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14. アイデンティティ
しおりを挟むロサンゼルスのリトルトーキョーは日本ブームに乗って賑やかさを増しているように感じる。 ヤオハンという大きなショッピングセンターも出来たし、週末にはメインストリートにあたるジャパニーズビレッジプラザには多くのアメリカ人を見かけるようになった。
歩いていると、忍術を習える場所はこの辺にないか?とか聞かれたりする。 さっきなんかメンズタビは何処で買えるか、と聞かれた。 メンズ(男性用) タビ(足袋)。 最初ナニ聞かれてるかわからなかった。 あの忍者映画のせいで変なファッションが流行っているらしい。 ジーパンに地下足袋というなんとも奇妙な格好で散策している白人も見かける。 こんな間抜けな格好も、金髪でちょいイケてる有名人が雑誌やテレビで披露すればたちまち流行るのだからチョロい世の中だ。
で、俺はそのチョロい世の中で飯も食えないし来週から寝泊まりするところもない。 仕事を探してくまなく歩き回ったが今のところ成果なし。 疲れた。 腹減った。 俺は広場のベンチに腰を下ろしひと休みすることにした。
ああ、サニーズのテリヤキビーフサンドイッチが食べたい。 サニーズはリトルトーキョーのメインストリートからはちょっと外れたところにある小さな日系人のハンバーガーとサンドイッチのお店だ。 テリヤキをサンドイッチに挟むなんて天才的だ。 あんなうまいものを発明するなんてやはり日本人はすごい。 あそこのサンドイッチはもっとアメリカ社会に評価されるべきだと思う。 地下足袋がファッションとして評価されて、テリヤキがまだ評価されてないのはどう考えてもおかしい。
待てよ。 テリヤキと忍者の組み合わせはヒットするんじゃないか? あのごく普通なペプシの看板が出てるだけのお店をちょっと日本風に改装して、俺が忍者の格好してくるくるとバク転とかしながらオーダー取ったりして。 いつもお店に出てるあの日系3世らしき女の子にも“くの一”の格好してもらうのもいいな。 あの娘、公開されたばかりの『カラテキッド2』に出てくる沖縄の女の子に少し似て可愛いから。 そして口コミで徐々に有名になり、テレビとか雑誌の取材も来てお店が大きくなる。 お店の主人は俺に感謝し、ぜひ娘と結婚してこの店を継いでくれ、とかなんとか言っちゃったりなんかして・・・、それで俺は愛する妻と毎日大好きなテリヤキビーフサンドイッチを食べて幸せに暮らすのでした・・・。
また妄想癖が暴走しかけてる。 口の中にジュワーっと唾が出てきた。 妄想じゃ腹は満たされない。 俺はジーンズのポケットの小銭を数え、ため息を漏らす。 腹が減ると気力がなくなる。 人間、極限まで腹が減ると最後の力が出てくるものなのだろうか。 でもその時になって出てくる力は、行使してしまうとおそらく刑務所行きになる類いのものだろう。 そうなる前になんとかしなきゃ。
「ケイじゃないか。 おまえナニしてる。」
突然声をかけられた。 朴さんだ。
朴さんは、以前学校で一緒のクラスだった50代後半か60代の韓国人。 日本語がペラペラ。 よくは知らないが、この年代の韓国人は日本語が話せる人が多いらしい。 多少のクセというか訛りがあるが、ほぼ完璧な日本語を喋るので、最初は日本人と思ったぐらい。
朴さんは日本にもよくいる典型的頑固爺さんだ。 俺が以前学校でタンクトップを着ていただけで叱られたことがある。 「なんだその格好は。 ちゃんとした服を着ろ。 我々東洋人は礼儀が命ぞ」 だって。 まあ要はちょっと苦手なタイプ。 小学生の時によく叩かれて大嫌いだった兵隊上がりのお爺さん先生に少し似ている。
「こんにちは。 お久しぶりです。」 俺は一応吸っていたタバコを消して立ち上がって挨拶した。 大人の対応。 俺はメキシコ行きの件で自分はまだ無力なガキであると認識し、大人になる努力をすることに決めた。
「おまえ、学校辞めたな。 今ナニしてる?」
いや、ナニしてるって、答えづらい。 頭を掻いてバツ悪そうにする。 なんでバツが悪いと頭を掻くのだろう。 別に痒いわけでもないのだが。
「うん? 髪の毛切ったな。 その方がいいぞ。 だけど顔が悪い。 ちゃんと食べてるか?」
朴さん、『顔が悪い』じゃなくて『顔色が悪い』だよ。 顔が悪いじゃただの悪口。
俺は金髪に染めていた髪はスッキリと切っていた。 そうしないとリトルトーキョーでは仕事は貰えない。 俺は少し照れながらまた頭を掻く。 こういう時、大人ならちゃんと受け答えしないとな。
少しの間立ち話をした。 学校の様子とか、聞いてみた。 朴さんは日本語は上手いが英語はからっきし上達しない。 万年最下位レベルのクラスで、入ったばかりの俺に3か月で抜かされてる。 歳をとってからじゃやはり難しいのかな。
朴さんはこれから家に来いという。 飯を食わせてくれるという。 俺はこの人苦手だけど背に腹はかえられぬ。 まずは腹ごしらえだ。 俺はホイホイついて行くことにした。
※
朴さんは市街地から少し離れたアパートに一人暮らしのようだ。 アパートといっても小さな庭もある。 おっさんの一人暮らしにしては小綺麗にしている。 無駄なものがなくて、スッキリした感じ。
朴さんは買い物を台所に運び込むと、米を研ぎ炊飯器のスイッチを入れ、冷蔵庫に買い物を入れた。 手際が良く、流れるような作業なので一人暮らしが長いのだろうと思わせる。 国に家族はいないのかな。 この人仕事ナニしてるんだろ。
大人の会話というのは面倒くさい。 興味が湧いてもあまり立ち入ったことを聞くのも失礼に当たりそうだ。 何か手伝うべきだろうかと思って聞いてみるが、向こうでテレビでも見てろ、という。 うーむ、やはり少し気まずい。 ので、しばらくキッチンに立って朴さんの作業を見ている。 えっと、なんか話題・・・
すると玄関の呼び鈴が鳴った。
「ケイ、出てくれ」と言われ、玄関を開けた。
「あれ、ケイちゃん」
「佐藤さん」
佐藤さんも以前学校で一緒だった人だ。 身長は俺と変わらないがものすごい体格がいい。 アメフトかラグビーの選手並みで、体重100キロは超えてそうな大巨漢だ。 玄関を塞ぐように立っていた。
「ジブン、なにしてるん? ここで」
「俺はさっき朴さんと偶然会って、飯食わしてくれるっていうから」
「せやったんか。 朴さん、お邪魔します」
佐藤さんは抱えていたクーラーボックスをキッチンに持って行く。
「おお、ジョンピル、待っておったぞ」
クーラーボックスの中は大量の肉だ。 骨つきカルビだ。
朴さん、佐藤さん、俺の3人でコリアンバーベキューが始まった。 俺は肉をハサミで切るのも金属製のご飯茶碗も箸も初めてだったが、肉がうまい。 最高にうまい。 特に骨の付いている周りの肉!
