この不条理な世界へ、ようこそ。

大洲 桂

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10.オールドマン アンド ティーヴィー

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ルームシェアをしていた2人が帰国してしまった。 ツーベッドルームはキヨと俺の2人には大きすぎる。 家賃がもったいないのでアパートを引き払い、別々に暮らすことにした。

俺はトイレとシャワー共同のお世辞にも綺麗とは言えない施設のようなところで寝泊まりする様になった。 家賃が週払いで格安だったが、まあそれなりの部屋だ。 部屋の隅で夜中にガサゴソと音がする。 どうやらネズミの同居人がいるようだ。

おもしろいことに、1週間の宿代に20ドル足せば、朝晩の食事がつく。 一食1ドルちょっとと格安だ。 食堂のような部屋があり、毎日一定の時間にそこへ行くと、その部屋の隅のテーブルに金属製の蓋が被さったトレイが置いてある。 それぞれのトレイの手前には紙切れに部屋番号が書いて置いてあり、自分の部屋番号が書いてあるものが自分の食事というわけだ。

この施設がどういう場所なのかわからない。 ただ他の住人を見ると、身体の何処か不自由そうなひとり暮らしの老人だったり、英語もろくに喋れない外国人(俺もそうだが)が多いようだ。 老人ホームのような社会福祉施設なのかもしれない。 雰囲気としては、出入り自由な精神病棟、あるいは刑務所。 いずれにしても、仕事も金も無い俺にとって最後の場所。 ここ以下はホームレスしかないな、と思わせる場所だ。


ある日俺は、自分の部屋番号が書いてあるトレイをとり、テーブルでひとり食事をしていた。 その部屋にはテレビが一台あり、それに一番近いテーブルでひとりの白人の老人が座っている。 老人は既にに自分の食事を終えており、ひとり静かにテレビを見ていた。

老人は俺に気付き、こっちへ来い、という。 断る理由もないので、俺は老人のテーブルに移動した。 一瞬、質問攻めにあうかもしれないと覚悟したが、俺が席に着いた後もしばらく老人は黙ってテレビの方を見ている。 そして、テレビの方を見たまま勝手に喋り始めた。

老人の喋る英語はほとんど聞き取れない。 少し独特なアクセントがある。 テレビの方を見たままなので、そのテレビの番組内容について喋っているのか、俺に質問しているのかさえ分からず、俺は時々振り返ってテレビに何が写っているか確認した。

少し慣れてくると、老人の口から出てくる単語が少し聞き取れる様になった。 どうやら昔話をしているみたいだ。 よくはわからないが、第二次世界大戦の時軍に従事してた、とか。 パールハーバーとか。 

言っておくが、俺はまだ18になったばかりで、おまけに学校で勉強なんかしたことないから歴史はわからない。 知ってるのは、日本が第二次世界大戦で奇襲をかけた場所がパールハーバーだってことぐらいだ。 子供の頃映画で見た。 パールハーバーって何処? ハワイ?

でも考えてみれば、俺は自分が日本人だなんて自己紹介もしてないし、老人も意識はして無さそうだ。 俺は黙って老人の話を聞いた。 内容はわからないが。

俺も食事を終わり、老人が見ていたテレビ番組も終わったようだ。 しばらく沈黙が続いて、気まずかったので俺から話しかけてみた。

「おじいさん、俺が何者か興味ないの?」

「どういう意味だ? ここに住んでいるんだろう? 君は。」

「いや、だって俺外人だし、こんなところでひとりで……」

「俺は老人で、こんなところでひとりだが?」

「いや、そういう意味じゃなくて..」


老人はしばらく俺の顔を見て、ゆっくり言った。

「お互い誰だろうと関係ない。 要は自分が誰かってことを自分でわかっていればいい。 何処から来て、何者で、何処へ行くのか」

俺は老人の顔を見た。 表情は読み取れないが、今何かいいことを言ったような気がする。

「いや、ワシの場合、これから何処行くのかなんて考えてないがな。」

そう言って老人は席を立った。 「会えてうれしいよ。 えっと、名前はなんというんだ?」

“Kei. Call me Kei”.

“Okey, Kay. I gotta get some sleep now. Good night.”

老人は部屋を出て行き、俺はひとり食堂に残った。


何処から来て、何者で、何処へ行くのか。 

考えたことないな………。知ってるのは、俺は日本から来て、今は仕事もなく何者でもなくて、そしてもうすぐ6か月有効の観光ビザが切れるってことだけだ。







施設の食事はハッキリ言って美味しくない。 冷めたミートパイとかはもうウンザリだった俺は、外でなるべく安い食事をした。

中でもお気に入りは、トラックでメキシコ人が路上販売しているタコスだ。 いつも同じところに買いに行く。

「オラ、コモエスタ。 ムーチョトラバホ?」 ロスに来て最初の仕事場で覚えたスペイン語で挨拶し、ビーフタコスを注文する。 

柔らかいトルティアの中に、細かくぶつ切りにした牛肉と、粗く微塵切りにしたオニオンとラディッシュ、それにチーズがドサっとふりかかっている。 口にいれると、歯応えのある独特のフレーバーの牛肉と、シャキシャキしたラディッシュのハーモニー。 至福の瞬間だ。

いつも3つ買うのだが、いつからかひとつおまけしてくれる様になった。 ムーチャスグラシアス、アミーゴ!

トラックの脇にある椅子に座ってひとりでタコスを味わいながら思案を巡らせる。

もうすぐビザが切れる。 バイト代ももうすぐで底をつく。 しかしまだ日本には帰りたくない。 このまま何も得ず帰るわけにいかない。 さて、どうすれば良い?

誰かが、ビザが切れる前に一旦国外に出て、再入国する際にはビザが自動的に更新されている、と言っていた。 真偽のほどは甚だ疑わしいが、それに賭けるしかないか。

メキシコに行こう。 




つづく、
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