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35. 学園内の雰囲気 〜アレックスside
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アレックスは最近悩んでいた。
それは、婚約者であるユリアンナ・シルベスカについてだ。
ユリアンナとアレックスの婚約は、2人が5歳の時に成った。
ユリアンナの父であるシルベスカ公爵が王室との繋がりを得たいがためにゴリ押しした婚約だったが、本当はアレックスではなく第一王子のヴァージルと婚約させたかったようだ。
しかし国内最有力の公爵家の後ろ盾を得られるこの婚約は、王家にとっても悪い話ではなかった───はずだった。
そう………ユリアンナが、王家に嫁ぐに相応しい淑女であるならば。
幼い頃はそうでもなかったと思うのだが、歳を重ねるごとにユリアンナは傲慢で横暴になっていった。
お茶会に出れば「自分のより高価な髪飾りを着けている」「自分とドレスの色が被っている」などと他家の令嬢に因縁をつけて騒ぎを起こす。
気に入らないことがあれば、使用人や侍女に平気で暴言や暴力を浴びせる。
かと思えばアレックスやシルベスカ公爵家の家族の前ではやたらと甲高い声で媚を売るものだから、あまりの変わりように幼いアレックスは恐怖を抱いた。
少し離れて欲しいと言ってもベッタリとくっついてくるし、いつも自分の話ばかりでアレックスのことを知ろうともしない。
はっきり言ってアレックスはユリアンナに辟易していた。
建設的な会話ができないし、疲れるだけだからできるだけ会いたくないと思っていた。
だから学園入学の一年前にユリアンナから「2ヶ月に一度のお茶会をやめよう」と言われた時は、正直ホッとした。
あれだけアレックスに媚びて縋っていたユリアンナが急に冷めた態度で「会わない」と言い出したことに少し違和感を抱いたけれど、「もう会わなくて良い」という嬉しさの方が勝った。
むしろ、ユリアンナに他に想う相手ができたのならそちらの方が都合が良いとまで思った。
学園に入ってからも、ユリアンナのことはずっと避けてきた。
違うクラスなのだから顔を合わせなくて当然なのだと、当たり前の挨拶ややり取りすら放棄してきたのだ。
自分はユリアンナに迷惑をかけられているのだから、それで良いのだと思っていた。
───オズワルドから「婚約者と向き合ってみたら?」と忠告されるまでは。
あの会話をしてから、アレックスは学園で意識してユリアンナを目で追うようになった。
ゴールドローズ学園では制服さえ着用すれば装飾は自由なため、高位貴族の令嬢は権威を主張するためにも宝飾品を身に付けて煌びやかにしているが、ユリアンナは宝飾品の一つすら身につけていない。
そして誰と交流するわけでもなく、いつも一人静かに過ごしている。
しかし、夜会でのユリアンナは学園での様子が嘘のようにギラギラに着飾っている。
以前のようにアレックスに媚びてくることはなくなったが、ミリカに突っかかって問題を起こす姿は以前と同じユリアンナのように見える。
アレックスにはユリアンナのそのギャップが、どうにも気持ち悪く感じられた。
ただの傲慢令嬢の気まぐれだと片付けてしまえば簡単だが、何故だかそうしてしまってはいけないような焦燥を覚える。
そこで、アレックスは学園でユリアンナに話しかけてみることにした。
「ユリアンナ、おはよう」
アレックスの声かけに振り返ったユリアンナは、少し驚いたようにその紅色の瞳を丸くして、すぐにカーテシーをする。
「……アレックス殿下にご挨拶申し上げます」
ユリアンナが軽く頭を下げると、緩く巻かれた美しい金髪がサラリと肩から落ちる。
(………ユリアンナはこんなに美しかっただろうか)
あまり厚く白粉を塗っていないのにその肌は陶器のように真っさらで、紅を差していない頬と唇はほんのりと薄桃色に染まっている。
化粧をほとんどしていないことが、逆にユリアンナの美しさを引き立たせている気さえする。
それに……いつもの媚びたような笑顔でも、他者を詰るときの醜悪な顔でもないユリアンナの真顔の造形は何と整っていることか。
