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Vol.01 - 復活
01-027 再起
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ケイイチが病室から去ってから、2時間ほど。
「ははははっ!」
ナオは、病室のベッドの上で大笑いしていた。
これが笑わずにいられるか。
まったく、あの助手は――
遡ること数分。
全く頭に入ってこないミステリー小説を読んでいたナオの視界に、メッセージ着信を報せる通知アイコンが点灯した。
差出人は――ラクサ博士。
「招待状」と題されたそのメッセージは、気取ったフォントと妙に上品な構成で、一見すると畏まったパーティへの招待状のようだ。
だが――
「何が招待状だ」
時候の挨拶から始まり、今日の15時に自邸にナオを招待する、という本文の後、最後に添えられた一文を見て、ナオは苦々しく吐き捨てた。
『ナオ君一人だけで来るように。でなければ君のかわいい助手君の命は保証しない』
それは、ナオの不参加を一切許さない、有無を言わさぬ一文だった。
加えて、メッセージに添付された映像。
そこには確かに見覚えのある情けない顔――ケイイチの拘束された姿がある。
服装は2時間前に見たそのまま。AIによって無改竄の真正性が認定された本物の記録映像だ。作り物ではない。
タイムスタンプは数分前。ご丁寧に位置情報までついている。場所は招待先、つまり、博士の自宅兼研究所だ。
詰まるところそれは――脅迫状だった。
「ダメ助手め」
ナオは忌々しげに呟く。
「あれだけの大口叩いておいてこれは何だよ」
あまりにあんまりな展開に、もはや笑うしかない。
『従わなければ命は保証しない』
そんな脅し文句は、もう何十年も前に滅んだもののはずだった。
今や三文小説でもそんな台詞を見かける機会はない。
銃火器も刃物も、そのベクトルが人を殺傷する方向に向いた瞬間に無効化されるこの世界において、人の命を盾にとって脅すなんていう行為は、ほぼほぼ成立しない。
なのに――あの助手ときたら。
近年稀に見る人質なんていうものになって、実際に命の危険に晒されている。
全くどんな冗談だ。
このタイミング。
この状況。
笑わせたいのなら大成功だ。
何度も目の前でその有効性を証明された殺傷器具を首に巻かれ、脅迫の道具として活用されている。
まったくよくできた助手だ。
博士の狙いは――間違いなくナオの頭に入っている電脳。
この誘いに乗り、博士の家に一人向かえば、十中八九ナオの電脳は破壊され、その命は危険に晒される事になるだろう。
何をどう考えたって――罠。
しかし、ケイイチという「人間」がさらわれた以上、ナオにはもう選択肢がなかった。
ナオの電脳に、人を見捨てるという選択肢は存在しない。
(……あの馬鹿助手のために、っていうのが本っ当に癪だけど)
ナオは静かに覚悟を決めた。決めるしかなかった。
両頬をパシッと叩いて、どこか逃げ腰になっていた自分に活を入れる。
バカ助手のため、と嘯きながらも、分かっている。
これは、自分の行動が招いた結果だ。
認めるのは本当に癪だが、あのダメ助手が言った事は、いくつかは正しい。
もっときちんと向き合わなくてはいけなかった。
ラクサ博士の謎。
博士の――死と、復活。
その謎を解き、博士を1日でも早く止めなくてはいけなかった。
それを不調のせいにして後回しにした、そのツケが回ってきたのだ。
ナオは、覚悟を決めて病室の片隅に向かう。
そこに威圧感を持って鎮座するのは、ナオの体よりずっと大きな、巨大なマッサージチェアのような椅子。
(これ使うのも久しぶり)
ナオはその椅子に腰を落ち着けると、自身の首筋にあるコネクタのカバーを開けた。
椅子から伸びたエネルギー供給用プラグを首のコネクタに接続し、接続確認のメッセージが視野に現れたのを確認して、椅子の背もたれに体を深々と沈める。
