ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第10章 MOMOチャレンジ一年生

第54話:MOMOチャレンジ一年生・4

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 軽口のウェイトは相手プレイヤーの性格によりけりだが、ジュリエットの性格は掴みにくい。気紛れな冗談を好む側面もあるし、自分が認めた相手とは誠実に喋ろうとする側面もある。注意を逸らすための誘導であることを考慮に入れつつ、彼方は少しだけ意識のフォーカスを切り替える。
 例えば、ジュリエットが寝かせたナイフを突き出してトンファーを弾く動き。今までは武器を持つ手先にのみ注目していたが、肘や手や肩にも焦点を合わせる。
 そして彼方の動体視力はその挙動を捉えた。

「嘘だろ?」

 メイド服の肩に付いたフリルが、空中を舞う僅か五ミリ程度の土くれの欠片に当たる。垂直に落下していた欠片はそこで軌道を変えて僅かに横に逸れていく。それは続けてジュリエットの肘に当たった。そこでナイフを薙ぐ動きと同じ水平の運動量を得る。最終的に欠片はジュリエットの前方、すなわち彼方を目がけて飛び出していく。
 あと数度トンファーとナイフが打ち合えば、彼方は嫌でも理解せざるを得なかった。ジュリエットの言葉は正しい。欠片が目に入るのも、瓦が耳に当たるのも、毛玉がトンファーを滑らせるのも、乱数による不運ではない。
 これはジュリエットが明確な意図で行っている妨害だ。

「そんなこと出来るわけが……」
「可能です。私には息を吸って吐くようなもので御座います」

 欠片も埃も壁紙も部品も全て彼女が弾いて誘導しているのだ。微小なゴミを誘導して目潰しにするレベルの空間制御を行っている。それも本体が平然と戦闘を行いながらだ。
 ジュリエットが動くたびにその軌道上にあるオブジェクト全てが武器となる。操っているのはナイフの一本や二本どころではなかった。ジュリエットの一挙手一投足が何重もの妨害を生んでいる。
 ノイズに溢れた実世界をアドリブで使いこなし、どこからでも無数の波状攻撃を仕掛ける殺し屋の戦闘方法。綺麗な仮想空間で一貫した戦略を立てるゲーマーとは真逆の思想。そして身体を精密操作する技術の極致。
 卓越したスキルに感心している暇はない。相手の能力を把握したあとはそれが最も活かされる状況を予想して潰さなければならない。絶対に回避しなければいけない状況、それは空間を飛び回る攻撃が殺傷能力を持つこと。
 彼方が答えに辿り着いたとき、ジュリエットが軽く手を叩いた。

「ゲームにお付き合いするのはもう宜しいでしょうか? そろそろ殺し屋の時間を始めましょう。尊厳の名の下に、あなたを殺害します」

 そして後方にナイフを放る。ヘリコプターに向かって進むナイフを止める術は彼方にはない。
 それがコックピット内に吸い込まれた瞬間、今までで最大の爆発音が響き渡った。爆炎に紛れ、ヘリコプターの中から細く短い金属の棒が飛び散る。
 小型のナイフよりも更に短く持ち手が小さい刃物、つまり医療用のメス。小さなメスは爆風に吹かれて木の葉のように宙に滞空する。
 今から壮絶なマウントゲームが始まることを彼方は理解する。さっきまでそこらに漂っていたのはほんのゴミのような欠片だった。当たったところで少し邪魔なくらい、避けるのもそう難しくはない。
 だが、それが殺傷力を持つメスに置き換わると話は変わる。ジュリエットが一歩前に出る、膝が宙を舞うメスに当たる、腕がメスに掠る。それだけで彼方の首を目がけてメスが飛んでくる。当たれば動脈を切断する、明確な殺意を伴って。
 空間に広がって可視化された殺し屋の殺意。その全てが彼方の喉元に突き付けられた王手であり、一手でも仕損じればそれだけでゲームオーバーだ。もちろん宙に舞う壁紙や埃もまだ生きている。壁から剥がれた紙の破片が宙を舞い、その死角にメスを飛ばしてあるという手の込みよう。上方に弾かれたメスが天井と壁をバウンドする。更には空を飛ぶメスが別のメスにぶつかってカチカチと軌道を変える。空中を三度、四度と当たったナイフがあらゆる角度で刺殺を試みる跳弾となる。
 そして宙を縦横無尽に飛び回るメスに加えて、ジュリエット本体の相手もしなければならない。ジュリエットは自身が戦うついでにメスを操っているに過ぎないからだ。ジュリエットを捌きながら、空中のメス全てへの集中も切らせない。一手でも惰性で動けばそこで死ぬ。無数の攻撃を同時並行で予測しては棄却して動き続けるしかない。脳が焼き切れそうだ。

