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第2章 拡散性トロンマーシー
第8話:拡散性トロンマーシー・4
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電話の向こうから小さな爆発音が聞こえた。
反響する異音が大きい。更にはガチャン、ガチャンと何かのギアでも動かすような機械音。重いドアを開けて移動しているのか。その奥でブーンという駆動音もする。大きな機械の唸りか、いや、これは空気が勢いよく流れるときの轟音?
傍らの端末を操作して建物内のマップを確認する。これがゲーム画面からのような人工音ではないとすれば、こんな音がする部屋は一つしかない。
倉庫の奥にある中央電子管理室だ。空調・電気・ガス・給水を一括して統御する建物の中枢。
彼方は死体処理作業を中断し、最大の集中力で耳を澄ませた。シューシューという空気が漏れる音が聞こえるのは電話の奥だけではない。扉の向こうの廊下からもだ。
「さっきの試合覚えてるかな。私が天嶮を手に入れてから暴発させるまで何秒だったっけ」
「百三十四秒。お前は今何をしている?」
「答えてくれてありがとう。中央管理室からガス管の配線を繋ぎ変えて、空調をブン回して全フロア中に充満させてるよ」
彼方はただちにフロアを蹴った。一歩でドア前まで飛び、真上に蹴り上げてドアノブごとストッパーを破壊。ドアを最速で蹴り開ける。
通路に飛び出すと、天井の空調が轟音を上げて駆動していた。確かに、まだ微量だがガスの独特な臭いが辺りを漂っている。
彼方はトレンチコートの襟を立てて息を潜める。襟には簡易型の浄化フィルターが付いており、有毒気体の吸入量をほぼゼロにまで減らすことができる。
この機能は彼方がゲーム内でいつも装備しているトレンチコートのゲーム内機能を反映したものだ。ミリオタでもあるマネージャーの桜井さんのこだわりによって、金を惜しまずに作られたプロトタイプにはゲームと全く遜色のない性能が備わっている。すなわち、実際の戦場でも通用するほどの機能性が。
「電子制御の普及っていうのも考えものだよね。確かに便利かもしれないけど、ソフトウェアさえ突破できれば何でもできちゃうんだから。パイプとか換気扇のハードは古いままなのに、ソフトだけ乗せ換える横着するからこんなことになるんだ。フェイル・デッドリー」
「ガス中毒自殺はお勧めできないぜ。高濃度を一気に吸引するならともかく、少しずつ吸うような死に方は相当に苦しい」
「いや、ガスじゃなくて焼身自殺の予定だね。このガス、都市ガスだから可燃性。ライターに点火してボン」
「即死できることを祈ってるよ。お前がどうやって自殺しようと構わないが、私を巻き込むのはやめろ」
「巻き込むなんて、まるで巻き込まれないことができるような言い方をするんだね。私たちには現実とゲームの区別が付いてないってさっき言わなかったっけ。リアルに生きてしまってる時点で、この世界でのゲームは常に既に進行中だよ。誰だって否応なく参加してるし、ドロップしたければいつもみたいに死ぬしかないんだ。一応私たちってプロゲーマーだったわけだし、そういうのわかってよね。今日の試合の続き、今からきっかり百三十四秒後に点火するから、それまでに脱出してね。自殺を首吊りじゃなくてガス爆発にしたらついでに友達と遊べる、自殺のリサイクルで一石二死! これってすっごくエコだよねー」
彼方は既に廊下を走り出していた。
やるべきことは決まっている。立夏の救出だ。立夏は彼方と違って身体能力が高い方ではない。ガス臭にすぐ気付くとも思えないし、気付いたところで気分を悪くしてしゃがみ込むくらいが関の山だ。
立夏はスマホを控え室に置いていってしまったので所在は目視で探すしかない。彼方は走りながら自分のスマホを操作し、この建物の全階フロアマップを表示する。死体袋があるのは二階と五階だ。ひとまず脱出が簡単な二階を目指して階段へと駆ける。