ひんやりと冷たいヘッドレストに頭を委ね、ハルミに「フルブするからしばらくお願い」と声をかける。
ハルミの「はぁい」という返事を聞きながら、ナオは静かに目を閉じた。
フルブ、すなわち「フルブースト」。
ナオの持つ電脳の限界まで思考速度を加速させる事。
フルブースト状態になると、ナオは普通の人間の1000倍、場合によっては10000倍以上とも言われる超高速かつ並列での思考が可能になる。
その速度はハルミのメンテナンス時の比ではなく、消費エネルギーも格段に大きい。
そのエネルギーを供給し、必要に応じて冷却などもして、ブースト中の体の安定を守ってくれるのがこの椅子だ。
ナオは脳内にバーチャルの作業空間を展開し、準備を終えると少しずつ思考速度を上げていった。
頭が、ほんのりと熱を帯び始める。
久々の感覚だ。
思い返せば小さな頃、よく遊びに行っていた研究所で、周囲の大人達の研究する色々な事に興味を持っては、この椅子に座ってたくさんの問題を解いた。
ナオが神童と呼ばれ、凄まじい研究成果を上げていたのはその頃だ。
あの頃は知りたい事があると、何も考えずに気軽にブーストを使っていた。
それをあまりしなくなったのは――そういえば博士に止められたんだったっけ。
フルブースト状態になると、普通の人間が1年かけて考えるような内容を、たった数分で考える事ができる。
それは逆に言えば、たった数時間で数年分の経験するに等しい。
ただでさえ平常時の思考速度の速い電脳で、さらにブーストを繰り返しなどしていたら、あっという間に頭の中だけ大人になってしまう。
それを懸念した博士に、本当に必要な時以外のブーストは控えるように言われたのが、ナオが10歳になったばかりの時。
ちょうどその頃、学校や研究所での色々なトラブルを通して、自身の脳の特別さと厄介さを自覚し始めていた事もあり、ナオは博士の言葉に従い、安易にブーストするのを止めた。
そんなブーストを、博士の謎を解くために使う事になるとはね。
ナオは皮肉げに口元を歪めながら――ぐんと加速する思考に身を委ねた。
「ははははっ!」
ナオは、病室のベッドの上で大笑いしていた。
これが笑わずにいられるか。
まったく、あの助手は――
遡ること数分。
全く頭に入ってこないミステリー小説を読んでいたナオの視界に、メッセージ着信を報せる通知アイコンが点灯した。
差出人は――ラクサ博士。
「招待状」と題されたそのメッセージは、気取ったフォントと妙に上品な構成で、一見すると畏まったパーティへの招待状のようだ。
だが――
「何が招待状だ」
時候の挨拶から始まり、今日の15時に自邸にナオを招待する、という本文の後、最後に添えられた一文を見て、ナオは苦々しく吐き捨てた。
『ナオ君一人だけで来るように。でなければ君のかわいい助手君の命は保証しない』
それは、ナオの不参加を一切許さない、有無を言わさぬ一文だった。
加えて、メッセージに添付された映像。
そこには確かに見覚えのある情けない顔――ケイイチの拘束された姿がある。
服装は2時間前に見たそのまま。AIによって無改竄の真正性が認定された本物の記録映像だ。作り物ではない。
タイムスタンプは数分前。ご丁寧に位置情報までついている。場所は招待先、つまり、博士の自宅兼研究所だ。
詰まるところそれは――脅迫状だった。
「ダメ助手め」
ナオは忌々しげに呟く。
「あれだけの大口叩いておいてこれは何だよ」
あまりにあんまりな展開に、もはや笑うしかない。
『従わなければ命は保証しない』
そんな脅し文句は、もう何十年も前に滅んだもののはずだった。
今や三文小説でもそんな台詞を見かける機会はない。
銃火器も刃物も、そのベクトルが人を殺傷する方向に向いた瞬間に無効化されるこの世界において、人の命を盾にとって脅すなんていう行為は、ほぼほぼ成立しない。
なのに――あの助手ときたら。
近年稀に見る人質なんていうものになって、実際に命の危険に晒されている。
