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「いらっしゃいませー。」

 木で出来た簡素なドアを開けると中年の女性が元気よく出迎えてくれた。ほんわかした笑顔もとても優しそうに見える。

「こ、こんにちは。あの……二部屋お願いしたいんですけど……。」

 僕は先頭に立つと宿屋の女性にお願いした。

「二人部屋が銀貨6枚、1人部屋が銀貨4枚になるよ。あわせて金貨1枚だね。」

 今日の宿泊費を引いたら残る金額は銀貨8枚と銅貨2枚。

 これからどうするか決まっていない僕たちには結構痛い出費かもしれない。だけれど、背に腹は代えられない。

「はい。じゃあ、これでお願いします。」

 僕は金貨1枚を取り出すと宿屋の受付の女性に渡す。

「ん。ちょうどだね。部屋は2階になるよ。隣同士の部屋になるようにしたからね。ああ、あと。夕食は一階の食堂で別料金だよ。一人銅貨5枚で定食セットがあるからよかったら食べにおいで。朝食も別料金だが、こっちは一人銅貨3枚でモーニングセットがあるからね。」

 宿屋の女性はそう言って決められたマニュアル通りに夕食と朝食の宣伝をしてくる。

「ありがとうございます。……あの、実は今日メルルラータまで帰ろうと思っていていくつか痛みやすい野菜とお肉を買ってしまったんです。それで……あの……調理できる場所って借りることはできますか?」

 昼間買った日持ちのしない野菜やお肉のことを思い出して思い切って聞いてみる。

 もし、自分たちで調理することができれば食事代を浮かせることができる。これからどうするのかも決まっていない状態なんだ。少しでも節約をしたいところだ。

 それに、生の野菜やお肉を持っていても僕たちの町へ明日中に帰ることは難しいだろう。せっかくかった野菜やお肉がダメになってしまうのはとてももったいないことだと思った。

「おやまぁ。そうだったのかい。そうだねぇ……うちの宿屋は最上階の4人部屋なら長期間滞在する冒険者向けにキッチンがついているんだけどね。そっちの部屋にするかい?そっちの部屋なら金貨1枚。つまり、二部屋とるのと変わらないよ?どうだい?」

 宿屋の女性はそう言ってキッチンつきの部屋を勧めてきた。

 この宿屋にはキッチンつきの宿屋があるらしい。

 じいちゃんの家でしか寝泊まりしたことがない僕には知らないことばかりだ。

「え?でも、長期間滞在する冒険者向けなのでしょう?私たち冒険者ではないですし。それに長期間滞在しないけどいいんでしょうか?」

「ああ。構いやしないよ。ちょうど今部屋が空いているしね。部屋を空けておくんだったら人を泊めた方がいいからね。」

 ロレインちゃんが宿屋の女性に確認する。

 宿屋の女性はにっこりと笑うと二つ返事で頷いた。

 でも、一部屋にするとなると僕はロレインちゃんと同じ部屋で寝泊まりすることになるんだけど……。ロレインちゃんはそれでも構わないのだろうか。

「……ロレインちゃんはそれでいいの?」

 僕はおずおずとロレインちゃんに確認する。

「問題ないわよ。むしろそっちの方が節約できていいわ。」

 ロレインちゃんは何も問題ないと言うようににっこりと笑った。

「じゃあ、4人部屋に変更だね。調理器具なんかは揃ってるから好きに使うといいよ。ああ、でも壊したら弁償になっちまうから壊さないように使ってね。調味料セットは銅貨1枚で貸し出しているけど、いるかい?明日チェックアウトするときに返却してくれればいい。」

 調味料セットはとても魅力的だ。

 調味料の類いはじいちゃんの家にまだあったから今回は購入していないのだ。野菜とお肉の素材の味を楽しむというのもありだけれども、やはり調味料があった方が美味しいものが食べれるだろう。

 ロレインちゃんと僕は顔を見合わせる。

 ロレインちゃんの顔はできれば調味料セットが欲しいと言っているように思えた。

 まあ、僕の妄想かもしんないけど。

「是非、貸してください。」

「あいよ。じゃあ、これを持っていきな。」

「ありがとうございます。」

「ありがとうございます。」

 僕は宿屋の女性から調味料セットを受け取った。意外とずっしりとしている。

「チェックアウトは朝6時~10時だよ。10時過ぎてもチェックアウトしに来なかったら、部屋に行くからね。」

「はい。わかりました。」

「ミコト、わかった。」

「ええ。気をつけます。」

 僕たちは宿屋の女性にお礼を言うと、階段で3階に向かった。この宿屋は3階建てなのだ。

 3階には4つの部屋があった。どれも4人部屋なのだろうか。

 階段から一番近い部屋。そこが僕たちに用意された部屋だった。

「……いろいろあって疲れたわね。」

「そうだね。」

「疲れた?わからない。」

 部屋に入って疲れたとベッドに身を投げ出す僕とロレインちゃん。ミコトだけは疲れていないようで首を傾げている。

 ほんとに、ミコトの体力はどうなっているんだろう。不思議で仕方が無い。

「……あー。とりあえず夕食にしましょうか。痛みやすい食材を先に使っちゃわないと。」

「そうだね。それから、明日からのことを考えよう。」

 僕たちは買い込んだ食料で今日の夕食を手分けして作っていく。

 と言っても、ミコトは食事を作ったことがないので野菜をちぎってサラダを作るかかりだ。

 メインのお肉料理はロレインちゃんが引き受けてくれた。僕は野菜で簡単なスープを担当だ。

 できあがった食事を3人で美味しく食べてから今後のことを話し合う。

 本当は疲れているからこのまま寝たいが、明日にはこの宿を出て行かなければならない。もう一泊するようなお金なんてないし。

 なので、今日中にどうするか決める必要があるのだ。

「私たちの町に帰りたい。でも、今の状況じゃ難しそうよね。」

「そうだね。どうやら僕たちの町はなかったことにされているみたいだ。僕たちの町に繋がる道も魔法で塀が出来てしまって通ることができないし。このままメルルラータに向かうしかないのかな?」

「あとは、メルルラータの街道から外れて私たちの町の方角に向かうという手もあるわね。でも、道がないから地図だって充てにならない。森の中を通ったりしたらすぐに迷子になるわね。」

「塀沿いにぐるっと回り込む、とか?」

「どうなっているのかわからないけれど、下手に道もない森を突き抜けるよりは塀沿いに行った方が安心よね。……でも、気になるのは死の森よね。どう思う?」

「僕たちが来たときはそんなに強くない魔物しかいなかったけど、塀まで作っちゃうくらいだし、死の森として相応しい魔物も配置されてたりして……。」

「そうね。その可能性はあるわね。」

「ミコト、大丈夫。シヴァのじいちゃん、会いたい。」

 僕とロレインちゃんは町に戻るのは危険だと判断した。町に戻るとしても、僕たちが力をつけてからの方が良いと判断したのだ。

 だが、ミコトは違った。

 ミコトはじいちゃんに会いたいという。

 ミコトってそんなにじいちゃんに懐いてたっけ?

 疑問が浮かぶが、ミコトはもしかしたら義理堅い娘なのかもしれない。

「ミコト、でも僕はミコトを守らなきゃいけない。もちろん、ロレインちゃんも。でも、僕にはまだ二人を守るだけの力がない。」

 僕は首を横に振る。情けないことだけれども。二人を守るにはこれしかない。

「ミコト、大丈夫。シヴァもロレインも守る。だから、行く。」

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