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第5章 聖なる知己殺し
第20話:聖なる知己殺し・1
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視界が悪い。というのは、二つの意味でだ。
一つは形。目に映る白い塊や茶色い平面が不自然に歪んでいる。辛うじて直線が見えるのは中央付近だけだ。視界の周縁に向かうにつれて少しずつカーブを帯びていき、縁の方ではくるりと丸まってしまう。
もう一つは解像度。視界の至る所に引っ掻いたような傷が入っている。傷に汚れが溜まって黒く変色しているところも多い。モザイクがかかった上で更にノイズが加わっているような有様だ。
「これは……ケースか?」
視覚情報を整理してとりあえずの結論に達する。
いま彼方は丸くて透明なポッドのようなものの中にいる。そう広くはない。湾曲して汚れたガラスか透過プラスチックか何かで出来た、人一人がちょうど入るカプセル。
そしていがらっぽい臭いがうっすらと漂っていることにも気付く。このポッドの中に薄く充満している、悪臭というほどではないが異臭の類ではある。どこか工場っぽいというか、何かを熱加工しているときとかに出る臭いだ。
意識に漠然とした空隙がある。寝て起きて、夢の内容を割とよく覚えているときに似ている。
いやしかし、少なくともさっきまで燃え盛る炎の中にいたのは絶対に夢ではない。彼方はあの虹色のボタンを押して世界を燃やして滅ぼした。それには確信を持っている。
目の焦点を意識的に調整し、ケースの外に視点を合わせる。
「氷雪フィールド」
白い雪や氷塊が点々と転がる茫漠な大地。
溶けかけか凍りかけか、中途半端な雪原は茶色く荒れ果てていた。氷はあたりの砂や空気を含んで凝固したために白く濁っている。少し右を向くと、ポッド越しにまず大きな岸壁が目に入る。
その手前には椅子にこしかけてまどろむ女性がいた。ハンモックのように布を張って作られた仮設の椅子。その上に深く腰掛け、欠伸を噛み殺しては気紛れに指先を擦る女性。寒くはなさそうだが、椅子も女性もこの風景には全くそぐわない不自然なものだ。
女性は彼方と目が合うや否や、たちまちシャキッと目を開いて両手をパンと打った。椅子から立ち上がり、彼方に向けて大きく叫ぶ。
「おう、起きたか!」
ヤンキー調のハスキーボイスがポッド越しに彼方に耳に入る。見た目に反してポッドは音をよく通す。
少し大きめの白衣を着て、背の低さを補うように胸を張って、かなり目つきの悪いその女性は見覚えのある顔だ。
「ローチカ博士?」
「んにゃ、あたしのことは知ってんのか」
「ついさっきまで会っていたはずだが」
「あーなるほど! そりゃあたしに似てるかもだがあたしじゃねえな」
「たった今、ローチカ博士と呼ばれて応答したのにか?」
「名前と見た目が全部同じ、それでも別人ってこた普通にあんだろ?」
「つまりあなたはクローンとかアバターとか、その手のことを言っているわけか」
「当面はその認識でいいぜ。パーフェクトに話すには前置きがいくつもいるんだわ」
「一旦それで構わない。最終的に私にわかるように説明する気があるならば」
「オッケ! あんたへの説明くらい、いくらでも付き合うさ。なにせあんたは……」
ズダダダダダ!
