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第2章 街角朱雀
第11話:街角朱雀・4
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地面から一メートルほど高い位置。大きなひさしに覆われたステージの上には啖呵を切って指先をくいと上げる少女が一人、そして向かい合って大きな黒い猫が一匹。
小柄な少女はよく通る声と同じくらいエネルギッシュで個性的な衣装を纏っていた。
輝く髪をポニーテールにまとめ、黄色い改造レザーコートの裾は夏でも涼し気にたなびいている。激しいダメージの入ったホットパンツから露出する太ももが太陽に照らされて光った。
そして相対する黒い猫の方も尋常の存在ではない。
そもそもサイズがおかしすぎる。伏せている姿勢でも人間の身長よりも少し大きいくらいだ。空気に溶け込む黒いオーラを纏い、口元はチェシャ猫のようにニタニタと笑っている。
「魔獣でしょ、あれ」
麗華の後ろから芽愛がにゅっと顔を出した。登校日というわけでもないだろうに、相変わらずの制服姿だ。
そして背後の壁際には大きな赤黒い鋼鉄の手、ゴッドドールの手の平が地面から生えるように突き出している。
すぐ近くにイベント用の大きな資材やオブジェも置かれているせいか、ゴッドドールを気にする人は誰もいない。周囲の人々は皆ステージ上での少女と猫の戦いを注視していた。
「あの魔獣、ライブが始まる前に現れた。私が倒そうかと思ったけど」
「その前にあの人が戦い始めたから様子見してる感じ?」
「そう。誰だか知らないけど、明らかに堅気の動きじゃない。見たところ大丈夫そうだし、無駄に騒ぎを大きくするのもね」
「なるほど」
確かに、麗華の目から見ても小柄な少女の動きは凄まじく良かった。
魔獣の素早い動きに合わせて細かくステップを踏む。魔獣が爪を振れば鋭く後ろに飛んで避け、逆に挑発するような細かい蹴りで魔獣を牽制する。まるで猫同士の喧嘩を見ているようだった。
少女が大きく動くたびに「やっちまえ」とか「頑張れ」とかいう歓声が上がる。男の子や父親たちは特に楽しそうにしているが、奥様方はやや怪訝な顔で見ている者も少なくない。
七年前もこんな風に周りから応援を受けて戦っていたものだ。この場に当時居合わせていた地元民がいても全くおかしくない。この星桜市に限っては明確な前例がある以上、魔獣との戦いをヒーローショー的なものとして見るのも強ち間違いとも言えないところがある。
「盛り上がらんやろが、技の一つでも使ってみろや!」
よく見れば、戦う少女は長く黄色い棒状の武器を持っていた。
湾曲や起伏のない無骨な直線型だが、先端だけは長方形に膨らんでいて、異様に細長いハンマーのようにも見える。勢いよく振られるたび滑らかに伸び縮みしていた。
しかし棒術の使い手にしては構えが妙だ。
棒を魔獣に向けるわけでもなく、水平から概ね六十度くらい斜め上に向けている。そして棒の先端に向かって時折ちらちらと視線をやって何かを確認しているように見える。
その様子に既視感を覚えてふと周りを見渡した。
周囲にはスマホをステージに向けている観客が少なくない。より高い位置から目の前のスペクタクルを撮るために自撮り棒を掲げている人も何人かいる。彼らはスマホをセットした棒を斜め上に掲げて、時折画面を確認するためにちらちら視線をやる。
それと少女が持つ棒を見比べ、全く同じ形状と振る舞いであることに気付く。そこで芽愛もちょうど同じ答えに到達したようだった。
「あれ自撮り棒じゃない?」
「だよね」
確信する。少女は自撮り動画を撮影しながら戦っているのだと。よく見れば「そんなんうちには効かへんで」とかカッコいいことを言うときは必ずインカメラを自分に向けている。
つまり余裕なのだ。魔獣と戦いながら映えを気にする余裕がある。
「おどれはもうええよ。あんま尺長いと編集怠いしな」
少女は自撮り棒を高く放り上げた。
