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告白編
4-2
しおりを挟む息ができない。
「……っ、は」
喉が、声が、ひきつれて、
「っあ、っはははは!!」
弾けるような笑い声が部屋に響く。
「ははっ、は、むり、っ、ま、まじで」
「ふっ………ふはっ、」
岳も堪え気味に笑っているが、コントローラーを握る手はぷるぷると震えていた。バグ技にバグ技を重ねた究極のRTAコースに介入しようとしたところで、新たなバグが発生した。ブロックの隙間で増殖し続けるチンパンジーの図に、深夜のテンションも相まって笑い転げた。
「あはっ、もっ、もういいから早く消せよ」
「いや消せねーっつか動かないんだって。颯介、お前なに顔そむけてんだよ。おらちゃんと見ろ」
「むりむりっ、顔上げらんねーっ」
ひとしきり笑った後、色々試してみたが完全にフリーズしていたのでオートセーブを信じてソフトを落とした。時計を見ると、短針はとっくに頂点を越していた。
「明日早いし、もう寝るか」
そうだな、と返して颯介はベッドの横に敷かれた布団に入りこんだ。そうして一息ついてから、徐々にあたまが冷静さを取り戻していく。ここに来る前自分は、もっと別の緊張をしていたはずだった。
あれから二カ月が過ぎた。
その間、ふたりにあの日交わした関係を想起させるような接触は皆無だった。まるでなにごともなかったかのように進む日々のなか、しかし颯介は意識していた。ふたりきりになるたびに、彼の挙動を、視線の先を強く意識する。しかし隣の男はいたっていつも通りの様子で、自分の方だけおかしくなってしまったような気にもなる。
ちょっとずつって、おれが言ったから?
でもそもそもちょっとずつってなんだ。どのくらいのペースで、どのくらいの頻度で。
「もう電気消すな」
「おー」
きょうは特に、久々に岳の家に泊まることになって、余計になにか、なんか、とか。いやべつにベッドでどうこうとか、そうまでは考えてない。考えてないけど、手をつなぐとか、キスとか……そもそも、してないな。
おれたち。キスしてない。したことない。
「……」
ごろんと転がり見た先。床に置かれたままのゲーム機。今になってどうこう考えたって、さっきのテンションからその方向に振り切るのは地獄の釜ほど気恥ずかしい。もぞもぞと布団にもぐりこむ。もう寝よう。寝てしまおう。またなんか、そうなった時にそうなるだろ。
スプリングが軋む音に、岳は落ちかけた目蓋を開いた。
「颯介?」
ベッドの上。腹の上に陣取った男の姿に目を見開く。
「岳」
「な、どうした」
「……キスしたい」
暗間に慣れない視界で、颯介は岳を見つめた。驚いたような表情に、心臓がきゅっと縮こまる。
「え、い、今?」
「いま、ってか、」
耐えきれず胸元に顔をうずめて、
「おまえはしたくねーの」
蚊の鳴くような声で問いかける。ほんの数秒の沈黙が、氷遠におもえるほど長くて、いますぐにこの部屋から飛びだしたくなる気持ちを必死にこらえた。
「したいに決まってるだろ」
肩に手を置かれて、顔をあげる。岳は上半身を起こした。
「避けてるみたいにみえたなら悪かった。そういうんじゃなくて、なんつーか、今までみたいな垣根っつーか、壁、みたいなものがなくなったんだっておもうと、すこし触れたところで歯止めが効かなくなりそうで」
明かりもないなか向かい合う。暗闇は本音の発露を助長した。
「おまえ、待ってとか、やだとか言うじゃん。それでもおれの方が止めらんなくって……やらかして、やっぱり無理とか、友達のままの方がよかったとか言われたらしんどいし」
めずらしく言い淀み、
「……器用じゃないんだって。知ってんだろ」
決まりのわるそうな顔をする岳に訊ねた。
「我慢してた?」
「すげーしてた」
「おれも」
素直な恋人を前に、颯介も自分を省みる。
「お互いにさ、へんな、我慢すんのなしにしよ。ちょっとずつがいいとか言いだしたおれが言うのもなんだけど……やっぱ無理とか、今更ないから」
「おー……」
「いやだ、とかその、そういうの、びっくりして言っちゃうけど、できるだけ言わないようにするし」
「あれはあれで興奮するから言ってくれていいんだけど」
「なんなんだよ」
「嫌なときは、まじで言って」
ぎし、とベッドが軋む。岳が身を寄せて、あ、とおもった瞬間、やわらかい感触が唇に触れた。 あたまが真っ白にさらわれる。目を瞑ることも忘れて、颯介は岳の閉じた目蓋を見ていた。唇が離れて、余韻に尾を引くようにゆっくりと岳の目がひらく。視線が合わさった瞬間、ぼっと頬が赤くなり、颯介はその熱さに驚いて、あは、とちいさ笑った。
「キスってすごいな、口が触れるだけで、なんで、こんな……」
心臓が、飛びだしてしまうんじゃないかってくらいドキドキしてる。言ってから、やば、バカにされるかもとおもったが、岳はなにも言わずに颯介を引き寄せた。
