この不条理な世界へ、ようこそ。

大洲 桂

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7. バッドターン

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「いつになったらあのメキヤン共を追い出すの!」

客が帰った後の店に俺を呼んだママはそう言った。あまりに理不尽だ。 駐車場を溜まり場にしているメキシコ人ギャング達を追い出すなんて俺に出来るわけないし、そもそも俺の仕事じゃない。

俺は言い返したくても言葉が出ず、つい手元にあったウィスキーの瓶をガラステーブルに叩きつけた。

ウィスキーの瓶は割れず、ガラステーブルが粉々に割れ、店のチーフやボーイ、ホステスがみんな奥から出てきて、騒然となった。 

「何があったんだ」とチーフ。 俺は何も言えない。 

ママは怒り、「こんな子クビよ!」と喚きながら奥へと入っていった。

いつも気にかけてくれていた優しいボーイが俺をソファーに座らせ、ことの顛末を聞いた。 俺はが話し終えると、彼は俺の肩を持ってくれた。 

そのボーイは、ママを含む店の従業員みんなの人気者だった事もあり、俺は壊したテーブルの弁償は免れた。 

しかし、こうして俺はアメリカで最初についた職を失うことになった。




それからなんだかケチがついたように色々と上手くいかなくなった。

まず、授業料が払えず学校を辞めた。

老夫婦が契約してくれたアパートは家賃が高すぎるので随分前に引っ越していた。 キヨやその他の4人でツーベッドルームをルームシェアする様にして家賃を節約し、その分を授業料に充てていたが、それも払えなくなったのだ。

勉強は自分で出来たし、俺は半年足らずでクラスの誰よりも英語がうまくなっていたので、その点は構わない。 講師達も、俺は語学のナチュラルタレントがある、と言っていた。 しかし、俺にとって居場所がなくなることはきつかった。


ある日、ヒマになった俺はアキラさんの住むモーテルへ行った。 話を聞いてもらいたいと思ったのだ。

部屋をノックしてもしばらく出てこない。 留守かな、と思い帰ろうとしたところドアが空いた。

「なんだケイちゃんか、早く中入って」

アキラさんはスーツケースに荷物を整理していた。

「どっか行くの?」

「うーん、まあね。 しばらくここを離れようと思ってね」

「え?急に?何処行くの?」

「うん、まだ決めてない」

そういうと、アキラさんは作業の手を止めて俺の方を見て言った。

「ケイちゃんやマサちゃんやキヨちゃんにはちゃんとお別れしたかったんだけどね。 急に決めたんだ。 今から空港に行くよ」

そんな急に。 俺はショックを隠せない。 せっかく友達になれたのに。 アキラさんには仕事の世話とか、車の運転とか、いろいろ世話になった。 学校だけでなく、また俺の居場所がひとつなくなる。

「もう、このスーツケースひとつで行くからさ。 なんかこの部屋にあるもので欲しいものがあったらあげるよ」

「サーフボードも持っていかないの?」 俺は壁に立てかけてあるタウンアンドカントリーのボードを指さした。 このボードは俺にとってアキラさんの象徴だ。 前に一度サーフィンを教えてもらった。 筋が良い、と褒められたあのときのボードだ。 貰えるものなら貰いたい。

「あ、うんうん。 今日このまま持って帰るならあげるよ」

「でも、ここのモーテル代は月極で払ってるんでしょ? 鍵をくれれば後でキヨの車で取りに来るよ。 その時モーテル代も精算して、後でお金送るよ?」

するとアキラさんは真顔になって言った。 「もうここへは戻って来ちゃダメだ。いい? 今から30分以内にここを引き払って、それまで。 2度とここへは戻って来ちゃダメ。」

ここでようやく俺は理解した。 アキラさんは誰かから逃げている。

アキラさんは外でタクシーを拾い、トランクにスーツケースを入れて言った。 「それじゃ、マサちゃんやキヨちゃんによろしく伝えて。 それと、俺が行ったらケイちゃんも直ぐにここから離れて。 いいね?」

俺はアキラさんの手を握りしめて礼を言い、さよならした。 アキラさんはタクシーに乗り込み、後ろを振り向かなかった。

アキラさん、アンタ、一体何したんだ?







アキラさんが居なくなって、俺は自力で職を探した。


ゲームセンターでの仕事では、なにかにつけては直ぐ罰金を取る店長だった。 たださえやすい給料の中から、5分や10分の遅刻で直ぐ罰金を取られた。

金がないと心も荒んでくる。 俺は、客との間でしょっちゅうトラブルを起こしていた。 


ある時ゲーム機にイチャモンをつける客がいた。 コインを入れても動かないという。 

俺は酷く不機嫌だったこともあり、ぞんざいに対応した。 するとその客はいきなり俺を壁に押し付け、俺の顔に唾を飛ばしながら大声で文句を言った。 

さすがに仕事中に客とケンカしちゃまずいと思い、tonight, right here, you and me. と相手に凄んだ。 その客は何かを吐く様に言い、店を出ていった。 

しばらくしてロイが店に遊びに来た。 仕事終わったら遊びに行こうと言う。

今夜はここでケンカの約束があると言うと、驚いた顔をして、彼の地元の仲間を呼ぶと言う。 彼の地元はここダウンタウンではなく、パサディナだ。 パサディナといえば、アップタウンだ。

ロイはどう見てもワル達とのつながりがあるようなヤツには見えない。 俺は申し出を断った。 しかし彼は夜まで一緒にいる、と言う。 健気なヤツだ。 

ロイ自身、背は俺より高いが、ヒョロヒョロで、とてもケンカができるタイプじゃない。 俺は、相手が何人連れてくるかわからないから陰に隠れていて、もし大人数来たら逃げろ、と言った。

その夜、店を閉めて鍵をかけ、外でしばらく待っていたが誰も来なかった。 ロスも冬の夜は肌寒い。 しばらく待ってからロイに、もう行こう、と言ったら、よかった~と、心底ホッとした様子だった。 

その夜はダウンタウンのハズレにあるロイの家で一緒にビールを飲むことにした。

ロイは仕事仲間のマークと一緒にハウスを借りて住んでいた。 ロイと俺が帰ってくると、マークはひとりで葉っぱをキメていて、ステレオの前のロッキングチェアでヘビメタを聴いて頭を縦に振っていた。

マークは、少しオタクっぽいロイとは正反対で、金髪で長髪の、かなり胡散臭いロッカーって感じの男だ。 以前のパーティーで面識はあった。

“Yo, wassap, dude” 俺たちに気づいた彼は、俺たちにも葉っぱを勧めた。

「いや、俺達はビールでいいよ」 ロイは冷蔵庫からクアーズを半ダース取り出し、庭に椅子を出した。 庭にあった塗料の空き缶にゴミとか木屑を入れ、火をつけて、俺達はその火を挟んで乾杯した。 

ロイの家は少し高台にあり、庭からは眼下にダウンタウンの夜景が見える。 最高の眺めだ。 作り物の綺麗さではなく、リアルな人々の生活の光だ。


二人で半ダース飲み終える頃、ロイはエレンのことが好きだ、と言った。 俺に仲を取り持って欲しい、と。

なるほどね。 それで俺のケンカにも付き合おうとしたのか。

すると、マークがもう半ダースのクアーズと椅子を持ってきた。 「一緒にいいか?」

3人は焚き火を囲んでまた乾杯した。

マークは、リツーチンとの仲を取り持って欲しい、と言う。 オイオイ…。


どうして白人は東洋人のブスを好むのだろう、と思ったがもちろん口には出さなかった。


つづく、
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