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第6章 蛞蝓より粘着質な貴女
第21話:蛞蝓より粘着質な貴女・4
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しかし、白花が黙っていても誰も口を開かずに沈黙が流れるだけだった。
諦めて答えを口にする。
「客観的な体系化のこと?」
「素晴らしい、大正解。白花氏、ひょっとして科学哲学とかやってたり?」
「いや、宗教学で。後輩が卒論でフレイザー書いたのを手伝ったから」
「それはよく知らないや。ちょっと説明してよ」
「えーと、なんか未開の部族とかがよくやってる雨ごいみたいな呪術は、実は科学の前段階なんじゃないかって話。例えば、雨を降らせたいとき、呪術では太鼓を叩いて、科学ではヨウ化銀を撒くけど、どっちも『これをすれば雨が降る』っていう法則ベースでやってるのは同じようなもんだよねっていう」
「そうそう、呪術でも科学でも、いつでもどこでも妥当する汎用的な論理体系の存在が暗黙の前提になっているのだ。例えば物理法則は人や時代によって変動しないから、マクスウェルが実験してもニュートンが実験しても結果は変わらないはず。ところが、君たちアンダーはその大前提に従わないのだ。黒華氏のスキルと白花氏のスキルは全く違うルールに従っているとしか考えられないし、それは時間や気分によっても違ってくる。そうなってくると、せいぜいスキルのカタログを作るくらいしかやることがなくなってしまうんだよ。つまり、ブラウが科学研究を受け付けない最大の理由は現象が属人的であることなのだ」
サークロのような、素人に自分の研究の話をするのが大好きなタイプの学者に対して相槌として話を要約してしまうのは悪手だ。
何故なら、ちょっとした誤りを厳密に訂正されて会話が無駄に長引くからだ。白花はそれを大学のゼミで学んでいたはずなのに、つい口を滑らせた。
「えーと、つまり、人の意志が関与する物理現象は科学的でないってことかな」
「あ~、ごめん、それはちょっと違う。私の説明が悪かったね。意志の力で物を動かしたりすること自体は、やろうと思えばインタポレーションの前でもできたよ。もちろんオカルトじゃなくて物理学の範疇でね。人間が頭を働かせると脳内の電磁場が変化して頭蓋外部に染み出してくる磁場の変化を観測できるから、それをアクチュエータに繋げて連動させることは原理的には可能だったよ。心身一元論が正しいかどうかは棚に上げておくとしても、人の意志と脳の発火にはかなりの相関関係があることくらいは認めてもいいだろうしね。だから、『念じて物を動かす』は脳科学と電磁気学の範疇でも理論上は実現できるし、本当の問題じゃないよ。真の問題は、それに倣って場という言い方をするなら、どうも属人場があるっぽいことなのね。これは私の仮説で、今の段階では属人場が実在するというよりはそれを想定した方が建設的というくらいのことなんだけど、とにかく個々人に固有の場があるような気がしているのだ。白花場とか黒華場みたいなものがあって、そこでしか通用しないローカルな方程式があるっていうイメージだね。もちろんそれだけだとスキルのカタログが場のカタログに変わるだけで何にもならないから、その上位にメタ場があるかどうかが最大の争点だよね。その場合は通常の物理空間、つまり三次元ユークリッド空間において、ブラウが存在する質点ごとに更に畳み込まれるような形でそれぞれ異なる場を内包した下位場が点在するっていうイメージがとりあえずの叩き台かな。私はやっぱり最終的にはいつでもどこでも妥当する法則を見つける方向に向かいたいんだけど、そういう理学的な研究には自衛隊からの予算が下りにくいから、それはいつか達成したい最終目標ということで、この話は一旦忘れてもらって……」
サークロの長台詞はもはや白花の頭にほとんど入っていなかった。
専門的な話をされている割に、頑張って理解するほどの興味が無いからだ。せめて何か重要そうなフレーズが出てきたらキャッチするくらいの構えはあるのだが、全て右から左に抜けていく。
