ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第14章 別に発狂してない宇宙

第75話:別に発狂してない宇宙・2

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 彼方は座ったままで動かない。

「殺さないさ。今の私を君は殺さない」

 言葉通り、刃先は首を刎ねる直前でブレーキをかけた。寸止めどころか刀は皮膚にちょうど触れている。肌の上に乗ってはいるが皮膚は傷付いていない。

「何故なら、私が今まで見たこともない服を着ているからだ。私がこうして新しい服でめかし込んでいる限り、私を殺すことは君の信条に反する。それは今まさに生まれようとしている新たな可能性を摘むことだからだ」
「それが他者の可能性を害するものでない限り、私はあらゆる可能性を尊重します。今のあなたには戦意がありませんし、その服も明らかに戦闘能力を下げるものです」
「私は戦意を永久に喪失したわけではない。殺し合いは後でやるさ、必ずやる。だが、顔を合わせてすぐに戦う必要もない。私たちは別に心の底から無条件に憎み合っているわけではない。一定の主義とルールの下で是非とも殺したいというだけだ。ゲームをしていないときに戦う必要はない。どうせなら神威も少しは着飾ったらどうだ。私は服装のことはよくわからないが、姉さんと相談してもう一セット買ってきた」
「構いませんが」

 彼方が足元から取り出した紙袋を神威は片手で受け取った。
 そして長い日本刀を両端で挟むように持ってぐっと押し潰す。両手が合わさったとき、虹色の波動が再び一つ放たれた。
 汎将で世界を移動し、次の瞬間には神威は大きな襟とリボンが付いたゴシックのワンピースを身に着けていた。シンプルで清廉なお出かけ用といういで立ちは神威によく似合っている。

 神威はガラス窓に映った自分を見て一つ頷くと此岸に身体を向けた。

「この服はあなたが?」
「あ、はい、せやね。お姉ちゃんの此岸です」
「初めまして、神威と申します。袖を通したのでお代をお支払いします」
「別にええよ。元から彼方の友達にプレゼントする気で選んだから。とりあえず彼方のかっこいいテイストに合わせて女の子っぽい感じにしたけど、よく似合っとるし」
「ありがとうございます」

 神威が軽く会釈する。頭を上げたとき、その視界に白い妖精の女の子が映った。
 全長十センチほどの小さな姿が可愛らしくウィンクしてその場で宙返りしてみせる。だが、キラキラと鱗粉が舞う代わりに高くて不愉快で耳障りなブーンという音が響く。よく見ればその背中に生えているのは羽ではなく翅だ。

「どーも。寄生虫の灰火です」
「あなたには宜しくする謂れはありませんが」
「家族に挨拶するんなら私にも通してもらわないとさ。何せ部分的には彼方本人なんだから。今はかわいーマスコットでもいーけどね」

 この妖精フォームは世界を巡るうちに灰火がいつの間にか習得していたものだ。元より蛆の群れであるが故にどんな姿にでもなれる。
 微妙に頭身を下げている姿は確かに可愛らしく見えないことも無く、世界とコミュニティによってはマスコット的な扱いを受けていることもある。しかしそれでもその本性は蛆虫であり、背中では虫に特有の筋張って怪しく光る薄い膜が四枚細かく振動している。

「あなたがそうやって姿を変えていくこともまた一つの可能性です。とりわけ、自らの身体を変形せしめるほどの想像力はそれなりに貴重なものと言えるでしょう。あなたたちがそうやって様々な可能性を見つけ出すことを私は全く評価していないわけではありません」

 神威は汎将を椅子に変形させて座った。
 パイプ椅子のように最低限の面と足だけを備えた簡素な形、しかし虹色に光って遷移する帯がどこまでも周囲に馴染まない異質さを主張する。

