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 早朝から湯あみをさせられ、髪の一本一本まで丁寧に洗われて香油を塗られた。
 いつもよりもサラサラになった髪を見て、目を潤ませた。
 ロイド殿下との婚姻の儀の時よりもより丁寧に磨き上げられていく身体。
 豪華な衣装。
 どこまでも贅を尽くしたような宝飾品を身にまとい、これまた丁寧にお化粧をさせられる。
 魔族の花嫁というのは名前だけで、本当は生贄のことだということを私は知っている。
 支度をしているときにどこからともなくやってきた、アリス・バレンタイン侯爵令嬢が涙ながらに教えてくれたのだ。
 
 
 
 
「ああ……なんてこと。私はなんてことを……。申し訳ありません。セレスティーナ様。私は、このようなつもりはなかったのです。」
 
 魔族の花嫁に選ばれた私は、豪華な衣装と宝飾を身にまといサラサラになった髪を侍女に結われている。
 そんな時に、アリス・バレンタイン侯爵令嬢は私の前に現れた。
 というか、私が支度をしている部屋に涙ながらに飛び込んできたのだ。
 
「まあ、アリス様。なぜ、泣いていらっしゃるのですか?」

 私は泣いているアリス様を邪険にすることもできず、にっこりと笑みを浮かべてアリス様に手を差し伸べた。
 アリス様は私のことを見ずにその場に膝まづき、頭を垂れる。
 そして、涙声で私に謝罪をするのだ。
 
「申し訳ございません。セレスティーナ様。私が、皇帝陛下とフォン宰相に占いの結果が不安でやり直しをお願いしてしまったから、このようなことに……。」

「……どういうこと、ですの?」

 アリス様の口から飛び出た発言に私は大きく目を見開いた。
 なぜ、占いをやり直したのか気になっていたが、どうやら発端はアリス様の発言だったようだ。

「……ひっく、私は……不安だったのです。魔族の花嫁に選ばれて、使命を全うすることができるのか。もし、私が選ばれたことが間違いだったとしたらこの国に被害が及ぶかもしれないと思うと、不安で不安で仕方がなくて……思わず皇帝陛下とフォン宰相に尋ねてしまったんです。占いの対象は適齢期の女性ですか?と……。そうしたら、未婚の適齢期の女性が対象と言われまして……。もし、もしですよ。仮に既婚の適齢期の女性に私よりももっと相応しい女性がいたとしたら、未婚に限定していることが魔族のお怒りを買うのではないかと恐ろしくなり……。私は、言ってしまったのです。既婚・未婚問わずに対象にして再度占って欲しいと。皇帝陛下もフォン宰相も私もまさか、既婚者が選ばれるとは思っておりませんでした。皇帝陛下もフォン宰相も、私が納得して魔族の花嫁になれるように、私の憂いを払拭してくれようと占いをし直したのです。まさか、このような結果になるとは……。」

 アリス様は涙ながらにそう告げるとその場に突っ伏して泣いてしまった。
 
「……アリス様。顔を上げてください。」

 正直アリス様には思うところがある。
 だが、占いをし直すように告げたのはアリス様でも、占いの対象を広げただけだという。
 それで私が選ばれてしまったのならば、アリス様が魔族の花嫁になっていたらこの国は危機に陥っていたのかもしれない。
 
「アリス様はご自分が正しいことをされた。そうですよね?」

「……はい。ですが、私はこのようなことになるとは思わなくて……。ただ、対象範囲を広げても私が選ばれるだろうと、納得したくて……。」

「…わかりました。顔をあげてください。」

 泣き崩れるアリス様の肩に手を当てて顔を上げるように伝える。
 アリス様の肩に触れた手が僅かに震えているがそれも仕方のないことだろう。

「セレスティーナ様……。」

 アリス様は感極まったように泣き声を上げる。
 
「セレスティーナ様、申し訳ございません。申し訳ございません。」

「いいのよ。魔族の花嫁になっても、ロイド殿下がいつか必ず迎えにきてくださると言っていたもの。私はそれを糧に待っているわ。」

 私が心を奮い立たせるようにそう言うと、アリス様の肩がピクリッと動いた。
 そして、涙に濡れた目でアリス様が私を上目遣いで見つめてくる。

「……セレスティーナ様はご存知ないのでしょうか……。魔族の花嫁とは名ばかりで、本当はただの生贄だと。安全に生きて居られる保証はないのです。どのような扱いを受けるかもわからないのです。とても、ロイド様がセレスティーナ様をお迎えにいくなんてことは……正直無理だと思います。私は自分が魔族の花嫁に選ばれた時に調べたのです。魔族の花嫁として失敗しないためにはどうしたら良いのか。宮殿の禁書庫に入らせてもらって調べました。そうしたら花嫁とは名ばかりで生贄だということが書かれておりました……。」

「……なっ!?」

 涙に濡れながら語るアリス様の言葉に私は絶句する。私はこの時、初めて知ったのだ。
 魔族の花嫁とはつまり生贄だということに。
 ロイド殿下にまたお会いできる時まで私が生きていられる保証がないということに。
 ロイド殿下にまた会うことだけを希望に魔族の花嫁になるという決心をしたのに、セレスティーナ様の言葉でその決心が粉々に打ち砕かれてしまった。
 だから、気づかなかった。
 アリス様が涙を流しながらも、唇の端を上げて笑いを噛みしめていたことに。

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