辛うじて捕まえたのは、「この話は一旦忘れてもらって」というフレーズだった。それに従い、ここまでの話を聞いた上で全て忘れたことにする。決して最初から聞いていなかったわけではない。
「……それよりも誰か特定の法則を詳しく掘り下げて、それを何に使えるか考えるっていう工学的な方向性でやってくれって言われてるのね。すぐに役に立つのは明らかにそっちだから、出資者としては妥当な要求ではあるけどね。とはいえ、特殊法則の知見を蓄積していけばいつかは普遍法則に辿り着くかもしれないし、結局のところ普遍法則を見つける手続きは特殊法則を積み重ねることだから、別に私もそれでいいかなと思ってるよ。ああ、これでようやく最初の質問に戻ってこられる!」
「え、最初の質問って何だっけ?」
サークロに聞くと同じ話をもう一周されそうだったので、白花はジュリエットに小声で聴いた。ジュリエットも囁き声で答える。
「恐らく、白花様が仰った、何故国は研究者を囲い込んで隠蔽しないのかという質問で御座います」
人が喋っている前でコソコソ話すのはやや失礼だが、この手のマシンガントーカーはひたすら自分が喋りたいことを喋っているだけなので、相手があまり真面目に聞いていなくても特に機嫌を損ねたりはしない。
実際、もう完全に興味を失っている遊希は紫と一緒にテーブルに積んである資料を探索しているが、サークロはそれを気にする様子もなく長台詞を再開する。
「だから、研究のサンプルは奇形以外の異常なスキルを持つブラウであるのが前提条件ね。その辺をブラブラ歩いてるだけのつまらないブラウはもう研究する意味が無いわけ。でもそうなってくると、今度はサンプルをどう捕まえるのかっていう問題になってくるのよ。管理局の人権派政策によって追いやられたアンダーはまとまって一つの巨大なアンダーグラウンドを作ってしまって、向こうからしたら公権力には協力する義理なんてないわけね。まともなやつはまともな世界へ、異常なやつは異常な世界へっていう二極化が裏目に出てるのよ。研究としては、もはや社会調査というか、エスノグラフィー的な手続きの問題になってくると言ってもいいかな。こうなってくると、元々アンダーと繋がりのあるアンダーの研究者を呼び寄せて、設備の提供や安全の保障と引き換えに、個人的な人脈でサンプルを収集してもらうくらいしかなくなるんだ。つまりね、私があくまでもアンダーとして、アンダーの皆さんと仲良くやっているのに便乗するわけ。だから私を完全に囲い込むとそういう人脈も切れちゃって本末転倒なのだ。アンダーの連中だって私のバックに国がいるのは知ってるけど、知りたいことがあったら私に聞きに来て情報を交換するような感じで役立ててるよ。実際、今まさに白花氏がここにいるのもそういう理由だもんね。私は研究が進められて嬉しい、アンダーの皆も研究機関を利用できて嬉しい、自衛隊も国防に必要な情報を集められて嬉しいっていう、ウィンウィンウィンの関係があるのだ。これを維持するためには、ゆる~い結びつきを適当に守っておくしかないってことなのよ。だからこんな場所に研究所があるのは大衆の皆さんへのポーズじゃなくてアンダーへのポーズと言った方が正しいのだ。はい、最初の疑問の答えはこれで全部ね。それじゃ本題に入ろっか」
今までの話は全部脱線だったのか、という突っ込みを白花は飲み込んだ。
迂闊に白花が口にしてしまった疑問に延々と答えてくれていたわけで、いくらお話が長いとはいえ、それを責めるのは筋違いだ。
白花はもうなるべく口を閉じていようと心に決めた。その固い意志を知ってか知らずか、後の会話はジュリエットが引き継いだ。
「わたくしからは白花様の心臓を中心とした身体検査と、明朝までの宿泊をお願いしたいと思っております。データは全て提供致しますので、それを交換条件として如何でしょうか」
「ああ、心臓抜いたんだよね~、ドゥイッターで見たよ。こっちから追加の条件、白花氏から摘出した心臓の方を調べさせてもらってもいいかな」
「大変申し訳ありませんが、その条件は受けかねます。心臓は殺害依頼を遂行した証としてプロトコルに従って処理してありますので、今から手を加えることは殺し屋としての信用に関わります」
「私としては一番クリティカルなのは心臓なんだけどな~。ていうか、それってたぶん白花氏の代替命だよね。ダメ元で一応聞くけど、私が持ってる人魚の代替命とのトレードって受けるわけないよね?」
