ハルカの唄

堀尾さよ

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 中学二年の時、私は失恋した。

 告白する前に、私の恋は実らないことに気付いて、失恋した。
「水元さんってさ、ハルカちゃんと仲良いよね?」 
 その一言で、この男子は私に何を求めているのかが分かった。  
 ちょっとだけ私も思い上がっていた。クラスメイトの、サッカー部の男子。焼けた肌と白い歯のコントラストが素敵で、私よりもちょこっとだけ高い背丈が、好きだった。優しくて、隣の席になったときからちょくちょく話していた。
 他愛もない話。担任の癖とか、明日の天気とか、宿題の難易度とか、そういう。
 はじめて男子を異性として見ていた。恋愛ドラマが流行していたこともあるけれど、それなりに恋をしていた。
 手を繋いだら、とか。
 デートに行ったら、とか。
 キス、したら、とか。
 そんな妄想をしては、ドキドキさせていた。勝手に頬は熱くなるし、その人と話す度にちょっと声が上ずったりするし、苦しくも楽しいそんな一時を過ごしていた。

 けれど、「ハルカちゃんと仲良いよね?」っていう言葉で恋心はがらがらと崩れ去った。そのに彼の本当の気持ちが隠されていたのだ。
 ハルカと仲良くなるための、私だった。
 私は、ハルカの踏み台だった。

 私がハルカのオマケだって気が付いて――本当はとっくの昔に気が付いていたのだけれど、第三者からそういう風に扱われて、初めて自分の立場に気が付いた。
 
 承認欲求と自意識の塊の私は、完璧な女の子の金魚の糞だったのだ。

「ウタちゃん、どうしたの?」

 そう。こうやってハルカは私に毒を与えるのだ。
 私が一人で泣いていると、ハルカはどこからともなく現れて、私を慰める。

 確かあれは体育館の裏。移動教室の途中。

 着替えている途中に急に泣きたくなって、暗くてジメジメした体育館の裏側で、しゃっくりを上げていた。
 失恋と、カーストと、己の醜さがぐちゃぐちゃになって思春期の頭を覆い尽くした。私は誰からも認められないし、誰からも愛されないのだ。
 そう考えれば考えられるほど、涙が溢れた。もうこれは止められないのだ。
 そんなときに女神は現れる。
 他の人にはお腹が痛いから保健室に行くと言っておいたのに。ハルカだけは私の後を追ってきたようだった。
「大丈夫だよ。誰にも言わないし、ウタちゃんが何も言いたくないなら、わたしも戻る」
 縮こまって泣いている私の背中を優しくさすりながら、ハルカは歌うような声で囁く。

「私、怖いの」
「怖い?」
「怖い。これからどうなっちゃうのか怖い。高校も、どこ行けばいいのかわからないし、多分彼氏とかも出来ないし、お母さん怖いし、バカだし、怖い」

 ぽろぽろ零れた声は全部本音だった。ゴッチャゴチャの感情が、脳の中で乱雑に積み上げられて取り留めも無い言葉になって、全部そのままハルカの前で零してしまった。

 意味、わかんないだろうな。

 私のグチャグチャを聞いたハルカは優しく背中をさすり続けていた。
「大丈夫。全部大丈夫だよ」
 何が大丈夫なのだろうか。わからない。でも、ハルカは心の底から「大丈夫」だと言っているのだろうということはわかった。
「わたしがいるからね。ウタちゃん」
 ああ、私にはハルカがいるんだ。
 ハルカが親の代わりに、彼氏の代わりに、友達の代わりにたっぷりと愛を注いでくれるのだ。
 私は涙と鼻水でまみれた顔面を擦りながら、ハルカを見た。にっこりと微笑みを浮かべている。お母さんが優しかったらこんな感じなんだろうな。

「わたしはウタちゃん、大好きだから」

 大好き。
 その言葉で脳がとろけた。
 ぐちゃぐちゃの感情がほろほろにほどけ、もう悩んでいたのがバカらしくなった。
 涙もひっこんで、小さいしゃっくりだけが残った。ハルカはそんな私を見て、にっこり笑った。安心させる笑顔に、私も釣られて口の端っこを上げた。
「ねえ、大人になったら一緒に暮らそうよ。そこで、わたしとウタちゃんだけのお城を作ろうよ」
 完璧な女の子に与えられた完璧になる権利。私はそれに食いついた。
「うん、一緒に暮らす」
 私は嗚咽を零しながら何度も頷いた。頷きながら、震えた。
 私とハルカで、二人だけ。その世界のなんと素晴らしいことか!

「ウタちゃん、約束。絶対わたしと一緒にいてね」

 ハルカが私の名前を呼ぶ度に、ここにいていいんだって思えた。ハルカが私を大好きなように、私もハルカが大好きだった。
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