上 下
26 / 68
第三章 疲れ果てた社畜OLは異世界でゆったりスローライフを送るようです

第24話:疲れ果てた社畜OLは異世界でゆったりスローライフを送るようです・4

しおりを挟む
 部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開ける。
 缶ジュースやお菓子が入っているが、どれもパッケージは英語で小百合には見覚えのないものばかりだ。その上には魚肉ソーセージや果物類が乱雑に転がっており、自由に食べていいと言われている。
 小百合は正座をしてバナナを一本食む。龍魅は床に寝転んで目を閉じていた。
 小百合が何かを言わない限り、基本的に龍魅は動かない。格闘訓練も小百合が言えば付き合ってくれるが、龍魅から何か要求してくることはない。生まれも環境も全く違う素性には未だ謎が多い。
 しかしこうしてペアを組む運びになった以上、お互いのことは知っておいた方がいい。小百合は暇を見付けては龍魅に色々なことを聞いてみているが、意外とプライベートなことも答えてくれる傾向にはある。拒否されないことを願いつつ、適当な足掛かりからまた質問を重ねる。

「龍魅さんにはきょうだいはいらっしゃらないのですか? 私は一人っ子ですが」
「いねえなあ。きょうだい分ならいくらでもいるけんど」
「龍魅さんはどうして異世界に転移しようと思ったのですか? チート能力が無くても龍魅さんは十分強い気がします、私と違って」

 龍魅は僅かに目を開け、天井を見つめて静止した。
 そのまま十秒が経ち、小百合が踏み込んだ質問をしたことを謝ろうとしたとき、龍魅は立ち上がりながら口を開いた。

「わしの刺青彫ったやつがなあ、龍になれっちゅうのが口癖だったんだあ。顔合わせるたびに龍になれ龍になれってうるさくてよお、わしは訳のわからんやつだと思っとった」

 龍魅は壁際にある小さな箪笥の引き出しを開けた。取り出した小さな写真を軽く放って小百合によこす。
 そこには龍魅と腕を組んでいる小柄な女の子が映っていた。龍魅は煙たそうな顔をしているが、小柄な女の子の方は笑顔満面だ。破顔した顔には放射状にカラフルな刺青が彫られており、小百合は何かの果物のような模様だと思った。
 写真の表面は赤いインクで汚れているのかと思ったが、よく見るとそれは乱暴な走り書きであり、目を凝らせば確かに「リュウになれ!!!」と大きく書いてあるのがわかった。

「仲が良いのですね」
「死んだよ。車に細工されとってなあ、わしとバイク乗ってるときに事故ってよお。陸橋の上で派手に爆発してなあ、落ちてくときも龍になれ龍になれってずっと呟いとったなあ。そんときようやくそいつが何言ってたかわかったんだあ」

 龍魅は気付けば細い葉巻に火を付けていた。喫煙しているのは初めて見た。

「わしが龍になってりゃ、あいつあ死ななかったんだあ。思い出してみりゃあ、あいつがわしに龍になれっつっとったのは食い逃げしたときとか、反目に追われとったときとか、川にブチ込まれたときとかだあ。どれもわしが龍になりゃあそれで片がついとった」
「……失礼かもしれませんが、それは龍にならなくてもどうにかできたことではないですか?」
「でも龍になれりゃあどうにかできとった、それあ正しいだんろ。あいつはそう思って彫ってたんだなあ。力で片あ付くこたあ力で片付けた方がええ。いつ何があるかはわからんもんなあ」
「……」

 小百合は自分の足を撫でる。
 龍魅と違って、小百合には友人が死ぬような劇的な経験はない。概ね幸福に暮らしていて、足が動かなくても大きな不満はなかった。実際、「足が動かなくても友達がいる」とか「足が動かなくても頭でどうにかできる」とかいうことをよく口にしていたし、昔はそう言うたびに前向きな気持ちになっていたものだ。
 しかし、そもそも最初から足が動いていれば努めて前向きになる必要もなかったのではないか。自分は無駄に落ち込んで無駄に復調しているだけではないか。その疑問が確信に変わり、ポジティブなフレーズを口にするたび惨めな気持ちになるようになったのはいつからだった?
 。当たり前のことだ。
 足が動かなくても何とかなるかもしれないが、動いた方がいいに決まっている。自分の足が動けば、好きなお手伝いさんと一緒に庭の掃除ができた。自分の足が動けば、友達と一緒に走って泳げた。大きな不満は一つもなくても小さな不満は無数にある。塵も積もれば十七年で限界が来る。
 それと同じだ。龍にならなくてもどうにかはなる。だが、

「やはり私たちは異世界転移するべきです」
「あたりめえだあ」

 龍魅に返した写真はまた元の箪笥の中にしまわれていった。
 よく見れば、その中には似たような紙切れがいくつも入っている。大きさも色もまちまちの紙片が大量に。小百合の視線に気付いたのか、龍魅が引き出しを大きく開けてみせた。
 中で圧し潰されていた紙が膨らんで何枚かが飛び出してきた。全部で数十枚はあるだろうか。全てが写真というわけでもなく、汚れた便箋のようなものも多い。どれも違う筆跡で何か書いてあるが、乱暴な殴り書きでとても読めない。

