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誕生

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時も流れ、リデュアンネのお腹も大きく目立つようになってきた。ハインリッヒは部屋の中にある扉から、執務中でもリデュアンネの部屋へと行ったり来たりする毎日を送っていた。


『リデュ様、皇帝陛下というものはたいそう暇なのですね?』

ハインリッヒを横目に溜息をつく。


『マリー、ルイザが居なくなりお前一人になってからは、ますます小姑のように煩くなってきていないか?』

そう、あれからリデュアンネはルイザを侍女から外し、公爵婦人としての教育を受ける様に手配を整えたのだ。


『そんな事はありませんわ!私はリデュ様とこれから生まれてこられる天使様に全力で尽くして参る所存ですもの。』

リデュアンネは身重になってからは、以前の様に走り回る事を禁じられすっかり大人しくなっている事をマリーはとても心配している。その分、マリーの明るさが際立っている今日この頃。

『マリー、そんなに心配せずとも、お嬢様はお子をお産みになればまた以前のようにお転婆になられますので。人はそんなに簡単には変わらないさ』


テオドールはリデュアンネをチラリと見る。

(‥こいつ、人の気も知らないで。)

帝国では初めての皇后のご懐妊に、まだがまたがとお子の誕生を心待ちにしている。流石のリデュアンネも大きな期待に応えるべく我慢を強いられている。


一方のハインリッヒもリデュアンネに触れる事も許されず、いつも門番のように立ちはだかるマリーに睨みを効かされている。


『ねえ、安定期に入った事だし、こんなに毎日毎日ベッドとソファだけでの生活では、寧ろ身体によくないと帝国医も言ってたじゃない?』

マリーは大きく手を広げ首を回す。

『そうですよね‥私もリデュ様の行動範囲が限らるようになり少々運動不足ですわ~』

マリーのひと言にパッと明るい表情になるハインリッヒ。

『いけません!それは普通の妊婦の話しです。お嬢様はこれくらで丁度いいのです。マリー、気を緩めると木の上からサルと小ザルが降ってきてもよいのか?』


(‥流石の私でも木まで登らないわよ。)


『お嬢様、例えでございます。』

常日頃、妊婦の心得を読み込んでいるテオドール。
貴方がお子を産むのかしら?という程である為、マリーもリデュアンネの体調を毎日3回必ず報告させられている。もはや帝国医のようだ。







ある日の午後。

『マリー、何だかさっきからお腹が張るわ。』

何せ初めての経験なのでリデュアンネもリデュアンネで些細な事まで口にするようになっていた。

『え?テオドール様にご報告!』

急いでテオドールを呼びに走っていくと、待っていたかのように飛んでくる、テオドールとハインリッヒ。

『いよいよか?』
息を切らしたハインリッヒがテオドールに問う。


『いや、初産ですからまだまだです。がその兆しかもしれませんので。』

妊婦の心得をめくりながら答える。






『マリー、まただわ。』
段々規則正しくやってくる痛みにリデュアンネの顔が歪む。


『マリー、帝国医を呼べ』

テオドールが慌ただしく動く。

『殿下落ち着いて下さい!』

ウロウロと歩き回るハインリッヒにテオドールが珍しく声を上げる。

『ど、どうすればよい?』
うろたえるハインリッヒに

『貴方が産むわけじゃありませんから』
妊婦の心得をめくる。妊婦の心得は既にボロボロになっている。


慌ただしくなる宮殿、慌ただしくなるご懐妊チーム。帝国医が到着し、皆外に出された。





『テオドール、まだか?デュアンは無事か?あんなに苦しそうであったではないか。』


確かに‥と黙って頷きながら妊婦の心得をめくるテオドール。もはや中身など頭に入っていない。

マリーは遅れて来たルイザを見つけると

『ルイザ!リデュ様苦しそうでしたわ!どうしたら良いの?何か出来る事は?』

マリーも不安からルイザに駆け寄る。

『王子なの?王女なの?』

見当違いの事を口にするアルフレッドまで合流する。

リデュアンネが格闘する部屋の中よりも騒がしい廊下に

『静まりなさい!』

ルイザのひと言に一同固まる。

『私たちが焦っていても、何もリデュの力にはならないわ。落ち着いて無事を祈りましょう』

静かに話すルイザにハインリッヒも

『そ、そうだな。祈ろう』

重ね合わせ掌は、力が入りすぎて汗だらけである。

次第に廊下は護衛なども集まりだし衛兵までいる。宮殿の警護は大丈夫だろうか、また文官までも遠くで見守る。
本日休業のようだ。







オッオッギャー。オギャー


小さいながらしっかりした声が廊下に届く。耳を済ます廊下の住人たち。一瞬の静寂の後、歓喜が響き渡る。

扉が開き、

『おめでとうございます。元気な王子のご誕生でございます!』
帝国医が安堵の表情でハインリッヒに伝える。

『デュアンは?デュアンは無事か?』
声を上げるハインリッヒに

『もちろんにございます。』


再び雄叫びとともに、歓喜に湧くオリビア帝国宮殿であった。

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