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第六章 再会
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屋敷の中は石壁でできており、多少涼しかった。
燭台にはたくさんの蝋燭が灯され、玄関広間を明るく照らしている。
壁には真新しいタペストリーがあちらこちらに飾られている。
家紋など、この屋敷の主の素性がわかるような物は、玄関には飾られてはいなかった。
ジェルメーヌが家の中を観察していると、クロイゼルが二階へと続く中央階段を上がりながら手招きをする。
どうやら食堂に案内してくれるわけではないらしい。
(ここに、ステファーヌはいるのかしら)
わけがわからないまま、ジェルメーヌは帽子を脱ぐと、クロイゼルの後についていくことにした。
二階の廊下を進み、一番突き当たりの部屋へ向かうと、扉の前にはひとりの男が腕組みをした格好で椅子に座っていた。髭面がむさ苦しい中年だ。どうやら見張りのようだが、うつらうつらと船を漕いでいる。
「おい、どけ」
クロイゼルが男の足を靴先で蹴ると、男は驚いた様子で飛び上がる。
「ク、クロイゼルッ! や、やあ!」
眠っていたことがばれて気まずいのか、やたらと愛想の良い顔になる。
(見張りがいるってことは、ここにステファーヌがいるのかしら。わたしと会わせてくれる気かしら)
ジェルメーヌがじっと扉を見つめていると、見張りの男はジェルメーヌの姿に気付き、瞬時に顔を青ざめさせた。
「い、いつのまに……っ!」
声を上擦らせて喘いでいる様子から、ステファーヌと見間違えたようだ。自分が居眠りをしている間に、ステファーヌに逃げられたと勘違いしたのだろう。
「ク、クロイゼル……これは……」
「ここはいいから、なにか食い物を持ってきてくれ」
無表情でクロイゼルが追い払うように手を振ると、男は慌てて首を繰り返し振った。
「わ、わかった。すぐに持ってくるっ!」
男は転びそうになりながらも厨房に向かって廊下を駆けていく。
(あんなに急ぐなんて、そんなにクロイゼルが怖いのかしら。それにしても、階段から落ちなければいいけど)
心配したジェルメーヌが階段に視線を向けた途端、派手に階段を転げ落ちる音が響いた。
「……脅さなくてもよかったんじゃないの?」
「脅したつもりはない。あの男が勝手に怯えただけだ」
「ちょっとうたた寝していただけなのに、ステファーヌを逃がしてしまったものだから、怒ったあなたに斬られると思ったんじゃないの? 可哀想に。あなたを恐れて、そのまま逃げてしまうんじゃないかしら」
「公女殿は恐がってはいないようだが」
「わたしがなにを恐がるというの?」
嘯くジェルメーヌに目を遣ったクロイゼルは、黙って部屋の扉を開けた。鍵はかかっておらず、鎧戸が閉められた部屋は蝋燭は灯されておらず、暗かった。閉め切っているせいか、蒸し暑い。
「公子殿。入るぞ」
クロイゼルが声を掛けると、部屋の奥でかすかに人が動くような気配がする。
返事を待たず、勝手に大股で部屋に入った彼は、燐寸を摺って三つ叉燭台の蝋燭に火を灯した。
居間兼寝室となっている部屋の中は、円卓と椅子が二脚、天蓋付き寝台がひとつという必要最低限の家具しか配置されていなかった。
ジェルメーヌが辺りを見回していると、クロイゼルが燭台を手にして寝台に向ける。
その寝台の上にうずくまる人影がジェルメーヌの目に入った。
「……ステファーヌ?」
炎に輝く金の髪は、ジェルメーヌが生まれてから最近まで、毎日当たり前のように見てきたものだった。常に自分の視界にあるものであり、なければならないものだ。
「え? その声、まさか……ジェルメーヌ? フランソワではなく、本当にジェルメーヌ?」
掠れた声が寝台の上で弱々しく響く。
「ステファーヌ!」
ジェルメーヌが寝台に駆け寄り、そのままステファーヌに抱きつく。
「会いたかったわ! よかった、無事だったのね!」
