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第8章 いまいち燃えない私
第43話:いまいち燃えない私・7
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「ゲームじゃないんだよ、彼方ちゃん。これは当初の勝利条件を満たせば勝ちになるみたいなやつじゃないんだ。もっとわかりやすく言ってあげようか。確かに私は約束を破ったら彼方ちゃんを見限るって言ったけど、それは約束を破らなければ見限らないってことじゃないんだ。私にとって一番重要なことはそれじゃないからね」
「悪いが、何を言っているのかわからない」
「あは、そうだろうね~。何せこれは墓まで持ってくことに決めてた私のプライベートで、人生で初めて人に話してるんだから。とりあえず座りなよ。これが最初で最後だから」
彼方は立夏に向き合って片膝を立てて座った。
二人の間にはイツキの首から上を固めた氷が転がっているが、炎の熱でもう溶け始めている。
もちろん溶けたからといって元の姿に戻るわけではない。グジュグジュになった体液が流れ出す、人型の肉塊でしかない。
「私はフロスフィリアなんだ。FlosPhilia、花愛好症。ネクロフィリアとかピグマリオンコンプレックスと同じ、人間以外に向かうタイプの異常性嗜好。花に向かう症例は私しか知らないから名前は自分で付けたけど。要するに好きとか嫌いとか、性的興奮とか親愛感情を花に対してしか持てないってこと。逆に言えば、花じゃないって時点で私にとってはもう興味の対象じゃないんだ。嫌いですらなくて、そもそもそういうカテゴリーに入ってない。彼方ちゃんにとってその辺の石とか水が恋愛対象では有り得ないくらい、私にとって彼方ちゃんは恋愛対象じゃない。彼方ちゃんが好き好き言ってくるのは別に嫌じゃないけど、思うことは特に何もないんだ」
立夏は自分の目に指先を突っ込んだ。義眼花をするりと抜いて花と見つめ合う。その花弁は炎を反射して燃えているように光って応じた。
「そんで、彼方ちゃんって自分のことを好きじゃない人のことが好きなんだよね~。私みたいに完全に無関心な人とか、あとは普通に嫌って殺しに来る人とかがタイプなんだよ。恋愛を恋愛シミュレーションと勘違いしてる彼方ちゃんにとっては、攻略しがいのある相手が一番楽しいからさ。彼方ちゃんが私に一目惚れしたのも、私一人だけが彼方ちゃんに一切興味を示さなかったから。彼方ちゃんってなまじカリスマがあるからさ、誰だって初めて見たら目を奪われる瞬間があるんだ。でも私だけは見なかった。私にとって、彼方ちゃんよりもその辺に活けてある花の方がまだ興味があるからね。ただそれだけのことで、彼方ちゃんは私を攻略対象だと勘違いしちゃった。以上、これがこの恋の真相。私たちの間には運命なんてなくて、あるのは長台詞一つで清算できる程度の浅い接点だけなんだよね」
立夏は花を眼球に戻して言葉を続ける。その穏やかな表情の変化を目にして、目に花を入れることの意味を彼方は視覚的に理解した。
それがまさしく立夏の愛なのだ。種の違いとか言葉が通じないとか、そういう細かい要件は何も関係なかった。一人と一本の間には他の何も必要としていない。既に局所的な間柄が完成していること、この身体にはこの関係しかないという完結。他の全ては不要、もちろん彼方も。
「まあ、彼方ちゃんは便利だったよ。彼方ちゃんが隣にいれば他の人は滅多に近づいて来ないし、適当に指示出してるだけで花を研究するためのお金も入ってくるしね。でももうダメだ。この火事はエルフの村を焼いて、もうリツカごとあの家の花を灰にしてる。エルフだかオークだかが何人死んでもどうでもいいけど、あの花が燃えたっていうのが私にとっての結果の全て。たぶんあれだけ私の趣味に合う花はこの世界にしかなくて、それが燃えたらもう終わり。彼方ちゃんがイツキさんを唆さなかったら、私の好きな花が全部燃えることはなかったんだ。別に怒ってるわけじゃないよ、石とか水に怒る人はいないからね。ただ有害なんだ。私の隣にいるのは有害じゃなければ誰でもよかった。少なくとも彼方ちゃん以外の人だったら、私はずっとこの花を育てていられた」
