ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第3章 栽培ガール

第12話:栽培ガール・3

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「…………すー」

 彼方は点滴台を横に備え付けたベッドで眠る女性に呼び掛けた。いつも通り答えは返ってこない。代わりに聞こえるのは穏やかな寝息だけだ。
 この家で寝たり起きたりするのは立夏と彼方だけだが、寝たり眠ったりする三人目の住人がいる。
 土壁と木板の内装には全く似合わない、白い天蓋付きの巨大なベッドが彼女の住処だ。レースのカーテンやサイドテーブルなどの設備が一通り揃い、ぬいぐるみやクッション類がベッドの上や周りに大量に配置されていた。

「すー……すー……」

 安らかな顔で眠り続けている若い女性の名は此岸シガンと言う。彼方の二つ上の姉である。
 切れ長の目や長い髪は彼方によく似ていて、彼方にとってはまるで自分の未来予測モデルがいつも一緒に暮らしているようだった。
 しかし身体は似通っているとしても、性格はどうなのかは全く分からない。此岸も彼方と同じように冷静に判断する方なのか、それとも勢いに任せて行動する方なのか。その答えが出ることはない。
 此岸は彼方が生まれてからずっと寝たきりだからだ。彼方は姉と遊んだことも、口を利いたことすら一度もなかった。
 両親が死んだあと、遺産を引き受けるように何となく此岸の身柄を引き継いだ。たった一人の肉親をわざわざ殺してしまうのも忍びない。人口削減に伴って充実していく社会保障によって、此岸の生存に必要な費用くらいなら全て税金で賄える。

「すー……すー……すー……」

 もし本人が望むのであれば人間を安楽死させる手続きは容易い。
 自殺の容認に伴って安楽死の規制も完全に撤廃された。希望された安楽死は、意志的な自死と同一視できるからだ。役所に届け出を一通出せば明日にでも安楽死用のセット一式が送られてくる。
 しかし、本人が特に安楽死を希望していない場合は一転して事情が複雑になってくる。希望された安楽死が速やかに遂行できるのとは真逆に、植物人間のように本人の希望が確認できない相手を安楽死させることは絶対にできない。自殺を容認する倫理的なロジックの柱はあくまでも「意志の尊重」であり、安楽死の強制執行はその理念と真っ向から対立してしまうからだ。
 意志によって自殺を正当化するロジックを作ってしまったが故に、意志を持たない人間を死なせることは正当化不可能になった。此岸は自殺と意志の間で揺蕩うバグのような安全地帯で眠っている。

「これどっちがいいかな? こっちの方が大きいけど、その分模様が大雑把になってるような気がして」

 此岸のベッドの足元から、立夏が二つの花を並べて見せてくる。
 赤い輸血袋に繋がった花は此岸の血液で育てたものだ。立夏曰く、人体に生える花は人体で育てると目によく馴染むことがあるらしい。植物人間を苗床にして人間植物を育てるというのも気が利きすぎている。

「私は小さいやつの方がいい。立夏の顔がよく見えるから」
「悪いけど、今そういう激甘な口説き文句は求めてないんだよね~。あれ、この肥料あんま良くなかったかな~……」
「夕食はどうする? 私はお腹が空いたからもう食べるが」
「う~ん、植え替えと~、あの~、あれが終わったらね~……」

 立夏はぎっしりと書き込まれたノートを開き、義眼花の育成状態を見比べて大きさや色の違いを記録する作業に入った。こうなると三十分はこのままだ。
 彼方は黙って部屋の中央にあるダイニングテーブルに向かう。その上にはラップのかかったこじんまりとしたオムライスが二つ置かれている。もう冷え切っていたが、レンジに入れればすぐにケチャップと卵の甘い匂いが復活する。キッチンでは料理に使ったフライパンやフライ返しが綺麗に洗われて乾かされていた。