一段ずつ降りる時間が惜しく、手すりに飛び乗ってローラーブレードで滑っていく。いまどき古めかしい木製の手すりの表面がボロボロに抉られていくが、どうせすぐに爆発するのだからそのくらいは構わないだろう。
彼方の目標は立夏を救出して脱出することだけだ。この新東京電子スポーツセンターと白花が焼け落ちるのを止めるつもりはない。
「ゲームとはいっても、私が死ぬことはどうせ動かないんだよね。彼方と立夏ちゃんを巻き込んだら私の勝ち、彼方と立夏ちゃんが逃げ切ったら私の負けって感じかな。図らずも立夏ちゃんを巻き込んだおかげでゲームバランスが保たれてるね。彼方一人なら十秒もしないうちに脱出しちゃうだろうし」
「殺すぞ」
「どうぞどうぞ。一応言っておくと、私は中央管理室にいるけど彼方が視界に入った時点で着火するからね。リアルのタイマンで勝てるわけないし」
「勝ったらレア装備でもくれるのか?」
「辞世の句くらいはあげようかな。超低確率ドロップの」
二階に立夏の姿はなかったが、代わりに死体袋を保管する透明ケースが空になっているのを発見する。
ケースの開き戸に付いたタイマーを見るに、これが開けられたのはちょうど十分前のようだ。この規格のケースなら死体袋は二つしか入っていないので、恐らく立夏は三つ目の死体袋を確保するために五階に向かったのだろう。
皮肉なことに追加で白花の死体袋が必要になったせいでタイムロスが生じている。当の本人は爆死するつもりだというのに。
「ショートカットするしかないか」
「人生を? 私みたいに」
「お前のはコースアウトだろ」
トレンチコートの前を留めて窓に向かって飛び蹴りを放つ。激しく回転するローラーブレードの車輪が防弾ガラスを粉々に叩き割った。
このローラーブレードもマネージャーの桜井さんが設計図を書いた特別仕様だ。泥や雪の上でも使えるようにスパイク代わりの小さな棘、そして普段は折り畳まれているが蹴り一つで開けるブレードが生えている。
ガラスの雨と共に芝生の上に着地する。防刃素材で出来たコートはガラスの破片を通さない。
広い屋外休憩スペースで壁に向かって助走を付ける。ローラーブレードが唸り、三歩で五十メートル三秒のトップスピードまで加速する。
「ちなみに彼方って死後の世界ってあると思う派?」
「知るかよ。聖書でも違法ダウンロードして開いとけ」
コートのインカムで会話しながら、今度は三角飛びで一気に壁を縦に駆ける。足場なんて一センチもあれば垂直移動には十分すぎる。僅かな突起や煉瓦の継ぎ目を掴んで身体を引き上げる。タンタンタンとリズム良く身体を運び、すぐに五階まで到達した。
五階フロアの窓ガラスに向けてモデルガンのグリップを叩き付けた。これも凝り性の桜井さんがポケットに仕込んだものだ。このトレンチコートにはガジェットやロープ類も一通り収納されている。
「立夏!」
「うわ、どしたの」
五階の廊下でようやく立夏を発見した。花の目が彼方を捉える。
立夏は死体袋ケースの前で床に座って休憩している最中だった。体勢が低いのでガス臭にも気付いていなかったようだ。
傍らには死体袋の山が積まれている。やはり三袋も運ぶのは相当荷が重かったらしく、立夏の呼吸は大いに乱れている。死体袋は標準規格だとだいたい一袋二キロ弱だ。普及のための軽量化が進んだとはいえ、色々と厄介な人間の死体をきっちりパッキングするにはそれなりにきちんとした構造が必要になる。
彼方は猛スピードで走りながら小柄な身体の腰に手を回してひったくった。さすがの立夏も驚いた表情で腕の中から見上げてくる。
「これ、ひょっとして君を攫いに来た的なやつ?」
「後で話す、残り二十五秒、建物からの脱出経路、あと着地点確保!」
「右、左、直進、右、右。トイレ脇の小窓を破って、隣の雑居ビル屋上まで五メートル半」
即答。彼方も全階フロアマップを一瞬で暗記するくらいはできるが、周囲にある建物の立体配置まで全て把握しているのは立夏にしかできない離れ業だ。しかも地図や模型を見たわけでもなく、ここに来るまでの記憶だけを頼りに。
「あ、立夏ちゃんの声。久しぶり。なんか最期に話すこととかあるかな。私が死ぬまでの残り十三秒で宜しくね」
