11 / 15
11. グレイハウンドバス
しおりを挟む1985年。
ダウンタウンLAのバスターミナルを出発したグレイハウンドバスはメキシコの国境の街、ティワナに向けてハイウェイを走っている。
バスの運転手は軽快な調子で、前の方に座る中高年夫婦たちとマイクを通して会話をするようにバスのルートの説明をしている。 これは観光バスなんだ、と改めてわからせてくれる。
乗客はほかに、前の方に座る数組の観光客とおぼしき中高年夫婦と、あと数人が後方にバラバラに座っているだけで、座席は3割も埋まっていない。 バスの前方ではしゃぐ中高年夫婦達。後方で静かにしているひとり者達。 明暗が分かれている。
俺は後方のさらに後方でひとり座り、窓から見える海岸線を眺めている。 太陽がこれでもかってくらいに海に反射してキラキラ光っているが、今の俺にはただ眩しいだけだ。 俺はカーテンを閉め、窓に頭を預け目を閉じる。 窓を通じてハイウェイのアスファルトを蹴るタイヤのリズミカルで不快な振動が伝わってくる。
俺の旅の目的は観光ではない。 ビザの延長が目的だ。 観光ビザは、陸路で国境を越えれば滞在期間の延長が可能だと聞いた。 正直言ってその方法が本当に有効なのかわからない。 ただ、あと10日ほどで切れる俺のビザがその方法で延長出来るならば、と思ってこのバスに乗り込んだ。
国境は意外に近い。 ロスから200kmちょっと。 バスに乗っている時間は片道3時間弱だ。
運転手が、今サンディエゴを通過中で、もうすぐ国境だとアナウンスした。
※
目的地ティワナに到着し、運転手が集合時間を繰り返し、遅れない様にと念を押した。 集合時間まで3時間ほど。 前方の明るい中高年夫婦達から降りて行き、俺は最後に降りた。 さて、時間まで何処で何して暇を潰そうか。
埃っぽいティワナの街をひとりで歩く。 観光地で、ツアー客相手にお土産を売る客引きがうるさい。 俺の顔を見て「イラッシャイ。ミルダケナラ、タダ」と、日本語で話しかける客引きも多い。
彼らには俺が金ヅルに見えるのか? とんだお門違いだ。 俺は50ドルと幾らかの小銭しか持っていない。 この旅行に使える小遣いじゃない。 全財産だ。 帰っても後三日しかあの施設には住めない。 それ以降どうするかも考えてない。
みすぼらしい格好をした子供達が寄って来て、買ってくれ、と何かを見せる。 なんだろう。 一見どう見てもかみ終わったガムにしか見えない。 興味が湧いて、これ何?と聞きたかったが、聞いてどうする? いずれにしても買わないだろう。
メキシコに来て唯一したかったことは、タコスを食べること。 ロスのダウンタウンでメキシコ人がトラックで路上販売するタコスは最高だ。 本場メキシコのタコスはさぞ旨いだろう。 俺は慎重にタコスが食べれそうな店を選びたいと思った。
観光客の多いメインストリートから2、3本外れた通りに来た。 ここは静かだが、何もない。 通りを挟んだ斜め向かいに一件食事の出来そうな店を見つけた。 Tacosと書いてある。 薄汚れた白い店の前に2、3組のプラスチックの薄汚れたテーブルが出ている。 中からひとりのメキシコ人の少女が出てきた。 歳は俺よりも少し若い。 16、7歳という感じ。 俺と目が合った。 少女は少しはにかんだ様子で目を逸らした。
ここにしよう。 グイグイ来ない感じが気に入った。 俺が近づくと、顔を上げニコっと笑った。 かわいい。 浅黒い肌に目鼻立ちのハッキリとした顔に三つ編みにした黒い髪。 俺は少し意識して緊張してしまった。 少し足がもつれ、不自然にテーブルについた。 少女はクスッと笑った。 恥ずかしい。
俺はタコスを注文して待っている間、店先に立ち、うつむいて自分の髪の毛先をいじっている彼女を横目でチラチラ見た。 何が悪い。 俺だって18歳の健康な男子だ。 同い年ぐらいの好みの女の子には意識ぐらいする。 と、何かに言い訳する。 何に言い訳してる? 妄想は誰の許可も要らないだろう。 あの~すいません。 今からあなたで妄想していいですか? なんて誰も聞かないだろ。 俺には黙って妄想する権利がある。
直ぐに注文したタコスが来た。 持ってきたのは彼女ではなく、おそらく店の主人であろうおっさんだ。 オーケー、妄想は一旦休み。 タコスを食おう、と。。 あれ? 思ってたんと違う。
出てきたものは、ロスのダウンタウンで食べているものとは見た目からして全然違う。 平皿に広がったトルティアは硬く、上に乗っている肉もチョップしたものではなく、ほんの少しのひき肉だ。 味の薄いトルティアの上に、新鮮さのカケラもないレタスの千切りと、ひき肉とチーズがベチャっと乗っている。 あの独特のフレーバーも、クセだけ強くてとても美味しいとは言えない。 期待していた柔らかいトルティアとジューシーな肉とシャキシャキなラディッシュのハーモニーは何処へ?
