけであってだなっ
 私の第六感というのは…その…』

「『ハイハイ、少年少女ロリショタ限定の第六感なんですね』」

『うっ…今は私のことはどうでもいい!
 現在レイちゃ…少女の状態はどうなってるか教えろ』

「『え~…巫女で超級サブスキル持ちの、大賢者お墨付き…あと今いっしょにカードゲームしてます』」

『・・・・・・・ハ?』

「『いや、端的に答えろって言ったじゃないですか!』」

『だからと言って情報を全部1文に詰め込めばいいって訳じゃないだろ!
 ちょっと目眩したわ!』

「『でもフィーラさんが時間ないって…』」

『うっ…わ、分かった。 後でクリフトに折り返させる。
 アイツなら彼女についての理解が早いはずだ』


「おーい 王女さんが呼んでんぞー」

「今行く。 『また連絡する』」

「お、ケーとなんか話してたか」

「レイちゃ…少女について少しな」

「元気してるってか?」

「あぁ。」

「オメェ子供のことになると心配しょーになるよな」

「…うるさい」







「一方的に切られた…フィーラさん完全に重症だな」

「氷の人?」

「まぁね。レイは元気かって」

「ねーケー 『ろりしょた』ってなに?」

「そっそれは…レイは知らない方がいいやつっていうか…」

「なんで?」

「うっ…とにかくダメ! もし知ってしまったらバケモノに喰われちゃうぞぉ…!」

 まあ、バケモノっていうのは変態モードのあの人なんだけど

「むぅ…」






 しばらくした後、フィーラさんに代わり騎士団所属にして神官の職業持ちであるクリフトさんが連絡をしてきたので、改めて今日のことを説明。

 フィーラさんと似て異なり、レイの事を1人の命として気にかけてくれる。
 ちょっぴり優柔不断で相談相手には向かないかも知れないけど…


「なるほど。 大賢者様のお墨付きの意味は分かった」

「アイツはこれから里を守るための外交役として活動することになる。
 その際にあの子もついて回ることは間違いない。
 救世会の残党が各地に…宮廷貴族や騎士団の各所に潜り込んでいる可能性を考える必要性は高いだろうな」


「少女の話を王女殿下にお話しするべきか、しないべきか…お前はどうすべきだと思う クリフト」

「王女殿下はケーのことを知っているが、レイのことも知っていただかないことには問題が起こった際に初動が遅れる…

 しかし王女殿下にお話して、万が一彼女のことが漏れたら最後。救世会の残党だけではない、創聖教の輩も、巫女という職業ジョブ持ちである彼女のことを手に入れようと手を伸ばす…!」



 クリフト:神官の職業持ちにして騎士団に所属している

 彼が上司に対して隊長に敬語を使わないのは世界史で言うところの王権神授説が関係している。

 歴史の中で王家を決めたのは神、神官の職業とスキルを授けたのも神
 職業やスキルによってもたらされる人生は必ずしも良い人生とは限らないのだ


 遡ること彼の幼少期
 神官というジョブの名の下に教会で育てられていた頃の記憶



「何度言ったら分かるんだこの愚図がぁ!」
 バチーーンっ

「で…でもっ…!」

「口を開くな出来損ないがぁ!」
 バチーンッ

「ぐっ…」

「神官の職業ジョブ持ちだというから拾ってやったというのに貴様はとんだゴミだな!
 さっさと立て! 道具である貴様に人権など無い!」








 その記憶から少し先、とある雨の日の記憶

 ハァ…! ハァ…! ハァ…! ハァ…! ハァ…!
「どこでもいい…とにかく遠くに…! 誰にも見つからない…ばしょ…に」


 ボロボロの身体で教会から抜け出し、薄れゆく意識で走るが、無意識でたどり着いた下水道の入り口で力尽きてしまい、全身の痛みや空腹感、倦怠感で立ち上がる力も満足に入らなくなった