「ええ、論外で御座います。わたくしの最優先事項は依頼の遂行ですので、どんなに希少な代替命であろうと交換は受けかねます」
「う~ん、しょうがないか~。じゃあデータだけでいいよ。正直言うと、身体検査なんてこっちからお願いしたいくらいだからね。泊まっていくのも全然オッケー、部屋はたくさん余ってるし、寝袋とかカップ麺もいくらでも使っていいよ。自衛隊への電話一本でだいたいのものは届けてくれるけど、他に何か欲しいものとかある?」
「バーベキューとキャンプファイヤーがしたいのです」
デスクから戻ってきた遊希が口を出してくる。
ここを山奥のペンションか何かと勘違いしているのではないかと思ったが、サークロも身を乗り出してそれに応じる。
「お、それいいね。まだ昼だし、明日まで暇だもんね。その辺に川もあるから釣り道具とかも聞いてみようか」
「じゃあ、釣り竿とバケツとミミズと……」
そんなことより、白花は話の中で出てきた「代替命」とは何なのかを聞くかどうか迷う。
元はと言えば、代替命というワードは黒華が殺害依頼の際に口にしたものだ。白花を殺害した者には報酬として黒華が持つ代替命を提供するとのことで、ジュリエットも代替命を求めて依頼を受けたのだ。
今まで代替命とは何かただ一つのアイテムを指す固有名詞だと思っていたのだが、ジュリエットとサークロの会話から察するに、どうやらいくつも存在するアイテムの総称らしい。黒華の代替命の他にも人魚の代替命があり、しかも白花の心臓も代替命らしいと言う。
疑問は次々に湧いてくるが、今ここでそれを口に出してしまったらサークロが嬉々として長すぎる説明を開始するだろう。サークロは仮にも研究者なので正確な情報を教えてくれるのだろうが、本で読むならともかく、口頭で聞かされるのはなかなか辛いものがある。
ジュリエットも代替命について普通に話をしていたあたり、ひょっとしたらアンダーグラウンドでは常識なのかもしれない。とりあえずサークロがいない場所でサークロ以外に聞いて、それでもわからなければ改めてサークロに聞こう。白花はそう決めて、楽しそうに相談する遊希とサークロを黙って見守ることにした。
諦めて答えを口にする。
「客観的な体系化のこと?」
「素晴らしい、大正解。白花氏、ひょっとして科学哲学とかやってたり?」
「いや、宗教学で。後輩が卒論でフレイザー書いたのを手伝ったから」
「それはよく知らないや。ちょっと説明してよ」
「えーと、なんか未開の部族とかがよくやってる雨ごいみたいな呪術は、実は科学の前段階なんじゃないかって話。例えば、雨を降らせたいとき、呪術では太鼓を叩いて、科学ではヨウ化銀を撒くけど、どっちも『これをすれば雨が降る』っていう法則ベースでやってるのは同じようなもんだよねっていう」
「そうそう、呪術でも科学でも、いつでもどこでも妥当する汎用的な論理体系の存在が暗黙の前提になっているのだ。例えば物理法則は人や時代によって変動しないから、マクスウェルが実験してもニュートンが実験しても結果は変わらないはず。ところが、君たちアンダーはその大前提に従わないのだ。黒華氏のスキルと白花氏のスキルは全く違うルールに従っているとしか考えられないし、それは時間や気分によっても違ってくる。そうなってくると、せいぜいスキルのカタログを作るくらいしかやることがなくなってしまうんだよ。つまり、ブラウが科学研究を受け付けない最大の理由は現象が属人的であることなのだ」
サークロのような、素人に自分の研究の話をするのが大好きなタイプの学者に対して相槌として話を要約してしまうのは悪手だ。
何故なら、ちょっとした誤りを厳密に訂正されて会話が無駄に長引くからだ。白花はそれを大学のゼミで学んでいたはずなのに、つい口を滑らせた。
「えーと、つまり、人の意志が関与する物理現象は科学的でないってことかな」
