発禁状態異常と親友と

ミツミチ

文字の大きさ
上 下
20 / 22
告白編

4-1

しおりを挟む

 前髪が揺れて、
「颯兄?」
 隙からのぞく瞳と目が合った。
「だいじょうぶ?」
 新緑の香る高台の公園。住宅街の中心にあるその場所は、今日も賑わっていた。
「わるい。ちょっと、ぼーっとしてた」 
 ベンチに腰掛ける颯介の前に、奏多は立っていた。座れよと隣を叩くもうごかない。
 うごかないまま、ごめんと言った。
「……ごめん」
 絞るような声で繰りかえし、
「おれのこと、殴って」
 すこし薄い、茶色がかった瞳を向けられる。
「……怒って」 
 揺れるひとみの色に幼いころの影が重なった。どれだけ背が伸びて、声が低くなっても変わらない。奏多をみるたびにそうだった。
「おれのなかで、奏多はずっと大事な幼馴染だよ。だから殴ることも、そういう目で、見ることもできない」
 背後の遊具エリアから聞こえる、子どもたちのはしゃぎ声。喧騒にまじえて奏多がぽつりといった。
「……颯兄、あいつと付き合う?」
「はっ?」
 隣に腰をおろし、颯介の両肩をつかんで自分の方へと向かせる。
「か、かなた?」
「そのまま。おれのこと見つめるフリして、向かいのベンチの後ろみて」
 視線だけで、と身を寄せてささやかれる。頬が触れそうな距離。颯介は言葉の通りに視線だけを滑らせた。
「大丈夫」
 木の陰にちらつく人影。見覚えのあるシルエット。
「もう邪魔しない。その内に、ちゃんと忘れるから」
 肩を手放し立ちあがる。視線を戻した颯介に、奏多はほほえみ返ひた。
「じゃあ、おれ行くね」
 明日も明後日も、奏多が隣に住んでいることは変わらない。でももう朝に偶然出くわすことも、ベランダを越えて会いにくることもいくことも、その内が昨日になるまではきっとない。これが思いを吐露した結果でも、見て見ぬフリのできない鉛のような感情の一端を、その時には颯介も理解していた。
「今日、バイトっつってなかった?」
 木々の合間に身を隠す、不審な男の肩が跳ねた。そのまま身を翻そうとして無防備になった腕をすかさずに掴み、
「ごめん、心配させて」
 背に向けて放つ。
「こないだも。突き放すような言い方して」
 ……ごめん、と言いきると、岳がそろりと振りむいた。一瞬ばつの悪そうな顔が見えたが、いざ颯介と向き合うと、つんと唇を尖らせる。
「……今、あいつとキスしてた?」
「はあ? しっ、してない」
「角度的にそう見えた。多分あれわざとだろ」
「なに言ってんだよ」
「そうだったらどうしようって思った」
 予想外にか細い声だった。
「颯介がアイツとそうなるのかとおもったら、すげーやだった」
 掴んでいた腕が抜けおちて、
「お前のことが心配だったから追いかけてきたけど、こんな場所だし、もう大丈夫そうなのにずっと見てたのはおれが不安だったからだ」
 岳は右手でくしゃりと髪を掻きあげた。
「言い訳がてら付き合おうなんて言ってわるかった。ほんとうは、おれがお前を行かせたくなくて、それを言える権利がほしくて……そういう意味だよ」
 ひときわ強い風が吹く。木々の葉が音を鳴らす。でも自分の鼓動の方がはるかに大きかった。
「岳、前に彼女いたじゃん」
「あ゛?」
「すぐ別れたけど」
「いや、そんなことも、あったけど」
 なに、と促され、 
「それまでは仲良かったのに別れたらそれきりで、もう会うことも話すこともないとか、おれはずっと岳と一緒につるんでたいから、そんなになんのはいやだ」
 こらえるように拳を握る。岳は視界の端にそれを捉えていた。
「いいよ。おまえが望むんなら、ぜんぶなかったことにして、今まで通りともだちの、」
「でも、おれもいやだ」
 斜めに落ちかけた視線を射止めて、胸元のシャツを握りしめる。
「岳が俺じゃない、他の誰かとキスすんの。岳が、前みたいにおれの知らないだれかと付き合うのもすごくい やだ」
 偽りのない本音が矛盾する。
「やだ、やだ、ばっかりでごめん。でもぜんぶ本当で、本心で」
 相反するそれに両端から引っ張られて、心がビリビリに張り裂けそうだった。いっそ二つに分かれてしまえばいいのに、そうはできない。答えはひとつしか選べない。
 岳が手を伸ばす。その手が頬に触れる。どうしようもなく心臓が高鳴る。熱くて、泣きたくなるような、この気持ちの出どころがわからない。
「……ドキドキして、しにそうなんだけど、これって性欲?」
「本人に聞くなよ」
 指先から伝わる緊張が、余計に胸を熱くする。
「おれだって明確な境界線とか、どれが正解だとかはわかんないけどさ。お互いにおなじものを抱いてるんなら、性欲と……独占欲と、そういうのをひっくるめて、そういうことに、しませんか」
「そういうこと」
「こういうこと」
 一歩前に踏みでて、こつんと額をあてられた。重なる視線。ひとみの中にはお互いの影しか映らない。それでもまだ、言い訳のできる距離。しかしその先を望む自分がいることは、言い訳の余地のない事実だった。頬をつつむ手を受けいれるように頭を傾ける。交わす視線につられて距離が縮まっていく。そうして鼻先が触れかける直前、びゅおんと勢いをつけてふたりの間を割って入った青色のゴムボール。
「あっ、すみませーん!」
 咄嗟に一歩引いた先。颯介は背後の木に頭を打ちつけ、目的地を失った岳は前方につんのめりすっ転んだ。小走りで駆けてきた女性は不可解な状況に怪訝な表情をみせたが、颯介がボールを拾って手渡すと、一礼して去っていった。
 立ち上がり、赤くなった額をさする岳と並ぶ。
「……」
「……その、さ」
「ん」
「ハイソウデス、って急に切り替えられるもんでもないし、なんというか、ちょっとずつでいいよな?」
 なあ、と首を傾げると、岳は「おー」とだけ返した。その時はその返答にほっとした。
 そう、たしかに安堵を覚えたはずなのに。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...