9 / 89
第2章 拡散性トロンマーシー
第9話:拡散性トロンマーシー・5
しおりを挟む
新東京電子スポーツセンターが燃え上がる。
尽きた命を燃料に、火炎がフロアを疾走する。全階を満遍なく走ったところで巨大な爆発音。屋上の床を突き破り、巨大なキャンプファイヤーが噴き出した。
華々しく燃え盛る炎は暗く冷え込んだ冬の夜街では一層目立つ。炎が唸る声、何かが誘爆して弾ける音。十数メートル離れた雑居ビルの上でさえ、ガスコンロに手をかざしたような強烈な熱気が全身を包む。
冬の乾いた風に乗って焦げた臭いも漂ってくる。焦げた料理が放つ湿った臭気とは違う、火炎そのものの爽やかさ。夏の炎天下から青春とかスポーツとかいうポジティブな要素を全て抜き取ったような感じ。
「燃えるね~。今日の試合そっくり」
「私たちが巻き込まれなかったところもな。天嶮ならともかく、可燃ガスに火を付けただけでこんなに燃えるのか。ゲームと違って誘爆する爆薬があるわけでも無いだろうに」
「ちょうどよくガスが建物に回ったんだろうね~。白花さんって変なところで運が良い人だったし」
「自分の死体がよく焼けるのはラック寄りのイベントか?」
「あは、攻撃判定としてはフルバリューでしょ。撤収は済んでたとはいえ、何人かは巻き込まれてるだろうしね」
「間違いなくツバメやツグミの自殺より大きく取り上げられるだろうな。放火爆破事件として」
「ビル管理システム周りの不正アクセスは黒華ちゃんの方かな? 黒華ちゃんなら古いビルの中央管理システムをハックするコードくらいは簡単に作れただろうし、ひょっとしたらガスの回り方まで込みでコントロールするくらいはやってたかも」
「皇姉妹の妹の方か。そういえばブラックハッカー出身でプロゲーマー界に入ってきたんだったか」
「白花さんは機械には疎かったし、本当の原因は黒華ちゃんのプログラムの方かもね」
「プログラムは道具だよ。悪意と意志の持ち主はそれを実行した白花だ」
軽くコートをはたいていると、自動運転の消防車が駆けつけてきた。
消防隊員の代わりに自動制御の放水台が展開する。人工知能が火元を自動認識して照準を構える。狙いを定め、水流のように消火剤を噴出する。機械が放つ白い消火剤は僅かな乱れもなく、太い糸のように夜空を疾駆する。
自動防犯防災システムがパッケージングされて主要都市に配備されたのはもう二つ三つ前の世代のことになる。街には様々な不調に駆けつける自動運転車両を収める車庫が点在し、非常事態にはこうして最適な車が走ってきて人々を守ってくれるのだ。
「この消火機構でさえ、結局は誰かの意志が背後にある。誰かがアクティベーションキーを押して初めて何かが起こる。絡まった因果の連鎖を辿れば本当に致命的なボタンを押した誰かに必ず辿り着く」
「そんなの辿って喜ぶのは裁判官と不動の動者くらいだよ。白花さんの遺言じゃないけど、もうちょっとアバウトに向き合ってもいいんじゃないかな。カレンダーさえ見なければ今日はクリスマスかもしれないし、薄目で見ればわりとドラマチックだよ。街中で燃え上がる炎は夜に昇る太陽、というよりは文明にぽっかり空いたブラックホール?」
「知り合いの死体を四体も燃料にしていなければ、私もそういうロマンチックなことを言えたかもしれないが」
「あは、確かに。でもそんなことを知らない街の人たちにとっては、やっぱりこれも一つの祝祭なわけだよ」
屋上から街を見れば、爆発音に誘われた人々が建物の窓からぽつぽつと顔を出している。ほとんどの人がスマホを構えているが、火事を肴に同居人と語らう人もいる。
その表情はどこか一様にうっとりしていて、慌てたり逃げ出したりする者はいない。本当の緊急事態の場合は、防災防犯パッケージの一つとして配置されている爆音のサイレンが鳴り響くからだ。今のところサイレンは鳴っていない、つまり、この火事はそう大事にはならずに鎮火すると自動防犯システムが判断しているのだ。
そもそも窓から律儀に顔を出している人自体が数軒に一人くらいでしかない。自宅でヘッドマウントディスプレイを被れば仮想空間で仕事からレジャーまでこなせるようになったこの御時世、それもこの時間帯ならば大抵の人は家にいるはずだ。窓すら開けない大勢の人たちはきっと火事に見向きもせず家の中で仮想空間にダイブしているのだろう。サイレンが鳴っていない以上、VR機器の警報装置も作動していないはずだ。
「野次馬してない人はゲームだか映画だかに夢中なのかな。勿体ないね~、こんな火事なんてめったに起きないんだから見とけばいいのに」
「気付いた上で見ないのかもしれないな。こんな火事なんて、仮想空間で適当な街のアセットを作って火を付ければいくらでも体験できる」
「そっちの方がエキサイティングだったりするしね。リアルを超えた創造を目指すクリエイターの皆さんの努力で」
「おかげでもうゲーマーの出る幕じゃない。早く帰ろう、私たちの家に」