「……だが君は貫存在ではない。私と別れてしまったら、君はもう二度と」
「あは、私がそれをわかってないわけないよね~。彼方ちゃんと違って私は世界を越えられるタイプのキャラじゃないってことくらい、ずっと前から気付いてたよ。この世界にリツカがいたのがその証拠だね。たまたま彼方ちゃんにくっついて何となく一緒に移動してただけ」
立夏が彼方の手を両手で握る。重ねた手の下には終末器があった。
「ま、この世界も好きに滅ぼせばいいよ。イツキさんと違って私は彼方ちゃんの生き方にどうこう口出しするつもりないんだ。なんか弁解とか反論とか、ちゃんとレスポンスがある会話パートをやる気もないしね。ホントにぜんぜん興味ないから」
脱力した彼方の手は立夏の腕力にすら逆らえない。終末器は押された。終末が起動する。世界に遍く精霊の力が暴走する。
北の地平線の果てから、全てを飲み込む津波が走ってくるのが見えた。
東の空の果てから、燃える隕石が降り注ぐのが見えた。
西の森の果てから、太い木々を巻き上げる突風が迫ってくるのが見えた。
南の大地の果てから、川をも飲み込む断裂が広がってくるのが見えた。
「じゃ、あとは一人で勝手にやってなよ。さよなら」
立夏は立ち上がって踵を返した。自然の滅びに向かって歩きだす。
「待って……」
立夏が振り返るが、それは彼方が絞り出す声に反応したものではない。
関心を全く失った立夏の片目に彼方の姿が映ることはもう二度と無いし、それどころか嗅覚や聴覚でさえ彼方のために割かれることは一切あり得なかった。仮に知覚の一部を占めたとして、意識の焦点が彼方に合うことは絶対に無いのだ。立夏にとって彼方はその辺の石や水と同じで、あえて注目する動機を一つも持っていないのだから。
終わる世界で最期の視線は合わない。いや、今まで合っていたことなんて一度もなかった。
「悪いが、何を言っているのかわからない」
「あは、そうだろうね~。何せこれは墓まで持ってくことに決めてた私のプライベートで、人生で初めて人に話してるんだから。とりあえず座りなよ。これが最初で最後だから」
彼方は立夏に向き合って片膝を立てて座った。
二人の間にはイツキの首から上を固めた氷が転がっているが、炎の熱でもう溶け始めている。
もちろん溶けたからといって元の姿に戻るわけではない。グジュグジュになった体液が流れ出す、人型の肉塊でしかない。
「私はフロスフィリアなんだ。FlosPhilia、花愛好症。ネクロフィリアとかピグマリオンコンプレックスと同じ、人間以外に向かうタイプの異常性嗜好。花に向かう症例は私しか知らないから名前は自分で付けたけど。要するに好きとか嫌いとか、性的興奮とか親愛感情を花に対してしか持てないってこと。逆に言えば、花じゃないって時点で私にとってはもう興味の対象じゃないんだ。嫌いですらなくて、そもそもそういうカテゴリーに入ってない。彼方ちゃんにとってその辺の石とか水が恋愛対象では有り得ないくらい、私にとって彼方ちゃんは恋愛対象じゃない。彼方ちゃんが好き好き言ってくるのは別に嫌じゃないけど、思うことは特に何もないんだ」
立夏は自分の目に指先を突っ込んだ。義眼花をするりと抜いて花と見つめ合う。その花弁は炎を反射して燃えているように光って応じた。
