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第十三章 我妻の嫉妬
ひとみ、結婚しよう
しおりを挟む「さて……どうしようか」
結局、琥珀色の小狼はエルピスの街に架かる橋まで着いて来てしまった。
「クゥン」
琥珀色の小狼は俺の足元に擦り寄る。
このままエルピスの街に入っては悪目立ちし過ぎる。
「なんだ、そうか」
変に考え過ぎることはなかった。
もし、このもふもふ小狼が魔物なら、魔防壁のあるエルピスの街に入ることは不可能。
「この辺だな」
橋を歩いて行き、ちょうど半分くらいの位置。エルピスの街の魔防壁は橋のちょうど半分の位置から長方形型の街をぐるりと囲んでいる。
「クウン?」
俺が足を進めないから気になったのか、首を傾げている。
「じゃあな」
俺は魔防壁がある範囲へと足を進めた。これでもう着いて来られないだろう。
魔物には珍しく可愛らしかったが、悪く思わないでくれよ。
……だが、魔防壁がある場所からは何も聞こえて来ない。魔防壁に魔物が接触すれば邪のエネルギーを感知し、たちまちその魔物は消滅してしまう。
まさか、と、俺の後ろから橋を歩いて来る音が聞こえるのは気のせい……
「クゥン」
じゃなかった。
そこには、何の傷痕もないもふもふの小狼がいた。
「……お前、魔物じゃないのか?」
屈んでもう一度、よおく見てみた。
狼……ではあるのだが、動物の方じゃない。そもそも、動物の狼が魔物だらけの草原で一匹だけで生き残れる方が奇跡に近い。
毛は琥珀色。こんな生物、聞いたことも見たこともない。
新種の何か、そう考えるのが妥当。
「俺は知らないからな」
着いて来るのだから、俺にはどうしようもない。
俺はお構いなしにエルピスの街の巨大門へ向かう。
「おい! あれ見ろ!」
そう言って騒ぎ始める男に気づき、周りにいた人々も何事かと視線を向ける。
ああ……もう、俺は何も知らないからな。
外見は魔物の様な奴が、いきなりエルピスの街に入って来たんだ。注目の的になること請け合いだ。
俺は速技を解放して即座にその場から離脱した。
◇
「此処まで来れば……」
俺は今、民家の路地裏にいる。周りを見ても、もふもふ小狼の姿は見当たらない。
撒いた。
まったく、なんだったんだ? あのもふもふ小狼は。
「……」
何か、強烈に視線を感じる。
「お前……」
民家の屋根の上からひょっこりと顔を覗かせて俺を見るのは、琥珀色の巨大な狼。もふもふ感は収まっているが、それでも前の状態の面影が残っている。
跳んでスタッと地面に着地するなり、俺の前に座る。
「クゥン」
巨大になった影響からか、その鳴き声は少しばかり低くなったようだ。
「騒がしいな。……お前」
エルピスの街の騒ぎの原因は十中八九、今、俺の前に座るこいつだ。
俺がそう断定したのは、街の方から魔物が忍び込んだだとか、巨大化したなどと、もう分かりやすいほどの人々の声が聞こえてくるからだ。
「クウン?」
首を傾げる琥珀色の巨大狼。自分が原因だと分かっていないのだろう。
「……仕方ない」
俺は民家の壁にもたれ、騒ぎが収まるのを待つことにした。
目の前には俺に何をどうして欲しいのか、訴えかけるような瞳をした琥珀色の狼。
シュルルル、と可愛らしい方のもふもふ小狼に戻った。
そっちの方が巨大化前より目立ちにくいからまだいい。と言っても琥珀色なんていくら路地裏が暗いと言っても目立ってしまう。まだ午前中の明るい時間帯。
見つかるのも時間の問題だな。
それによくよく考えれば、この小狼をエルピスの街に入れたのは俺だった。
……ふぅ。
いや、もう入れてしまったのだ。そこは認めざるを得ない。
さて、どうこの場を切り抜けようか。
もう暫く、騒ぎの様子が収まるのを待つのもいいが……
「居たぞお!!」
「ちっ!」
見つかってしまった。
ぞろぞろと7人ばかりの街の者たちが走って来る。
「また巨大化を!? お前! その化け物の仲間か!?」
「違う! 俺はコイツとは何の関係も」
いつの間にか巨大化していた小狼は俺の股下に入って背中に乗せた。
「逃げる気か!? ーー消えた」
消えたーー男の言葉の意味が分からなかった。
現に民家も、街の者たちも見える。
俺はというと、巨大化した琥珀色の狼に跨らされている。
「クウン」
「……まさか、お前何かしたのか?」
よく分からない状況。それは街の者たちも同じようで、頭をかきながら何処かへ行ってしまった。
助かった、と、そう言いたいところだが、さっき来た街の者たちには俺の顔はもうばれているし、そもそも街に戻って来た時点で何人かにも俺の顔は見られてしまっている。
ひとまずメアたちがいる場所に戻りたいところだが……このまま、行っていいものか。
ばっと琥珀色の狼から地面に降りた。
「クゥン」
そう鳴き声は聞こえるのだがおかしい。琥珀色の狼の姿が見えなくなった。
俺の目がおかしくなったか?
「やっぱり、お前の力だったのか」
琥珀色の狼の姿が見えなくなる現象。琥珀色の狼の力と考えるのが妥当。
琥珀色の狼の姿が、何もなかったはずの場所にパッと現れた。
こんな能力があるのなら、無理してエルピスの街に入る必要もなかった。だがまあ、それはもう終わった話。
「……これは使えるな」
ならば、姿を消す力を使わない手はない。
問題は俺の言うことを聞いてくれるかどうか。
「なあ? また、姿を消せるか?」
俺も、魔物でもない謎の生物に何を話しかけているのか。俺の言葉を理解出来るなら、苦労はしない。
……消えた。
だが、俺の予想を上回り、琥珀色の狼の姿は俺の言葉を理解したのか、ものの見事にパッと消えた。
なるほど、街の者たちが驚いたのがよく分かる。
消えた、その表現がしっくり当てはまる。
俺は、琥珀色の狼がいるであろう場所に手をかざしてみる。が、触れることは出来ない。
これは、ますます凄い力だ。
「もういいぞ」
と俺が言うと、再びパッと姿を現した。
なんて便利な力だ。
となると疑問も湧いて来た。
街の者たちの反応からするに、俺の姿も見えなかったようだが。
柔らかい琥珀色の毛並み。
「……姿を消してくれ」
どうだろう。俺は俺自身の姿は見えるし、琥珀色の狼の姿も見える。
俺は琥珀色の狼に触れたまま、路地裏から出た。
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