「終わってる、性能が!」
「お褒めに預かり光栄で御座います」

 メスがあらかた床に落ちたとき、ジュリエットが床を思い切り踏みつけた。
 強烈な震脚が鉄筋コンクリート作りの廊下を上下に揺らし、メスが再び頭上高くまで舞い上がる。この繰り返しだ。ジュリエットのターンが終わらない。
 一度は詰めた間合いが開き始める。もちろん後退しているのは彼方の方だ。全ての攻撃をその場で防ぐには情報量が多すぎる。処理が遅れるたびに後ずさりして猶予時間を捻出するしかない。単純な計算で、秒速五十センチでこちらに飛んでくるメスに対しては十センチ下がれば判断の余裕がコンマ二秒生まれる。
 しかしそのたびに後ろに追い詰められていく。遂に壁際の曲がり角に追い詰められるまでそう時間はかからなかった。

「お久しぶりで御座います」
「……どうもー」

 曲がり角の影には立夏がいる。その姿をジュリエットが視認した瞬間、六本のメスが軌道を変えて立夏を狙った。
 彼方は即座に脱いだトレンチコートを投げつける。防刃コートが一度は全てのメスを弾き飛ばすが、立夏がそれを着る猶予は当然与えてくれない。ジュリエットが足先でコートを拾って奪う。

「咄嗟の判断、お見事で御座います」
「お前が立夏を私に押し付けた時点で予想できていたことだ。立夏を狙って私に守らせる、そうやって私の戦力を削ることは。それがお前にとっての人質の使い方なのだろう」
「仰る通りで御座います。相手が手練れである場合は人質は自分で持つより相手に持たせる、これは殺し屋業界では常識で御座います。そこまでわかっているなら戦場には連れてこない方が良かったのでは?」
「よく言うぜ、この屋敷に安全地帯なんて無いだろう。手の届かない場所で襲撃されるリスクを考えれば、結局こうして手の届く範囲で守らざるを得ない」
「それも正解で御座います」
「ありがとう。そろそろ赤点くらいは免れただろうか?」
「ええ。実際のところ、会敵してから今に至るまであなたの正解率は脅威的で御座います。常に頭をクールに保つこと、そして最善の判断を選び続けることにかけては並ぶ者のいない水準でしょう。スコアを付けるなら九点というところです」
「それは十点満点で?」
「私を百点満点としてで御座います」

 ジュリエットが地面のナイフを彼方に向けて蹴る、そしてそのモーションで弾かれたメスが立夏に向かって飛ぶ。
 こうなってしまうともうどうにもならない。同時襲撃で真価を発揮するジュリエットの前で人質を守るのはあまりにも難易度が高すぎる。
 彼方は腕を一本捨てることを即決した。左のトンファーでナイフを弾きつつ、右腕をそのまま立夏の前に伸ばす。コートを脱ぎ捨てた下はノースリーブの改造制服、腕は完全に露出している。関節を囲んでメスが五本同時に突き刺さった。
 刃先は肉の奥深くまで侵入して骨まで到達する。ヒールの先端が肘に当たった、と思った次の瞬間には神速のトーキックが肘先を丸ごと蹴り飛ばした。関節が外れて折り飛ばされる。一秒もかからない、解体じみた部位破壊が彼方の右腕を切り離す。

「ゲーム気分の方は羨ましいことで御座います。身体を使い捨てることが出来るとは」
「お前も試してみるか? 手伝ってやるぜ」
「御冗談を。わたくしにとって、わたくしを欠損することは何よりも避けるべき事態で御座います」
「そうだろうな。だが私は何かを捨てなければお前には勝てない」
「捨てて勝てるならば捨てなくても勝てるでしょう。それは単に戦力を削られていくだけのことで御座います」
「例えばあまりの戦力差にお前が油断してくれればありがたいことだが」
「それが有り得ると思いますか?」
「いいや」

 再び展開するナイフとメスの二段攻撃を前に、彼方は左腕だけでトンファーを構え直した。片腕を失ったときのバランス制御にはもう慣れている。神威やイツキとの戦闘でもなるべく右腕から欠損するようにダメージコントロールしてきた。損傷時の知見を蓄積し、戦略的に身体を捨てる術を身に着けるため。
 だが、それは悪条件の中で辛うじてベターに動くということでしかない。ジュリエットが言うように、物理動作として片腕が両腕より強いことは無いのだ。実際、ナイフの方は蹴りも交えて何とか捌いていても、立夏を狙うメスがどうにもならない。
 彼方はジュリエットに背を向け、左腕で立夏を抱き抱えながら倒れ込むようにして庇った。また左腕の関節にメスが突き立てられる。致命的なヒットを更に追撃すべく、前に出たジュリエットが蹴りを放つ。