棒は完全な無回転で水平移動するように真上に飛んでいく。それはきっと空中からのショットを綺麗に撮るためだとわかり、呆れとも感嘆ともつかない声が漏れる。
魔獣の丸い目が棒を追った隙に少女は一気に地面を踏み切った。たった一歩の踏み込みで、ミサイルのような飛び蹴りを繰り出す。
脇腹に蹴りを受けた魔獣はニャッと悲鳴を上げてステージの壇上から吹き飛ばされた。
大きな身体がひさしの影から追い出されて一気に直射日光を浴びる。ジュッと焦げるような音がしたかと思うと、空中で全身がかき消えた。代わりに小さな三毛猫が地面に着地し、観客たちの隙間を縫って走り去っていった。
華々しい退治ショーに観客たちが歓声を上げる。自撮り棒をキャッチした少女は軽く手を上げて応じるが、その姿もきっちり自撮り棒でスマホに収めているのだ。
「どもども! きらきらチャンネルをよろしくな。そんでこっからラウンドツーや、ちょっとどいてくれな」
少女はバク転でステージを飛び降りた。着地した勢いのまま走り出し、人混みがさっと横に捌ける。
少女が走るルートに合わせて観客が空けた道は麗華と芽愛に繋がっていた。少女と麗華の目が合う、その瞳の輝きは魔獣と戦っていたときと些かも変わっていない。
「あなた、何か用?」
芽愛が麗華の一歩前に出る。少女は鋭い犬歯を剥き出しにして笑い、伸ばした自撮り棒を肩に担いだ。
「もちろん。次や次!」
そして自撮り棒を振り抜いた。野球のバットのように思い切り。
芽愛が素早く右手を振る。動きに連動してゴッドドールの手掌が下がり、自撮り棒のスイングを受け止めた。
ガチンと金属同士がぶつかる大きな音が鳴る。激しく衝突したが細い自撮り棒は折れも曲がりもせず、逆に受け止めた魔神機の方が衝撃で僅かに後ずさった。
「ちょ、何いきなり」
「そりゃこっちの台詞やろ。それ、どう見ても魔側のやつやろが。魔獣もおどれが出したんか」
「違うって。その気があったらさっき襲ってるでしょ」
「どっちでもええやろ、見た目怪しいやつはどついてからでも遅ないで」
「怪しいって、ただの制服じゃん」
「学生服に銀色チャラチャラ付けとるやないか」
「は、そっちの服装の方がおかしくない? 仮装大賞みたいなことになってるけど」
「これはうちの一張羅や。悪党にはわからんかもしれんけどな」
「何、いま悪党つった? 言うに事欠いてこの野郎」
「はっは! 乗ってきたか? そんならかかってこいや。地固めるために雨降らす、うちのモットーじゃい!」
「逆だろ!」
芽愛が腕を振り上げる。ゴッドドールが素早く宙に浮き、芽愛の右手に合わせて拳が振り下ろされる。少女はわざわざ派手なバク転で攻撃を避け、律儀に自撮り棒へと目線を送った。
場外乱闘開始。
滑らかに動く鉄拳にどよめきが上がるが、しかし未だに「やっちまえ」という冷やかしの歓声も聞こえる。この町の住民たちは七年前の騒動で相当に丹力が強くなったらしい。
「おいおい」
麗華は一応止めに入ろうと一歩前に出るが、芽愛が視線をちらと送ってきて足を止める。
芽愛の澄んだ瞳は平熱だ。別にこの場でどちらかが死ぬまで喧嘩しようというわけではない。
先に吹っ掛けられたのを黙らせるだけだ。魔獣を倒したこの少女なら軽く魔神機で戦ってもそう大怪我はしないだろうと麗華に視線で伝えるくらいの理性は残っている。
うーんじゃあまあいいか、と麗華が後ろに下がって壁に寄りかかったとき、ステージ上で仁王立ちしている少女の姿を視界に捉えた。戦い始めた二人の背後、もう誰も見ていない本来のステージ。
その上に佇む長身でロングヘアの少女が一人。
青いワンピースドレス、正統派のアイドル衣装を纏っている。ひらひらしたスカートやたくさんのフリルは魔法少女にも似ていたが、落ち着いた差し色や少し肌の出た大人っぽいアレンジが長身の体躯によく似合っていた。
アイドルの少女は青いマイクをスタンドごと持って口にあてがった。そして硬い大声で叫ぶ。
「そこの三人! 営業妨害!」
マイクから増幅された声が屋上全体に響き渡る。