尽きた命を燃料に、火炎がフロアを疾走する。全階を満遍なく走ったところで巨大な爆発音。屋上の床を突き破り、巨大なキャンプファイヤーが噴き出した。
華々しく燃え盛る炎は暗く冷え込んだ冬の夜街では一層目立つ。炎が唸る声、何かが誘爆して弾ける音。十数メートル離れた雑居ビルの上でさえ、ガスコンロに手をかざしたような強烈な熱気が全身を包む。
冬の乾いた風に乗って焦げた臭いも漂ってくる。焦げた料理が放つ湿った臭気とは違う、火炎そのものの爽やかさ。夏の炎天下から青春とかスポーツとかいうポジティブな要素を全て抜き取ったような感じ。
「燃えるね~。今日の試合そっくり」
「私たちが巻き込まれなかったところもな。天嶮ならともかく、可燃ガスに火を付けただけでこんなに燃えるのか。ゲームと違って誘爆する爆薬があるわけでも無いだろうに」
「ちょうどよくガスが建物に回ったんだろうね~。白花さんって変なところで運が良い人だったし」
「自分の死体がよく焼けるのはラック寄りのイベントか?」
「あは、攻撃判定としてはフルバリューでしょ。撤収は済んでたとはいえ、何人かは巻き込まれてるだろうしね」
「間違いなくツバメやツグミの自殺より大きく取り上げられるだろうな。放火爆破事件として」
「ビル管理システム周りの不正アクセスは黒華ちゃんの方かな? 黒華ちゃんなら古いビルの中央管理システムをハックするコードくらいは簡単に作れただろうし、ひょっとしたらガスの回り方まで込みでコントロールするくらいはやってたかも」
「皇姉妹の妹の方か。そういえばブラックハッカー出身でプロゲーマー界に入ってきたんだったか」
「白花さんは機械には疎かったし、本当の原因は黒華ちゃんのプログラムの方かもね」
「プログラムは道具だよ。悪意と意志の持ち主はそれを実行した白花だ」
軽くコートをはたいていると、自動運転の消防車が駆けつけてきた。
消防隊員の代わりに自動制御の放水台が展開する。人工知能が火元を自動認識して照準を構える。狙いを定め、水流のように消火剤を噴出する。機械が放つ白い消火剤は僅かな乱れもなく、太い糸のように夜空を疾駆する。
自動防犯防災システムがパッケージングされて主要都市に配備されたのはもう二つ三つ前の世代のことになる。街には様々な不調に駆けつける自動運転車両を収める車庫が点在し、非常事態にはこうして最適な車が走ってきて人々を守ってくれるのだ。
「この消火機構でさえ、結局は誰かの意志が背後にある。誰かがアクティベーションキーを押して初めて何かが起こる。絡まった因果の連鎖を辿れば本当に致命的なボタンを押した誰かに必ず辿り着く」
「そんなの辿って喜ぶのは裁判官と不動の動者くらいだよ。白花さんの遺言じゃないけど、もうちょっとアバウトに向き合ってもいいんじゃないかな。カレンダーさえ見なければ今日はクリスマスかもしれないし、薄目で見ればわりとドラマチックだよ。街中で燃え上がる炎は夜に昇る太陽、というよりは文明にぽっかり空いたブラックホール?」
「知り合いの死体を四体も燃料にしていなければ、私もそういうロマンチックなことを言えたかもしれないが」
「あは、確かに。でもそんなことを知らない街の人たちにとっては、やっぱりこれも一つの祝祭なわけだよ」
屋上から街を見れば、爆発音に誘われた人々が建物の窓からぽつぽつと顔を出している。ほとんどの人がスマホを構えているが、火事を肴に同居人と語らう人もいる。
その表情はどこか一様にうっとりしていて、慌てたり逃げ出したりする者はいない。本当の緊急事態の場合は、防災防犯パッケージの一つとして配置されている爆音のサイレンが鳴り響くからだ。今のところサイレンは鳴っていない、つまり、この火事はそう大事にはならずに鎮火すると自動防犯システムが判断しているのだ。
そもそも窓から律儀に顔を出している人自体が数軒に一人くらいでしかない。自宅でヘッドマウントディスプレイを被れば仮想空間で仕事からレジャーまでこなせるようになったこの御時世、それもこの時間帯ならば大抵の人は家にいるはずだ。窓すら開けない大勢の人たちはきっと火事に見向きもせず家の中で仮想空間にダイブしているのだろう。サイレンが鳴っていない以上、VR機器の警報装置も作動していないはずだ。
「野次馬してない人はゲームだか映画だかに夢中なのかな。勿体ないね~、こんな火事なんてめったに起きないんだから見とけばいいのに」
「気付いた上で見ないのかもしれないな。こんな火事なんて、仮想空間で適当な街のアセットを作って火を付ければいくらでも体験できる」
「そっちの方がエキサイティングだったりするしね。リアルを超えた創造を目指すクリエイターの皆さんの努力で」
「おかげでもうゲーマーの出る幕じゃない。早く帰ろう、私たちの家に」
0
最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる