トライアルズアンドエラーズ

中谷干

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Vol.01 - 復活

01-013 現場

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 一同が現場に着くと――そこには二つの影があった。

 地面に横たわる、首の落とされたアンドロイド――今し方写真で見た機体――が1体。
 そしてその側しゃがみ込む、黒ずくめの男が一人。
 男はアンドロイドの背中のあたりに両手ほどの大きさの機械をあてがって、バチバチと放電のような音をさせている。その音に合わせて橙色の光が明滅するが、男は背を向けているためにその顔はよく見えない。

「こいつぁ……」
 ギンジが、声にならない声で独り言つ。
 どうやら「当たり」らしい。
 それは、どこからどう見ても、アンドロイド破壊の犯行現場だった。

 ギンジは一歩前に出て左腕を伸ばし、ケイイチとナオ、ハルミに後ろに下がるよう制する。
 そして懐からテーザー銃を取り出し構えると、じりじりと男との距離を詰めて行く。

 一方の男は、そんな一同の行動には気づかない様子で作業を続けている。

「警察のモンだが、ちょいと話を聞かせてもらっていいか?」
 ギンジがその背中から声をかけると、少しばかりの間をおいて放電音が止まった。
「両手を挙げてこちらを向いてもらえると嬉しいんだがな」

 男は従い、静かに両手を挙げ立ち上がると、「意外に早かったですね」という言葉とともにゆっくりと振り返った。
 長身だ。黒のトレンチコートに黒の革手袋。黒の中折れハット。古いマフィア映画にでも出てきそうな出で立ち。
 薄暗い路地裏の闇に紛れて、その顔はよく見えない。

 ギンジは男に少し前に出るよう、ジェスチャーで合図する。
 男は指示に従い、数歩前に出る。
 ビルの谷間に差し込む光の下にその顔が晒され――
 その顔を確認したナオとケイイチの表情が、驚きの色に染まった。

 浅黒い肌に、彫りの深い西洋的な顔立ち。グレーの瞳にたっぷりたくわえた髭。
 それは、ナオの記憶のアルバムに頻繁に登場し、ケイイチのライブラリにも多数登場する、見覚えのある顔。

「おじさん……?」「博士……?」
 ラクサ・エイジ博士その人に違いない……ように見える。
 だが――その出で立ちと直前に行っていた行動が、あまりに博士のイメージとかけ離れすぎていて、目の前にいる男が本当にラクサ博士なのか、二人とも確信が持てずにいた。

 そんなナオとケイイチをよそに、博士らしき男は鷹揚に一同を見回すと、
「ここにたどり着くとは、皆さん優秀だ」
 そう言い放った。

 その口ぶりには、人を見下すような傲慢さが多分に含まれていて、それがまたナオとケイイチの胸に大きな違和感を生む。
 ナオの記憶の中で、ラクサ博士は、研究を愛する、優しく穏やかな好々爺、といったイメージだ。ケイイチのライブラリでも、博士は常に真摯で誠実な研究者であり、こんな傲慢で高圧的な喋り方をした姿は一度も見たことがない。

 もちろん、ナオとケイイチが知るのは過去の博士の姿だ。
 ここ数年の間、博士は表舞台から姿を消していたし、ナオも3年近く博士とは会っていない。
 その間に何か大きな出来事があって、博士が変わってしまった可能性はある。

 でも――そうだとしてもこれはさすがに別人――
 だが、そんな二人の思いを踏みにじるように、博士らしき男はまっすぐにナオの目を見ると、
「おやおや。お久しぶりですねぇ、ナオさん。お元気でしたか」
 そう言った。
 ナオと面識がある。
 だとしたら、本当にこの人はあのラクサ博士なのか?

 しかしそれでもナオは信じない。情報さえあればこれくらいの事は別人でも言える。
「ギンさん」
 一縷の望みをかけて、ナオはギンジにIDスキャンを依頼する。
 一定以上の職位を持つ警察官であれば、目の前にいるの人間が何者なのかをAIの力を借りて特定する事ができる。大量のバイオメトリックデータや行動ログなど、AIが蓄積する膨大な情報を元に下されるパーソナルID判定は、どれほど精巧な整形や偽装であっても欺けない。
「ラクサ・エイジ。本人だ」
 ナオに依頼されるまでもなく、すでにIDスキャンを終えていたギンジは、短く答える。

 その言葉に、ナオは少なからぬショックを受けた。
 つまり、目の前のこの男は、幼少期にお世話になった、あの、おじさん。
 こんな黒ずくめの服で、アンドロイドを壊し、高慢な喋り方をするのが、おじさん?
 信じられない。
 でも、AIがそう言うのなら、疑いようがない。
 信じるしかない……のだけど――

「そのアンドロイドを破壊したのはあんたで間違いないか?」
 混乱するナオをよそに、ギンジは質問を続ける。
「えぇ、もちろん。見ていたのでしょう?」
「ああ……これまでの破壊もあんたか?」
「ええ、これを含めて9体ほどですか」
 博士は足下に転がるアンドロイドの頭部を踏みつけると、サッカーボールよろしくその頭を足の裏で前後に転がした。

