ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第11章 鏖殺教室

第58話:鏖殺教室・3

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 ポニーテールの小柄な少女が身の丈の半分ほどもある巨大な魔導弓を番えた。
 白い弓は曇り一つなく艶やかに磨かれ、魔力を充填するためのオルビス式呪文回路が書き込まれている。張られた金属弦は太く、道具というより兵器としての重厚さを備えていた。実際、白魔石で作られたこの弓は重量数キロ程もあるが、少女は重さを物ともせず空中を飛び回る。
 弦を引いたまま木の上を走り抜け、枝の先で木の葉と一緒に軽やかに舞う。身を翻して回転しながら的を狙う。

「そこっ!」

 三本の魔法矢が一気に放たれる。
 魔力の残滓がテールランプのように連なり、三つの色鮮やかなラインが中庭を突き進む。それぞれが中庭の隅に並べて立てられた藁人形の中央に突き刺さり、森を揺るがす轟音を立てた。晴天の空から一閃の雷が落ち、ターゲットを塵に変える。
 その様子を木の上でじっと見ていた彼方が二回手を叩いた。

「悪くない。特に射程は大きく改善されている。この精度ならあと五百メートルは離れても的を外さないだろう」
「ふふん、そうでしょ。威力を落とさないのは大変なんだからね」
「そうだな、確かに落雷の規模も上手くコントロールできている。だが……」
「だが?」
「スピードにはまだ課題が残っているようだ」
「何よ、十分速かったでしょ。昨日よりも二倍は早く撃ててるはずだし」
「まだ実戦級ではない。ただでさえ弓術はどこにどう射るかの判断が難しいのだから、考えた瞬間には発射できていないと間に合わない。レイやニースの近接戦闘を支援するならなおさらだ」
「言われた通りに何度も反復したんだけど。もう倉庫の樽は全部燃やしてしまったわ」
「君がよく努力しているのは知っているし、所作の一つ一つがとても丁寧だ。それは君の長所だが、必ずしも良いことばかりではない。却ってスピードを殺しているところもある」

 むっと頬を膨らませる少女の小柄な身体を彼方が後ろから抱え込んだ。大きなトレンチコートが二人を包むように広がる。長身の彼方に抱き寄せられるように二人の身体が密着する。

「ちょっと! 何するの!」
「アリア、君は矢を目標の真ん中に当てることに必要以上にこだわってしまっているように見える。だが魔法で殺傷力を込めた矢なら一センチなんて誤差だ。少し精度を下げてでもスピードを上げた方が良い」
「いきなり女の子の身体に触るなんて非常識じゃ……」
「必要なことだ。身体の使い方は口で教えるよりもこうした方が早い。まずは手だ。もう少し弦を緩く握ってあそびを作った方が射出は早くなる」

 彼方の長い指が弓を握る小さな手の上に重なった。緊張した手を優しく解きほぐし、指先を一本一本弦に乗せ直す。するとぎゃあぎゃあ騒いでいたアリアの声はすぐに小さくなり、勢いを失ってあわあわと声にならない声を出し始める。

「それと目の使い方にも改善の余地がある。目標にピントを合わせるスピードは射出速度にも大きく関わる」

 彼方がアリアの腰と後頭部に手を回してグッと顔を近付けた。アリアの大きな目に、長い睫毛に覆われた意志の強そうな切れ長の目が飛び込んでくる。彼方に至近距離で顔を見つめられ、アリアの目がぐるぐると回る。
 アリアは彼方の強い力にすっかり身体を預けてしまい、まるで社交ダンスのように動きをリードされるばかりだ。

「これは弓術に限ったことでもないが、戦闘において目の焦点は意識的に変えられる状態が最も望ましい。たまたま目に入ったものを見るのではなく、君が見るものを選択するんだ。わかるか?」
「う、うん……」
「きっと君ならすぐにコツを掴めるはずだ。これは基礎技能だから、わからないことがあればいつでも私に聞いてほしい。ただ何度も言うが、身に着けた能力をどう応用するかは私の目の届かないところで考えて工夫してほしい。自分の底を私に見せるな。私を利用して強くなれ」
「ひゃい……」

 アリアはすっかり顔を耳まで真っ赤にしている。威勢のいい声は縮こまってしまい、いまやごにょごにょと何かを呟くばかりだ。続く彼方の指導は耳に入っているのかいないのか、何かを尋ねられるたびにこくこくと頷いている。

