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第35話

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「クリス。クリスはいつも、夜は侯爵様と一緒にいるの?」

 執務室のソファに深く座りながら、私の膝の上でくつろいでいるクリスに話しかける。

 そう言えば、クリスはいつも私の膝の上で眠っていたっけ。昼間ずっと一緒にいてもクリスはほとんど夢の中。クリスの寝顔を見ているのも幸せだけど、もっとクリスと一緒に話したり遊んだりしたかったことを思いだす。

「にゃにゃー。」

 今日もクリスは眠いのか、膝の上でまどろみだしてしまい、会話がまるっきり成立しない。何を話しかけても、「にゃー。」と間延びしたような声しか出さないのだ。

 仕方がないので、私はクリスの頭をそっと撫でる。

「眠かったら寝ていいよ。ゆっくりお休みクリス。」

「にゃ。」

 クリスの額にそっとキスを落とすと、クリスは頷きながら夢の世界へと旅立って行ってしまった。

 クリスの寝顔もとっても可愛いけど、もっとクリスとお話をしていたかったな。

 膝の上で眠ってしまったクリスを起こさないために、私はソファーから動けなくなってしまった。少しでも身じろぎをしてしまうとクリスが目を覚ましてしまうからだ。こうなってしまったら、侯爵家の使用人に話を聞きに行くのも難しいだろう。

「おや。クリス様は寝てしまわれたんですか?」

「ええ。ぐっすりですわ。よほど眠かったのでしょうね。」

 話し声が聞こえてこなくなったからか、ヒースクリフさんが小声で声をかけてきた。私もクリスを起こさないように小声で返答する。

「もしかして、私がいるから寝たふりでしょうか。」

「いいえ。クリスは日中はいつも私の膝の上で寝てしまうのよ。夕方までぐっすり眠っていることが多いわ。」

「そうでしたか。いつも夜は寝ずにお仕事をされているみたいですし、疲れているのでしょう。この調子では、クリス様はアンジェリカお嬢様にいたずらは出来そうにないですね。」

 クリスさんはそう言いながら私の方に近づいてきた。

 というか、クリスさんは何を言っているのだろうか。クリスの夜のお仕事ってなに?侯爵と一緒に寝ているだけじゃないの?猫なのに、こんなに可愛らしい猫なのにクリスは侯爵家で寝ずの仕事をしているというのだろうか。

「あの。クリスは夜寝ないんですか?」

「ええ。そうですね。寝るように言っても、昼間は仕事ができないからと仕事をなさっておりますよ。それで昼間はずっとアンジェリカお嬢様の家に行っていたようですから、いつ寝ているんだろうとは思っておりましたが。まさか、アンジェリカお嬢様のお膝の上で寝ていただなんて……。」

 そう言ってヒースクリフさんは苦笑いを浮かべた。

「クリスはそんなに大事なお仕事をしているのですか?もしかして、昼間は仕事ができないというのは私のところに来ているからでしょうか?私は、クリスの邪魔をしているのでしょうか。」

 不安になって思わず大きな声が出てしまう。私の声にクリスが反応して、クリスの耳がピクリッと動いた。でも、目を開ける様子はないのでホッと息を吐きだした。

「それは、クリス様から直接伺ってください。ですが、アンジェリカお嬢様のところに行っているから仕事ができないわけではないですよ。まったく別の理由からですのでご安心ください。」

 クリスから直接聞けって言われても、私はクリスの言っていることがよくわからないのにな。言葉が通じればいいのに。それでも、クリスの表情や仕草からある程度のことはわかっているつもりだが、流石にクリスの仕事内容を聞いてもボディランゲージじゃ伝わってこないような気がするし。

「そう?クリスの負担になっていなければいいのだけれども……。」

「負担だなんてそんなことはありませんよ。むしろ、クリス様はアンジェリカお嬢様と一緒にいるからこうやって無防備にぐっすり眠れるのでしょう。アンジェリカ様の膝の上がとっても心地よいのですね。」

 そう言ってヒースクリフさんはクリスの頬を人差し指でつついた。けれども、クリスはぐっすりと眠り込んでしまっており、まったく反応をしなかった。

「それにしても、クリス様が寝てしまったらアンジェリカお嬢様も暇でしょう?どうでしょうか?当屋敷にも、アンジェリカお嬢様と同い年くらいの使用人がおります。話し相手として連れて参りましょうか。アンジェリカお嬢様が使用人と会話をするのが嫌ではなければ、ですが。」

 ヒースクリフさんが提案してくれた内容はまさに棚から牡丹餅だった。

 だって、クリスを膝に乗せたままで侯爵について使用人に聞き取り調査ができそうなのだ。これに頷かないわけがない。

「ええ。よかったら紹介していただけますか?」

「かしこまりました。今、呼んでまいりますね。彼女は一応男爵家の令嬢で、当屋敷に行儀見習いとして来ているのですよ。」

「まあ。そうなのね。」

「ええ。少々お待ちください。」

 そう言ってヒースクリフさんは執務室を出て行った。

 しばらくして、ヒースクリフさんは金髪の魅惑的な美女と一緒に執務室の中へと入ってきた。

 

 

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