「そんで、彼方ちゃんって自分のことを好きじゃない人のことが好きなんだよね~。私みたいに完全に無関心な人とか、あとは普通に嫌って殺しに来る人とかがタイプなんだよ。恋愛を恋愛シミュレーションと勘違いしてる彼方ちゃんにとっては、攻略しがいのある相手が一番楽しいからさ。彼方ちゃんが私に一目惚れしたのも、私一人だけが彼方ちゃんに一切興味を示さなかったから。彼方ちゃんってなまじカリスマがあるからさ、誰だって初めて見たら目を奪われる瞬間があるんだ。でも私だけは見なかった。私にとって、彼方ちゃんよりもその辺に活けてある花の方がまだ興味があるからね。ただそれだけのことで、彼方ちゃんは私を攻略対象だと勘違いしちゃった。以上、これがこの恋の真相。私たちの間には運命なんてなくて、あるのは長台詞一つで清算できる程度の浅い接点だけなんだよね」
立夏は花を眼球に戻して言葉を続ける。その穏やかな表情の変化を目にして、目に花を入れることの意味を彼方は視覚的に理解した。
それがまさしく立夏の愛なのだ。種の違いとか言葉が通じないとか、そういう細かい要件は何も関係なかった。一人と一本の間には他の何も必要としていない。既に局所的な間柄が完成していること、この身体にはこの関係しかないという完結。他の全ては不要、もちろん彼方も。
「まあ、彼方ちゃんは便利だったよ。彼方ちゃんが隣にいれば他の人は滅多に近づいて来ないし、適当に指示出してるだけで花を研究するためのお金も入ってくるしね。でももうダメだ。この火事はエルフの村を焼いて、もうリツカごとあの家の花を灰にしてる。エルフだかオークだかが何人死んでもどうでもいいけど、あの花が燃えたっていうのが私にとっての結果の全て。たぶんあれだけ私の趣味に合う花はこの世界にしかなくて、それが燃えたらもう終わり。彼方ちゃんがイツキさんを唆さなかったら、私の好きな花が全部燃えることはなかったんだ。別に怒ってるわけじゃないよ、石とか水に怒る人はいないからね。ただ有害なんだ。私の隣にいるのは有害じゃなければ誰でもよかった。少なくとも彼方ちゃん以外の人だったら、私はずっとこの花を育てていられた」
「……だが君は貫存在ではない。私と別れてしまったら、君はもう二度と」
「あは、私がそれをわかってないわけないよね~。彼方ちゃんと違って私は世界を越えられるタイプのキャラじゃないってことくらい、ずっと前から気付いてたよ。この世界にリツカがいたのがその証拠だね。たまたま彼方ちゃんにくっついて何となく一緒に移動してただけ」
立夏が彼方の手を両手で握る。重ねた手の下には終末器があった。
「ま、この世界も好きに滅ぼせばいいよ。イツキさんと違って私は彼方ちゃんの生き方にどうこう口出しするつもりないんだ。なんか弁解とか反論とか、ちゃんとレスポンスがある会話パートをやる気もないしね。ホントにぜんぜん興味ないから」
脱力した彼方の手は立夏の腕力にすら逆らえない。終末器は押された。終末が起動する。世界に遍く精霊の力が暴走する。
北の地平線の果てから、全てを飲み込む津波が走ってくるのが見えた。
東の空の果てから、燃える隕石が降り注ぐのが見えた。
西の森の果てから、太い木々を巻き上げる突風が迫ってくるのが見えた。
南の大地の果てから、川をも飲み込む断裂が広がってくるのが見えた。
「じゃ、あとは一人で勝手にやってなよ。さよなら」
立夏は立ち上がって踵を返した。自然の滅びに向かって歩きだす。
「待って……」
立夏が振り返るが、それは彼方が絞り出す声に反応したものではない。
関心を全く失った立夏の片目に彼方の姿が映ることはもう二度と無いし、それどころか嗅覚や聴覚でさえ彼方のために割かれることは一切あり得なかった。仮に知覚の一部を占めたとして、意識の焦点が彼方に合うことは絶対に無いのだ。立夏にとって彼方はその辺の石や水と同じで、あえて注目する動機を一つも持っていないのだから。
終わる世界で最期の視線は合わない。いや、今まで合っていたことなんて一度もなかった。
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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