期待が大きかっただけにショックも大きい。 クソ~、こうなったら妄想だけでもたっぷりしてやる。 妄想の中の彼女は、高校に行きたくても家が貧乏でいけない。 なぜなら親父の作るタコスが不味くて、客が来ないからだ。 彼女は親父の言いつけで毎日店に出ているが、そこへいつか現れる王子様を待っているのだ。 そこへ俺が現れた。 王子様は俺だ。 俺は彼女の手を取って走る。 2人でバスに乗り込み、新天地へと向かうのだった。
※
タコスのお会計は10ドルもした。 冗談だろう? クッソー、もっと凄い妄想してやればよかった。
さて、まだ1時間も時間がつぶせてない。 集合時間まで何するか。
少し歩くと昼間から大音量で音楽を流す店があった。 なんだろ。 ディスコかなと思って中を覗いたが、暗くて良く見えない。
店の前に派手な女がいた。 うーん、さっきのタコスの店の娘がもぎたての新鮮な可愛らしいそら豆だとすると、この派手な女性はまるで縁日で売っているどぎつい色のトッピングがまぶしてあるチョコバナナだ。 俺の妄想本能のカケラも刺激されない。
“Hi, cute boy, you looking for a party?”
チョコバナナ女に声をかけられた。
“What is this place? A disco?”
「そうよ。中にお入んなさいよ。」 女は俺の手を引いた。 俺は言われるがまま中に入った。
中はやはり暗い。 ダンスフロアらしきものもなく、俺が知っている新宿の東亜会館にあるようなディスコとは全然違う。
俺はソファに座らされ、飲み物は?と聞かれ、コーラと答える。 すると、私も何か欲しい、というので、ちょっと考えて、いいよ、と言った。
直ぐに女がコーラともうひとつ何かの飲み物を持ってきて隣に座った。 女は胸が半分見えちゃっているような服を着ており、その胸を俺の腕にあててくる。 俺は無駄に大きい胸が苦手だし、何が起こっているのかまだ理解出来てない。
いったいなんの場所だここは? 暗さに目が慣れて、周りを良く見回す。 部屋の隅に階段があり、2階の廊下へとつづいている。 隣に座っているチョコバナナ女と同様に派手な女が、男の手を引いて階段を上がるのが見える。 その2人は、2階にいくつかあるドアを開けて中に入っていった。
ここで俺はようやく気がついた、ここがどういう場所なのか。
チョコバナナ女は俺の視線に気づき、耳元で囁いた。“You wanna go fuck?”
イヤだ。 俺は立ち上がって、10ドル札を出し、これしか持ってないから無理。 ごめんなさい。 と言って慌てて逃げるように店を出る。
店の外はまだ真っ昼間。 眩しい。
危うく男の子の大切なものを失うところだった上に、残りの全財産は30ドルになってしまった。。
つづく、
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
さよなら私のドッペルゲンガー
新田漣
青春
「なんとかなるでしょ、だって夏だし」
京都市内で一人暮らし中の高校生、墨染郁人は『ノリと勢いだけで生きている』と評される馬鹿だ。そんな墨染の前に、白谷凛と名乗る少女の幽霊が現れる。
なんでも凛はドッペルゲンガーに存在を奪われ、死に至ったらしい。不幸な最期を遂げた凛が願うのは、自分と成り代わったドッペルゲンガーの殺害だった。
凛の境遇に感じるものがあった墨染は、復讐劇の協力を申し出る。友人である深谷宗平も巻き込んで、奇想天外かつ法律スレスレの馬鹿騒ぎを巻き起こしながらドッペルゲンガーと接触を重ねていく――――。
幽霊になった少女の、報われない恋心と復讐心。
人間として生きるドッペルゲンガーが抱える、衝撃の真実。
ノリと勢いだけで生きる馬鹿達の、眩い青春の日々。
これは、様々な要素が交錯する夏の京都で起きた、笑いあり涙ありの青春復讐劇。
【第12回ドリーム小説大賞にて、大賞を頂きました。また、エブリスタ・ノベルアップ+でも掲載しております】
夏の青さに
詩葉
青春
小学生のころからの夢だった漫画家を目指し上京した湯川渉は、ある日才能が無いことを痛感して、専門学校を辞めた。
その日暮らしのアルバイト生活を送っていたある時、渉の元に同窓会の連絡が届くが、自分の現状を友人や家族にすら知られたくなかった彼はその誘いを断ってしまう。
次の日、同窓会の誘いをしてきた同級生の泉日向が急に渉の家に今から来ると言い出して……。
思い通りにいかない毎日に悩んで泣いてしまった時。
全てが嫌になって壊してしまったあの時。
あなたならどうしますか。あなたならどうしましたか。
これはある夏に、忘れかけていた空の色を思い出すお話。
異世界に転生しようとしてモブ男子に生まれ変わったある少女の話
詩花(Shiika)
青春
異世界転生漫画にはまり込んで、夜な夜な読み耽る少女。
自身も何かしらの方法で大きな事故に巻き込まれたら、異世界に行けるのでは?と想像を膨らませる毎日。
そんなある日、とんでもない事件に巻き込まれて…
※週末書き溜め、平日公開予定となります。
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
水曜日の子供たちへ
蓮子
青春
ベンヤミンは肌や髪や目の色が他の人と違った。
ベンヤミンの住む国は聖力を持つ者が尊ばれた。
聖力と信仰の高いベンヤミンは誰からも蔑まれないために、神祇官になりたいと嘱望した。早く位を上げるためには神祇官を育成する学校で上位にならなければならない。
そのための試験は、ベンヤミンは問題を抱えるパオル、ヨナス、ルカと同室になり彼らに寄り添い問題を解決するというものだ。
彼らと関わり、問題を解決することでベンヤミン自身の問題も解決され成長していく。
ファンタジー世界の神学校で悲喜交々する少年たちの成長物語
※ゲーム用に作ったシナリオを小説に落とし込んだので、お見苦しい点があると思います。予めご了承ください。
使用する予定だったイラストが差し込まれています。ご注意ください。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926
全36話を予定しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる