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 牢には鉄格子が格子状に張り巡らされており、人間が通り抜けられるほどの隙間はない。
 ブチ様のように猫だったらすり抜けることも可能だけれども、私はとてもではないがすり抜けることは無理だろう。頭くらいだったらすり抜けられるかもしれないけれど、肩で引っ掛かってしまうことは確実だ。
 窓は地下牢なのでもちろんない。
 壁は石造りの壁だ。古いものなのか汚れが目立つ。掃除が行き届いていないため、ほこり臭く湿っぽい。日の光も入っては来ないし、風の通り道もない。こんなところにずっと閉じ込められていたら病気になるか発狂して死んでしまうことだろう。
 牢の入口の鉄格子のドアには頑丈な鍵がかけられており、私の非力な力ではビクともしないだろう。鍵を入手しないことには開けられそうにない。
 誰かが来た時に急病になったフリをして、ドアを開けてもらい、その隙に逃げるくらいしか今のところは手立てがなさそうだ。
 どうしたものかと考えあぐねていると、誰かが石で出来た階段を降りてくる足音が聞こえた。ゆったりとしたその足音は衛兵のものとは違うように思える。
 いったい誰が来るのだろうかと牢の中で身構える。

「こんなところにいたのね。マリアちゃん。ユリアがとっても心配していたわ。」

 薄暗い牢の中でランプに照らされたのは私も知っている人物だった。

「……ナーガさん。どうしてここが?」

 まさか、ナーガさんが来てくれるとは思わずに首を傾げた。
 王城にアンナライラ嬢に会いに行くと言っていたのは、ユリアさんだけだ。私がここにいることはユリアさんしか知らないはず。だから、もし来てくれるのならばユリアさんだと思ったのだ。
 ユリアさんから私がいなくなったことをナーガさんが聞いても最初にナーガさんが動くとは思わなかったからだ。

「昨日から王城がちょっと騒がしかったから調べてみたのよ。今朝がたユリアからブチとマリアちゃんが戻らないって連絡があったから、もしかしてって思ってね。それにしても、本当にこんなところにいるだなんて。」

 ナーガさんは落ち着きながらそう告げた。
 ナーガさんは私がここにいることを、ある程度予想はしていたのかもしれない。
 それにしても、私が一番気になることは……。

「ブチ様がいないって本当ですかっ!?やっぱり、昨日見たのはブチ様だったんだわ。ナーガさん、ブチ様はこの王城にいるはずです。お願いします。探していただけませんか?」

 やっぱり昨日見たのはブチ様だったんだ。見間違えなんかじゃなかった。
 私は昨日ブチ様にお会いした部屋の場所を伝える。
 
「そう。わかったわ。あの子もここに来ているなら私の元へとすぐに来ればいいのに。」

 ナーガさんは少し拗ねたように言う。
 
「それにしても、ブチはあなたの側から離れないと思ったのだけど、そうではないようね?」

「はい。一瞬だけしか姿は見ていません。」

「そうなの。それで、マリアちゃんがこんな目に合っているのに助けに来ない、と。」

 ナーガさんの目がキラリと光ったような気がした。
 
「マリアちゃんがここに捕らわれている理由についてはある程度把握しているわ。アンナライラ嬢を殺害したとか?本当かしら?」

 ナーガさんは確認するように問いかけてくる。その声色からは何も感じられない。ただ、単に問いかけているだけのように見受けられる。

「いいえ。私がここに下りてきた時には既にアンナライラ嬢の身体が溶け始めていました。ユースフェルト殿下も一緒にいたのでそのことはご存知のはずです。ですが、ユースフェルト殿下はアンナライラ嬢の凄惨な死を見て精神をおかしくされてしまったようで……。」

「そのユースフェルトも今日は姿が見えないのよ。」

「ユフェライラ様ならご存知かと。今朝までユースフェルト殿下と一緒に部屋に閉じ込められていたんです。そこにブチ様が来て……。すぐにいなくなってしまいましたけど……。」

 あれ?
 今、普通に聞き流してしまったけれど、今、ナーガさん、ユースフェルト殿下のことを呼び捨てにしなかったかしら?
 
「……そう。ユフェライラねぇ。ねぇ、マリアちゃん。もしかして、アンナライラ嬢が亡くなる直前にユフェライラがこの牢に訪れてなかったかしら?」

 気のせいではない……?
 今、ナーガさんはユフェライラ様のことも呼び捨てにしたような気がする。

「ええ。はい。私たちが来る前にアンナライラ嬢と二人で話していたみたいです。その時はアンナライラ嬢も普通に話せていたみたいで……。」

「話していた内容は聞こえたのかしら?」

 ナーガさんはにっこりと笑いながら質問を立て続けにしてくる。
 なんだか、その笑みが少し怖いと感じてしまった。

「……はい。少しですが、アンナライラ嬢がユフェライラ様のことをお母様と言っているのを聞きました。ユフェライラ様は否定なさっておりましたけれど……。」

「……そう。そうなのね。そういうことだったの。ありがとう。マリアちゃん。これでやっとあの女を追い出すことが出来そうだわ。」

 ナーガさんはそう言って、牢から出て行ってしまった。
 ユフェライラ様とアンナライラ嬢のことを聞いた途端にナーガさんの表情が変わったような気がした。
 これは、もしかしてナーガさんブチ様のこと後回しにしたりしないだろうか。

「ナーガさんっ!ブチ様のことをよろしくお願いします!」

 去っていくナーガさんの後ろ姿に向かって叫ぶが、聞こえていないのかナーガさんは振り返ることもなかった。

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