「あ~、ごめん、それはちょっと違う。私の説明が悪かったね。意志の力で物を動かしたりすること自体は、やろうと思えばインタポレーションの前でもできたよ。もちろんオカルトじゃなくて物理学の範疇でね。人間が頭を働かせると脳内の電磁場が変化して頭蓋外部に染み出してくる磁場の変化を観測できるから、それをアクチュエータに繋げて連動させることは原理的には可能だったよ。心身一元論が正しいかどうかは棚に上げておくとしても、人の意志と脳の発火にはかなりの相関関係があることくらいは認めてもいいだろうしね。だから、『念じて物を動かす』は脳科学と電磁気学の範疇でも理論上は実現できるし、本当の問題じゃないよ。真の問題は、それに倣って場という言い方をするなら、どうも属人場があるっぽいことなのね。これは私の仮説で、今の段階では属人場が実在するというよりはそれを想定した方が建設的というくらいのことなんだけど、とにかく個々人に固有の場があるような気がしているのだ。白花場とか黒華場みたいなものがあって、そこでしか通用しないローカルな方程式があるっていうイメージだね。もちろんそれだけだとスキルのカタログが場のカタログに変わるだけで何にもならないから、その上位にメタ場があるかどうかが最大の争点だよね。その場合は通常の物理空間、つまり三次元ユークリッド空間において、ブラウが存在する質点ごとに更に畳み込まれるような形でそれぞれ異なる場を内包した下位場が点在するっていうイメージがとりあえずの叩き台かな。私はやっぱり最終的にはいつでもどこでも妥当する法則を見つける方向に向かいたいんだけど、そういう理学的な研究には自衛隊からの予算が下りにくいから、それはいつか達成したい最終目標ということで、この話は一旦忘れてもらって……」
サークロの長台詞はもはや白花の頭にほとんど入っていなかった。
専門的な話をされている割に、頑張って理解するほどの興味が無いからだ。せめて何か重要そうなフレーズが出てきたらキャッチするくらいの構えはあるのだが、全て右から左に抜けていく。
辛うじて捕まえたのは、「この話は一旦忘れてもらって」というフレーズだった。それに従い、ここまでの話を聞いた上で全て忘れたことにする。決して最初から聞いていなかったわけではない。
「……それよりも誰か特定の法則を詳しく掘り下げて、それを何に使えるか考えるっていう工学的な方向性でやってくれって言われてるのね。すぐに役に立つのは明らかにそっちだから、出資者としては妥当な要求ではあるけどね。とはいえ、特殊法則の知見を蓄積していけばいつかは普遍法則に辿り着くかもしれないし、結局のところ普遍法則を見つける手続きは特殊法則を積み重ねることだから、別に私もそれでいいかなと思ってるよ。ああ、これでようやく最初の質問に戻ってこられる!」
「え、最初の質問って何だっけ?」
サークロに聞くと同じ話をもう一周されそうだったので、白花はジュリエットに小声で聴いた。ジュリエットも囁き声で答える。
「恐らく、白花様が仰った、何故国は研究者を囲い込んで隠蔽しないのかという質問で御座います」
人が喋っている前でコソコソ話すのはやや失礼だが、この手のマシンガントーカーはひたすら自分が喋りたいことを喋っているだけなので、相手があまり真面目に聞いていなくても特に機嫌を損ねたりはしない。
実際、もう完全に興味を失っている遊希は紫と一緒にテーブルに積んである資料を探索しているが、サークロはそれを気にする様子もなく長台詞を再開する。
「だから、研究のサンプルは奇形以外の異常なスキルを持つブラウであるのが前提条件ね。その辺をブラブラ歩いてるだけのつまらないブラウはもう研究する意味が無いわけ。でもそうなってくると、今度はサンプルをどう捕まえるのかっていう問題になってくるのよ。管理局の人権派政策によって追いやられたアンダーはまとまって一つの巨大なアンダーグラウンドを作ってしまって、向こうからしたら公権力には協力する義理なんてないわけね。まともなやつはまともな世界へ、異常なやつは異常な世界へっていう二極化が裏目に出てるのよ。研究としては、もはや社会調査というか、エスノグラフィー的な手続きの問題になってくると言ってもいいかな。こうなってくると、元々アンダーと繋がりのあるアンダーの研究者を呼び寄せて、設備の提供や安全の保障と引き換えに、個人的な人脈でサンプルを収集してもらうくらいしかなくなるんだ。つまりね、私があくまでもアンダーとして、アンダーの皆さんと仲良くやっているのに便乗するわけ。