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第17話

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「失礼するっ!ユフィリアはまだいるか!ユフィリアがまだ屋敷に帰ってきていないんだっ!」

 ナーガさんから猫の赤ちゃんのお世話の方法を教えてもらっていると、慌てながらルードヴィッヒ様がやってきた。
 私はハッとなって時計を見る。
 時計は夜7時を指していた。
 確かにいつもは5時までには帰宅していた。今日は、猫の赤ちゃんを保護してしまったため家に帰るのが遅くなった。遅くなるなら遅くなると家に伝達すればよかったのだが、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

「あら、コンフィチュール辺境伯いらっしゃい。ちょうどよかったわ。」

「も、申し訳ございません。ルードヴィッヒ様。連絡を入れるのを忘れておりました。」

「ああっ!ユフィリアよかったっ!心配していたんだよ。」

 ルードヴィッヒ様はナーガ様への挨拶もそこそこに私の元へ大股でよってきた。

「きゃっ!」

 そして、私はルードヴィッヒ様に強く抱きしめられた。
 初めてルードヴィッヒ様の腕の中に捕らわれた私は目を白黒させた。
 いったい、なぜ。私はルードヴィッヒ様に抱きしめられているのだろうか。

「よかった。ユフィリア、よかった。」

 ルードヴィッヒ様は何度も「よかった」と呟きながら私の肩口に顔を寄せる。

「も、もうしわけございません。」

 私はとてもルードヴィッヒ様を心配させてしまったようだ。
 ミーア様を置いて私のことを探しに来てくれるだなんて……。と思うと思わず涙が浮かんできてしまう。
 ミーア様よりも私のことを初めて優先してくれたような気がして。

「なにがあったんだ?君が連絡もなく遅くなるだなんて……。君はとってもしっかりした誠実な女性だから、私はとても心配していたんだ。君が帰ってこなくて心配で心配で。ミーアにも怒られてしまったよ。」

「いえ……。帰宅途中に猫の赤ちゃんを見つけてしまって……。とても身体が冷たかったのでナーガ様に助けを求めておりました。」

「……そうか。君はなんともないんだな?」

 ルードヴィッヒ様は至近距離で私の目を見つめながら心配そうに問いかけてくる。
 私はルードヴィッヒ様を直視できなくて、そっと目を逸らす。

「私は、大丈夫です。」

「よかった。」

 ルードヴィッヒ様は私のことがよほど心配だったのか、私の身体を離そうとしない。

「はいはい。仲がとってもよろしいのね。安心したわ。」

 ナーガ様が手をパンパンッと二回叩いてルードヴィッヒ様の意識をナーガ様に向ける。ルードヴィッヒ様はナーガ様の存在に気がついて私からパッと離れた。
 ルードヴィッヒ様の体温が離れていくことがなぜかとても寂しかった。

「今、ユフィリアさんに猫の赤ちゃんのお世話の仕方を教えていたのよ。どうやらこの子、お母さんと離れてしまったみたいで。衰弱していたところをユフィリアさんが保護してくださったのよ。だからね、せっかくだからユフィリアさんにこの赤ちゃんを育ててもらったらどうかと思って、お世話の仕方をレクチャーしていたのよ。もちろん、コンフィチュール辺境伯も一緒にお世話をしてくださるでしょう?」

「君は、とても素晴らしいおこないをしていたんだね。さすがはユフィリアだ。もちろん、私もユフィリアと一緒に世話をするよ。」

 ルードヴィッヒ様は優しく微笑んで私を見つめてくる。

「よかったわ。二人でちゃんとにお世話をしてね。赤ちゃんのお世話はとっても大変なんだから。ユフィリアさんにだけ任せておいたらダメよ?」

「ええ。わかっています。この一週間ずっとミーアのことを見ていましたからね。」

「そうだったわね。ああ、ちょうどいいわ。」

 ナーガさんはそう言って名案が浮かんだとばかりに手を叩いた。

「……?」

 ちょうどいいってなにがだろう。私はわからずに首を傾げる。

「赤ちゃんはね、お母さんの母乳で育つのが一番いいのよ。お母さんの母乳にはいろいろな免疫が含まれていてね。母乳を飲むことで赤ちゃんはすくすく育つのよ。ここにあるミルクは猫のお母さんからとったミルクではないの。山羊のミルクなのよ。もちろん山羊のミルクでも猫の赤ちゃんは育つわ。でも、一番は猫のお母さんの母乳を飲むことなの。」

「は、はあ。知りませんでした。」

 私はナーガさんの説明に頷く。
 猫の母乳の方が良いということは、この保護猫施設にいる猫で母乳が出る猫を探すということだろうか。
 でも、この一週間保護猫施設に通ったが、子猫はいても猫の赤ちゃんの姿は見ていない。

「この施設には、今赤ちゃんに母乳を提供できる猫ちゃんがいません。でも……。」

「ミーアがいる!」

 ナーガさんの声を遮ってルードヴィッヒ様は声を上げた。

「ええ。そう。ちょうど最近赤ちゃんを産んだミーアちゃんがいるわ。ミーアちゃんが受け入れてくれるかはわからないけれど、もしミーアちゃんが受け入れてくれればこの子のためにもなるわ。」

 ナーガさんはルードヴィッヒ様に声を遮られたことが気にならないようでそのまま言葉を続けた。
 私は意味がわからなくて、視線を彷徨わせる。

 確かにミーア様は赤ちゃんを産んだばかりで母乳がでるだろう。でも、人間の母乳でもいいの……?

 なにかがおかしい。
 私はなにか勘違いをしている……?
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