関西弁の少女とは別の意味でよく通る声だった。あちらが煽って盛り上げるエンターテイナーの声だったのに対して、こちらははっきりと命令を下す者の声だ。喩えるなら番人とか委員長のような。
「私もか?」
麗華が漏らす不満の声がステージまで届くはずもない。アイドルの少女は更なる追撃を叫ぶ。
「今すぐ! その場に! 伏せなさい!」
その絶叫は、大声というよりはもはや衝撃波だった。
彼女の膨大な声量が麗華の周囲を包んだ。音とはすなわち振動なのだと文字通り肌で理解する。全身の震えで触覚の一切を奪われ、平衡感覚も維持できない。
その場に立っていられず、電源を切られたようにその場でふらつく。横目で見れば、自撮り少女と芽愛も同じように姿勢を崩している。
「あいて!」
「う」
「おっと」
三人揃ってその場に仲良く尻餅をつく。
気付けば、さっきまでステージ上にいたアイドルの少女は目の前で三人を見降ろしていた。
「なんやねん、おどれ」
「それはこっちの台詞。いきなり三人でイベントをめちゃくちゃにしてどういうつもり?」
「しゃーないやろ、魔獣がおったんやから。それにこいつのことなんて知ら……ん? いや、よく見りゃそのでかい手、ゴッドドールか?」
関西弁の少女が隣を二度見して目を丸くする。
「あん? おどれ、ドールマスターか? 制服なんでわからんかったけど」
呼ばれた芽愛が眉を顰める。
「そうだけど。あなたこそ、その自撮り棒はステッキ? その人を食ったような口元……マジカルイエローに似てる」
麗華は小さく息を吐き、アイドルの少女を見上げた。
「わかってきた、そっちは御息か。どうりで」
御息と呼ばれた少女が視線を落とした。
「ええ。あなたは麗華ね」
四人の少女がお互いに顔を認識し、古い知り合い同士であることを確認する。
元ドールマスター、廻覇芽愛。
元マジカルレッド、語世麗華。
元マジカルイエロー、釈綺羅。これは関西弁の方。
元マジカルブルー、安濃御息。これはアイドルの方。
元魔法少女が三人、プラス元敵幹部が一人。
「どうするの? これ」
「はっは! オモロくなってきたやんけ!」
綺羅がバネで弾かれたように勢いよく立ち上がり、御息の背中をバシンと叩いた。
小柄な少女はよく通る声と同じくらいエネルギッシュで個性的な衣装を纏っていた。
輝く髪をポニーテールにまとめ、黄色い改造レザーコートの裾は夏でも涼し気にたなびいている。激しいダメージの入ったホットパンツから露出する太ももが太陽に照らされて光った。
そして相対する黒い猫の方も尋常の存在ではない。
そもそもサイズがおかしすぎる。伏せている姿勢でも人間の身長よりも少し大きいくらいだ。空気に溶け込む黒いオーラを纏い、口元はチェシャ猫のようにニタニタと笑っている。
「魔獣でしょ、あれ」
麗華の後ろから芽愛がにゅっと顔を出した。登校日というわけでもないだろうに、相変わらずの制服姿だ。
そして背後の壁際には大きな赤黒い鋼鉄の手、ゴッドドールの手の平が地面から生えるように突き出している。
すぐ近くにイベント用の大きな資材やオブジェも置かれているせいか、ゴッドドールを気にする人は誰もいない。周囲の人々は皆ステージ上での少女と猫の戦いを注視していた。
「あの魔獣、ライブが始まる前に現れた。私が倒そうかと思ったけど」
「その前にあの人が戦い始めたから様子見してる感じ?」
「そう。誰だか知らないけど、明らかに堅気の動きじゃない。見たところ大丈夫そうだし、無駄に騒ぎを大きくするのもね」
「なるほど」
確かに、麗華の目から見ても小柄な少女の動きは凄まじく良かった。
魔獣の素早い動きに合わせて細かくステップを踏む。魔獣が爪を振れば鋭く後ろに飛んで避け、逆に挑発するような細かい蹴りで魔獣を牽制する。まるで猫同士の喧嘩を見ているようだった。
少女が大きく動くたびに「やっちまえ」とか「頑張れ」とかいう歓声が上がる。男の子や父親たちは特に楽しそうにしているが、奥様方はやや怪訝な顔で見ている者も少なくない。