 その行動に、ナオとケイイチの表情が曇る。
 二人の知るラクサ博士はアンドロイドに対して敬意を持って接する誠実な研究者だった。その博士がこんな事――

「どうしてそんな事を?」
「わかりませんか?」
「……わからないから聞いてる」
「そうですよねぇ……わかりませんよねぇ……この醜さは!」
「醜さ……?」
「このアンドロイドというものにはね、なんとも醜いものが組み込まれているんですよ」
 そう言って博士はアンドロイドの頭部を蹴り上げると、右手でそれをキャッチし、首筋のあたりに親指を当て、押し込んだ。
 するとその後頭部がぱかりと割れ、銀色の半球状の物体が晒される。
 それは、アンドロイドにおける中央電算処理装置であり、記憶や動作の中枢を担う装置――
「電脳という、無様で、美しくないものがね!」
 博士は言いながら、素早く懐から棒状の装置を取り出し、それを電脳にあてがった。

 「動くな!」というギンジの制止は聞かず、博士は棒の端についた装置のスイッチらしきものをグッと押し込む。
 バチバチっという大きな音。
 そして何かが焼け焦げるような匂いと煙。
 それが済むと、博士は満足げに一つ笑みを浮かべ、
「私はこれを壊さなくてはいけないんです」
 そう言って、白煙の上がるアンドロイドの頭部をギンジの足下に投げて寄越した。

「嬢ちゃん!」
 ギンジに言われる間でもなくそのアンドロイドの頭部に繋いでステータスチェックしていたナオは、静かに首を横に振る。ステータスレッド。修復不能な完全破壊。
「何で……」
 ナオはそんな博士の行動に、言動に、ただただひたすらに混乱するしかない。

 一体、何を言っている?
 電脳が、美しくない?
 アンドロイドの電脳をはじめとした機械知能、AIの素晴らしさを、幼いナオに飽きるほど何度も熱く語ってくれたあのおじさんが、そんな事言うはずは――
 それに、それが破壊の動機だというのなら――
 としたら、それは――

「悪ぃが現行犯だ。大人しく拘束されてもらえるか?」
 違和感とショックで動けないナオ、そしてただの素人であるがゆえに動きようがないケイイチを横目に、ギンジは淡々と警官としての職務を遂行する。
 二人――特にナオにとっては色々と信じられないところあるようだが、全ては捕まえれば分かる事だ。今はこの男を拘束するのが最善。

 ギンジは懐から手錠を取り出すと、銃を構えたまま慎重に一歩、また一歩と博士に近づいていく。
 銃を握る手に脂汗が滲む。
 久方ぶりに感じる、ヒリつくような緊張感。
 なにせ、この男はアンドロイドの首を落とせる何らかの手段を持っているのだ。
 それがひとたびギンジに牙を剥けば、数秒後にギンジの首が落ちている可能性だってある。

 ――だが、そんなギンジの緊張に反して、博士は抵抗する様子もなく、逃げ出すとか反撃をするとかいった機会を狙っている様子もない。
 「仕方ないですねぇ……」と、どこか諦めたような様子でやれやれと首を振っている。
 この様子なら大丈夫……なのか?
 あと一歩で手が届く距離まで来て、ギンジが僅かに緊張を緩めた――その時だった。

「……と言いたいところですが」
 そう言った博士の目が、ギンジを真っ直ぐに見る。そして、
「私は捕まるわけにはいかないのですよ」
 その視線が、他の三人を順に見て、
「またお目にかかりましょう」
 その一言と共に、どこか邪悪な笑みを浮かべた瞬間――

 ――博士の頭が、

「なっ!?」
 直後、ギンジの眼前で噴き出す赤い液体。
 目の前で何が起こっているのか、理解するのにやたらと時間がかかる。
 だって――見た事がない。
 眼前で人のところなんて。

 人命がAIたちによって徹底保護されるこの世界。
 警察という、事件や事故と縁深い組織に所属するギンジでさえ、人間が死ぬ場面を見る機会はほとんどない。
 人の死というものは、心の準備ができた状態で出会うものだ。天寿を全うしての死別にせよ、自死による別れにせよ、死が確定してから実際に死ぬまでには、必ず時間がある。
 葬儀というのは、死が確定してから実際に死ぬまでの間に行う穏やかなお別れ会であって、突然訪れた死をその死後に惜しむ悲嘆の式典ではない。

 だというのに――
 ギンジは驚きのあまり硬直しながら、少しずつ、理解していく。
 目の前で噴き出す、赤いものは、血。
 ラクサ・エイジの首がずれ落ちていくのは、つまり――首が切断されたから。

 つまり、そうだ。
 これは、これまでのアンドロイド破壊事件で、アンドロイドに行われていた事と同じ。
 首の切断。
 人間に対してそれが行われたら、大変な事になる。そう超AIが判断していた事。
 それを、博士は自らに対して行った……?

 ギンジがそこまでの理解に至る頃、いつの間にか移動してきていたハルミが、エイジの鮮血を浴びながら、エイジの頭部を支えようとその両手を伸ばしていた。
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