「いただきます」

 作業に熱中している立夏を見ながら、彼方は両手を合わせてオムライスを食べ始める。
 いつも通り美味しい。チキンライスの主張の強い味を何層もの卵が綺麗に包み込んでいた。冷えてしまうことを見越して卵はあえてよく火を通して固めにし、半熟ではない代わりに焼き方を工夫して薄い皮状にすることでフワフワ感を残している。中のチキンライスも炒める前の米にきちんと下味を付けたことが伺える。
 スマホからニュースサイトをチェックすると、案の定、火災事故の件はトップで大きく報道されていた。ツバメとツグミは自殺ではなく、火災に巻き込まれた焼死だ。もちろん白花と白花の妹も。彼女たち四人の死因は不審火に巻き込まれた不幸な事故。
 こういう理不尽な死は正しく嘆きの対象となる。これなら彼方が叩かれることも無いだろう。少なくとも樹は彼女らが自殺したことを知っているはずだが、警察としては誰の目にも明らかな火災に話を合わせる方向で事態を収拾したのかもしれない。

「ごちそうさま」

 彼方はオムライスの横に添えられている虹色の手紙を手に取った。
 その中には小さな便箋が綺麗に畳まれており、開くと「おかえりなさい、優勝おめでとう」という簡潔な文章。その下には「此岸」という名前とハートマーク付きだ。
 彼方はその裏面に「ありがとう」とだけ書き込むと、眠っている此岸の隣に置いた。

「ありがとう、姉さん」
「すー……すー……」

 此岸は相変わらず無表情で寝息を立てている。
 医学的には彼女の大脳は意識状態を規定する部位が既に全て死んでいるらしい。日本一の名医も「もう二度と此岸が目覚めることはない」と宣告した。百歩譲って奇跡が起きたとしても指先が動く程度で、立ち上がって歩くなど百年前に埋めた死体が蘇生するようなものだと言った。
 しかしこの虹色の手紙を書いたのは間違いなく此岸だ。それどころか卵を割ってチキンライスを炒めてラップをかけてテーブルに置いてフライパンとフライ返しを洗ったのも間違いなく此岸なのだ。
 家に彼女一人しかいないときには活動している痕跡がそこかしこに残っている。枕元にゲームを置いていくと、クリアされた上に感想を記した虹色の手紙が置かれていたりもする。点滴のチューブや酸素吸入菅だって必要だと思ったときには此岸自身が勝手にセッティングして自分で針を刺しているらしい。自分で自分を勝手に治療する、これほど手のかからない寝たきりの患者もいるまい。

「すー……すー……すー……すー……」

 いったい何が起きているのだろうか?
 それは彼方にはわからない、もちろん立夏にもわからない。確かなのは彼方と立夏が昼間に外出している間、此岸が夕食を作ったり掃除をしたりしているらしいということだけだ。まるで此岸が起きて動いているかのように世界は回っていることがある。それ以外に表現のしようがなかった。
 きっとこれは医学的な大発見で、病院でちゃんと検査すれば同じ症状の人が何千人も救われたりするのだろう。カメラでも設置すれば覚醒している此岸の動画を撮影できるかもしれない。
 しかし彼方にとってそんなことはどうでもよかった。「そういうこともあるよね」、それで彼方も立夏も納得できてしまう。それ以上何をしようとも思わない。寝たきりのはずの姉が見ていないところではそこそこ幸せにやっているらしいというだけで十分だ。時間的には隔絶しているとしても、空間的には同じ場所で仲良く住んでいる。

「すー……すー……すー……」
「すーすーすー……」

 食器を片付けたところで寝息が二つ重なっているのに気付く。周期が長くて貫録を感じるのが寝たきりの此岸、小動物の脈拍のように早鐘を打つのが小柄な立夏だ。
 振り返ると、立夏は箪笥の前で仰向けになって両手をお腹の上に乗せて寝ていた。目には花が咲いたままなので作業中に力尽きたのだろう。立夏は家では割と無防備であることが彼方にとっては地味に嬉しい。立夏を起こさないよう、静かに此岸のベッドとは反対方向の角へと向かう。
 小部屋の扉を開け、私用のログインスペースに入る。狭い室内に大量の配線が引かれ、壁際にはモジュールやモーションセンサが分割して配置されている。
 中央に吊るされているのはヘッドマウントディスプレイ。いまどきどこの家にもVR空間へのログインスペースくらいはある。ログインスペースがなければ仮想空間にある学校にも職場にもいけないわけで、風呂やトイレのようなインフラだ。

「さてと」

 ヘッドマウントディスプレイを被り、汎用VRプラットフォームにアクセスする。
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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