「何だあれ、中学生がルーズリーフに書いたラブコメかな。ちょろすぎるツンデレ少女が一瞬で篭絡されてるね」
「灰火さん」
「やあ、ツグミちゃん」

 大木の木陰に座って休むツグミの隣に、気付けば肌が触れるほどの至近距離で灰火が座っていた。彼方とアリアのやり取りを見て呆れていたのはツグミだけではなかったらしい。

「ツグミちゃん、私はたまに思うんだけど、そもそもツンデレって性格ではないよね。恋愛対象が目の前にいない限りは絶対に表に出ないわけだし、それは性格というよりはもっと局所的な人間関係の話じゃないかな」
「私は性格の一つだと思いますが、まあ、アリアが恋する乙女になっているのは初めて見ますね」
「へー、ツンデレじゃない状態のツンデレ少女ってどんな感じかな」
「真面目で強気なしっかり者でしたよ。少し子供っぽいところはありますが」
「なんか元のプロフィールも萌え萌えしてる気がするのは今の惨状を見ているからかな」
「アリアが彼方さんに惚れるのも分かりますけどね」

 彼方がセレスティア魔法学院に先生として赴任してから三日が経っていた。
 彼方は学院に来るや否や、特に才能がある者を七人だけ選んで他は生徒も教師も全員追い出してしまった。もともと数百人が在籍していた広い学院の敷地内は教室も林もグラウンドも広場も全て実践的なバトルフィールドとなり、連日彼方の指導が行われている。学院というよりは青空教室だ。
 最初こそ彼方に疑念や恐怖の目を向けていた生徒たちだったが、打ち解けるまでには半日もかからなかった。彼方はまず一人ずつ全力で自分を攻撃するように指示した。その全てをあっさりいなした上で全員にいくつか細かくアドバイスし、それだけで全員の能力が飛躍的に向上した。
 彼方が見込んだ生徒たちはもともと才能には恵まれていたのだ。例えばアリアは数キロ先まで見える視力と、そこまでの物体軌道をイメージする視野をもともと備えていた。だが、せいぜい二百メートル程度の長さしかない練習場ではせっかくの能力も持て余すしかなかった。ツグミの時間や因果の操作についての才能も同じだ。規格外のポテンシャルも指導者がいなければ伸ばせない。
 そこで彼方だ。彼方はどんな技能でも一目見るだけでその本質を一言で言い表して教えてしまう。一年かけて体得する魔法さえも彼方にかかれば一言二言の仕事でしかなく、達人が一生を費やして体得する奥義ですらも一日で手が届く。
 彼方は綺麗で真剣で有能で、実際には同年代の女の子だということはすぐに忘れそうになる。もともと不完全燃焼な思いを燻ぶらせていた生徒たちにとって、彼方が先生として慕われるのは自然なことですらあった。

「彼方は他人には興味ありませんみたいな顔してる割に、ぐいぐい近付いていくことに抵抗がないからなあ。人から拒絶されない人に特有の異常な距離感があるよね」
「ああー……確かに」

 ツグミも灰火の寸評は正しいと思うが、それは今肌が触れ合うほどの距離でふわふわと体育座りをしている灰火も同じだ。長くて柔らかい髪の毛がツグミの頬を撫でる。
 灰火にも彼方とは対極的な魅力がある。力強くて誠実な太陽が彼方だとして、ミステリアスで掴みどころがない月が灰火だ。

「灰火さんも大概な気はしますが」
「私は私で結構もてるからね。陽の者は彼方が好きだけど、陰の者は私が好きだと思う」
「それ自分で言うんですね……」

 灰火は本当に謎めいている。彼方の知り合いらしいが、とにかく神出鬼没だ。
 今のように気付けば隣にいたと思えば、目を離した隙にいなくなってしまう。移動術か迷彩系の魔法でも使っているのかと思ったが、彼女からは魔力の気配が無い。いつも着ている薄く白い服のように存在自体が儚く、言動ものらりくらりとしていていつでも煙に巻かれてしまう。

「中庸っぽいツグミちゃんはどっち派なのかな」
「私にはツバメちゃんがいますから」
「付き合ってるんだね」
「ぶっ!」

 飲みかけた水を吹き出したツグミを見て灰火が空を仰ぐ。

「なんか、この世界って学園コメディ系のやつなのかな。最初は割とシリアスなファンタジー魔法異世界みたいなやつかと思ってたけど。この学院自体、いかにも日常の舞台って感じだし。ね、レンラーラちゃんもそう思わないかな」

 灰火が上を向いて声をかけると、大木の裏あたりから驚きの声が聞こえる。
 ツグミが隣を見たとき、もう灰火の姿はそこになかった。急いで木の反対側へと回り込むと灰火がレンラーラの隣に座っている。
 相変わらず訳の分からない移動だ。時を止めた気配もない。聞けば何でも答えてくれる彼方に対して、灰火は何を聞いてもはぐらかして答えてくれないので謎は増える一方だ。

