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大洲 桂

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12. ステイ オア リーブ

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「ハーイ、あなたは何してきたの?」

同じバスの乗客のひとり、白人のぽっちゃりした女性が俺に話しかけて来た。 集合時間にはほんの少し早いがバスに戻ってきたところ、もう既に数人の乗客が戻ってきていておしゃべりをしていた。

「いや、特に何もしてない。 君は?」 特に興味があるわけではないが、というか興味は全くないが、一応礼儀として聞き返してみた。

すると、「私はね・・」と、早口でペラペラと、どこどこへ行ってなになにをした、と詳細に話し出した。 ところが、俺はこの太った白人女性に全く興味が湧かない上、早口なので2割も内容が頭に入ってこない。 

「あなたは? 何もしてないって事ないでしょ?」

こういう会話は苦手だ。 大して興味ないのに礼儀として聞いているのだろうな、と思うと聞かれた事に対してどれだけ真面目に答えるかにも迷う。 実際俺はこの太った白人女性がこの数時間何処で何してたか、なんて1ミリも関心ない。 

しかも英語は俺の母国語じゃない。 喋るのには一定以上の脳内活動が必要だ。 ハッキリ言って面倒くさい。 頭の片隅ではそう思いながら、顔は笑顔を作る。 どういう話だったら喜ぶのかな、とも考えている。 自分のそういうところは自分で嫌いなところ5本の指に入る。 


タコス食ったけど思ったより美味しくなかった。 

でも、そこに居たメキシコ人の女の子がメチャ好みのタイプだった。

音楽が聴こえて来る店に入ったら娼婦小屋だったので逃げてきた。 

後は、ぼーっと公園で時間潰してた。


いずれの話も、初対面の女性にウケる話とは思えない。 相手が同年代の男子で、日本語だったら2番目と3番目の話を盛って話すのだろうが。


「子供達が何か売ってたわよね、あなた買った?」 俺は首を横に振る。 あの噛み終わったガムみたいなやつのことか。 一瞬その話をしようと思った。 君買ったの? あれ、いったい何? しかし、次の彼女の言葉でそれを飲み込んだ。

「買わなかったの? どうして? かわいそうじゃない」


他人への施しは傲慢な行為だと思う。 自分より弱くかわいそうなものへの施しは、与える側の自己満足でしかない。 施しを与えるなら、施しをされなくても生きていける術も一緒に与えるべきだ。 それが出来ないなら、それはただの自己満足だ。 

自分で自己満足を買うのは勝手だけど、買わなかったことを責める権利はないだろう。 俺はそもそも他人に施しをするほど金を持ってないのだ。

デブ女の慈悲の心を一方的に押し売りされた感じで少しブルーだ。







バスはLAに向けて帰路についた。

乗客の座席位置は、来た時とほぼ変わっていない。 前方にハッピー中高年夫婦達。 後方には3、4人の単身者達。 さっきのデブ女もそこにいる。

俺は、同じ後方でも、来た時に座った位置よりは少し前に座った。 なぜなら、これからが俺の旅の目的で一番重要なところだからだ。


バスは国境に到着した。 国境には渋滞時の高速道路の料金所の様な感じで車がなん列にも並んでアメリカへの入国手続きを待っている。 俺の乗るアメリカの観光バスはそれらの列に並ぶことはなく、駐車場に止まった。 少し停車するが、10分ほどで出発する。 あまり遠くに行かないように、と運転手がアナウンスした。

俺は即座にバスを降りた。 10分しかない。 急がなければ。 俺はImmigrationと書いてある事務所を探した。 そこにパスポートを提示すればアメリカ滞在期間の延長が可能なはず。

事務所はすぐに見つかった。 しかし長蛇の列だ。 事務所の出入り口から外へ、建物に沿って列はずっと伸びている。 これは想定してなかった。 

列に並ぶ人々はほぼ例外なく大荷物を持っている。 体に合わない薄汚れてくたびれたスーツを着ている者やネルシャツにストローハットという典型的なメキシコ人労働者風の男達。 小さな子供連れの家族も少なくない。 皆貧しい身なりだ。 砂埃に塗れ、浅黒い肌に跡をつける汗、疲れた目。 日を避けて建物の影に身を寄せるように行列を作っている。

国境の向こうの新天地を求めここまで歩いてきたのだろうか? おそらくだが、夢や希望を求めて、というのとは違う。 仕事のため、家族のため、生存のために母国を出るのだ。 その必死さがこの行列の長さになって現れている感じだ。

俺はその行列の一番後方についた。 明らかに浮いている。 いろんな意味で、ものすごい浮いている。 比較的背の低いメキシコ人に比べて、俺は頭ひとつ半ほど飛び出ている上に、着ている服も全然違う。 俺は黒のスリムジーンズに上はDCブランドを模したツイードのブルゾンという、まんま日本のハイティーンの格好だ。 日本を出てから半年間洋服を買う余裕なんてなかったので仕方ない。

この違和感はハンパない。 俺は明らかに異物だ。 

この行列、いったいどれぐらい待つのか検討もつかない。 異物が生き残るには、同化するか出て行くかしかない。 俺はそれを決めなければならない。 



あっという間に7分経過。 あと3分以内にバスに戻らなくてはならない。 そうしなければ、俺はここに取り残される。 この、生まれてから18年間経験したことのない異世界に。 

もっと慌てるべきだろう。 しかし、なぜか自分でも不思議なぐらい落ち着いている。 この行列に並んで取り乱すことはできない。 ここに並んでいる人々は、みんな生きるか死ぬかを問題にしている人達のはず。 その中で、俺はこんなチャラい格好して、迷子になるかもしれない、なんて子供みたいな理由で取り乱すなんて絶対イヤだ。 

そんな考えが俺自身を落ち着かせているのかもしれない。



そして、10分経過してしまった。 バスが出発する時間だ。 行列はさっきから1ミリも先に動いてない。 

さっきタコスを食べた店とあの女の子が脳裏によぎった。 歩いて戻ると日が暮れるまで着くだろうか?



つづく、
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