「わっ」
両腕で絡め取るように抱きしめられる。苦しいほどの抱擁に身を捩るも離されず、首元に埋まる唇に「……したい」と低く囁かれた。
心臓は飛びでた。
二本目の指がはいってくる。
「……っ」
ほそく息を吐きながら、
「痛くない?」
頷き返したと同時、
「ッ……!」
敏感な場所を指先が掠めて、開いた腿がピクリと跳ねた。
「は……っ、……っ」
枕に頬を擦りつける。ほぐされる快感に感じ入りながらも、ふうふうと熱い息を飲みこむ。岳の目がもの言いたげにゆがんだ。
「なあ。なんで声ださねーの」
う、とくちびるを食む。一瞬迷った末、正直に「恥ずかしい」と吐露すると、岳は小首を傾げた。
「おれ、お前のえろい声もうコンプしたレベルだとおもうけど」
「コンプってなに、じゃなくて、これまでとはそのさ、違うじゃん」
「なにが」
おれのあたま、シラフじゃん……と颯介は両手で顔を覆いながら訴えた。これまでは、多様な状態異常によってすくなからず理性が飛んでいた。からだもこころもギリギリで、快感を前に取りつくろうことなんてできなかった。
「でも今は、おれふつうに、ふつうの状態で、そんななかで変な声だすのとか、すげー恥ずかしい」
「そっちか」
「そっち?」
「てっきり、今は友達としての行為じゃないから、そういう意味の『ちがう』かとおもった」
「そ」
それもある、というか、あらためて言われると意識する。今まではあくまでも友人として、おれが岳に頼んで、一種の救助活動として致し方なくしてもらっていただけのことを、今はただ、お互いがしたくて、してるんだとおもうと……。
「あ、おい」
ちょっとキャパオーバーだった。端に避けた布団をたぐり寄せるもあっさり払いのけられる。
「う、岳、あの」
弱音を吐こうとした口を塞がれる。内側に入ったままだった指がうごきだして、おもわず開いた唇の隙間から舌がはいってくる。勝手を知らず戸惑うばかりの舌を絡めとられ、ぬるりとやわらかく、熱い感触をすり合わされる。ゾクゾクとした恍惚が背筋を震わせ、芯から力が抜けていく。
「ん……っ、ふ……ッ」
息が上がる。こぼれた声が咥内に溶かされて、心地よさに頭がぼーっとしてくる。
「んぅ、……っ、は、あ、っ」
唇を解放されても、ひらいた喉はそのまま、もはや濡れた声を止められなかった。もう一本、薬指が括約筋を割ってはいってくる。圧迫感にくしゃりと枕の端を握りしめながらも、段々と昂っていく熱と反比例して、体のこわばりがほどけていく。丁寧になかをほぐされて、ひくひくと肉縁のねだるような痙攣が止まらなくなった頃、指が抜かれた。
「あ……」
ゴムをつけたペニスを窄まりに宛がわれる。
「きつかったら、言って」
「ん……」
にゅく、と先端が縁をひらき、
「んんっ……♡」
押しこまれていく、圧倒的な質量。
「はっ、ぁ……っ」
なにもかもを鮮明に感じる。
脈打つ熱のかたさとか、のしかかるからだの重みとか、肉が割りひらかれていく感覚を、あの時よりも、まざまざと。触れるものだけじゃなくて、岳のすこし上擦った吐息の音とか、細んだ目尻に滲む欲情も、ぜんぶぜんぶ鮮明に感じられた。恥ずかしいとおもう気持ちがなくなったわけじゃない。けれど今はむしろ、同じ温度を共有できていることが、与えられるものをありのまま感じていられることが嬉しくて、
「岳……っ」
たまらずにしがみつく。勢いがよすぎて、うお、と岳がバランスを崩しかけた。
「あ、ごめん」
「いや……」
いいよ、と言って腕を突きなおす。顔が近づき、自然と唇が重なった。
「んっ……」
熱のかたまりが奥まで入ってくる。恥部が触れあうまで深くを満たされて、すこし苦しいけど心地よかった。
「ん、っ、……ふ……っ♡」
ゆっくりとうごきだす。気遣うようなスピードで肉壁を練られて、ぞくぞくとした感覚が芯に走る。慣れてくると徐々に快感を追ううごきに変わっていって、颯介も腰を揺すってそれに答えた。汗ばんだ肌を絡ませながら、互いの体温をひとつに重ね、溶けるような快感に高められていく。
「はっ、あ、あっ……、岳、っ♡」
「そうすけ、……っ」
「んんっ、ん……!」
岳の背を掻き抱きながら、颯介の方が先に達した。締めつけに促されるように、岳もなかに吐きだした。
「は……っ」
ひくつく内壁を引きずりながら、ペニスが抜かれる。強ばった背がぺたりとシーツに落ちて、颯介は気怠さと快感の余韻、そして身をつつむような幸福感に、ぼーっと瞳を蕩けさせていた。
「颯介」
岳が近づいてくる。キスされるのかとおもって、目を閉じかけたところで、
「これ使ってみていい?」
ぶらんと目の前に揺らされた、カップ状の吸盤……の先に風船型のポンプみたいなものが取りついてる……いや、なに?
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