アレックスが暫し見惚れていると、ユリアンナが訝しげに眉を寄せる。
「あの………もう、よろしいですか?わたくし、授業の前に済ませたいことがあるのですが……」
「あ、ああ。すまない、引き留めて。それではまた……」
アレックスが慌てて返事をすると、ユリアンナは小さく頭を下げてからアレックスに背を向けて自身の教室へと向かった。
もしかしたら今のユリアンナであれば、例え結婚することになっても少しずつ歩み寄れるのかもしれない。
アレックスの胸にそんな予感が浮かんだ。
◇
ユリアンナを気にかけるようになってから、アレックスは意図的にミリカと距離を置くようにした。
ミリカのことは好ましいと思っている。
一緒に話していて価値観が合うと感じるし、ほっとできる。
彼女自身も勤勉で優しく、非の打ちどころのない女性だと思う。
だが、自分は婚約者がいる身。
中途半端な気持ちでミリカに近づくことは、ミリカにも婚約者であるユリアンナにも申しわけが立たない。
そんな考えから、ミリカを遠ざけようとした。
しかしそんなアレックスの決意を嘲笑うように、学園内にとある噂が出回るようになる。
「アレックス殿下は本当はミリカ様を想っていらっしゃるのに、ユリアンナ様の存在がそれを邪魔しているのですわ」
「曲がりなりにも公爵家の令嬢ですから、ミリカ様に想いを伝えることが憚られるのでしょうね」
「お可哀想なアレックス殿下とミリカ様……。わたくしたちが後押しして、何とかお二人が結ばれるようにできないかしら?」
アレックスとミリカが実は恋仲であると、学園の生徒たちに囁かれるようになってしまった。
ミリカと結ばれる未来を想像したことがないかといえば、嘘になる。
ユリアンナよりもミリカの方が妃に相応しいと思ったこともあった。
だがしかし、婚約者がいる状態でこのような噂が立っても、まるで自分が浮気者だと言われているようなものではないか。
アレックスは、どうすれば良いかと頭を抱えた。
サイラスとジャックも、自分たちがミリカに懸想しているからか、一緒に行動してもどことなくぎこちなくなってしまった。
───やはり、ミリカとはきっぱり距離をおいた方がいい。
ちょうどアレックスがそう決心した頃、あの事件が起こることになる。
それは、婚約者であるユリアンナ・シルベスカについてだ。
ユリアンナとアレックスの婚約は、2人が5歳の時に成った。
ユリアンナの父であるシルベスカ公爵が王室との繋がりを得たいがためにゴリ押しした婚約だったが、本当はアレックスではなく第一王子のヴァージルと婚約させたかったようだ。
しかし国内最有力の公爵家の後ろ盾を得られるこの婚約は、王家にとっても悪い話ではなかった───はずだった。
そう………ユリアンナが、王家に嫁ぐに相応しい淑女であるならば。
幼い頃はそうでもなかったと思うのだが、歳を重ねるごとにユリアンナは傲慢で横暴になっていった。
お茶会に出れば「自分のより高価な髪飾りを着けている」「自分とドレスの色が被っている」などと他家の令嬢に因縁をつけて騒ぎを起こす。
気に入らないことがあれば、使用人や侍女に平気で暴言や暴力を浴びせる。
かと思えばアレックスやシルベスカ公爵家の家族の前ではやたらと甲高い声で媚を売るものだから、あまりの変わりように幼いアレックスは恐怖を抱いた。
少し離れて欲しいと言ってもベッタリとくっついてくるし、いつも自分の話ばかりでアレックスのことを知ろうともしない。
はっきり言ってアレックスはユリアンナに辟易していた。
建設的な会話ができないし、疲れるだけだからできるだけ会いたくないと思っていた。
だから学園入学の一年前にユリアンナから「2ヶ月に一度のお茶会をやめよう」と言われた時は、正直ホッとした。
あれだけアレックスに媚びて縋っていたユリアンナが急に冷めた態度で「会わない」と言い出したことに少し違和感を抱いたけれど、「もう会わなくて良い」という嬉しさの方が勝った。
むしろ、ユリアンナに他に想う相手ができたのならそちらの方が都合が良いとまで思った。
学園に入ってからも、ユリアンナのことはずっと避けてきた。
違うクラスなのだから顔を合わせなくて当然なのだと、当たり前の挨拶ややり取りすら放棄してきたのだ。
