ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第2章 拡散性トロンマーシー

第7話:拡散性トロンマーシー・3

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 彼方は電話を取るべきか悩む。
 あの人格破綻者が電話をかけてくる事態はいつも予測不可能で突拍子もない案件だ。何を言ってくるのか想像も付かない。なんだかんだでこうして電話番号を交換している程度には親しいが、自殺死体の処理と並行するには少しカロリーが高すぎる。
 しかし立夏が「どうぞ電話に出てください」と手を差し出すジェスチャーをしてきたので、やむなく通話ボタンをタップする。

「もしもし、彼方? 今バターを塗ったパンを絨毯に落としたから自殺しようと思うんだけど」
「自殺しようと思うんだけど……じゃねえよ。自殺を止めてほしいとか背中を押してほしいとかいう要件なら、どっちでも今すぐ切る」
「まさか! 私ってそんなキャラに見えるかな」
「いや。お前が死ぬって言うなら十分後には死んでる」
「そうそう。でも意外なことに実はまだ一度も死んだことがないんだよね。何度も死んでる『スーサイド・クイーン』なら詳しそうだし、なるべく苦しくない死に方とか教えてくれるとありがたいんだけど。私はどこにでもいる平均人間だから痛みには弱くてさ」
「そんなのちょっと検索すればいくらでも出てくるだろう。厚労省のURLでも送ってやろうか。何なら現役で自殺担当の警官に繋ぐこともできるが」
「そういうのあんまり信用してないんだよね。そのへんで自殺って呼ばれてるのはただの他死でしょ。外野として死体を一番てきぱき事後処理できる方法を解説してるだけ。本当に自殺を語れる人なんてこの世にはいないんだよ、経験者を除いてね」
「あのな、私が自殺するのは物理エンジン頼りのゲーム内イベントだぞ。私はアンデッドでも吸血鬼でもない、ゲーム内には痛覚だってない。本当に死んだことなんて一度もないしこの世界は残機がいくつもある仮想世界じゃない。一度死んだらそれで終わりの現実世界だ。そんなことはいくらお前だってわかってるだろう。まったく、なんで皆こぞって私に聞いてくるんだ。私に自殺の相談をしてきたやつ、今月で三件目だが!」
「わかってるって。確かに本当に死んでるわけじゃないかもしれないけど、毎回本当に死ぬ気なのは見てればわかるよ。少なくとも、本気で自殺しようなんて一度も思ったことがない官僚連中よりは彼方の方が信用できるっていうことだね。皆そう思って彼方に相談するってよ、知らないけど。よっ、自殺のプロ!」
「そんなものがあってたまるか」

 とはいえ、彼方が現実の自殺にもそれなりに詳しいというのはあながち間違ってもいない。自殺という行為のプロでは有り得なくても、事象のマニアではあることは認めざるを得ない。
 ファンタジスタの物理エンジンは異様なこだわりで作られており、中でも人体構造は医学向けソフトにも転用されるほどの水準である。よって、ゲーム内で効率よく自殺するためには現実での自殺事例や医学書を読み込んでおくのが有効だ。実際に自殺未遂者から話を聞くことも多い。
 そして実際のところ、ネット上に公的機関が公開している自殺情報は実情を捉えていないという白花の指摘はかなり当たっている。主観的な問題、特に苦痛についての言及が極端に少ないのもその通りだ。消極的に自殺を推奨するという目的に照らせば合理的な判断ではあるが、そこに不信感を抱く人も決して少なくない。
 いくら自殺が許容されているからといって、それに伴う苦痛や死体までもが全て受け入れられているわけではないのだ。死体が街中に転がっていれば大騒ぎになるし、殺人は依然として重罪だ。
 リアリティを欠いた自殺の清廉なイメージだけが蔓延して、死そのものは自殺から乖離している。その溝を埋める一定の需要が彼方に向けられているのは事実だ。

「教えるのは構わないが、基本はやはり首吊りだ。しっかり準備をすれば確実にすぐ意識を飛ばせる。次点は飛び降り。後処理が大変だから公式には全く推奨されないが、一度始めたら取り返しが付かないのは悪くない。とはいえ、お前なら途中で躊躇ったりはしないだろうし、私は王道の首吊りを勧める」
「ありがとう。じゃあ首吊りにしようかな。昼の仕出し弁当にソーセージ入ってたしね」
「それ関係あるか?」
「え、かなり似てないかな。豚の腸に肉を詰めて端をキュッと絞めるところ。で、ロープって結んだ上着とかでもいけるかな」
「上着はお勧めできない。重さが分散して、中途半端に気道が絞まったときに後遺症が脳に来て悲惨だ。自殺未遂者を安楽死させる制度もあるにはあるが、意志確認の手続きが意外と面倒だし。倉庫の方に筐体を搬送するための梱包材とかが余ってるはずだから、そのあたりのロープを使うといい。あとついでに周りに敷くビニール類も取ってこい。体液も糞便も一度出てしまったらかなり染みる。たぶん私がお前の遺体を最初に発見するんだから、アドバイスに免じてそのくらいはやっておけ」
「親友の頼みとあっては断れないね。倉庫に行って確認してくるからちょっと待っててね」