「あは、好きじゃないけど嫌いじゃなかったよ~。いずれまたどこかで会えたらって感じだね」
「いずれまた、ってあと八秒で自殺するんだけど。それって転生みたいなやつかな。一緒に死んだ方が再会の確率も上がるかも」
「あの世の入国管理がどういうシステムかは知らないけど、いま巻き込まれることは無いと思うよ。こういうときに彼方ちゃんがしくじることってまず無いからね~」
「飛ぶぞ!」
長い廊下を疾走し、窓の遥か手前で踏み切った。
小窓を目がけてロングレンジの前蹴りを放つ。尖った車輪が再びガラスを粉砕し、高度十五メートルから都会の夜空へと飛び出した。
瞬く星々の下、ビル街の狭間で身体が舞う。内臓が支えを失ったような、絶対的な寄る辺なさが全身を包む。ゲームフィールドで落下するときとは違う。全身を包む浮遊感は限りなくリアルだ。ゲームでも多少の衝撃はフィードバックされるが、重力感のような体内感覚を与えることはできない。
背後から爆発音。そして背中にタックルを食らったような風圧。思い切り押される衝撃で前に吹き飛ぶ。前のめりに少しバランスを崩すが、空中の姿勢制御などお手の物だ。裾の長いトレンチコートに風を含ませ、目の前の屋上に向けて重心を後ろに修正する。
爪先からコンクリートの屋上に降り立った。そのままローラーブレードで走り抜け、大きく旋回しながら着地の運動量を地面に逃がす。幸い、雑居ビルの屋上には室外機以外には何も置かれていなかった。いや、立夏なら屋上に置かれているものくらいは記憶していて指示を出したのかもしれない。
大きな柵の前でブレーキをかけて止まり、軽く肩をはたく。コートに身を包んでいたおかげで身体は少しも痛くない。マネージャーの桜井さんが軍事関係の知り合いに頼んでコートには衝撃緩衝材まで内蔵したと自慢気に語っていたことを思い出す。
「メリークリスマス! ロマンチックな夜と人生を!」
「それは来週だろ」
「誤差だよ、何もかも!」
それが白花の遺言だった。電話が切れて会話が繋がらなくなる。もう二度と。
反響する異音が大きい。更にはガチャン、ガチャンと何かのギアでも動かすような機械音。重いドアを開けて移動しているのか。その奥でブーンという駆動音もする。大きな機械の唸りか、いや、これは空気が勢いよく流れるときの轟音?
傍らの端末を操作して建物内のマップを確認する。これがゲーム画面からのような人工音ではないとすれば、こんな音がする部屋は一つしかない。
倉庫の奥にある中央電子管理室だ。空調・電気・ガス・給水を一括して統御する建物の中枢。
彼方は死体処理作業を中断し、最大の集中力で耳を澄ませた。シューシューという空気が漏れる音が聞こえるのは電話の奥だけではない。扉の向こうの廊下からもだ。
「さっきの試合覚えてるかな。私が天嶮を手に入れてから暴発させるまで何秒だったっけ」
「百三十四秒。お前は今何をしている?」
「答えてくれてありがとう。中央管理室からガス管の配線を繋ぎ変えて、空調をブン回して全フロア中に充満させてるよ」
彼方はただちにフロアを蹴った。一歩でドア前まで飛び、真上に蹴り上げてドアノブごとストッパーを破壊。ドアを最速で蹴り開ける。
通路に飛び出すと、天井の空調が轟音を上げて駆動していた。確かに、まだ微量だがガスの独特な臭いが辺りを漂っている。
彼方はトレンチコートの襟を立てて息を潜める。襟には簡易型の浄化フィルターが付いており、有毒気体の吸入量をほぼゼロにまで減らすことができる。
この機能は彼方がゲーム内でいつも装備しているトレンチコートのゲーム内機能を反映したものだ。ミリオタでもあるマネージャーの桜井さんのこだわりによって、金を惜しまずに作られたプロトタイプにはゲームと全く遜色のない性能が備わっている。すなわち、実際の戦場でも通用するほどの機能性が。
「電子制御の普及っていうのも考えものだよね。確かに便利かもしれないけど、ソフトウェアさえ突破できれば何でもできちゃうんだから。パイプとか換気扇のハードは古いままなのに、ソフトだけ乗せ換える横着するからこんなことになるんだ。フェイル・デッドリー」