「ここだ!」

 このタイミング、そしてこの位置を待っていた。この見通しの良い廊下で不意打ちが通る唯一の死角、それは立夏の身体の裏!
 立夏の背中にローラーブレードを押し当て、柔らかい肉の上に青いルーン紋章を浮かべる。氷結魔法が爆発するように発動し、大量の氷剣が立夏の全身を刺し貫いた。そのまま彼方の左腕も吹き飛ばし、ジュリエットを目がけて疾走する。
 立夏を盾として使い捨てることは最初から決めていた。元より彼方と立夏は同じタイプの存在者ではない。彼方は複数の世界を行き来できるが、立夏は各世界に遍在している。ここにいる立夏は高々一つの世界に依存したローカルな個体でしかなく、彼方から見れば無数にいる個体のうちの一つに過ぎない。
 よって一世界だけ我慢したところで大局的には損失ではない、病気の夜を一晩だけ我慢するように。これが貫存在トランセンドの正しい戦い方。
 しかし。

「お前、死角がないのか?」
「完全な死角でした。よく勘違いされますが、わたくしはあなたや灰火様のように変わったスキルなど何一つ持っておりません。物理的に見える範囲だけがわたくしに見えるものであり、物理的に動ける範囲だけがわたくしの動ける場所で御座います」

 彼方の両膝にメスが突き刺さる。両足の激痛は彼方の体重を支え切れず、彼方の体躯はその場に崩れ落ちた。
 ジュリエットには傷一つ付いていない。這いつくばる彼方を前に、役目を果たせなかった氷剣をぺろりと舐めてみせる。

「この至近距離で回避できるはずがないんだ。いくらお前のスピードでも」
「見てからではやや避けにくいというだけで、あらかじめタイミングがわかっていればどうということはありません。ただ単にあなたの殺意と戦略は見え透いておりました。知己の身体を盾にすればわたくしの不意を突けると思いましたか? あなたがその手で人質を殺害することをわたくしが予想していないと思いましたか? 完全に予想の範囲内で御座います。私があなたでもそうするでしょうから」

 ジュリエットはいつものように穏やかに微笑んだ。
 そして彼方の右膝をメスごと踏みつける。関節の間にメスが滑り込み、接合がカコンと外れた。続けて左膝に刺さったメスを指先で回し、丁寧に解体作業を続ける。中途半端にメスが食い込んでいた左腕もきちんと外し、四肢を捥いで転がされる。

「ゲームオーバーで御座います。このまま拘束してどうこうなどというつまらないことはいたしません。すぐに殺すのでご安心くださいませ。わたくしはヒューマニストではありませんが、サディストでも御座いません」
「だろうな。お前は根っからの殺し屋で、お前にとってのゲームクリアは私を殺すことしかない。その上で何を望む?」
「ただ少し、あなたとお話しをしたいので御座います。こうして決着こそ付きましたが、あなたはわたくしと本当によく似ているものですから。わたくしたちが本当に信じているのは自分だけ。わたくしは美しい方を愛していますし、あなたは敵を愛していますが、それは二次的な関心に過ぎません。その根底には信仰の如き強固な自己愛があるので御座います。あなたが立夏様を殺害することをわたくしが予想できたのは、わたくしも自分のために知己を殺害することなど全く厭わない人種だからです」
「とはいえ最強の自我を持つ二人が出会ってしまえば、そこには序列が生じざるを得ない。そうなれば少なくともどちらかは唯一ではいられなくなる」
「わたくしにとっては何度も通ったイベントの繰り返しに過ぎません。今回もわたくしが殺す側、あなたが殺される側だったというだけで御座います」
「正しくないな。お前は殺害が序列だと思っているようだが、私にとって序列とは勝敗のことだ。つまり私がボタンを押すという勝利条件、お前は私にボタンを押させないという勝利条件。まだどちらも満たされていない以上、ゲームは終わっていないし序列は付いていない」
「これ以上何が出来るのでしょうか? 立夏様を使い捨てたところでわたくしには傷一つ付けられませんでした。終末器はあなたにしか押せず、そのあなたは完全に制圧されています」
「元より安全圏からの一発芸でお前に勝てるとは思っていないさ。お前はまだ完全には理解していないんだ、ゲーマーには勝利のためにリスクを取る選択肢が常にあることを。私にはまだ捨てられるものがあるし、お前は私が同類だと考えるあまりにそれを見落としている」
「知己や四肢以上に?」
「そうだ。お前はお前の全てを捨てられないが、私は私を少しくらいなら捨てられる」

 ジュリエットが振り返る。理外の光景に目を見開くジュリエットを地面からせせら笑った。

「もう遅いよ。リーサルだ」
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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