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第1章 幕ノ内弁当に蛆虫を添えて
第1話:幕ノ内弁当に蛆虫を添えて・1
しおりを挟むバイトが終わって、いつも通りにドアを開けようとして、鍵が掛かっていることに気がつく。
──あ…。
そういや姉ちゃん、今日は彼氏の家にお泊りなんだっけ。
すっかり忘れていた。
今日は家に誰も居ないのか……。
首の後ろを掻いた後、鞄の中から鍵を取り出してドアを開けると、明かりの消えた玄関が目に入った。
いつも点いている電気がないってだけで、部屋が何だか寒々しい。
会社関係で用事がない限りは、姉ちゃんが家に居るのが当たり前の生活だったもんな。
「たっだいまー」
壁のスイッチを押して電気を点けた後に、テレビの電源も入れた。
自分以外の声が聞こえるってだけで、ちょっとホッとする。
テレビの音に耳を傾けながら、帰りがけに渡された惣菜の残りを冷蔵庫にしまいこんだ。
明日の朝はこれを食べればいいかな。
夕飯は昨日のうちに姉ちゃんがカレーを作ってくれていたので、それを温めて食べることにした。
いつもは食卓でご飯を食べるけれど、ソファ前のローテーブルに胡座をかきながら、深皿によそったカレーをつつく。
テレビではバラエティーの賑やかな笑い声が聞こえてくるのに、部屋の寒々しさが消えない。
はぁ、と思わず溜息がこぼれた。
自分から姉ちゃんに『これからは気兼ねなく、彼氏の家に泊まりに行って来い』なんてデカイ口を叩いたくせに、いざ居ないとなると一人の空間が寂しくて堪らねぇ。
両親が家から出て行った時は、全然平気だったんだけどな。
なのに姉ちゃんが家を留守にするってだけで、こんなにダメージがあるのかよ。
「……子供か俺は」
自分でも呆れてしまう。
思っていた以上に、俺って寂しがり屋だったんだな。
高校生にもなってみっともないとは思うけど、一人の空間が耐えられない。
一度でも泊まりに行けば、これからはちょくちょく姉ちゃんの外泊も増えていくだろうに、今からこんなんで大丈夫か俺……。
気持ち的には「気兼ねなく泊まりに行ってこいよ」って姉ちゃんには笑って言ってやりたいのに、本心はずっと家に居てほしいって思ってしまう。
想像以上の依存具合に、ちょっと自分でも引いた。
(あーダメダメ! 俺が姉ちゃんの足を引っ張ってどうすんだよ! 邪魔したいわけじゃねーんだって!)
首を左右に振って、寂しがる気持ちを振り払う。
カレーをとりあえず胃袋に詰め込むと、気分を変えるためにも、シャワーを浴びる事にした。
◆◆◆
どうせ一人なんだし良いだろと、風呂上がりにパンツ一枚という姿で、ソファに座りながら髪を乾かしてやった。
姉ちゃんがいる時は、この姿で部屋をうろつくことは許されていない。
うっかりやろうものなら、怒りの鉄槌が頭に飛んでくる。
弟の半裸さえ許さないってどんだけだよと思うけど、彼氏相手にも同じことしてんのかな?
いつもの癖で、反射的に殴ってなきゃいいけど。
──…まぁいいや。
今日は姉ちゃんがいたら、絶対出来ないことをしてやると決めたのだ。
思いっきり一人を満喫してやる!
そしてそのための第一歩として、パンイチで過ごしてやると決めた!
うん、快適快適。だから寂しくないない。
適当に髪が乾いた所でドライヤーを仕舞うと、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して一口飲む。
気持ちを切り替えたら、何だかスッキリした。
姉ちゃんがいないのはまだ慣れねーけど、今日の俺には癒やしがあるし。
へへっ。アレの存在を思い浮かべるだけで、顔が緩まってきた。
バイトの疲れもきれいに吹っ飛ぶ。
居間の電気を消して自分の部屋に入ると、悠から渡された紙袋を手にとった。
(お疲れ俺!そしてありがとう悠! 俺はこれに癒やされる!!)
紙袋と一緒にベッドに飛び乗ると、ドキドキしながら圧縮袋の口を開けた。
ふわりと漂ってくる悠の香り。
(はぁあ……)
すっっげーいい匂い!!
好き。ホント好き……っ。
何でこんなに良い匂いなんだろ。
なんかもう嗅ぐだけで胸がキュッとなってくる。
Ω性は呪いでしかないけど、β性になってこの匂いが分らなくなるのは嫌かも。
しばらく中の香りを楽しむように、うっとりと目を閉じる。
出すのがもったいなく感じるけど、思い切って袋の中身を取り出した。
「うゎ、すげー!」
思わず感動に胸が震える。
本当にリクエスト通りのものが入っていて、嬉しさと興奮が抑えきれねぇ!
(欲しいものがもらえるって……最高すぎ!!)
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