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告白編
4-1
しおりを挟む前髪が揺れて、
「颯兄?」
隙からのぞく瞳と目が合った。
「だいじょうぶ?」
新緑の香る高台の公園。住宅街の中心にあるその場所は、今日も賑わっていた。
「わるい。ちょっと、ぼーっとしてた」
ベンチに腰掛ける颯介の前に、奏多は立っていた。座れよと隣を叩くもうごかない。
うごかないまま、ごめんと言った。
「……ごめん」
絞るような声で繰りかえし、
「おれのこと、殴って」
すこし薄い、茶色がかった瞳を向けられる。
「……怒って」
揺れるひとみの色に幼いころの影が重なった。どれだけ背が伸びて、声が低くなっても変わらない。奏多をみるたびにそうだった。
「おれのなかで、奏多はずっと大事な幼馴染だよ。だから殴ることも、そういう目で、見ることもできない」
背後の遊具エリアから聞こえる、子どもたちのはしゃぎ声。喧騒にまじえて奏多がぽつりといった。
「……颯兄、あいつと付き合う?」
「はっ?」
隣に腰をおろし、颯介の両肩をつかんで自分の方へと向かせる。
「か、かなた?」
「そのまま。おれのこと見つめるフリして、向かいのベンチの後ろみて」
視線だけで、と身を寄せてささやかれる。頬が触れそうな距離。颯介は言葉の通りに視線だけを滑らせた。
「大丈夫」
木の陰にちらつく人影。見覚えのあるシルエット。
「もう邪魔しない。その内に、ちゃんと忘れるから」
肩を手放し立ちあがる。視線を戻した颯介に、奏多はほほえみ返ひた。
「じゃあ、おれ行くね」
明日も明後日も、奏多が隣に住んでいることは変わらない。でももう朝に偶然出くわすことも、ベランダを越えて会いにくることもいくことも、その内が昨日になるまではきっとない。これが思いを吐露した結果でも、見て見ぬフリのできない鉛のような感情の一端を、その時には颯介も理解していた。
「今日、バイトっつってなかった?」
木々の合間に身を隠す、不審な男の肩が跳ねた。そのまま身を翻そうとして無防備になった腕をすかさずに掴み、
「ごめん、心配させて」
背に向けて放つ。
「こないだも。突き放すような言い方して」
……ごめん、と言いきると、岳がそろりと振りむいた。一瞬ばつの悪そうな顔が見えたが、いざ颯介と向き合うと、つんと唇を尖らせる。
「……今、あいつとキスしてた?」
「はあ? しっ、してない」
「角度的にそう見えた。多分あれわざとだろ」
「なに言ってんだよ」
「そうだったらどうしようって思った」
予想外にか細い声だった。
「颯介がアイツとそうなるのかとおもったら、すげーやだった」
掴んでいた腕が抜けおちて、
「お前のことが心配だったから追いかけてきたけど、こんな場所だし、もう大丈夫そうなのにずっと見てたのはおれが不安だったからだ」
岳は右手でくしゃりと髪を掻きあげた。
「言い訳がてら付き合おうなんて言ってわるかった。ほんとうは、おれがお前を行かせたくなくて、それを言える権利がほしくて……そういう意味だよ」
ひときわ強い風が吹く。木々の葉が音を鳴らす。でも自分の鼓動の方がはるかに大きかった。
「岳、前に彼女いたじゃん」
「あ゛?」
「すぐ別れたけど」
「いや、そんなことも、あったけど」
なに、と促され、
「それまでは仲良かったのに別れたらそれきりで、もう会うことも話すこともないとか、おれはずっと岳と一緒につるんでたいから、そんなになんのはいやだ」
こらえるように拳を握る。岳は視界の端にそれを捉えていた。
「いいよ。おまえが望むんなら、ぜんぶなかったことにして、今まで通りともだちの、」
「でも、おれもいやだ」
斜めに落ちかけた視線を射止めて、胸元のシャツを握りしめる。
「岳が俺じゃない、他の誰かとキスすんの。岳が、前みたいにおれの知らないだれかと付き合うのもすごくい やだ」
偽りのない本音が矛盾する。
「やだ、やだ、ばっかりでごめん。でもぜんぶ本当で、本心で」
相反するそれに両端から引っ張られて、心がビリビリに張り裂けそうだった。いっそ二つに分かれてしまえばいいのに、そうはできない。答えはひとつしか選べない。
岳が手を伸ばす。その手が頬に触れる。どうしようもなく心臓が高鳴る。熱くて、泣きたくなるような、この気持ちの出どころがわからない。
「……ドキドキして、しにそうなんだけど、これって性欲?」
「本人に聞くなよ」
指先から伝わる緊張が、余計に胸を熱くする。
「おれだって明確な境界線とか、どれが正解だとかはわかんないけどさ。お互いにおなじものを抱いてるんなら、性欲と……独占欲と、そういうのをひっくるめて、そういうことに、しませんか」
「そういうこと」
「こういうこと」
一歩前に踏みでて、こつんと額をあてられた。重なる視線。ひとみの中にはお互いの影しか映らない。それでもまだ、言い訳のできる距離。しかしその先を望む自分がいることは、言い訳の余地のない事実だった。頬をつつむ手を受けいれるように頭を傾ける。交わす視線につられて距離が縮まっていく。そうして鼻先が触れかける直前、びゅおんと勢いをつけてふたりの間を割って入った青色のゴムボール。
「あっ、すみませーん!」
咄嗟に一歩引いた先。颯介は背後の木に頭を打ちつけ、目的地を失った岳は前方につんのめりすっ転んだ。小走りで駆けてきた女性は不可解な状況に怪訝な表情をみせたが、颯介がボールを拾って手渡すと、一礼して去っていった。
立ち上がり、赤くなった額をさする岳と並ぶ。
「……」
「……その、さ」
「ん」
「ハイソウデス、って急に切り替えられるもんでもないし、なんというか、ちょっとずつでいいよな?」
なあ、と首を傾げると、岳は「おー」とだけ返した。その時はその返答にほっとした。
そう、たしかに安堵を覚えたはずなのに。
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