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番外 攻略対象者たちのその後 〜アーベル編③

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 父への報告を終えたアーベルは、再び王城へ戻った。
 正直に言って、もうアーベルの心にミリカの存在は少しも残っていなかった。
 心にあるのは、自分たちが虐げて、人生を奪ってしまった妹のことだけ。

 アーベルの報告を聞いたアレックスは難しい顔をして腕を組んだ。

「何ということを………マーゼリー伯爵夫人は厳罰にするよう、父上に進言しましょう」

「はい、お願いします。それで……殿下にはもう一つお願いがあるのですが」

「何でしょう?」

「殿下がユリアンナから聴取する時に、同席させていただけませんか」

「それは構いませんが……ユリアンナに何か伝えることが?」

 アレックスの問いかけに、アーベルは静かに頷く。

「………ユリアンナが望むならば、公爵家に復籍させるつもりです」

 アーベルの言葉を聞いて、アレックスは目を瞠った。
 『氷の貴公子』とも呼ばれるほど感情を表に出さないアーベルが、痛みを感じているような表情をしていたからである。

「父はマーゼリー夫人の件を知ってもなおユリアンナを道具としてしか見ていません。正直に言って、私は父に失望しました。これ以上、ユリアンナの人生を父に奪わせたくない」

「………分かりました。僕も出来る限りは手を尽くしましょう」

 そうしてアーベルは翌日、ユリアンナと再会することになる。





 ユリアンナが公爵家に戻ったら、今度はアーベルはどんな手を使ってもユリアンナを守るつもりでいた。
 しかし、ユリアンナはそれを拒んだ。
 そして全ての罪を一人で被って、旅立ってしまった。
 4歳の時に、生まれたばかりの妹を見て「自分が守るんだ」と抱いた決意は、叶える機会を永遠に失った。

 ユリアンナが旅立つ前、アーベルはユリアンナと2人だけで話す時間をもらった。

「許してくれなんてことは言わない。許せるものでもないと思うから。だが、これから何か困ることがあれば、いつでも私を頼ってほしい。アーベル・シルベスカは冒険者ユリアンナに協力を惜しまない」

 アーベルがそう言うと、ユリアンナはその大きな紅色の瞳を溢れんばかりに見開いて、大きな口を開けて笑った。

「ははっ。私、結構強いので困ることはそんなにないと思いますけど。でも、ありがとうございます。お兄様」

 我儘で、傲慢で、どうしようもなく嫌っていた妹の屈託のない笑顔を見て、改めて失うものの大きさを実感する。
 アーベルはその日初めて『寂しい』という感情を知った。

 ユリアンナが去った後、アーベルはユリアンナの名誉の回復に奔走した。
 まず、マーゼリー伯爵夫人の過去の暴挙を白日の元に晒した。
 マーゼリー夫人は優れた家庭教師ガヴァネスとして社交界でも一定の地位を持っていたため、この事件はかなりセンセーショナルに取り上げられた。

 騎士団に捕縛されたマーゼリー夫人は、マーゼリー伯爵と離縁の上、修道院に10年間収容されることが決まったという。
 修道院とはいえ、罪人が送られる女子刑務所のようなところなので、生活はかなり厳しいものになるだろう。
 侯爵家に生まれ、貴族としての生活を謳歌していたマーゼリー夫人には、何年も耐えられないかもしれない。

 次に、アーベルは父の所業を公にすることにした。
 マルクス・シルベスカは類い稀なる有能さで国に功績を残したのは間違いないが、一方でその『人を人とは思わない』言動が多くの人々の恨みを買っていた。
 アーベルは父が犯した様々な非人道的な行いや、ユリアンナに対する仕打ちを公表することで、父に恨みを持つ者たちが声を上げやすい環境を作った。

 マルクスがアーベルの所業に気がついた時には、既に収拾が不可能なほど話が広がってしまい、シルベスカ公爵の力を持ってしても揉み消すことはできなかった。
 アーベルは父に失墜した権威を突きつけ、当主交代へ追い込むことに成功したのである。
 マルクスは妻と共に、領地へ向かい蟄居した。
 
 父から奪い取った公爵家当主の執務室で、アーベルは一人、新聞に目を通していた。
 最近、東のハンミョウ王国という国で、2人の冒険者が爵位を授けられたのだという。
 何でも、ハンミョウ王国の特産品を世界に広めることに貢献し、傾いていた国の財政を立て直すどころか、国民全員の暮らしが向上するほど豊かにしたのだとか。

 最近、物凄く活躍している2人組の冒険者がいるという噂はアーベルの耳にも入っていた。
 ハンミョウ王国で叙爵を任ぜられたのは、その2人組に違いない。

 あれから、ユリアンナからの連絡は一度もない。

「便りがないのが良い知らせ、か………」

 そう独り言ちながら、アーベルは新聞の該当記事を切り抜き、机の引き出しから取り出したスクラップブックに丁寧に貼り付ける。

 『氷の貴公子』のこんな一面を知る者は、数人の使用人と護衛以外には誰もいない。


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