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15. ザ・キッズ
しおりを挟むリトルトーキョーには当然職安なんてない。 ここは町ではなく、商店街だ。 ここでのほとんどのことは人伝てで決まる。 そういう場所で一度悪い評判が立つとおそらく2度と仕事につくことはできない。
……なるほど。
ただし、商店街にも寄り合いみたいなものがあって、そこの偉いひとなら多少の融通が効くはず。 仕事が欲しいなら、そのひとに会いに行くべき。
……もっともだ。 年上のひとの話は聞いてみるものだ。
ビザ更新失敗で不法滞在確定。 金もなく来週からホームレス。 こんだけ追い詰められるとなりふり構ってられない。 土下座でもなんでもさせて頂きます、という気持ちにもなる。
と、言うわけでやって来た。 商店街の偉いひとのところへ。 朴さんが一応話を通しておいてくれると言う。 不思議なひとだ。 そんな伝手があるなんて。
部屋に通してもらえたはいいが、この人はさっきからずっと俺に背を向けて電話してる。 俺はドアの近くでずっと立っている。 もう5分以上はこうしてジッと立っている。
部屋はそう広くはない。 ドアを開けると部屋と調和の取れない大きな黒の皮張りのソファが半ば入室を拒むように配置されており、その奥に机がある。 その後ろには神棚があり提灯が三つ四つ並んで飾ってある。 俺を緊張させるには十分な雰囲気だ。
「はいはい、そら~もうわかってまんがな。 はい、ほなそういうことで」
ようやく受話器を置いたおっさんは、机に両肘をつき両手を組んでメガネを下にずらしたまま上目で俺を睨むように見た。 まんまヤクザだ。
「ほんで? なんやジブン、仕事探してるんやて?」
「はい。 よろしくお願いします。」俺はソファの後ろに立ったまま頭を下げた。
「アホお、そんな簡単にいくか。 ワシ知っとんねんで。 ジブン、この界隈の日本人の間でなんて言われているか知ってるか?」
俺は首を横に振る。
「ツレおるやろ? 背の小さい。 ジブンら2人悪目立ちしとんねん。 『少年』って呼ばれとるで。 なんや日本人の少年ギャングみたいなんおる、言うて。 ほんでジブンはこの前派手にケンカしとったろ」
頷くというよりうつむいた。 やっぱりそういう話が広まっていたのか。 仕事にありつけないわけだ。 自分は悪くないと言うかどうか一瞬迷ったがやめた。 ケンカをした事実を言われているのであって、その原因は聞かれてない。 それに思い返してみればもともとは俺に原因があったと言えなくもない。
「クソ生意気そうなツラしとるで、ホンマ。 まあええ。 過ぎたことギャーギャー言うつもりはない。 そやけど、ジブン何しとんや、ここLAで。 いくつや歳は?」
俺は正直に歳を言い、高校の時起きた事件を除いてここに来たいきさつを話した。 自立したくて面倒見てくれた人の家を出た。 自分でやれるとこまでやってみたいと思った。 しかし世の中甘くないことを思い知った。 大人になった気でいたが自分はまだ子供だということも思い知った。 そういう気持ちになった時には時既に遅く、何処も俺を雇ってくれない。 心を入れ替える。 とにかく自分が何者かわからないまま日本には帰れない。 もう一度チャンスが欲しい。 そういう事を話した。
おっさんは黙って俺の話を聞いてくれた。 借り物の言葉ではなく自分の言葉で話せた。 自分でもビックリするぐらいスラスラ言葉が出てきた。
おっさんはソファに座りタバコに火をつけた。 そのままジッと俺の目を睨んだ。 俺の喉はカラカラだ。 しかし手応えのようなものは感じており、睨まれても目を逸らしたりしない。
「近頃は目的もなくええ歳してふら~と流れてくる輩が多いからな。 ジブンもそのクチかと思てんけどな。」 おっさんはタバコの煙と言葉を同時に吐き出した。 「しかしジブンホンマまだ18か? そんなヤツおらんで他に。」
俺は頷く。 おっさんは横に顔をそらし、少し考えてからこう言った。
「わかった。 今回だけは面倒みたろ。 心当たりの店に話つけといたる。 ただし、今度面倒起こしたらもうあかんで。 ジブンが何者かなんてよう知らん。 今度問題起こしたらさっさと日本に帰って母ちゃんの乳でも吸うとれ。 ええか?」
「はい、ありがとうございます」 俺は深々と礼をした。
※
こうして俺は人生最大の危機をなんとか回避することが出来た。 もちろん、商店会会長を紹介してくれた朴さんにはすぐに礼を言った。 朴さんは、紹介しただけで何もしてない、と言ったが、あらかじめしっかりと会長に話を通しておいてくれていた事は明らかだ。 それを、俺は何もしてない、という。 カッコいい。 俺もいつの日かこうありたい。
それまでろくな大人を見てこなかった。 特に中学、高校の教員なんて最悪だ。 長く生きている事だけで威張り散らし、自分の価値観を押し付け、都合の悪い事には蓋をする。 「まったく、今どきの若いものは」と俺達を悪者にする事でしか自分を正当化することができない。 常に自分より下のものの中に身を置くことで安心して自己肯定しているんだ。 努力をしない生物、それが大人だと思い込んできた。
ここに来て大人にもいろいろいるとわかった。 いろんな人のいろんなカッコいいところを真似すればいい。 学校を飛び出して、いろんなカッコいい人に出会えた。 よかったと思う。 俺は間違った選択はしてない。
いろいろ心配してくれたロイにも礼を言っとこうと思い、今からウェラコートで会う約束をしている。 俺は待ち合わせには必ず5分前には行く。 自分が待つのは構わないが、待たせるのは嫌だ。
ロイは約束の時間から10分ぐらい遅れて登場した。 エレンと一緒だ。 リツーチンもいる。 へえ、そういう事?
How’s it going.
ロイとはいつものシェイクハンド。 普通に握手をしてお互いの親指の付け根を軸に上向きに変え、ガッチリと腕相撲のような形にし、そのままお互いの体を引き寄せ相手の背中をポンポンと叩く。 最後に拳を合わせて後ろに引くと同時に拳を開き、Boomと口で言う。 俺は東洋人のエレンやリツーチンとはハグはしない。
ロイは彼女達に気づかれないように日本語で俺に耳打ちした。 「キノウ、エレン、・・・シマシタ」と言って親指を人差し指と中指の間に出したグーを俺に見せた。 嬉しそうな顔。 そんな指サイン、俺教えたっけ? 思わず爆笑してしまい、エレン達に何よ~あんた達、気持ち悪い、と言われた。
「あ、そうそう。 あんた達、先に言っておくけどね」と、リツーチン。
「何?」
「あのマークとかいうディック野郎は私に近づけないで。 最悪よ、彼。」
俺はロイと顔を見合わせて、肩をすくめた。
今日は久しぶりに楽しい日になりそうだ。
終わり
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