七年前もこんな風に周りから応援を受けて戦っていたものだ。この場に当時居合わせていた地元民がいても全くおかしくない。この星桜市に限っては明確な前例がある以上、魔獣との戦いをヒーローショー的なものとして見るのも強ち間違いとも言えないところがある。
「盛り上がらんやろが、技の一つでも使ってみろや!」
よく見れば、戦う少女は長く黄色い棒状の武器を持っていた。
湾曲や起伏のない無骨な直線型だが、先端だけは長方形に膨らんでいて、異様に細長いハンマーのようにも見える。勢いよく振られるたび滑らかに伸び縮みしていた。
しかし棒術の使い手にしては構えが妙だ。
棒を魔獣に向けるわけでもなく、水平から概ね六十度くらい斜め上に向けている。そして棒の先端に向かって時折ちらちらと視線をやって何かを確認しているように見える。
その様子に既視感を覚えてふと周りを見渡した。
周囲にはスマホをステージに向けている観客が少なくない。より高い位置から目の前のスペクタクルを撮るために自撮り棒を掲げている人も何人かいる。彼らはスマホをセットした棒を斜め上に掲げて、時折画面を確認するためにちらちら視線をやる。
それと少女が持つ棒を見比べ、全く同じ形状と振る舞いであることに気付く。そこで芽愛もちょうど同じ答えに到達したようだった。
「あれ自撮り棒じゃない?」
「だよね」
確信する。少女は自撮り動画を撮影しながら戦っているのだと。よく見れば「そんなんうちには効かへんで」とかカッコいいことを言うときは必ずインカメラを自分に向けている。
つまり余裕なのだ。魔獣と戦いながら映えを気にする余裕がある。
「おどれはもうええよ。あんま尺長いと編集怠いしな」
少女は自撮り棒を高く放り上げた。
棒は完全な無回転で水平移動するように真上に飛んでいく。それはきっと空中からのショットを綺麗に撮るためだとわかり、呆れとも感嘆ともつかない声が漏れる。
魔獣の丸い目が棒を追った隙に少女は一気に地面を踏み切った。たった一歩の踏み込みで、ミサイルのような飛び蹴りを繰り出す。
脇腹に蹴りを受けた魔獣はニャッと悲鳴を上げてステージの壇上から吹き飛ばされた。
大きな身体がひさしの影から追い出されて一気に直射日光を浴びる。ジュッと焦げるような音がしたかと思うと、空中で全身がかき消えた。代わりに小さな三毛猫が地面に着地し、観客たちの隙間を縫って走り去っていった。
華々しい退治ショーに観客たちが歓声を上げる。自撮り棒をキャッチした少女は軽く手を上げて応じるが、その姿もきっちり自撮り棒でスマホに収めているのだ。
「どもども! きらきらチャンネルをよろしくな。そんでこっからラウンドツーや、ちょっとどいてくれな」
少女はバク転でステージを飛び降りた。着地した勢いのまま走り出し、人混みがさっと横に捌ける。
少女が走るルートに合わせて観客が空けた道は麗華と芽愛に繋がっていた。少女と麗華の目が合う、その瞳の輝きは魔獣と戦っていたときと些かも変わっていない。
「あなた、何か用?」
芽愛が麗華の一歩前に出る。少女は鋭い犬歯を剥き出しにして笑い、伸ばした自撮り棒を肩に担いだ。
「もちろん。次や次!」
そして自撮り棒を振り抜いた。野球のバットのように思い切り。
芽愛が素早く右手を振る。動きに連動してゴッドドールの手掌が下がり、自撮り棒のスイングを受け止めた。
ガチンと金属同士がぶつかる大きな音が鳴る。激しく衝突したが細い自撮り棒は折れも曲がりもせず、逆に受け止めた魔神機の方が衝撃で僅かに後ずさった。
「ちょ、何いきなり」
「そりゃこっちの台詞やろ。それ、どう見ても魔側のやつやろが。魔獣もおどれが出したんか」
「違うって。その気があったらさっき襲ってるでしょ」
「どっちでもええやろ、見た目怪しいやつはどついてからでも遅ないで」
「怪しいって、ただの制服じゃん」
「学生服に銀色チャラチャラ付けとるやないか」
「は、そっちの服装の方がおかしくない? 仮装大賞みたいなことになってるけど」
「これはうちの一張羅や。悪党にはわからんかもしれんけどな」