自分はユリアンナに迷惑をかけられているのだから、それで良いのだと思っていた。
───オズワルドから「婚約者と向き合ってみたら?」と忠告されるまでは。
あの会話をしてから、アレックスは学園で意識してユリアンナを目で追うようになった。
ゴールドローズ学園では制服さえ着用すれば装飾は自由なため、高位貴族の令嬢は権威を主張するためにも宝飾品を身に付けて煌びやかにしているが、ユリアンナは宝飾品の一つすら身につけていない。
そして誰と交流するわけでもなく、いつも一人静かに過ごしている。
しかし、夜会でのユリアンナは学園での様子が嘘のようにギラギラに着飾っている。
以前のようにアレックスに媚びてくることはなくなったが、ミリカに突っかかって問題を起こす姿は以前と同じユリアンナのように見える。
アレックスにはユリアンナのそのギャップが、どうにも気持ち悪く感じられた。
ただの傲慢令嬢の気まぐれだと片付けてしまえば簡単だが、何故だかそうしてしまってはいけないような焦燥を覚える。
そこで、アレックスは学園でユリアンナに話しかけてみることにした。
「ユリアンナ、おはよう」
アレックスの声かけに振り返ったユリアンナは、少し驚いたようにその紅色の瞳を丸くして、すぐにカーテシーをする。
「……アレックス殿下にご挨拶申し上げます」
ユリアンナが軽く頭を下げると、緩く巻かれた美しい金髪がサラリと肩から落ちる。
(………ユリアンナはこんなに美しかっただろうか)
あまり厚く白粉を塗っていないのにその肌は陶器のように真っさらで、紅を差していない頬と唇はほんのりと薄桃色に染まっている。
化粧をほとんどしていないことが、逆にユリアンナの美しさを引き立たせている気さえする。
それに……いつもの媚びたような笑顔でも、他者を詰るときの醜悪な顔でもないユリアンナの真顔の造形は何と整っていることか。
アレックスが暫し見惚れていると、ユリアンナが訝しげに眉を寄せる。
「あの………もう、よろしいですか?わたくし、授業の前に済ませたいことがあるのですが……」
「あ、ああ。すまない、引き留めて。それではまた……」
アレックスが慌てて返事をすると、ユリアンナは小さく頭を下げてからアレックスに背を向けて自身の教室へと向かった。
もしかしたら今のユリアンナであれば、例え結婚することになっても少しずつ歩み寄れるのかもしれない。
アレックスの胸にそんな予感が浮かんだ。
◇
ユリアンナを気にかけるようになってから、アレックスは意図的にミリカと距離を置くようにした。
ミリカのことは好ましいと思っている。
一緒に話していて価値観が合うと感じるし、ほっとできる。
彼女自身も勤勉で優しく、非の打ちどころのない女性だと思う。
だが、自分は婚約者がいる身。
中途半端な気持ちでミリカに近づくことは、ミリカにも婚約者であるユリアンナにも申しわけが立たない。
そんな考えから、ミリカを遠ざけようとした。
しかしそんなアレックスの決意を嘲笑うように、学園内にとある噂が出回るようになる。
「アレックス殿下は本当はミリカ様を想っていらっしゃるのに、ユリアンナ様の存在がそれを邪魔しているのですわ」
「曲がりなりにも公爵家の令嬢ですから、ミリカ様に想いを伝えることが憚られるのでしょうね」
「お可哀想なアレックス殿下とミリカ様……。わたくしたちが後押しして、何とかお二人が結ばれるようにできないかしら?」
アレックスとミリカが実は恋仲であると、学園の生徒たちに囁かれるようになってしまった。
ミリカと結ばれる未来を想像したことがないかといえば、嘘になる。
ユリアンナよりもミリカの方が妃に相応しいと思ったこともあった。
だがしかし、婚約者がいる状態でこのような噂が立っても、まるで自分が浮気者だと言われているようなものではないか。
アレックスは、どうすれば良いかと頭を抱えた。
サイラスとジャックも、自分たちがミリカに懸想しているからか、一緒に行動してもどことなくぎこちなくなってしまった。
───やはり、ミリカとはきっぱり距離をおいた方がいい。
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