「全部誰かが置いてったもんだあ。いなくなったやつらがなあ」
「それは……全員お亡くなりになったということですか?」
「いんや、そうとも限らねえけんど。わしらはいつ消えるかわかんねえからよお。先に渡しとくやつも多いんだあ」
「じゃあ、とても大切なものなんですね」
「そうだなあ、誰かが死んだら誰かが困ることがあらあな。隠してるもんとかよお、後で誰かがやっとかにゃいけねえもんとかあるだんろ」

 そのとき龍魅のスマートフォンから通知音が割り込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

LW
ファンタジー
ゲーム感覚で世界を滅ぼして回ろう! 最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。 「今すぐ自殺しなければ! 何でも構わない。今ここで私が最速で死ぬ方法はどれだ?」 自殺癖持ちのプロゲーマー、空水彼方には信条がある。 それは決着したゲームを最速で完全に清算すること。クリアした世界を即滅ぼして即絶命する。 しかも現実とゲームの区別が付いてない戦闘民族系ゲーマーだ。私より強いやつに会いに行く、誰でも殺す、どこでも滅ぼす、いつでも死ぬ。 最強ゲーマー少女という災厄が異世界を巡る旅が始まる。 表紙イラスト:えすけー様(@sk_kun) 表紙ロゴ:コタツラボ様(@musical_0327) #ゲーマゲ

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

俺が異世界帰りだと会社の後輩にバレた後の話

猫野 ジム
ファンタジー
会社員(25歳・男)は異世界帰り。現代に帰って来ても魔法が使えるままだった。 バレないようにこっそり使っていたけど、後輩の女性社員にバレてしまった。なぜなら彼女も異世界から帰って来ていて、魔法が使われたことを察知できるから。 『異世界帰り』という共通点があることが分かった二人は後輩からの誘いで仕事終わりに食事をすることに。職場以外で会うのは初めてだった。果たしてどうなるのか? ※ダンジョンやバトルは無く、現代ラブコメに少しだけファンタジー要素が入った作品です ※カクヨム・小説家になろうでも公開しています

酔っぱらった神のせいで美醜が逆転している異世界へ転生させられた!

よっしぃ
ファンタジー
僕は平高 章介(ひらたか しょうすけ)20歳。 山奥にある工場に勤めています。 仕事が終わって車で帰宅途中、突然地震が起こって、気が付けば見知らぬ場所、目の前に何やら机を囲んでいる4人の人・・・・? 僕を見つけて手招きしてきます。 う、酒臭い。 「おうおうあんちゃんすまんな!一寸床に酒こぼしちまってよ!取ろうとしたらよ、一寸こけちまってさ。」 「こけた?!父上は豪快にすっころんでおった!うはははは!」 何でしょう?酒盛りしながらマージャンを? 「ちょっとその男の子面くらってるでしょ?第一その子あんたのミスでここにいるの!何とかしなさいね!」 髪の毛短いし男の姿だけど、この人女性ですね。 「そういう訳であんちゃん、さっき揺れただろ?」 「え?地震かと。」 「あれな、そっちに酒瓶落としてよ、その時にあんちゃん死んだんだよ。」 え?何それ?え?思い出すと確かに道に何か岩みたいのがどかどか落ちてきてたけれど・・・・ 「ごめんなさい。私も見たけど、もうぐちゃぐちゃで生き返れないの。」 「あの言ってる意味が分かりません。」 「なあ、こいつ俺の世界に貰っていい?」 「ちょっと待て、こいつはワシの管轄じゃ!勝手は駄目じゃ!」 「おまえ負け越してるだろ?こいつ連れてくから少し負け減らしてやるよ。」 「まじか!いやでもなあ。」 「ねえ、じゃあさ、もうこの子死んでるんだしあっちの世界でさ、体再構築してどれだけ生きるか賭けしない?」 え?死んでる?僕が? 「何!賭けじゃと!よっしゃ乗った!こいつは譲ろう。」 「じゃあさレートは?賭けって年単位でいい?最初の1年持たないか、5年、10年?それとも3日持たない?」 「あの、僕に色々な選択肢はないのでしょうか?」 「あ、そうね、あいつのミスだからねえ。何か希望ある?」 「希望も何も僕は何処へ行くのですか?」 「そうねえ、所謂異世界よ?一寸あいつの管理してる世界の魔素が不安定でね。魔法の元と言ったら分かる?」 「色々突っ込みどころはありますが、僕はこの姿ですか?」 「一応はね。それとね、向こうで生まれ育ったのと同じように、あっちの常識や言葉は分かるから。」 「その僕、その人のミスでこうなったんですよね?なら何か物とか・・・・異世界ならスキル?能力ですか?何か貰えませんか?」 「あんた生き返るのに何贅沢をってそうねえ・・・・あれのミスだからね・・・・いいわ、何とかしてあげるわ!」 「一寸待て!良い考えがある!ダイスで向こうへ転生する時の年齢や渡すアイテムの数を決めようではないか!」 何ですかそれ?どうやら僕は異世界で生まれ変わるようです。しかもダイス?意味不明です。

達也の女体化事件

愛莉
ファンタジー
21歳実家暮らしのf蘭大学生達也は、朝起きると、股間だけが女性化していて、、!子宮まで形成されていた!?

器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜

白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。 光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。 目を開いてみればそこは異世界だった! 魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。 あれ?武器作りって楽しいんじゃない? 武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。 なろうでも掲載中です。

処理中です...