「ガス中毒自殺はお勧めできないぜ。高濃度を一気に吸引するならともかく、少しずつ吸うような死に方は相当に苦しい」
「いや、ガスじゃなくて焼身自殺の予定だね。このガス、都市ガスだから可燃性。ライターに点火してボン」
「即死できることを祈ってるよ。お前がどうやって自殺しようと構わないが、私を巻き込むのはやめろ」
「巻き込むなんて、まるで巻き込まれないことができるような言い方をするんだね。私たちには現実とゲームの区別が付いてないってさっき言わなかったっけ。リアルに生きてしまってる時点で、この世界でのゲームは常に既に進行中だよ。誰だって否応なく参加してるし、ドロップしたければいつもみたいに死ぬしかないんだ。一応私たちってプロゲーマーだったわけだし、そういうのわかってよね。今日の試合の続き、今からきっかり百三十四秒後に点火するから、それまでに脱出してね。自殺を首吊りじゃなくてガス爆発にしたらついでに友達と遊べる、自殺のリサイクルで一石二死! これってすっごくエコだよねー」
彼方は既に廊下を走り出していた。
やるべきことは決まっている。立夏の救出だ。立夏は彼方と違って身体能力が高い方ではない。ガス臭にすぐ気付くとも思えないし、気付いたところで気分を悪くしてしゃがみ込むくらいが関の山だ。
立夏はスマホを控え室に置いていってしまったので所在は目視で探すしかない。彼方は走りながら自分のスマホを操作し、この建物の全階フロアマップを表示する。死体袋があるのは二階と五階だ。ひとまず脱出が簡単な二階を目指して階段へと駆ける。
一段ずつ降りる時間が惜しく、手すりに飛び乗ってローラーブレードで滑っていく。いまどき古めかしい木製の手すりの表面がボロボロに抉られていくが、どうせすぐに爆発するのだからそのくらいは構わないだろう。
彼方の目標は立夏を救出して脱出することだけだ。この新東京電子スポーツセンターと白花が焼け落ちるのを止めるつもりはない。
「ゲームとはいっても、私が死ぬことはどうせ動かないんだよね。彼方と立夏ちゃんを巻き込んだら私の勝ち、彼方と立夏ちゃんが逃げ切ったら私の負けって感じかな。図らずも立夏ちゃんを巻き込んだおかげでゲームバランスが保たれてるね。彼方一人なら十秒もしないうちに脱出しちゃうだろうし」
「殺すぞ」
「どうぞどうぞ。一応言っておくと、私は中央管理室にいるけど彼方が視界に入った時点で着火するからね。リアルのタイマンで勝てるわけないし」
「勝ったらレア装備でもくれるのか?」
「辞世の句くらいはあげようかな。超低確率ドロップの」
二階に立夏の姿はなかったが、代わりに死体袋を保管する透明ケースが空になっているのを発見する。
ケースの開き戸に付いたタイマーを見るに、これが開けられたのはちょうど十分前のようだ。この規格のケースなら死体袋は二つしか入っていないので、恐らく立夏は三つ目の死体袋を確保するために五階に向かったのだろう。
皮肉なことに追加で白花の死体袋が必要になったせいでタイムロスが生じている。当の本人は爆死するつもりだというのに。
「ショートカットするしかないか」
「人生を? 私みたいに」
「お前のはコースアウトだろ」
トレンチコートの前を留めて窓に向かって飛び蹴りを放つ。激しく回転するローラーブレードの車輪が防弾ガラスを粉々に叩き割った。
このローラーブレードもマネージャーの桜井さんが設計図を書いた特別仕様だ。泥や雪の上でも使えるようにスパイク代わりの小さな棘、そして普段は折り畳まれているが蹴り一つで開けるブレードが生えている。
ガラスの雨と共に芝生の上に着地する。防刃素材で出来たコートはガラスの破片を通さない。
広い屋外休憩スペースで壁に向かって助走を付ける。ローラーブレードが唸り、三歩で五十メートル三秒のトップスピードまで加速する。
「ちなみに彼方って死後の世界ってあると思う派?」
「知るかよ。聖書でも違法ダウンロードして開いとけ」