 通話が保留音に変わり、彼方は溜息を吐いた。
 このまま白花が死んだら、ネットではこれも彼方のせいということになるだろう。皇姉妹はスポンサーが付いていない代わりに変に熱狂的なファンが多い。ひょっとしたらツバメのファンから以上に叩かれるかもしれない。殺害予告の数十件くらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。
 そこで申し訳なさそうに樹が声を挟んだ。

「すみません。本当に申し訳ないのですが、また近郊で自殺者が出たようです。到着は九時過ぎくらいになるかも……」
「あは、それひょっとして彼方のフォロワー?」
「確認中ですが、時刻や公開遺書からすると恐らくそうでしょう。お手数おかけしますが、死体袋に入れるところまで処理しておいてもらえると助かります」
「構わない。二階の廊下かどこかにあったはずだ、私が取ってくる」
「いやいや、自殺者との最期の会話が廊下で袋引きずりながらじゃ締まらないよ~。私が行くから、白花さんの遺言くらいちゃんと聞いといてよね」

 立夏が死体袋を求めて部屋を出ていく。
 自殺法第十条により、一定以上の規模を持つ建物には死体袋の設置が義務付けられている。自殺死体を死体袋に片付けるのは基本的には現場に到着した警官の仕事だが、状況次第では一般人が任意で行うことも少なくない。
 自殺自体は普及しているとはいえ、死体は衆目を集めて混乱を起こしかねないものだ。なるべく迅速に片付けるのが望ましい。

「私は立夏が戻ってくるまでに死体を下ろしておくか」
「試合でお疲れではないですか?」
「このくらい問題ないさ」

 彼方は手近な机を引き寄せて上り、天井に手を伸ばした。
 まずはプラスチック製の縄に手をかける。ツバメとツグミの首を絞めている縄はよく自殺者用に販売されているスタンダードなもので、来年からは役所で申請すれば無料で貰えるようになるらしい。結束バンドのように手軽に締めることができ、輪っかごと取り外すのも難しくない。
 首に刻まれた深い凹みに指を沿わせてみると、一センチくらいは窪んでいるだろうか。首を覆うこの輪が空気を遮断してツバメを殺した。通過痕は首を落とすギロチン刃の如し。
 金具を外してから遺体が傷付かないようにゆっくりと下ろしていく。特製の縄は自殺と事後処理のために最適化されているとはいえ、死体そのものを扱うのに相応の腕力は必要である。
 縄を外し、死体を床に横たえるまではツバメの死体を抱きしめるような恰好になる。死体はまだまだ暖かいが、それでも奥底には熱源がない。不可逆に失われつつあるこの温度は「体温」と呼んでいいものだろうか。
 全く力の入っていない遺体はかなり重たく感じる、いや、実際に人の身体はそこそこ重いのだ。四十キロの生きた女の子を背負うのが四十キロの米袋を背負うのに比べて簡単なのは、相手が協力してくれているからだ。手や足で持ちやすいように気を回してくれるから運搬が楽になっているわけで、協力もへったくれもない死体はビックリするほど重い。
 ツバメの死体をゆっくりと床に降ろして見下ろした。今までに死体は何度も見てきた。死体としては特に何の変哲のない見慣れたものだが、ツバメとしては全く見慣れない状態だ。彼女がステージ上でインタビューに答えていた姿が目に浮かぶ。控室が一緒だったので、試合前には「今日は頑張りましょう」と笑顔で握手をしてくれた。今は物言わず、全ての能動動作を永遠に喪失した。
 死んでいるからといって肉の塊とも思えない。今にも動き出しそうとまでは言わないが、動き出してもおかしくはない。この死体は今のところは動いていないだけで、潜在的にはまだ動作可能なポテンシャルがあるのだと、彼方の本能は誤認している。死とは端的に死であり、死体の不動は偶然ではなく必然であると頭では理解しているのに。
 彼方のスマホから保留音のBGMが止んだ。白花の能天気な声が会話に復帰する。