「何、いま悪党つった? 言うに事欠いてこの野郎」
「はっは! 乗ってきたか? そんならかかってこいや。地固めるために雨降らす、うちのモットーじゃい!」
「逆だろ!」
芽愛が腕を振り上げる。ゴッドドールが素早く宙に浮き、芽愛の右手に合わせて拳が振り下ろされる。少女はわざわざ派手なバク転で攻撃を避け、律儀に自撮り棒へと目線を送った。
場外乱闘開始。
滑らかに動く鉄拳にどよめきが上がるが、しかし未だに「やっちまえ」という冷やかしの歓声も聞こえる。この町の住民たちは七年前の騒動で相当に丹力が強くなったらしい。
「おいおい」
麗華は一応止めに入ろうと一歩前に出るが、芽愛が視線をちらと送ってきて足を止める。
芽愛の澄んだ瞳は平熱だ。別にこの場でどちらかが死ぬまで喧嘩しようというわけではない。
先に吹っ掛けられたのを黙らせるだけだ。魔獣を倒したこの少女なら軽く魔神機で戦ってもそう大怪我はしないだろうと麗華に視線で伝えるくらいの理性は残っている。
うーんじゃあまあいいか、と麗華が後ろに下がって壁に寄りかかったとき、ステージ上で仁王立ちしている少女の姿を視界に捉えた。戦い始めた二人の背後、もう誰も見ていない本来のステージ。
その上に佇む長身でロングヘアの少女が一人。
青いワンピースドレス、正統派のアイドル衣装を纏っている。ひらひらしたスカートやたくさんのフリルは魔法少女にも似ていたが、落ち着いた差し色や少し肌の出た大人っぽいアレンジが長身の体躯によく似合っていた。
アイドルの少女は青いマイクをスタンドごと持って口にあてがった。そして硬い大声で叫ぶ。
「そこの三人! 営業妨害!」
マイクから増幅された声が屋上全体に響き渡る。
関西弁の少女とは別の意味でよく通る声だった。あちらが煽って盛り上げるエンターテイナーの声だったのに対して、こちらははっきりと命令を下す者の声だ。喩えるなら番人とか委員長のような。
「私もか?」
麗華が漏らす不満の声がステージまで届くはずもない。アイドルの少女は更なる追撃を叫ぶ。
「今すぐ! その場に! 伏せなさい!」
その絶叫は、大声というよりはもはや衝撃波だった。
彼女の膨大な声量が麗華の周囲を包んだ。音とはすなわち振動なのだと文字通り肌で理解する。全身の震えで触覚の一切を奪われ、平衡感覚も維持できない。
その場に立っていられず、電源を切られたようにその場でふらつく。横目で見れば、自撮り少女と芽愛も同じように姿勢を崩している。
「あいて!」
「う」
「おっと」
三人揃ってその場に仲良く尻餅をつく。
気付けば、さっきまでステージ上にいたアイドルの少女は目の前で三人を見降ろしていた。
「なんやねん、おどれ」
「それはこっちの台詞。いきなり三人でイベントをめちゃくちゃにしてどういうつもり?」
「しゃーないやろ、魔獣がおったんやから。それにこいつのことなんて知ら……ん? いや、よく見りゃそのでかい手、ゴッドドールか?」
関西弁の少女が隣を二度見して目を丸くする。
「あん? おどれ、ドールマスターか? 制服なんでわからんかったけど」
呼ばれた芽愛が眉を顰める。
「そうだけど。あなたこそ、その自撮り棒はステッキ? その人を食ったような口元……マジカルイエローに似てる」
麗華は小さく息を吐き、アイドルの少女を見上げた。
「わかってきた、そっちは御息か。どうりで」
御息と呼ばれた少女が視線を落とした。
「ええ。あなたは麗華ね」
四人の少女がお互いに顔を認識し、古い知り合い同士であることを確認する。
元ドールマスター、廻覇芽愛。
元マジカルレッド、語世麗華。
元マジカルイエロー、釈綺羅。これは関西弁の方。
元マジカルブルー、安濃御息。これはアイドルの方。
元魔法少女が三人、プラス元敵幹部が一人。
「どうするの? これ」
「はっは! オモロくなってきたやんけ!」
綺羅がバネで弾かれたように勢いよく立ち上がり、御息の背中をバシンと叩いた。
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