「に…逃げないと…せめて…この奥に」
 うぅっ…
「動け…」


「いたぞ!」


「もう…ここまでか…
 ううっ…! 神様なんて…神様なんて…」


 教会からの魔の手に見つかり、逃げたくても身体が動かず、誰も味方がいない

 完全に絶望し、己の運命に味方しない神を恨んだその時


「諦めてはダメである。 あきらめない限り、何度でもやり直せるである。」

「だ…だれ…」


 今にも消えかけの視界に映ったのはボロボロの布切れに覆われた大男。


「ひどい怪我であるな。 罪の無い命になんたる仕打ちであるか…」
 スッ
「『痛いの痛いの…」

「そこのマントの者! 我々は教会の関係者だ!
 その者の身柄はこちらの保護下にある、速やかにこの場から立ち去れ!」

「…飛んでけー』である」

「ウガァァァーー!身体が! 顔が!」
「全身が痛ぇー!!」
「目がっ! 目がぁーーーー!!」


「おっと ちょうど不審者の方に飛んでいったであるな。
 手間が省けてイッセキニチョーであるな」

「え…身体が…痛くない…?」

「其方の傷は彼奴等にくれてやった。
 心の傷は癒えぬであるが、それは自力で乗り越えるしか無いである。
 其方であればきっと大丈夫である。」

「で…でも…オレの固有スキルは」

「この世には捨てる神あれば拾う神あり。
 いつの日か其方が心から信頼し、迷いも決断も認めてくれる仲間に出会えるのである」


 それだけ言い残し雨の中に消えた。
















「…っ!」

「嫌なことを思い出させてしまったな」

「別に…。それよりレイの存在自体を王女殿下は認知しているんだったな」

「あぁ。」

「なら我々から上にご報告するのはやめておいた方がいい。 余計なお世話というものだ」

「そうか、分かった。」

「あんたが部下の意見を聞くようになるなんて、おかしな変化もあったものだな」

「それは、お互い様だろ」

「…かもな」








 昼下がりのドラグニア
 レイが持ってる全属性魔法についてる条件についての仮説を検証するべく子ドラゴン達が使うドラゴンブレスの訓練用広場へ。


「ファイヤーボール」

 シーン…

「うーん、やっぱ普通の方法じゃあ魔法は使えないって説は正しいみたいだな」

「やはり魔法に関してはケーの影響が強そうでありまスルか…
 カード魔法を試すでありまスル。」

「そうだな。 できるか?」

「…ん」

「心配しなくていいぞ、攻撃魔法は使わないから」

「それなら、レイやるっ!」





「ヴァイス~ いくぞー!」

「よっしゃこーいでありまスル!」

「まずは、コレかな」

「ん。 やってみる」
 ジィー…


「『アツアツからあげりゅうせいぐん』」

「おいしそうな隕石でありまスルっ!
 いただきまーす!」
 ハフッ ハフハフハフハフッ
「隕石と違いスピードはないでありまスルが食欲を刺激して敵の舌を火傷させる特殊攻撃魔法でありまスルねっ アツッ
 それよりこのジューシーでサックサクな罪深き歯ごたえ!
 こんなに美味しい唐揚げは生まれて初めて食べたでありまスル~♡」


「『ゼラチンドーム』…」


「ふーむ、グミやゼリーの原料 ゼラチンで出来た防御魔法でありまスルか
 こちらも美味しそうでありまスル!
 いただきまーすでありまスルッ」

 プニューンっ
「なんでありまスルかこの防御力は!?
 一定の強度を持ちながら柔らかさを兼ね備えて通常の物理攻撃では弾き返されてしまうでありまスル!
 これはまるでキングスライムのブドウ味でありまスル!」 


 とまぁ、ひとつひとつの食べ物系魔法にヴァイスが舌鼓を打つという当初の趣旨からだいぶ外れた検証の結果は…




 数分後


「もう食べられないでありまスル♡」
 ゲプっ


 満腹によりレイの勝利となった。


「ばいす…苦しそう…大丈夫?」

「ちょっとしばらく動けそうにないでありまスルが、お腹いっぱい食べたら人間もドラゴンもこんなものでありまスル」

「お腹いっぱい食べたら苦しい…?」

「とんでもないでありまスル。このお腹の苦しさは苦痛ではなく、むしろ幸せの証でありまスル」

「お腹が苦しいのに幸せ?」

「ハイでありまスル、ここまで満足できるお食事が生まれて初めてなんでありまスル。」


「レイ、里のみんなを見てたら分かると思うけど、スキルも魔法も活かし方は無限にある。
 強くなりたいと思うもよし、誰かのためになりたいと思うもよし、引きこもって興味を持ったことのために使うもよしだ。

 レイは、これからどうしたい?」


 2人の言葉を頭の中で紡いでいくレイ

 数秒の沈黙の後、小さな唇がおずおずと動きはじめる


「みんなを…しあわせにしてあげたい…
 ケーと、ケーの仲間のみんなが助けてくれて、今のレイはとてもしあわせ…
 だから次は…レイもその仲間になって誰かを助けて、しあわせにしてあげたい。

 …ダメ、かな」

「いいえ、とても素敵な目標でありまスル」

「やろうぜ、一緒に」

「うんっ!」



 拝啓 おもちゃ屋のおばちゃん
 俺は新しい世界でたくさんの仲間達に囲まれて、大変だけどそれなりに楽しくやってます。

 今は会えそうにないけれど、いつか会えた時のお土産話は楽しみにしていてください。



 ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…
『少し力を使いすぎた…今は回復に全振りしないと完全に神になるか、下手すれば存在が消えかねないな…!
 くっ 啓介…! 里をもうしばらく頼む…ぜ』
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