銃声がローチカの声を遮った瞬間、彼方は既に回避動作を終えていた。射線を避けるためにその場に深くしゃがんだのだ。
彼方の頭上を銃弾が通り抜ける。弾幕は透明ポッドを貫き、上方にいくつも穴が開いた。ローラーブレードの車輪で前蹴りを叩き込むと、既に罅だらけになっていたポッドは一撃で砕け散った。
彼方はポッドを飛び出すと、未だそこに立ち尽くしているローチカに向かってダイブする。ラリアットを食らわせるように地面に引き倒し、そのまま二人で一塊になって転がっていく。
幸いにも射線の追随は遅く、まだ念入りにポッドを粉々にしている最中だ。手近な氷の影に避難してからようやく敵の完全な姿を認める。
「二つだけ聞く。あれは敵か? 倒していいか?」
彼方が親指を向けた先には、体長二メートルほどもあるパワードスーツの巨体がいた。見た目は武装した金属質の宇宙飛行士といったところか。
顔をすっぽり覆うヘルメット、身体中を覆って鈍く光る甲冑。甲冑には無数の太い導線が通っており、電気的に動かされていることが伺える。ヘルメットはマジックミラーにでもなっているのか、表面が反射して外からは中身が全く見えない。
その手には見たこともないほど巨大な機関銃を備えている。明らかに巨体に合わせて作られたものだ。
今は射撃を一旦中止し、ウィーンウィーンと古臭い音を発しながら少しずつこちらを向こうとしている最中だ。やはり動きはかなり鈍い。
「両方イエスだ!」
「簡単で良かった」
彼方は氷の影から駆け出した。同時に、ローチカの腰にかかるホルダーから小さな拳銃をひったくる。
パワード宇宙飛行士はスピードを犠牲に火力と防御力を得ているタイプのエネミーとみた。鈍い相手と大立ち回りを演じる必要はない。最速で的確に弱点を突くべし。
弾丸がフル装填されていることを確かめつつ相手の後ろに回り込む。まずは足元の関節部を狙って両足に二発ずつ撃ち込んだ。本物の拳銃を撃つのは初めてだが、ファンタジスタで何万回も撃ってきた感触と全く同じだ。
弾丸は薄い関節部の装甲を貫通した。体重を支えられなくなった宇宙飛行士が前方にバランスを崩す。
宇宙飛行士の後ろから背中に飛び乗り、首の後ろに銃口を向けた。そこには緑色のランプが光っている。
彼方の推測が確信に変わる。こいつの倒し方を知っている。このランプが主電源。
銃口を押し当てて一発撃ち込むと、身体中の電子制御が切れてその場で動きを停止する。あとはとどめを刺すだけだ。
ヘルメットと甲冑の間を素手でこじ開けて銃口の先端を捻じ込み、最後の引き金を引いた。パワードスーツは一度大きく震えると糸が切れたように崩れ落ちた。
一つは形。目に映る白い塊や茶色い平面が不自然に歪んでいる。辛うじて直線が見えるのは中央付近だけだ。視界の周縁に向かうにつれて少しずつカーブを帯びていき、縁の方ではくるりと丸まってしまう。
もう一つは解像度。視界の至る所に引っ掻いたような傷が入っている。傷に汚れが溜まって黒く変色しているところも多い。モザイクがかかった上で更にノイズが加わっているような有様だ。
「これは……ケースか?」
視覚情報を整理してとりあえずの結論に達する。
いま彼方は丸くて透明なポッドのようなものの中にいる。そう広くはない。湾曲して汚れたガラスか透過プラスチックか何かで出来た、人一人がちょうど入るカプセル。
そしていがらっぽい臭いがうっすらと漂っていることにも気付く。このポッドの中に薄く充満している、悪臭というほどではないが異臭の類ではある。どこか工場っぽいというか、何かを熱加工しているときとかに出る臭いだ。
意識に漠然とした空隙がある。寝て起きて、夢の内容を割とよく覚えているときに似ている。
いやしかし、少なくともさっきまで燃え盛る炎の中にいたのは絶対に夢ではない。彼方はあの虹色のボタンを押して世界を燃やして滅ぼした。それには確信を持っている。
目の焦点を意識的に調整し、ケースの外に視点を合わせる。
「氷雪フィールド」
白い雪や氷塊が点々と転がる茫漠な大地。
溶けかけか凍りかけか、中途半端な雪原は茶色く荒れ果てていた。氷はあたりの砂や空気を含んで凝固したために白く濁っている。少し右を向くと、ポッド越しにまず大きな岸壁が目に入る。
その手前には椅子にこしかけてまどろむ女性がいた。ハンモックのように布を張って作られた仮設の椅子。その上に深く腰掛け、欠伸を噛み殺しては気紛れに指先を擦る女性。寒くはなさそうだが、椅子も女性もこの風景には全くそぐわない不自然なものだ。
女性は彼方と目が合うや否や、たちまちシャキッと目を開いて両手をパンと打った。椅子から立ち上がり、彼方に向けて大きく叫ぶ。
「おう、起きたか!」
ヤンキー調のハスキーボイスがポッド越しに彼方に耳に入る。見た目に反してポッドは音をよく通す。
少し大きめの白衣を着て、背の低さを補うように胸を張って、かなり目つきの悪いその女性は見覚えのある顔だ。
「ローチカ博士?」
「んにゃ、あたしのことは知ってんのか」
「ついさっきまで会っていたはずだが」
「あーなるほど! そりゃあたしに似てるかもだがあたしじゃねえな」
「たった今、ローチカ博士と呼ばれて応答したのにか?」
「名前と見た目が全部同じ、それでも別人ってこた普通にあんだろ?」
「つまりあなたはクローンとかアバターとか、その手のことを言っているわけか」
「当面はその認識でいいぜ。パーフェクトに話すには前置きがいくつもいるんだわ」
「一旦それで構わない。最終的に私にわかるように説明する気があるならば」
「オッケ! あんたへの説明くらい、いくらでも付き合うさ。なにせあんたは……」
ズダダダダダ!
