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しおりを挟む前世の記憶を思い出してからあっという間に5年の月日が流れた。
私は今もまだ孤児院にいる。
「おはよう。リリーナ。リリーナは今日が10歳のお誕生日ね。おめでとう。」
シスターエーステに朝一番にそう言われた。
待ちに待った10歳の誕生日。乙女ゲーム「メメラニアメモリー」では今日、リリーナ・オルトフェンは光魔法に目覚めることになっている。
光魔法に目覚めれば、メメラニア王立学院へ編入することになり孤児院から出て行くことになる。
シスターエーステと離れるのはなんだかとても嫌だ。シスターエーテルは孤児院でずっと母親のように私を世話してくれていたのだ。前世の私の分まで、私はシスターエーステに母親の愛を注いでもらった。
「シスターエーステ。おはようございます。シスターエーステに祝ってもらえるのが一番嬉しいです。」
「まあ、リリーナはとても可愛いわね。大好きよ。リリーナ。」
シスターエーステはそう言って私をぎゅっと抱きしめた。私はシスターエーステの体温を確かめるように、シスターエーステの背中に手をぎゅっとまわす。
「私も、シスターエーステのことが大好きです。シスターエーステの元にずっといたい。」
「……私もよ。可愛いリリーナ。」
このまま、光魔法が使えなければシスターエステと一緒にこの孤児院にいることができるのだろうか。
でも、乙女ゲームのシナリオでは私は今日、光魔法の才能が目覚めることになっている。プレイヤーに選択肢はない。つまり、私が今日、光魔法の才能に目覚めることは必須なのである。
「……私は、シスターになるわ。そして、シスターエーステと一緒にここで働くわ。」
「リリーナ。ありがとう。リリーナ。」
乙女ゲームの攻略対象とは友情エンドを目指そう。
私は悪役令嬢じゃなくってヒロインだもの。友情エンドになったとしても、追放されたり、処刑されたりすることはないはずだ。友情エンドはプレイしていないからシナリオ上、どうなるかわからないけれど。
でも、友情エンドになれば、孤児院に戻ってくることだってきっと可能だろう。
まあ、国のために光魔法を使えとは言われるかもしれないけれど、時々国のために光魔法を行使してあとは孤児院でシスターエーステと一緒に働く。それでいいではないか。
王子妃や侯爵婦人、宰相婦人だなんて荷が重いもの。
「シスターエーステ。私、ぜったいにここに戻ってくるわ。なにがあっても、絶対に。」
だって、私はヒロインだもの。
きっと何をしたって許してもらえるはずだ。きっと。悪い方向には進まないはずだ。
☆☆☆☆☆
「おっかしいなぁ……。」
私は今日、光魔法の才能に目覚めるはずである。
私は今日、誘拐されるのだ。誘拐されて恐怖に震えているところに、孤児院のシスターが私を助けに来てくれて、そこで逆に誘拐犯にシスターが殺されそうになってしまう。その瞬間に私の光魔法の才能が目覚めて、シスターと一緒に逃げ延びるというシナリオになっているのだ。
シスターの名前は残念ながら乙女ゲームの中には出てこなかったけれど。
「うーん。おかしいなぁ……。」
なにがおかしいかって?
本来なら、誘拐される日の早朝にリリーナ・オルトフェンは光の精霊たちに会うのだ。光の精霊と言っても、小さい光の粒だけれども。リリーナ・オルトフェンは不思議な光を見て「綺麗……。」と呟くのだ。そのスチルが乙女ゲームには用意されていた。
けれど、私は光の精霊たちを見ていない。
もしかして、光魔法の才能は目覚めないのだろうか。
こんなところでプレイヤーの選択肢は用意されていなかったのに、ここはまだプロローグだから選択の余地なんてないのに。それなのに、光の精霊が見れなかったってどういうことだろうか……?
私、もしかしてヒロインじゃないってことはないよね……?