「レンラーラちゃんは私と彼方のどっちが好きかな」
「え、えっと……灰火さん……です」
「だよね。日陰者同士で蛞蝓みたいになんとなく仲良くしよーか」

 灰火にぐいぐい近付かれているレンラーラも、彼方が特別に才能があると見做した生徒の一人だ。
 裾の長いローブやの大きな帽子は伝統的な魔女の出で立ちで、いつも全体的に黒い服装をしている。モコモコと巻いた長い髪がエメラルドグリーンの綺麗な瞳を際立てていた。

 内気なレンラーラは彼方にもあまり積極的に話しかけることがなく、いつも暗所にいるところを灰火に発見されてはよく絡まれている。今だってレンラーラがいた場所は灰火とツグミからは完全な死角だったはずだが、灰火はまるで背後や物陰が見えているようにレンラーラを発見してしまう。
 コロンと転がった灰火がレンラーラの膝に頭を乗せて横になってしまう。ツグミもとりあえず隣に座り、横目でちらとレンラーラの顔を見て驚いた。

「……」

 アリアと同じくらい、レンラーラもツグミが見たことのない表情をしていた。勝手に膝枕を使う灰火を見下ろす瞳は少し潤んで頬が赤らんでいる。伏せた目がぱちぱちと瞬きしたり灰火の顔を見たり見なかったりしているのは迷惑や困惑を示すものではない。
 ツグミとレンラーラも十年来の知り合いだ。レンラーラは内気ではあるが決して流されやすい人間ではない。気に入らない相手はすっと避けていって二度と顔を合わせない、そういうタイプだ。レンラーラがこういう顔をしているのであれば、もしかするともしかしているのかもしれない。呑気な顔で目を閉じている灰火はわかっていてそうやっているのか、何も考えていないのかわからないのが彼方と違ってたちが悪い。
 二人の世界に気まずくなったツグミがあたりを見回すと、目の前にはレンラーラの飼い猫が寝ていた。葉の影の下でひげが揺れ、木陰がさっと音を立てて体毛を揺らす。日差しの下で気持ちよさそうに身体を伸ばしている。
 今は真冬だというのに、彼方が来てからは日中は学園の周囲にだけ太陽が照っていた。彼方が太陽のようだとかいう比喩ではなく、気候が実際にそうなっているのだ。恐らく彼方の魔法か何かで。先代の魔王にすらできなかった天候操作をあっさりとやってのける、この暖かさに強大さを感じて背筋が寒くなる。
 手持ち無沙汰に伸ばしたツグミの手が猫に触れかけたとき、灰火が目を閉じたままで呟いた。

「へえ、ツグミちゃんは結構どっちでもいい方なんだ」
「私は彼方さんのファンでも灰火さんのファンでもないって言ったじゃないですか」
「いや、その件じゃなくて。死んでても生きててもいい派なのかなと思って。ちなみに私は死んでてもいい派だけど」
「はい?」
「あれ、気付いてなかったかな。その猫が死んでるの」

 ぎょっとして手を引っ込めた。そしてもう一度伸ばしておそるおそる猫の腹を触る。
 確かに異様な触り心地だった。浅く触ると太陽で熱された毛が温かく感じるが、深く指を埋めると冷えた無機質な肉が指先を包む。この肉体は内側から熱を発していない。もう自律をやめて冷え切っている、それが外部からの働きかけで何となく生きているように見えただけだ。

「ただ愛でるだけなら生きて動き回るよりは綺麗に死んでる方が都合が良いっていうのはあるよね。ぬいぐるみとか剥製もあるし」
「……あの、よく気付きましたね。……死に続けている時間は長いですが……これに気付いたのはあなたが初めてです……」

 ぼそぼそと喋るレンラーラの声色が驚きを含んでいることはツグミにもわかった。ツグミは猫の身体に触れてようやくわかったというのに、灰火は猫を一度も見ていない。

「私は死体にはちょっとだけ詳しいんだ、衣食住を兼ねてるから。そんなことより、君の言葉の使い方はちょっと独特だね。死を瞬間的な動作でも持続する状態でもなくて、持続する動作だと捉えているわけだ。それに私が初めてって、その猫ちゃんが死んでからそう何人も見るほど時間が経ってるとも思えないけど。あ、わかったかも。そういう認識と言い回しをする君の能力は……」

 灰火は手を伸ばしてレンラーラの顎に指先を当てた。

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