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「さて、ライラさん。貴女は本当はどこに行こうとしていたんですか?散歩では無いでしょう?」

マコト様の優しげな声が鼓膜を刺激する。

甘い甘い声。

その声に従わなければならないと強く感じた。

「アックドーイ侯爵のところに行こうと思いましたの。」

「それは何故ですか?」

甘い声で問いかけてくる。それは、とても耳に心地よくて、身体中の力が抜けていくようにも感じた。

「暗殺しなきゃいけないの。」

「それは、何故ですか?」

身体中がふわふわとしているように感じる。まるで、雲の上を歩いているように足元が頼りない感じがする。

「教会の子供たちを助けなければならないの。」

「私がアックドーイ侯爵のことは対処すると言いませんでしたか?信じられませんでしたか?」

「信じていないわけではないわ。でも、一刻も早く子供たちを助けなければと思ったのよ。」

マコト様の声はとても甘い声なのに、どこか私を非難しているようにも聞こえて、思わず涙がポロリッとこぼれ落ちた。

その涙をマコト様の指が優しく拭う。

「泣かないでください。貴女は子供が好きなんですか?」

「昔の私を見ているようだったのよ。子供の頃に誰かが手を差し伸べてくれれば、暗殺者になんてならなくてすんだのに。私も普通に生きたかった。」

ポロリポロリと次から次へと涙がこぼれ落ちていく。それをマコト様が優しく拭う。

こんなことまで話すつもりはなかったのに。どうしてだろうか、マコト様の質問に素直に答えてしまう私がいる。

「どうして暗殺者になったんですか?」

「私のような孤児が生き残るためには、裏家業に従事ることしかなかったの。私が産まれた町は、孤児に優しい町ではなかったわ。」

「それで?」

「孤児たちはスラムに行くしかなかった。食べるために盗みは当たり前の毎日。盗んだことがバレて捕まれば殴ったり蹴られたり………。」

「そうでしたか。辛かったですね。」

「孤児は普通の仕事にはつけなかったわ。だから、暗殺者になったのよ。他の孤児の子達を助けるためにはお金が必要だったのよ………。どうしても、お金が………必要だったのよ。」

マコト様の温かい手が背中を優しく撫でてくれる。その温かさに、涙が溢れ出す。

「私には………生きるためには誰かを殺すしかなかったのよ………。それしか、できなかったの。」

「でも、ライラさんには回復魔法がありましたよね?どうして、それを使わなかったんですか?それを使えば暗殺者にならなくても、よかったんではないですか?」
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