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しおりを挟む「陛下、巫女による占いの結果がでました。」
夜半過ぎ、フォン宰相は皇帝陛下に謁見していた。
時刻として遅い時間ではあるが、なにより皇帝陛下が占いの結果が出たらすぐに教えるようにと言っていたため実現した謁見だった。
フォン宰相の顔色は闇に紛れ皇帝陛下からはよく見えなかった。
「そうか。どうであったか?」
皇帝陛下はアリスの憂いが晴れればと思い巫女による占いを再度行わせた。
既婚の女性を含めたとしてもアリスが魔族の花嫁で間違いないことを確かめるためだ。
「……巫女の占いの結果では、元皇太子妃であらせられるセレスティーナ様を魔族の花嫁にするようにとの結果でございました。」
フォン宰相は恭しく礼をしながら巫女が占った結果を伝える。
「……なにっ!?」
皇帝陛下は占いの結果に驚き椅子から立ち上がった。
占いの結果が異なるだなんて思ってもみなかったのだ。
巫女の占いの精度は高く今まで外れたことが無い。それに、巫女が間違った占いの結果を告げれば死してしまう呪いが巫女にはかけられている。
巫女とは神の代弁者なのである。
「……既婚女性を含めた場合の占いの結果は、セレスティーナ様が選ばれました。」
「そんなことが……。だが、セレスティーナはロイドと婚姻を結んでおる。そんな不道徳なことがあり得るのだろうか。」
「ですが、巫女が嘘をつくはずはございません。」
フォン宰相は押し殺した声で答える。
皇帝陛下はしばしの間考えを巡らせた。
だが、しかし巫女の占いは絶対なのだ。
巫女の占いの結果に従わなかった場合、それ相応の罰が下るとされている。
つまり、皇帝陛下であろうと占いの結果には従わなければならないのだ。国を危機にさらしたくなければ。
「そうか。わかった。明日の儀式は急ではあるが、セレスティーナが行うこととする。セレスティーナとロイド、アリスへの言付けは任せたぞ。」
皇帝陛下は重い足取りで椅子から立ち上がると部屋から出ていく。
皇帝陛下が部屋から出るまで、フォン宰相は深々と頭を下げていた。
だから、皇帝陛下は気づくことがなかった。フォン宰相がその口端に笑みを浮かべていたことを。
☆☆☆☆☆
「まあっ!なんとっ……。」
「なんだとっ!それはいったいどういうことだっ!!」
夜半過ぎに私たちの私室に現れたフォン宰相が告げた言葉に私もロイド殿下も驚きを隠せなかった。
ロイド殿下はフォン宰相の襟首をつかんで声を荒げている。
「お、落ち着いてくださいませっ。ロイド殿下。これは、巫女様の占いの結果によるものでございます。」
フォン宰相は努めて冷静にロイド殿下に告げた。
「これが落ち着いていられるというかっ!セレスティーナは私の妃なのであるぞ!それなのに魔族の花嫁に選ばれるなどと……。魔族の花嫁は既に占いでアリア嬢に決まっていたであろう。なぜ今になってっ!!」
ロイド殿下はフォン宰相の言葉を飲み込むことが出来ずにいた。
私もフォン宰相の言葉をまるで現実味の無い夢のように感じている。
ロイド殿下と婚姻している私が選ばれるはずがないと思っていたのだ。
「前回の占いには落ち度があったのです。それで再度占いをし直しましたところ、そちらにいらっしゃいますセレスティーナ様が選ばれたのでございます。」
「落ち度とはなんだ。説明してみろ。」
「前回の占いには既婚の適齢期の女性は対象から外しておりました。本来の約束事ですと、既婚、未婚問わず適齢期の女性の中から選ぶというしきたりとなっております。ゆえにこの度、占いをやり直したのでございます。」
「既婚者の中から選ぶのはおかしいことであろう!」
「……魔族との古からの取り決めゆえ従わなければなりませぬ。むしろこのまま占いに背いてアリア様を魔族の花嫁としてしまっていたら、この国はどうなるか……。ロイド殿下のご心中はお察しいたしますが、これは占いの結果であり神の啓示でございますゆえ、どうかご納得くださいませ。」
「従わぬっ!セレスティーナは私の妃だ。誰にも渡さぬ。」
ロイド殿下は首を横に振り、私の身体をぎゅっと抱き寄せる。
「それはなりませぬ。ロイド殿下。この国を危機に瀕する気でおいでですか。」
フォン宰相はロイド殿下に恐れをなすこともなくただ淡々と事実を告げる。
この国は巫女の占いが全てだ。
一度占いの結果がでてしまえばそれを覆すことは難しい。
今回の件は、対象を絞る方法を間違えたから再度占いをおこなったというもの。
「……ロイド殿下。従いましょう。占いは絶対でございます。私の我がままで国を危機に陥らせることは本意ではありません。こうして、三ヶ月だけでもロイド殿下の妃であったことを糧にして魔族の花嫁となります。」
そうすることがこの国のためなのだ。
ロイド殿下の側にいたいが、私一人の我がままで国を危機に瀕するわけにはいかない。そんなことになってしまえば、私は悔いるであろう。
ロイド殿下と離れるのは辛い。辛いが、占いの結果仕方のないことなのだ。
それに今から策を練ったとしても準備する時間もない。
「セレスティーナっ!?そのようなことは嘘でも言ってくれるなっ。」
ロイド殿下は悲痛な声を上げて私をさらに強く抱きしめる。
「セレスティーナ様はご理解いただけたようで何よりでございます。我々とてセレスティーナ様にはこのまま皇太子妃としてこの国に居ていただきたいと思っております。ですが、巫女の占いは絶対なのです。どうか、ロイド殿下もご理解賜りますよう。」
まるで脅しともとれるフォン宰相の言葉に納得できずともこれ以上反論しても暖簾に腕押しだということを悟った。
フォン宰相は押し黙った私たちを見て満足気に頷くと部屋を出て行った。
「くそっ!なにが皇太子だっ!権力があっても占いの結果すら翻せないだなんてっ!セレスティーナ。今から私と共にこの国から逃げて……。」
フォン宰相がいなくなった部屋でロイド殿下は目から涙を流しながら私を抱きしめる。
「……それは、なりませぬ。この国を捨てるなど……。それに、私たちが占いに背いてこの国を捨てたことがわかれば、私たちは反逆者として追われることになります。」
「だがっ!!私はっ!!」
「私も、納得できません。ですが、民を危険にさらすわけにはならないのです。」
「そうだが……。それは、そうだが……。」
「私は明日、魔族の花嫁になります。三ヶ月だけでもロイド殿下と一緒になれたことは一生の宝物でございます。」
「……セレスティーナ。私は、私は決めた。今は占いに従うしかなくとも、魔族の花嫁になった君を必ずこの腕に取り戻して見せる。何年かかろうとも国に損害を加えない方法で必ず!必ずっ!!」
「……ロイド殿下。」
その夜、私はロイド殿下の腕の中で涙を流した。
そうして夜が明け、魔族の花嫁の儀式が始まる。
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