35 / 92
第35話
しおりを挟む「クリス。クリスはいつも、夜は侯爵様と一緒にいるの?」
執務室のソファに深く座りながら、私の膝の上でくつろいでいるクリスに話しかける。
そう言えば、クリスはいつも私の膝の上で眠っていたっけ。昼間ずっと一緒にいてもクリスはほとんど夢の中。クリスの寝顔を見ているのも幸せだけど、もっとクリスと一緒に話したり遊んだりしたかったことを思いだす。
「にゃにゃー。」
今日もクリスは眠いのか、膝の上でまどろみだしてしまい、会話がまるっきり成立しない。何を話しかけても、「にゃー。」と間延びしたような声しか出さないのだ。
仕方がないので、私はクリスの頭をそっと撫でる。
「眠かったら寝ていいよ。ゆっくりお休みクリス。」
「にゃ。」
クリスの額にそっとキスを落とすと、クリスは頷きながら夢の世界へと旅立って行ってしまった。
クリスの寝顔もとっても可愛いけど、もっとクリスとお話をしていたかったな。
膝の上で眠ってしまったクリスを起こさないために、私はソファーから動けなくなってしまった。少しでも身じろぎをしてしまうとクリスが目を覚ましてしまうからだ。こうなってしまったら、侯爵家の使用人に話を聞きに行くのも難しいだろう。
「おや。クリス様は寝てしまわれたんですか?」
「ええ。ぐっすりですわ。よほど眠かったのでしょうね。」
話し声が聞こえてこなくなったからか、ヒースクリフさんが小声で声をかけてきた。私もクリスを起こさないように小声で返答する。
「もしかして、私がいるから寝たふりでしょうか。」
「いいえ。クリスは日中はいつも私の膝の上で寝てしまうのよ。夕方までぐっすり眠っていることが多いわ。」
「そうでしたか。いつも夜は寝ずにお仕事をされているみたいですし、疲れているのでしょう。この調子では、クリス様はアンジェリカお嬢様にいたずらは出来そうにないですね。」
クリスさんはそう言いながら私の方に近づいてきた。
というか、クリスさんは何を言っているのだろうか。クリスの夜のお仕事ってなに?侯爵と一緒に寝ているだけじゃないの?猫なのに、こんなに可愛らしい猫なのにクリスは侯爵家で寝ずの仕事をしているというのだろうか。
「あの。クリスは夜寝ないんですか?」
「ええ。そうですね。寝るように言っても、昼間は仕事ができないからと仕事をなさっておりますよ。それで昼間はずっとアンジェリカお嬢様の家に行っていたようですから、いつ寝ているんだろうとは思っておりましたが。まさか、アンジェリカお嬢様のお膝の上で寝ていただなんて……。」
そう言ってヒースクリフさんは苦笑いを浮かべた。
「クリスはそんなに大事なお仕事をしているのですか?もしかして、昼間は仕事ができないというのは私のところに来ているからでしょうか?私は、クリスの邪魔をしているのでしょうか。」
不安になって思わず大きな声が出てしまう。私の声にクリスが反応して、クリスの耳がピクリッと動いた。でも、目を開ける様子はないのでホッと息を吐きだした。
「それは、クリス様から直接伺ってください。ですが、アンジェリカお嬢様のところに行っているから仕事ができないわけではないですよ。まったく別の理由からですのでご安心ください。」
クリスから直接聞けって言われても、私はクリスの言っていることがよくわからないのにな。言葉が通じればいいのに。それでも、クリスの表情や仕草からある程度のことはわかっているつもりだが、流石にクリスの仕事内容を聞いてもボディランゲージじゃ伝わってこないような気がするし。
「そう?クリスの負担になっていなければいいのだけれども……。」
「負担だなんてそんなことはありませんよ。むしろ、クリス様はアンジェリカお嬢様と一緒にいるからこうやって無防備にぐっすり眠れるのでしょう。アンジェリカ様の膝の上がとっても心地よいのですね。」
そう言ってヒースクリフさんはクリスの頬を人差し指でつついた。けれども、クリスはぐっすりと眠り込んでしまっており、まったく反応をしなかった。
「それにしても、クリス様が寝てしまったらアンジェリカお嬢様も暇でしょう?どうでしょうか?当屋敷にも、アンジェリカお嬢様と同い年くらいの使用人がおります。話し相手として連れて参りましょうか。アンジェリカお嬢様が使用人と会話をするのが嫌ではなければ、ですが。」
ヒースクリフさんが提案してくれた内容はまさに棚から牡丹餅だった。
だって、クリスを膝に乗せたままで侯爵について使用人に聞き取り調査ができそうなのだ。これに頷かないわけがない。
「ええ。よかったら紹介していただけますか?」
「かしこまりました。今、呼んでまいりますね。彼女は一応男爵家の令嬢で、当屋敷に行儀見習いとして来ているのですよ。」
「まあ。そうなのね。」
「ええ。少々お待ちください。」
そう言ってヒースクリフさんは執務室を出て行った。
しばらくして、ヒースクリフさんは金髪の魅惑的な美女と一緒に執務室の中へと入ってきた。
0
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
殿下、お探しの精霊の愛し子はそこの妹ではありません! ひっそり生きてきましたが、今日も王子と精霊に溺愛されています!
Rohdea
恋愛
旧題:ひっそり生きてきた私、今日も王子と精霊に溺愛されています! ~殿下、お探しの愛し子はそこの妹ではありません~
双子の姉妹のうち、姉であるアリスティアは双子なのに妹ともあまり似ておらず、
かつ、家族の誰とも違う色を持つ事から、虐げられ世間からは隠されてひっそりと育って来た。
厄介払いをしたかったらしい両親により決められた婚約者も双子の妹、セレスティナに奪われてしまう……
そんなアリスティアは物心がついた時から、他の人には見えない者が見えていた。
それは“精霊”と呼ばれる者たち。
実は、精霊の気まぐれで“愛し子”となってしまっていたアリスティア。
しかし、実は本来“愛し子”となるべきだった人はこの国の王子様。
よって、王家と王子は“愛し子”を長年探し続けていた。
……王家に迎える為に。
しかし、何故か王家はセレスティナを“愛し子”だと思い込んだようで……
そんなある日、街でちょっとワケありな様子の男性を助けた事から、
その男性と仲良くなり仲を深めていくアリスティア。
だけど、その人は──
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】本当の悪役令嬢とは
仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。
甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。
『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も
公爵家の本気というものを。
※HOT最高1位!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる