魔法少女七周忌♡うるかリユニオン

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第7章 放課後のアクエリアス

第34話:放課後のアクエリアス・1

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 選択を間違えたことに後から気付く。そんな人生を送ってきた。
 結局は全て自分の責任ではあるが、元を辿れば親譲りなのは間違いない。
 善良だが学のない両親にはまともな稼ぎがなかった。お金もないのに子供を作って早速やりくりに行き詰まり、そうだ子供にキッズモデルをやらせようと思い付いたらしい。
 だから芽愛は小学校が終わるとすぐ撮影スタジオに向かっていた。友達がおらず放課後がない代わり、大人の知り合いがいて仕事があった。両親は日雇い仕事を辞めて芽愛のサポートに専念しており、子供一人が支える歪な家計は毎月綱渡りだった。
 とはいえ、芽愛は仕事も両親も好きだった。
 子供にとって撮影スタジオは魔法の国だ。裕福な子供向けの綺麗な服や高級な玩具がいくらでも転がっていて、カメラの前でそれを着たり遊んだりするのが仕事である。周りの大人たちからちやほやされ、たまに余ったアイテムが貰えたりもする。両親も稼ぎ頭の芽愛には優しく、撮影終わりにジュースを一本飲めるのが楽しみだった。
 ある日、山高帽を被ったカイゼル髭の男が団地の家にやってきた。その男が玄関の扉を開けたとき、まるで童話の世界から出てきたように見えた。
 物腰柔らかなその男はキャラクターグッズを作っている会社の社長だという。今は耳の大きなウサギのキャラクターが主力商品だと聞いて芽愛は目を輝かせた。芽愛はいつもランドセルや帽子にそのキーホルダーを付けているほどのウサギ好きで、社長はその噂を聞きつけて専属契約の打診に来たのだ。
 もちろん芽愛は頷いた。両親を熱心に説得し、翌日には新たな契約書に印鑑を押した。
 ところが、契約書面の文面は説明された内容とは全く違った。そもそも記載されている社名が大手のキャラクター会社ではない。地方の小さな玩具会社だ。労働条件も劣悪で、今までの半分以下の給与で五年間も働かなければならない。契約解除には法外に高い違約金がかかる。
 要するに、芽愛と両親は騙されたのだ。学のない両親は契約書をまともに読めなかった。ましてや弁護士に相談することなど思いつかず、「契約書に書いてありますから」と言われれば従うしかない。
 新しい撮影スタジオは倉庫の隅っこだった。埃にまみれた段ボールをどかして作ったスペースを切れかけの蛍光灯が照らしているだけ。カメラマンは撮影が下手で何度も撮り直した。
 生活は一気に苦しくなった。安い団地すら追い出され、着の身着のままで寒い冬の町を一晩歩き回った。手足の感覚がなくなった朝にようやく一人暮らし用のボロアパートに辿り着き、家族三人でそこに住むことになった。
 両親も働きに出たが、当たり前のように降ってくる借金の利息が稼ぎを打ち消した。食も体も細くなり、住処も心も狭くなる。
 両親には喧嘩が増え、芽愛は撮影が無い日でも倉庫に逃げるようになった。牢獄のような倉庫が自分にはお似合いだと思った。あの日両親に専属契約をお願いしてしまった、大事な選択を誤った自分を責めた。
 中学校に上がった日、母親が自殺した。
 それは彼女なりに頭を絞って考えた結果だったらしい。さっき生命保険に加入したのでこれで遺族には五千万円も入るという。この大金で前に住んでいた団地をまた借りて、駅前のスーパーで百グラム五百円の肉を食べるように。ほとんど平仮名の遺書にそう書かれていた。
 しかし保険金は一円も降りなかった。何故か? 保険金目当ての自殺は補償されないからだ。学のない母は保険約款を読めず、金目当てと遺書に書いて契約当日に自殺する愚かしさがわからなかった。
 保険会社の名前には見覚えがあった。芽愛が一人で留守番していたとき、その会社の契約員が家に来たことがある。若い女性の契約員は子供の芽愛にも優しい口調で簡単に説明した、きっとそれは完全な善意で。これでいざというときも安心だとか、家族がお金に困ることはなくなるとか。
 だが、芽愛は二年前にキッズモデルの専属契約で選択を誤ったことをよく覚えていた。今度は慎重に考えなければならない。あとで両親に相談、は難しいかもしれないから、あとで学校の先生にでも相談しよう。生命保険のパンフレットを家に一つしかない折り畳みテーブルの上に置いておいた。
 母親はそれを見てしまったのだ。死ねばお金が入る便利な仕組みがあるということだけうっすら理解し、契約したその日のうちに首を吊った。
 芽愛は二回目の選択ミスで母を失った。
 今回は騙されたわけではない。警戒もしていた。しかし選択を誤った。パンフレットは処分しておくべきだったのだ。一度目の教訓を生かせず、またしても契約にしてやられた。
 母の死を悲しむ暇はなかった。芽愛にとっては運の悪いことに、たまたま契約先の玩具会社が少しだけ流行ったからだ。仕事は増えたが固定給の契約なので収入は変わらない。睡眠時間をすり減らし、友達を作る暇もなく、勉強に付いていけないまま中学生活は過ぎていった。
 ようやく専属契約期間が終わったのは中学卒業の日だ。最後の方は給与が未払いだったが、二度と関わりたくないので連絡は取らなかった。
 芽愛は中卒で働くつもりだったが、父親は既に高校の入学手続きを済ませていた。なけなしの貯金で新品のセーラー服を買い、これからは俺が工事で稼ぐからお前は学校に行けと呟いた。
 皮肉なことに母親が死んだ分だけ生活費が浮き、奨学金を借りれば何とか高校に通える程度の貯金が貯まっていたらしい。父親も芽愛もこれから生きていくには最低限の学を身に付けなければならないとわかっていた。手痛い二回の失敗を経て。
 だから高校では必死に勉強した。遅れていた中学の範囲をすぐにマスターし、成績はクラスで中の上くらいをキープした。
 しかし友達の作り方はわからなかった。今まで一度も経験していないからだ。自分の年代に共通の話題を知らず、遊びに行く場所は見当も付かない。だから放課後になるとすぐ家に帰って勉強していたが、それは撮影スタジオに向かうのと大差なかったかもしれない。
 そんな芽愛に父親は何も口出ししなかったが、芽愛の制服やローファーを綺麗に保つことにだけはやたらこだわった。
 自分の食費を削って着替えを何着も揃え、洗剤や柔軟剤はもちろんスチームアイロンや靴磨きクリームまで準備していた。きっと中卒の父親には高校の勉強も遊びもわからなかったから、せめて自分でも見てわかるところくらいは整えてやろうと思ったのだろう。
 柔軟剤のミントが爽やかに香る制服を着て、ときどき川沿いで空を見上げて考えた。
 芽愛の人生は二度の選択ミスで狂った。一度目で青春を失い、二度目で母親を失った。
 選択はいつも破滅に直結する。もう何も選ばずに生きたいが、しかし現実問題として人生は選択の連続だ。生きている限りは破滅から逃れられない。
 もしそれをどうにかできるとすれば、選択をなかったことにするくらいしかないのだ。全ての選択を巻き戻ロールして消滅バーストさせられるならば人生はどんなに楽だろうか。
 だから高校二年生のある夜、裏路地で赤黒く光る鋼鉄のコアを拾って「世界をリセットしないか」と誘われたときは二つ返事で頷いた。
 全てをなかったことにできる方法があるのなら、それが幸福に至る唯一の道であるように思われた。今にして思えば黒壱はあえて曖昧な言い方をしていたのだろうし、『破産魔法ロールバースト』について詳しい説明を受けたことはない。しかしリセットという理念に共感できただけで悪の組織に所属するには十分だった。
 魔神機で町を破壊することに抵抗はなかった。別に世界への復讐心とか怒りがあったわけではなく、何かがおかしい世界を一度壊してリセットすることこそが正しい行いだと信じていたのだ。
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