「もしもしー、いま倉庫探してるんだけど、あんまりいい感じの縄がないね。きし麺みたいな形のプラスチックの紐みたいなやつでもいけるかな。ほら、段ボールとか縛るときに使うやつ」
「荷物用の縄類はだいたい信頼して大丈夫だ。人体を五十キロとして、その程度の重量を想定していないことは有り得ないから。ただし荷物と違って人体は動いて暴れる。覚悟の自殺であっても死の間際には身体が無意識に暴れることは多いようだから、千切れるのを防ぐためには何周かに巻いて固定した方がいい。お前は長身だが細身だし、三周も巻けば十分だろう」
「そっかー、ありがとね。やっぱり自殺幇助のエキスパートがいると助かるよ」
「別にいつも幇助しているわけじゃない。もしツバメやツグミなら多少は説得したが、お前は死んでもいいからアシストしているだけだ」
「あれ、今かなり酷いこと言った?」
「お前は誰かに言われて行動を変えるような性質ではないだろう。これでも私はお前が他の誰にも真似できないやり方でゲームを勝ち抜いていることには一目置いているし、お前の自己決定権を尊重する」
「よくわかんない特別扱いだね。いまどき適当に死ぬのなんて皆そうじゃないかな」
「あっさり死ぬことと適当に死ぬことは違う。適当に死ぬのはお前くらいだよ。どうせバターを塗ったパンを絨毯に落とした程度の動機だろ?」
「あはははは! それ大正解!」

 突然、白花が大声を上げて彼方はスマホを肩から振り落としそうになる。危うくツバメの死体の上に落とすところだった。
 白花は普段から割と挙動不審な人間とはいえ、基本はローテンションだ。感情を露わにするのは珍しく、少なくとも彼方がこんな声を聞くのは初めてだった。

「何テンション上げてるんだ、お前らしくもない」
「死の間際だもの、ちょっとくらいキャラがブレてもいいじゃない。それに最期の会話にはちょっとしたエピソードくらいあった方が彼方的にも便利じゃないかな。あとでインタビューされたら、あいつはまともな精神状態じゃなかったとか何でも好き勝手言っていいよ」
「悪いが、お前の自殺についてはあまり聞かれないと思うよ。今日はお前より遥かに騒がれそうなやつがもう自殺してるから、そのオマケってところだろう。目立ちたければ別の日にしておいた方がいい」
「あー、ツバメちゃんあたり。なんか死にそうな感じ出してたもんね、いかにも健気にやってますっていう」
「当たり。今その死体を処理してる」

 今度はツグミの死体を床に下ろす作業に入る。過去の自殺者を清算しながら電話で未来の自殺者を生産する。まるでコンベア式の自殺工場だ。

「ちなみにだけど、妹ももう隣で死んでるんだよねー」
「じゃあ死体袋が一つ足りないな。立夏は気を利かせて三つ取ってきてくれると思うが、四人目のお前が入る頃には満杯だ」
「ま、誤差だよ誤差。まとめて詰めてもいいしね。死体と自殺のいくつかくらい、別にどうとでもなるんだ。たかだかキャラクターが何人か自殺したところで、そんなものはストーリーを大きく動かす事態じゃないよ。人の意志なんて元からめちゃめちゃにチャンポンされてて、陰謀も絶望もなくてもサッと死んじゃうから。強い信条があって自殺する彼方の方が例外だ」
「自分が多数派かどうかなんてどうでもいい。私には私の流儀があるし、大抵の自殺者には同情しかねるというだけだ」
「じゃあもっと同情を引く動機にした方が良かったかな。いつもの敗北者たちみたいに『彼方に負けて悔しかったから死にます』ってベタに言ってみるとかね」
「気を遣わなくていい。さっき道半ばで死んだツバメたちもこれから適当に死ぬお前も、私にとっては大差のないことだ。お前たちは何もクリアしていないのだから私の眼中には入らない」
「そうかな。私的にはけっこう彼方にシンパシーあるし、似たもの同士だと思ってるけど」
「どこがだよ」

 白花の声は僅かに反響してエコーがかかって聞こえる。
 恐らく、倉庫内の狭い区画の中にでもいるのだろう。反響の様子が微妙に変化するため、白花が話しながら移動していることや並行して作業していることもすぐにわかる。電話を通じて会話内容以外の情報を得るのはファンタジスタ内の通信でも有効なテクニックで、調子が良いときは二言三言話すだけで相手の武装がわかることもある。
 実際、今だってピッピッピッという微かな電子音を彼方は聞き逃さなかった。白花は倉庫の中で何かのパネルでも操作しているのかもしれない。電子化が進む昨今、大抵のものには電子制御用のタッチパネルが付いている。

「そりゃ似てるのは、現実とゲームの区別が付いてないところだね」
「それはお前だけだろう。お前はゲームでもリアルでも気紛れで適当に死ねるが、私は高校選手権を優勝したくらいで死ぬつもりはない。まだ人生をクリアしたとは思っていないからだ」
「それって人生をクリアしたら死ねるってことじゃん? そもそも現実とゲームに同じ死生観を適用してる時点でもう同類なんだよね。ゲームみたいに現実で死ぬ私も、現実みたいにゲームで死ぬ彼方も、ベクトルが反転してるだけでやってることは同じ。そんなの試してみればすぐにわかるよ」
「試す?」
「一度くらいはリアルで勝負してみないかってこと。ゲームみたいにさ!」
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最強ゲーマー女子高生による終末系百合ライトノベル。#毎日19時更新 #完結保証 #全話AI挿絵付き #ゲーマゲ
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