上 下
58 / 81

53. ミリカの前世②

しおりを挟む
 桃奈が意識を取り戻すと、病院のベッドの上だった。
 背中を刺されたものの、一命を取り留めたらしい。
 目覚めた時、側に家族はいなかった。
 あとから来た医師に聞くと、桃奈は何と3週間もの間意識を失っていたらしい。

 久々に体を動かそうとすると、上手く動かない。
 まともに手を動かせるようになったのは2日後だった。
 手が動かせるようになって、久々にスマホの電源を入れた。
 不在着信やメッセージがいくつか入っていたが、秋からの連絡はなかった。

「チッ……《イケパー》のシーズンイベント、攻略できないまま終わっちゃった」

 アプリのホームボタンの絵柄が更新されているのを見て、舌打ちする。
 次にSNSの『アイスタグラム』(通称:アイスタ)を開くと、通知が恐ろしいほどに来ていた。

「えっ……何?私、なんかバズった?」

 通知を開いてみると、直近の投稿へのコメントやDMが1000件以上届いている。
 DMのひとつを開いてみて、桃奈は驚愕した。
 そこには、目を覆いたくなるような罵詈雑言が書き連ねられていたのである。

「な、なんで……?」

 他のDMやコメントも、ほぼ全てが桃奈に対して批判的なものであった。
 桃奈は恐怖のあまりSNSを閉じてホーム画面からアプリを削除した。
 あれらのDMやコメントの多くは、フォロワーから届いたものではなかった。
 つまり、桃奈の名前が何らかの理由で広まっているということである。

 桃奈は恐る恐る検索サイトを立ち上げ、自分の名前を打ち込んでみる。
 するとたくさんのニュースサイトがヒットした。
 そのうち一番最初にヒットしたサイトを開いてみると、そこには驚くべきことが書いてあった。

『K大・女子大生刺殺未遂事件の犯人(18)は被害者の女性(19)から苛烈なイジメを受けていた!』

 大きく書かれた記事の見出しの下には、その犯人が受けたというイジメの内容が克明に記されていた。
 そしてコメント欄には「被害者の女性=K大1年の飯塚桃奈」「飯塚桃奈最低だな」「飯塚桃奈の自業自得じゃん」などと桃奈の実名が書き連ねられていた。

「何これ……!何なのよ……!!」

 記事の内容をじっくり読むと、確かに桃奈にも覚えがある内容だった。
 桃奈を刺したのは、中学の時に下僕に襲わせて写真で脅し、のちに転校した女子だったようだ。

「私、殺されそうになったのよ……!なのに何で私が責められないといけないの!?」

 桃奈が理不尽さに泣き叫ぼうとも、誰も慰めてはくれない。
 家族でさえも桃奈が目覚めてから一度も病室を訪れていなかった。
 数日経つと、桃奈のスマホに直接批判の電話やメッセージが届くようになり、桃奈はスマホの電源を落とした。

 さらに数日が経ち、入院生活を送る桃奈のもとに初めて見舞客がやって来る。
 その客は、桃奈が大嫌いな鈴木葵だった。

「飯塚さん、久しぶりね」

 久しぶりに会う葵はさらに美しく、大人っぽくなっていた。

「……何?私を笑いに来たわけ?」

 桃奈が葵を睨め付けながらそう言うと、葵はクスリと笑みを漏らす。

「そんなわけないでしょ。あなたじゃないんだから」

 葵にそう返され、桃奈の顔が怒りでカッと紅潮する。

「……本当に嫌味な人ね!大っ嫌い」

「あらそう?私はあなたの助けになろうと思って来たんだけど、必要なかったかしら」

「は?どういう意味?」

「だってあなた今、大変な状況でしょ?」

 葵はそう言うと、バッグの中から名刺を取り出して桃奈の前に差し出す。

「うちの父が法律事務所をやってるの。……つまり、弁護士。ネットでの誹謗中傷なんかの経験も豊富だから、困ったらここを頼ってみて」

 桃奈は名刺を受け取り、唖然とする。
 葵は桃奈に対して良い感情は抱いていないはずである。
 なのに何故、こんな風に手助けしてくれるのか?

「なんで……?」

 桃奈がそう呟くと、葵は口元に穏やかな笑みを浮かべる。

「……私ね。2年前にあなたから酷いことをされて、自分と同じような目に遭った女性の力になりたいと思って弁護士を志したの」

「……T大の法学部って聞いたわ」

「ええ、そうよ」

 葵はT大に通っていることを自慢するでも偉ぶるでもなく淡々と肯定する。

「でもね。勉強していくうちに、助けが必要なのは、被害者だけじゃないって気付いたの。むしろ被害者を減らすには、加害者をケアする必要があるってこと」

「……意味が分からないわ」

 そう、桃奈には葵が何故そんな話をするのかが分からない。
 桃奈の中で自分は完全なる被害者で、加害者であるとは微塵も思っていないからだ。

「飯塚さん。『サイコパス』って知ってる?」

「サイコパス……聞いたことはあるけど。それが何なの?」

「私は、あなたが『サイコパス』なんじゃないかと思ってる」

「はぁ?何それ、頭がおかしいってこと?」

「違うわ。むしろ、頭は良いはずよ」

 桃奈は心底意味が分からないという風に首を傾げる。

「ただ、善悪の基準が他人と異なるの。だから平気で他人を傷つけてしまう」

「別に傷つけてないし!」

「傷つけたでしょう?」

 葵に真正面から問い返され、桃奈は顔を背ける。
 傷つけた自覚はないが、真っ直ぐに葵を見ることができない。

「とにかく、あなたが社会で人を傷つけずに生きていけるように支援をしたいのよ。だから、困ったらここに連絡をちょうだい」

 葵はそう言うと、桃奈の返事を聞かずに席を立つ。
 そのまま病室を出ようとして、振り返る。

「……あ、そうだ。2年前の仕返しをさせてもらうわね。実は私、秋とは別れてないの。とある事情があって来年学生結婚する予定なのよ」

 呆気に取られた桃奈を尻目に、見惚れるほどの美しい笑顔を残して葵は去った。
 その後、病室には桃奈の慟哭が響き渡った。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...