両腕をステファーヌの首に巻き付けると、力を込めて抱擁する。
燭台にはたくさんの蝋燭が灯され、玄関広間を明るく照らしている。
壁には真新しいタペストリーがあちらこちらに飾られている。
家紋など、この屋敷の主の素性がわかるような物は、玄関には飾られてはいなかった。
ジェルメーヌが家の中を観察していると、クロイゼルが二階へと続く中央階段を上がりながら手招きをする。
どうやら食堂に案内してくれるわけではないらしい。
(ここに、ステファーヌはいるのかしら)
わけがわからないまま、ジェルメーヌは帽子を脱ぐと、クロイゼルの後についていくことにした。
二階の廊下を進み、一番突き当たりの部屋へ向かうと、扉の前にはひとりの男が腕組みをした格好で椅子に座っていた。髭面がむさ苦しい中年だ。どうやら見張りのようだが、うつらうつらと船を漕いでいる。
「おい、どけ」
クロイゼルが男の足を靴先で蹴ると、男は驚いた様子で飛び上がる。
「ク、クロイゼルッ! や、やあ!」
眠っていたことがばれて気まずいのか、やたらと愛想の良い顔になる。
(見張りがいるってことは、ここにステファーヌがいるのかしら。わたしと会わせてくれる気かしら)
ジェルメーヌがじっと扉を見つめていると、見張りの男はジェルメーヌの姿に気付き、瞬時に顔を青ざめさせた。
「い、いつのまに……っ!」
声を上擦らせて喘いでいる様子から、ステファーヌと見間違えたようだ。自分が居眠りをしている間に、ステファーヌに逃げられたと勘違いしたのだろう。
「ク、クロイゼル……これは……」
「ここはいいから、なにか食い物を持ってきてくれ」
無表情でクロイゼルが追い払うように手を振ると、男は慌てて首を繰り返し振った。
「わ、わかった。すぐに持ってくるっ!」
男は転びそうになりながらも厨房に向かって廊下を駆けていく。
(あんなに急ぐなんて、そんなにクロイゼルが怖いのかしら。それにしても、階段から落ちなければいいけど)
心配したジェルメーヌが階段に視線を向けた途端、派手に階段を転げ落ちる音が響いた。
「……脅さなくてもよかったんじゃないの?」
「脅したつもりはない。あの男が勝手に怯えただけだ」
「ちょっとうたた寝していただけなのに、ステファーヌを逃がしてしまったものだから、怒ったあなたに斬られると思ったんじゃないの? 可哀想に。あなたを恐れて、そのまま逃げてしまうんじゃないかしら」
「公女殿は恐がってはいないようだが」
「わたしがなにを恐がるというの?」
嘯くジェルメーヌに目を遣ったクロイゼルは、黙って部屋の扉を開けた。鍵はかかっておらず、鎧戸が閉められた部屋は蝋燭は灯されておらず、暗かった。閉め切っているせいか、蒸し暑い。
「公子殿。入るぞ」
クロイゼルが声を掛けると、部屋の奥でかすかに人が動くような気配がする。
返事を待たず、勝手に大股で部屋に入った彼は、燐寸を摺って三つ叉燭台の蝋燭に火を灯した。
居間兼寝室となっている部屋の中は、円卓と椅子が二脚、天蓋付き寝台がひとつという必要最低限の家具しか配置されていなかった。
ジェルメーヌが辺りを見回していると、クロイゼルが燭台を手にして寝台に向ける。
その寝台の上にうずくまる人影がジェルメーヌの目に入った。
「……ステファーヌ?」
炎に輝く金の髪は、ジェルメーヌが生まれてから最近まで、毎日当たり前のように見てきたものだった。常に自分の視界にあるものであり、なければならないものだ。
「え? その声、まさか……ジェルメーヌ? フランソワではなく、本当にジェルメーヌ?」
掠れた声が寝台の上で弱々しく響く。
「ステファーヌ!」
ジェルメーヌが寝台に駆け寄り、そのままステファーヌに抱きつく。
「会いたかったわ! よかった、無事だったのね!」
両腕をステファーヌの首に巻き付けると、力を込めて抱擁する。
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