銃声がローチカの声を遮った瞬間、彼方は既に回避動作を終えていた。射線を避けるためにその場に深くしゃがんだのだ。
彼方の頭上を銃弾が通り抜ける。弾幕は透明ポッドを貫き、上方にいくつも穴が開いた。ローラーブレードの車輪で前蹴りを叩き込むと、既に罅だらけになっていたポッドは一撃で砕け散った。
彼方はポッドを飛び出すと、未だそこに立ち尽くしているローチカに向かってダイブする。ラリアットを食らわせるように地面に引き倒し、そのまま二人で一塊になって転がっていく。
幸いにも射線の追随は遅く、まだ念入りにポッドを粉々にしている最中だ。手近な氷の影に避難してからようやく敵の完全な姿を認める。
「二つだけ聞く。あれは敵か? 倒していいか?」
彼方が親指を向けた先には、体長二メートルほどもあるパワードスーツの巨体がいた。見た目は武装した金属質の宇宙飛行士といったところか。
顔をすっぽり覆うヘルメット、身体中を覆って鈍く光る甲冑。甲冑には無数の太い導線が通っており、電気的に動かされていることが伺える。ヘルメットはマジックミラーにでもなっているのか、表面が反射して外からは中身が全く見えない。
その手には見たこともないほど巨大な機関銃を備えている。明らかに巨体に合わせて作られたものだ。
今は射撃を一旦中止し、ウィーンウィーンと古臭い音を発しながら少しずつこちらを向こうとしている最中だ。やはり動きはかなり鈍い。
「両方イエスだ!」
「簡単で良かった」
彼方は氷の影から駆け出した。同時に、ローチカの腰にかかるホルダーから小さな拳銃をひったくる。
パワード宇宙飛行士はスピードを犠牲に火力と防御力を得ているタイプのエネミーとみた。鈍い相手と大立ち回りを演じる必要はない。最速で的確に弱点を突くべし。
弾丸がフル装填されていることを確かめつつ相手の後ろに回り込む。まずは足元の関節部を狙って両足に二発ずつ撃ち込んだ。本物の拳銃を撃つのは初めてだが、ファンタジスタで何万回も撃ってきた感触と全く同じだ。
弾丸は薄い関節部の装甲を貫通した。体重を支えられなくなった宇宙飛行士が前方にバランスを崩す。
宇宙飛行士の後ろから背中に飛び乗り、首の後ろに銃口を向けた。そこには緑色のランプが光っている。
彼方の推測が確信に変わる。こいつの倒し方を知っている。このランプが主電源。
銃口を押し当てて一発撃ち込むと、身体中の電子制御が切れてその場で動きを停止する。あとはとどめを刺すだけだ。
ヘルメットと甲冑の間を素手でこじ開けて銃口の先端を捻じ込み、最後の引き金を引いた。パワードスーツは一度大きく震えると糸が切れたように崩れ落ちた。
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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