ヒロインじゃなくてもいいけど、でも……ヒロインと同じ名前と容姿でヒロインじゃありませんでした。って、正直この先の未来が危ういんじゃないかって思う。
だって、敷かれていたはずのレールがないのだ。このままでは脱線してしまうのではないかと少しだけ不安になる。
「きゃっ……。」
考え事をしていたからなのか、私は男の人に路地裏に連れ込まれてしまった。
……これが誘拐ということなのだろうか。
「ピンクの娘見つけた。ひひっ。親分に報告しなきゃな。」
男に私は捕まり、そのまま麻で出来た袋の中に入れられてしまう。そしてそのまま男の肩に担がれた。どこかに私を運んでいくようだ。
「……よかった。」
私は、麻の袋の中でそう呟いた。
だって、光の精霊が見れなかったから誘拐イベントも発生しなかったら、この先どうなるかわからなくて不安だもの。ヒロインになれなかったヒロインはどうなるのか。
しばらくしてから私はどこかの小屋の中に乱暴に放り投げられた。
「いたっ……。」
「そこで大人しく待っていろよ。もうすぐ親分が来るからな。」
男はそう言うと小屋からでて言ってしまった。
男がいなくなって小さな小屋には私だけが取り残された。
乙女ゲームでは男がいなくなった時にシスターが助けにくることになっている。そして、逃げだそうとした時に男が親分を連れて帰ってきてシスターと鉢合わせになり、怒った男にシスターが殺されそうになる。
きっとすぐにシスターがやってくるのだろう。
「……リリーナ。リリーナ。」
「シスターエーステ……。」
小屋の外から聞こえるのはシスターエーステの声だった。
私を助けに来たのはシスターエーステだったのだ。
「よかった。リリーナ。よかった。」
シスターエーステは私の声を聞いて私の無事を確信したようだ。
涙を浮かべながらシスターエーステは小屋のドアを開け、麻袋の中から私を助け出すと安心したように私を抱きしめた。
「……シスターエーステ。」
乙女ゲームのシナリオでは、シスターエーステがこの後、男に殺されそうになる。でも、私の光魔法でシスターエーステも私も助かるのだ。
だから何も心配することはないはずなのに、なぜか私は強い恐怖を感じてしまった。
「シスターエーステ。もうすぐ男たちが戻ってくるわ。早くここを出て……。」
「ははっ。悪いな。もう戻ってきてんだよ。」
私がみなまで言う前に、男の声が聞こえてきた。思ったよりも戻ってくる早い。さっき出ていったばかりなのに。
私はギリッと歯を噛みしめた。
「なぜ、この子をさらったのです。この子には何の罪もありません。」
「そうかよ。でも、オレ達はその子に用事があるんだよ。そこを退けっ!」
「どきませんっ!リリーナは連れて帰ります!!」
男とシスターエーステがにらみ合う。
「シスターエーステ。シスターエーステだけでも逃げて……お願いっ!」
シスターエーステだけなら逃げられるかもしれない。私の光魔法で無事だとはわかっていても、やっぱり大好きな人が殺されそうになるのを見ていることなんてできない。
「大丈夫です。リリーナ。もうすぐ衛兵が……。」
シスターエーステはどうやら一人で乗り込んできたわけではなかったようだ。ちゃんとに衛兵に声をかけていたようだ。
「でもっ……。」
「おまえっ!衛兵に告げ口したのかっ!!」
「いたぞっ!!あそこだっ!!」
衛兵の声が男の声に被さる。
「チッ!」
男たちは慌てて逃げようとする。私を連れて。
「リリーナは渡しませんっ!」
シスターエーステは、私を男たちから守るように抱きしめる。
「邪魔だっ!!」
「……ぐっ……。」
「シスターエーステっ!?」
男の声とともに「ザシュッ」という鈍い音が聞こえてくる。シスターエーステのくぐもった声もそれに続いた。
「……リリーナはあなたたちには渡しません。」
シスターエーステの口からは血がしたたり落ちている。
男はシスターエーステが邪魔で切り捨てたのだ。
「シスターエーステっ!?なんでっ!?どうしてっ!?」
おかしい。シスターエーステが切られる前に私の光魔法がシスターエーステと私を守るはずなのだ。それなのに、私に光魔法に目覚める気配がない。
「チッ!!」
「おいっ!もういくぞ!!その女は後回しだっ!!」
「あっちだっ!逃がすなっ!!」
男たちは私を連れて行くことをひとまずは諦めたようだ。
逃げていく男たちを衛兵2人が追いかけていく。
「シスターエーステ。シスターエーステ。」
シスターエーステの背中からは止めどなく血が滴り落ちている。あたりが血の海になる。
「リリーナ。……無事?怪我はないかしら?」
シスターエーステは重傷なのに、その口からは私を気遣う言葉ばかりが紡がれる。
「私に怪我はないわ。シスターエーステが守ってくれたから。シスターエーステ……私は……。」
「そう。……よかったわ。」
シスターエーステは痛みを感じていないように私に向かって嬉しそうに笑った。
「私は大丈夫だけれど、シスターエーステが……。血が……。」
「リリーナが無事でよかったわ。……リリーナ。可愛いリリーナ。あなたが無事で私は嬉しい……わ……。」
シスターエーステはそう言って私を抱きしめたまま力が抜けていった。
私を抱きしめているシスターエーステの体温が徐々に冷えていく。
さきほどまで感じていたシスターエーステの鼓動がどんどん弱まっていき聞こえなくなる。
そんなっ。どうしてっ!?
私の頭の中はそればかり。
本当なら光魔法でシスターエーステも私も助かるはずなのに。どうして、シスターエーステが死んでしまわなければならないの?どうして……。
「嫌よっ!いやっ!!シスターエーステっ!!生き返ってよっ!!」
私がそう叫んだ瞬間、シスターエーステの身体を真っ黒な炎が包み込んだ。
「なっ!?」
乙女ゲームになかった展開に私の顔は恐怖に彩られる。
シスターエーステの身体が真っ黒な炎の中でくるくると踊り始めた。
「リリーナ……。かわいい……リリーナ。」
シスターリリーナが炎の中で私の名前を呼ぶ。
私はそれを呆然として見つめていた。
しばらくして、黒い炎が収まるとシスターエーステがその場に立っていた。
……シスターエーステが生き返った……?
でも、あの黒い炎は……光魔法なんかじゃない。アレは……。
「闇魔法っ!?」
戻ってきた衛兵が驚いた表情をして叫んだ。
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