朴さんは俺にビールを勧めてくる。 俺が未成年ということは知っているはずだけど、お堅い割にこういうところはゆるいんだな。 俺は久しぶりの白い米と肉とキムチが嬉しくて嬉しくて。 酔いが回るのも早い。 さっきからうまいしか言ってない。 我ながらガキだ。
「ケイちゃん、ちょっとは遠慮しりや」と、佐藤さん。 佐藤さんは巨漢の割にめちゃ優しい性格が顔に出てるので緊張しない。 「遠慮しろ」って他の目上の人から言われると恐縮してしまうがこの人に限ってそう言うことはない。 関西アクセント(多分京都?)もいい味出してる。
「いや、構わん。 ケイは飲みっぷりも食いっぷりもいいのう。 若いもんはそうでなくちゃ、はっはっは」
朴さん、俺、朴さん好きになりそう。 今日はいい日だ。 むちゃくちゃ幸せだ。 骨つきカルビ最高。 テリヤキ目じゃない。 それにこのキムチ。 これなんでこんなにうまいの? 白メシが止まらない。 ビールが余計に食欲を増大させる。
「ほれ、ジョンピル、おまえも飲め」と朴さん。
さっきから朴さんは佐藤さんをジョンピルと呼ぶのが気になってる。 俺は佐藤さんの方を見た。
「ああ、俺、在日なんよ。 俺の本名はキム・ジョンピル。 まあ、俺自身ピンときてへんけどな」
全然知らなかった。 どうリアクションしていいかわからない。 俺の箸のスピードが少し落ちた。
「アメリカ留学決まって、パスポートやらなんやら手続きあるやろ? そん時初めて知ってん。 俺の本当の名前はキム・ジョンピルって」
衝撃的な話だ。 俺の箸は完全に止まった。 佐藤さんが俺のグラスにビールを注ぐ。 俺は箸を置いて軽く会釈し、グラスを支えた。
「もちろん、韓国語なんかひとっつもよう喋らんで。 せやのに自分のパスポートは韓国のやねん。 おもろいやろ?」
俺はグラスを口までもっていってるがモーションが止まってしまってる。
「最初は戸惑ったけどな。 自分って誰なんやろって」
「おまえはジョンピルだ。 それでいいんだ」と朴さん。
「そうです。 俺は佐藤で、同時にキムですが、それはただの名前ですよ、朴さん。 最近ようやく気づいたんです。 俺は俺やて。 これに気づけたんがアメリカ来て一番良かったことですわ。 22歳になってようやく気がつきました。」
佐藤さんの顔が少し赤い。 少し酔ったのか。 今度は俺の方を見て言う。
「ジブンかて思わへんか? リツーチンやエレンは台湾人や。 ジブンやキヨちゃんは日本人かもしれん。 だけど、みんな一緒ちゃうか? 国が違っても、違いなんて何処もあれへん」
俺は真っ直ぐ佐藤さんの目を見て大きく頷く。 頷く、そして頷く。
「違いなんて探したらぎょうさんあるやろ。 みんな違うんや。 あたりまえや。 でも、そんなん、名前や国で分けられへんやろ」
さらに頷く。 頷くことしか出来なくなってしまったようだ。 何か言いたいが、自分から出てくる言葉が陳腐過ぎることを恐れている。 これは魂の会話だ。 中身のないクソガキの俺が今何言っても失礼になる。
「なんてな。 ケイちゃん、ジブンエエ奴やな。 俺、ジブンのことなんや少し勘違いしとったわ」
やばい、目が熱くなってきた。
「俺、歌っていいですか」俺はグラスのビールを一気に飲み干して立ち上がった。 こうでもしないと本当にやばい。
「おお!いいぞ、歌え」と朴さん。
俺はそのあと何曲か知ってる歌を振り付きで歌った。 朴さんと佐藤さんは手拍子をして囃し立てた。 途中から佐藤さんも立ち上がって肩を組んで一緒に歌った。
散々飲んで、歌って、そしてソファで寝てしまった。 ガキだ、俺は。
夢を見た。 ジニーが出てきてまた俺にこう言った。 “Go back where came from”
そして俺は言い返した。”No, I won’t go back! This is my place. I ain’t got no place to go back!”.
自分の寝言にびっくりして目が覚めてしまった。 佐藤さんが言った。 「朴さん、こいつ英語で寝言言うとる。 ほんで泣いとる。」
俺は恥ずかしくてそのまま寝たふりを続けた。
つづく、
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