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ちょっと好き
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——そんな、どこにでもあるような、ありきたりな別れでも十代の心には深く突き刺さって忘れられないもの。
別に今はもう悲しくもない。途中で新しく彼氏もできた。もう別れたけれど、あの時の彼よりも悲しくはなかったな。
結局アナウンサーにはなれなかった。
書類整理と数字の打ち込みを行う毎日。電話対応をして、クレームを処理して、上司に報告する。ごく普通の社会人になっていた。
夢は叶わなかったけど、それに対して別になんの後悔もない。考えて、色んな現実を見て、諦めたのだから。
投げ出したんじゃない。私はオトナになったのだ。
彼は臨床検査技師になれたのだろうか? 知らない。知りたくもない。諦めたのか、突き進んだのか。
でも、彼のことだからきっと一生懸命なんだろうな。
学生の頃よりも広くて、寂しくない部屋。アパートからマンションに移って、生活スタイルも変わって。
後輩もどんどん増えて、責任もだんだん重くなって、親もそろそろ死期が迫っていって、私は私だけで立たなくちゃいけない。
一人で立っているのが辛いから、きっと誰かと暮らすんだろうなぁ。
あ、彼氏、欲しいな。今度は結婚できる人。
婚活サイトに登録はしてみたものの、条件を打ち込むのが面倒くさくって、全然進んでいない。
年収は、学歴は、子供の有無は、教育方針は、家庭環境は——。
ご飯を食べたら、またやろうっと。
だいぶ私はオトナになれたかな。
でも、まだ桜は嫌い。
窓の外から見えるたくさんの桜を見ると、胸の奥がざわざわするのだ。
痛みじゃない、苦しみじゃない何かがわき上がってきて、どうしようもない気持ちになる。心臓から首にかけて冷たくなっていく感覚。でも、同時に熱いのだ。
たまに、彼のことを考えて、ああ、いけない。また現実に戻っていく。
もしも、この町に彼がいたら。
何度そんな意味のない妄想をしたことか。いたから何なのだ。
きっと、私のことだから話しかけられるのを待っているのに違いない。
きっと、彼のことだからそんな私をみて、見て見ぬ振りをするのだろう。
それで、私がふと気を抜いたときに勢いよく現れるのだ。
ちょっとだけの可能性を考えて、ふ、と頬が緩む。馬鹿馬鹿しくて、笑えてくるの。
そんなこと考えたって彼は来やしないんだから。
「——っ!」
名前を呼ばれて、
「 」
ひさしぶり、なんて笑いあって、
「 !」
またご飯行こうよって新しいSNSを交換して、
それから、それから——、
なーんて、ね。
桜が咲き始めたときまで実り続けていた恋が、桜の散る頃にはなくなっていた。もう実るような恋は見つからないのだろう。張り裂ける悲しみも感じないのだろう。
桜を見る度に彼を永遠に失い続ける。
だから桜が嫌い。
でも、ちょっとだけ好き。
未だに彼の顔を忘れないのは、桜のおかげだから。
別に今はもう悲しくもない。途中で新しく彼氏もできた。もう別れたけれど、あの時の彼よりも悲しくはなかったな。
結局アナウンサーにはなれなかった。
書類整理と数字の打ち込みを行う毎日。電話対応をして、クレームを処理して、上司に報告する。ごく普通の社会人になっていた。
夢は叶わなかったけど、それに対して別になんの後悔もない。考えて、色んな現実を見て、諦めたのだから。
投げ出したんじゃない。私はオトナになったのだ。
彼は臨床検査技師になれたのだろうか? 知らない。知りたくもない。諦めたのか、突き進んだのか。
でも、彼のことだからきっと一生懸命なんだろうな。
学生の頃よりも広くて、寂しくない部屋。アパートからマンションに移って、生活スタイルも変わって。
後輩もどんどん増えて、責任もだんだん重くなって、親もそろそろ死期が迫っていって、私は私だけで立たなくちゃいけない。
一人で立っているのが辛いから、きっと誰かと暮らすんだろうなぁ。
あ、彼氏、欲しいな。今度は結婚できる人。
婚活サイトに登録はしてみたものの、条件を打ち込むのが面倒くさくって、全然進んでいない。
年収は、学歴は、子供の有無は、教育方針は、家庭環境は——。
ご飯を食べたら、またやろうっと。
だいぶ私はオトナになれたかな。
でも、まだ桜は嫌い。
窓の外から見えるたくさんの桜を見ると、胸の奥がざわざわするのだ。
痛みじゃない、苦しみじゃない何かがわき上がってきて、どうしようもない気持ちになる。心臓から首にかけて冷たくなっていく感覚。でも、同時に熱いのだ。
たまに、彼のことを考えて、ああ、いけない。また現実に戻っていく。
もしも、この町に彼がいたら。
何度そんな意味のない妄想をしたことか。いたから何なのだ。
きっと、私のことだから話しかけられるのを待っているのに違いない。
きっと、彼のことだからそんな私をみて、見て見ぬ振りをするのだろう。
それで、私がふと気を抜いたときに勢いよく現れるのだ。
ちょっとだけの可能性を考えて、ふ、と頬が緩む。馬鹿馬鹿しくて、笑えてくるの。
そんなこと考えたって彼は来やしないんだから。
「——っ!」
名前を呼ばれて、
「 」
ひさしぶり、なんて笑いあって、
「 !」
またご飯行こうよって新しいSNSを交換して、
それから、それから——、
なーんて、ね。
桜が咲き始めたときまで実り続けていた恋が、桜の散る頃にはなくなっていた。もう実るような恋は見つからないのだろう。張り裂ける悲しみも感じないのだろう。
桜を見る度に彼を永遠に失い続ける。
だから桜が嫌い。
でも、ちょっとだけ好き。
未だに彼の顔を忘れないのは、桜のおかげだから。
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