だから私を完全に囲い込むとそういう人脈も切れちゃって本末転倒なのだ。アンダーの連中だって私のバックに国がいるのは知ってるけど、知りたいことがあったら私に聞きに来て情報を交換するような感じで役立ててるよ。実際、今まさに白花氏がここにいるのもそういう理由だもんね。私は研究が進められて嬉しい、アンダーの皆も研究機関を利用できて嬉しい、自衛隊も国防に必要な情報を集められて嬉しいっていう、ウィンウィンウィンの関係があるのだ。これを維持するためには、ゆる~い結びつきを適当に守っておくしかないってことなのよ。だからこんな場所に研究所があるのは大衆の皆さんへのポーズじゃなくてアンダーへのポーズと言った方が正しいのだ。はい、最初の疑問の答えはこれで全部ね。それじゃ本題に入ろっか」
今までの話は全部脱線だったのか、という突っ込みを白花は飲み込んだ。
迂闊に白花が口にしてしまった疑問に延々と答えてくれていたわけで、いくらお話が長いとはいえ、それを責めるのは筋違いだ。
白花はもうなるべく口を閉じていようと心に決めた。その固い意志を知ってか知らずか、後の会話はジュリエットが引き継いだ。
「わたくしからは白花様の心臓を中心とした身体検査と、明朝までの宿泊をお願いしたいと思っております。データは全て提供致しますので、それを交換条件として如何でしょうか」
「ああ、心臓抜いたんだよね~、ドゥイッターで見たよ。こっちから追加の条件、白花氏から摘出した心臓の方を調べさせてもらってもいいかな」
「大変申し訳ありませんが、その条件は受けかねます。心臓は殺害依頼を遂行した証としてプロトコルに従って処理してありますので、今から手を加えることは殺し屋としての信用に関わります」
「私としては一番クリティカルなのは心臓なんだけどな~。ていうか、それってたぶん白花氏の代替命だよね。ダメ元で一応聞くけど、私が持ってる人魚の代替命とのトレードって受けるわけないよね?」
「ええ、論外で御座います。わたくしの最優先事項は依頼の遂行ですので、どんなに希少な代替命であろうと交換は受けかねます」
「う~ん、しょうがないか~。じゃあデータだけでいいよ。正直言うと、身体検査なんてこっちからお願いしたいくらいだからね。泊まっていくのも全然オッケー、部屋はたくさん余ってるし、寝袋とかカップ麺もいくらでも使っていいよ。自衛隊への電話一本でだいたいのものは届けてくれるけど、他に何か欲しいものとかある?」
「バーベキューとキャンプファイヤーがしたいのです」
デスクから戻ってきた遊希が口を出してくる。
ここを山奥のペンションか何かと勘違いしているのではないかと思ったが、サークロも身を乗り出してそれに応じる。
「お、それいいね。まだ昼だし、明日まで暇だもんね。その辺に川もあるから釣り道具とかも聞いてみようか」
「じゃあ、釣り竿とバケツとミミズと……」
そんなことより、白花は話の中で出てきた「代替命」とは何なのかを聞くかどうか迷う。
元はと言えば、代替命というワードは黒華が殺害依頼の際に口にしたものだ。白花を殺害した者には報酬として黒華が持つ代替命を提供するとのことで、ジュリエットも代替命を求めて依頼を受けたのだ。
今まで代替命とは何かただ一つのアイテムを指す固有名詞だと思っていたのだが、ジュリエットとサークロの会話から察するに、どうやらいくつも存在するアイテムの総称らしい。黒華の代替命の他にも人魚の代替命があり、しかも白花の心臓も代替命らしいと言う。
疑問は次々に湧いてくるが、今ここでそれを口に出してしまったらサークロが嬉々として長すぎる説明を開始するだろう。サークロは仮にも研究者なので正確な情報を教えてくれるのだろうが、本で読むならともかく、口頭で聞かされるのはなかなか辛いものがある。
ジュリエットも代替命について普通に話をしていたあたり、ひょっとしたらアンダーグラウンドでは常識なのかもしれない。とりあえずサークロがいない場所でサークロ以外に聞いて、それでもわからなければ改めてサークロに聞こう。白花はそう決めて、楽しそうに相談する遊希とサークロを黙って見守ることにした。
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