全くどんな冗談だ。
このタイミング。
この状況。
笑わせたいのなら大成功だ。
何度も目の前でその有効性を証明された殺傷器具を首に巻かれ、脅迫の道具として活用されている。
まったくよくできた助手だ。
博士の狙いは――間違いなくナオの頭に入っている電脳。
この誘いに乗り、博士の家に一人向かえば、十中八九ナオの電脳は破壊され、その命は危険に晒される事になるだろう。
何をどう考えたって――罠。
しかし、ケイイチという「人間」がさらわれた以上、ナオにはもう選択肢がなかった。
ナオの電脳に、人を見捨てるという選択肢は存在しない。
(……あの馬鹿助手のために、っていうのが本っ当に癪だけど)
ナオは静かに覚悟を決めた。決めるしかなかった。
両頬をパシッと叩いて、どこか逃げ腰になっていた自分に活を入れる。
バカ助手のため、と嘯きながらも、分かっている。
これは、自分の行動が招いた結果だ。
認めるのは本当に癪だが、あのダメ助手が言った事は、いくつかは正しい。
もっときちんと向き合わなくてはいけなかった。
ラクサ博士の謎。
博士の――死と、復活。
その謎を解き、博士を1日でも早く止めなくてはいけなかった。
それを不調のせいにして後回しにした、そのツケが回ってきたのだ。
ナオは、覚悟を決めて病室の片隅に向かう。
そこに威圧感を持って鎮座するのは、ナオの体よりずっと大きな、巨大なマッサージチェアのような椅子。
(これ使うのも久しぶり)
ナオはその椅子に腰を落ち着けると、自身の首筋にあるコネクタのカバーを開けた。
椅子から伸びたエネルギー供給用プラグを首のコネクタに接続し、接続確認のメッセージが視野に現れたのを確認して、椅子の背もたれに体を深々と沈める。
ひんやりと冷たいヘッドレストに頭を委ね、ハルミに「フルブするからしばらくお願い」と声をかける。
ハルミの「はぁい」という返事を聞きながら、ナオは静かに目を閉じた。
フルブ、すなわち「フルブースト」。
ナオの持つ電脳の限界まで思考速度を加速させる事。
フルブースト状態になると、ナオは普通の人間の1000倍、場合によっては10000倍以上とも言われる超高速かつ並列での思考が可能になる。
その速度はハルミのメンテナンス時の比ではなく、消費エネルギーも格段に大きい。
そのエネルギーを供給し、必要に応じて冷却などもして、ブースト中の体の安定を守ってくれるのがこの椅子だ。
ナオは脳内にバーチャルの作業空間を展開し、準備を終えると少しずつ思考速度を上げていった。
頭が、ほんのりと熱を帯び始める。
久々の感覚だ。
思い返せば小さな頃、よく遊びに行っていた研究所で、周囲の大人達の研究する色々な事に興味を持っては、この椅子に座ってたくさんの問題を解いた。
ナオが神童と呼ばれ、凄まじい研究成果を上げていたのはその頃だ。
あの頃は知りたい事があると、何も考えずに気軽にブーストを使っていた。
それをあまりしなくなったのは――そういえば博士に止められたんだったっけ。
フルブースト状態になると、普通の人間が1年かけて考えるような内容を、たった数分で考える事ができる。
それは逆に言えば、たった数時間で数年分の経験するに等しい。
ただでさえ平常時の思考速度の速い電脳で、さらにブーストを繰り返しなどしていたら、あっという間に頭の中だけ大人になってしまう。
それを懸念した博士に、本当に必要な時以外のブーストは控えるように言われたのが、ナオが10歳になったばかりの時。
ちょうどその頃、学校や研究所での色々なトラブルを通して、自身の脳の特別さと厄介さを自覚し始めていた事もあり、ナオは博士の言葉に従い、安易にブーストするのを止めた。
そんなブーストを、博士の謎を解くために使う事になるとはね。
ナオは皮肉げに口元を歪めながら――ぐんと加速する思考に身を委ねた。
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