「あなたが世界を巡る中で様々な能力を発見し、我が物とする技能もそうです。それはまさしく可能性の発掘そのものであり、感嘆したことも一度や二度ではありません。通常の人間が産出する可能性が一だとすれば、あなたは百の可能性を生むことができます」
「やけに褒めるじゃないか。私にも君のフェチズムが少しずつわかってきている。もちろん敗北の実現可能性などという妄想に同意するつもりはないが、色々な世界には色々な可能性が満ち溢れているというのは単に事実だ。私が強くなるのもそれを簒奪しているから」
「実際のところ、私たちは世界の創造性を尊重しているという点においては実はよく似ているのだと」
「同意する。私たちの違いはその形態が敵か可能性かということくらいだ。私は創造性の本質を敵と見るが故にそれと闘争することを望むが、君はそれを可能性と見るが故に保全を目指す」
「私に言わせれば、あなたと私の違いは創造性を個人に見るか場に見るかです。私にとって、可能性とは複数の個人が振る舞う場のことです。誰かがほんのちょっとした思い付きで道端に旗を立て、それを目にした誰かが手元の電球で飾り付け、やがてそれはいつか街の名物になります。個々の想像力が相互に作用することでその効力は指数関数的に増幅し、最終的な可能性の収支を増やします。故に第一に保全しなければならないものは可能性を育む世界という場であり、それを滅ぼすあなたの罪が減免されることは永遠にありません」
「私にとって、価値があるのはあくまでもプレイヤーだ。ステージではない。まずは私が、そして君がいる。それ以外のモブに興味はない。私たちが互いに互いを出し抜くためには新たな可能性を吸収していく必要がある。このフィードバックで私も君もどこまでも強くなる。その運動に寄与する限りにおいて私は可能性の価値を認めよう」
「皮肉な運動ですね。お互いに関係を終わらせようとすることでのみ維持されるとは」
「それがゲームの本質だ。あるステージをクリアすることが次のステージに進むためのトリガーとなる。ゲームに平衡状態は存在しない、少なくともプレイヤーの意志において」
「だからあなたが逆創造する新規な世界は常に未知の余剰を含むのでしょう。創造ではなく逆創造であるが故に可能性は模倣するよりはむしろ純粋に産出されます。実際、あなたを追跡する過程で私はいくつもの思いもよらぬ出来事と邂逅してきました。無論、あなたがもたらす利得よりも損失の方が大きいことは変わりませんが」
「終末器は常に可能性を拡大していることには私も同意する。そしてそれ故に行きあたらざるを得ない疑問がある」
「承知しています。あなたは次にこう言うのでしょう。と」
「そうだ。仮にどんな世界にもそれを創造した世界が必ずあるとすれば、創造を遡り続けた先には何があるのか?」
「原理的には真の根源のようなものが存在すると考えざるを得ません。それ自身は誰に創造されたわけではないにも関わらず、それ以外の全てを創造した原始の世界」
「不動の第一動者をいわゆる神と呼ぶ。それは神職たる君の専門分野じゃないのか」
「私が宗教的な意匠に帰依するのはこの世ならざる可能性を擁立する点においてです。絶対者という意味での神に共感しているわけではありません。実際、いまやそれは信仰の問題ではなく、もっと現実的な懸念点として私たちの眼前にあります」
「そうだ。私は君と戦って世界を遡り続けることで、創造の根源たる世界に至ることを心待ちにしている。そんな世界を滅ぼすことができるなら、それは最大難易度のゲームクリアに違いないからだ」
「いずれにせよ、この争いは私たちにとっては形而上学的な議論ではなく純粋な力比べでしかありません。そしてそれ故に私たちがお互いにやるべきことは永劫に変わらないのです」
「確かに、これ以上世界の構造について議論することにそれほどの意味はない。いずれ明らかになることだからだ。それよりは見かけ上は類似した身近な問題について検討した方がいい」
「と言うと」
「同じく無限運動している私たちの関係についてだ」

 彼方は神威が割ったカップの上に手をかざした。粉雪が時を戻し、暖かい珈琲が入ったカップが復元された。持ち上げて神威に差し出す。

「私は私を嫌いなやつのことが好きだ。私に殺されず、何度でも殺しに来るやつのことが好きだ。私が何を使ってどう殺そうとしても死なず、切り返して殺しに来る君のことが好きだ」
「それは告白ですか?」
「そうだ」

 神威がカップに手を伸ばした。
 持ち手で手が触れる。目が合う。神威は彼方をまっすぐに見つめていた。
 今ここにある空気は、映画館を出た直後のそれに似ていた。例えば二人で面白い映画を見て、今すぐにでもその話をしたいということがお互いにわかっている。そのことはあまりにもわかりきっているから、自分から切り出すのが何となく恥ずかしい。
 それで全然関係のない会話に華を咲かせるふりをしてしまう、本当は今すぐにでもさっき見たシーンの話をしたいのに。そうしているうちに本来話すべきことを話したい気持ちはどんどん溜まっていき、最後には必ず決壊する。妙な照れ隠しが一度壊れてしまえば、あとは堰を切ったように全てを話し出すのだ。さっきまでの緊張は何だったのかと笑いながら。
 神威の指先が彼方の手を強く押した。それは攻撃ではなく、何かせっつくような言葉にならない干渉だった。本来やるべきことをお互いにわかっていて、それしかなくて、それをやるしかない。もうきちんとした宣言など要らない。目を見ればわかるから。
 あと三秒で完全に決壊して、それが始まることが二人にだけわかる。二人は完全に同期していて、予測が同期しているという確信ですらも同期していた。この世で最も精密な時計でさえも、二人がそれを開始するタイミングの精密さに比べればどうしようもなく狂っているのだ。
 胸の高まりが限界に達したとき、遂に神威の口から初撃が爆発した。

「生まれ出なさい、私の悪食アクジキ!」
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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