コートのインカムで会話しながら、今度は三角飛びで一気に壁を縦に駆ける。足場なんて一センチもあれば垂直移動には十分すぎる。僅かな突起や煉瓦の継ぎ目を掴んで身体を引き上げる。タンタンタンとリズム良く身体を運び、すぐに五階まで到達した。
五階フロアの窓ガラスに向けてモデルガンのグリップを叩き付けた。これも凝り性の桜井さんがポケットに仕込んだものだ。このトレンチコートにはガジェットやロープ類も一通り収納されている。
「立夏!」
「うわ、どしたの」
五階の廊下でようやく立夏を発見した。花の目が彼方を捉える。
立夏は死体袋ケースの前で床に座って休憩している最中だった。体勢が低いのでガス臭にも気付いていなかったようだ。
傍らには死体袋の山が積まれている。やはり三袋も運ぶのは相当荷が重かったらしく、立夏の呼吸は大いに乱れている。死体袋は標準規格だとだいたい一袋二キロ弱だ。普及のための軽量化が進んだとはいえ、色々と厄介な人間の死体をきっちりパッキングするにはそれなりにきちんとした構造が必要になる。
彼方は猛スピードで走りながら小柄な身体の腰に手を回してひったくった。さすがの立夏も驚いた表情で腕の中から見上げてくる。
「これ、ひょっとして君を攫いに来た的なやつ?」
「後で話す、残り二十五秒、建物からの脱出経路、あと着地点確保!」
「右、左、直進、右、右。トイレ脇の小窓を破って、隣の雑居ビル屋上まで五メートル半」
即答。彼方も全階フロアマップを一瞬で暗記するくらいはできるが、周囲にある建物の立体配置まで全て把握しているのは立夏にしかできない離れ業だ。しかも地図や模型を見たわけでもなく、ここに来るまでの記憶だけを頼りに。
「あ、立夏ちゃんの声。久しぶり。なんか最期に話すこととかあるかな。私が死ぬまでの残り十三秒で宜しくね」
「あは、好きじゃないけど嫌いじゃなかったよ~。いずれまたどこかで会えたらって感じだね」
「いずれまた、ってあと八秒で自殺するんだけど。それって転生みたいなやつかな。一緒に死んだ方が再会の確率も上がるかも」
「あの世の入国管理がどういうシステムかは知らないけど、いま巻き込まれることは無いと思うよ。こういうときに彼方ちゃんがしくじることってまず無いからね~」
「飛ぶぞ!」
長い廊下を疾走し、窓の遥か手前で踏み切った。
小窓を目がけてロングレンジの前蹴りを放つ。尖った車輪が再びガラスを粉砕し、高度十五メートルから都会の夜空へと飛び出した。
瞬く星々の下、ビル街の狭間で身体が舞う。内臓が支えを失ったような、絶対的な寄る辺なさが全身を包む。ゲームフィールドで落下するときとは違う。全身を包む浮遊感は限りなくリアルだ。ゲームでも多少の衝撃はフィードバックされるが、重力感のような体内感覚を与えることはできない。
背後から爆発音。そして背中にタックルを食らったような風圧。思い切り押される衝撃で前に吹き飛ぶ。前のめりに少しバランスを崩すが、空中の姿勢制御などお手の物だ。裾の長いトレンチコートに風を含ませ、目の前の屋上に向けて重心を後ろに修正する。
爪先からコンクリートの屋上に降り立った。そのままローラーブレードで走り抜け、大きく旋回しながら着地の運動量を地面に逃がす。幸い、雑居ビルの屋上には室外機以外には何も置かれていなかった。いや、立夏なら屋上に置かれているものくらいは記憶していて指示を出したのかもしれない。
大きな柵の前でブレーキをかけて止まり、軽く肩をはたく。コートに身を包んでいたおかげで身体は少しも痛くない。マネージャーの桜井さんが軍事関係の知り合いに頼んでコートには衝撃緩衝材まで内蔵したと自慢気に語っていたことを思い出す。
「メリークリスマス! ロマンチックな夜と人生を!」
「それは来週だろ」
「誤差だよ、何もかも!」
それが白花の遺言だった。電話が切れて会話が繋がらなくなる。もう二度と。
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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