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大洲 桂

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6. アナザーワールド

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友達を悪く言われて気分良いわけない。 俺にとっては特別な友達だ。 探し求めていた俺の『居場所』なんだ。 それを彼女 ー ジニーはわかってない。 

人には居場所が必要なんだ。 居場所を失うと生きる気力を失う。 それがどれだけ辛く苦しいことか、経験しないとわからないよ。 俺は少し前まで嫌というほど経験したばかりなんだ。

そこまで英作文してノートとペンをイスの上に置いて立ち上がった。 仕事中、次に彼女に会う時スラスラ言えるように、まず言いたい事を文字に起こしている。 彼女にはわかってもらいたい。 俺にとって重要かつ複雑な問題なんだ。 正確に伝えないと。 
 
自分の考えはしっかりと持っていたいし、それを主張したい。 自分の主張が正しいのかどうかを確認するにしたって、まずは自分の主張を正しく相手に伝えないと始まらない。

しかし、自分の考えをまとめるなんて日本語でもやった事はない。 いろいろな考えの整理と同時に英訳をしなければならない。 結構作業としては難しい。

以前集団リンチにあい、家に閉じこもったとき、難しい本をたくさん読もうと努力した。 しかし、それは一方的に他人の考えを自分に入れただけ。 たまに本にあった気に入ったセリフなどを人との会話に使おうと覚えてみたこともあるが、他人の言葉は所詮他人の言葉でしかなく、それを使おうとしても違和感しかなかった。 

自分の中から言葉を紡ぐのは困難を極める。でも、これほど意味のある事は他にない。 俺は18になって生まれて初めて、本当に意味を感じることのためにペンを使うようになった。









「日曜日の夜は仕事休みでしょ? 今度私の学校の知り合いの家でパーティーがあるから、空けておいてね」朝食デートの時ジニーは言った。

そしてその翌週の日曜日、ジニーに言われるがままパーティーに来たが、すぐに来たことを後悔した。 ジニーは医学生だ。 これまで俺が行ったことのある英語学校関係者のパーティーとは様子がちがうであろうとは思っていたが、これほど違うとは。 

夜の豪邸。 プールの水の中から揺れるライト。 上品に流れる音楽。 そして何よりもそこにいる人々。

集まっているのは大半が韓国系のようだが、これまで俺が交流した事のないようなタイプの集まりだ。 皆いい服を着てる。 ジニーもかなりかわいい女性だが、彼女が普通に見える。



「やあ、キミがジニーの友達だね。 はじめまして」

俺に声をかけ、握手を求めて来たのはビックリするほどのハンサム青年だった。 トミーヒルフィガーのシャツを着こなし、握手を求める仕草も、間違いなく俺がそれまでに会ったことのある東洋人の中では一番いい男だ。 東洋チャンピオンだ。

「ああ、どうも」 俺はどう対応して良いかわからない。 明らかに漂う空気が違う。

「キミは日本人だろう? 何処の大学だい?」

言葉に詰まる。 大学生であることが前提なのだ。 まさか俺は高校中退で、自分探し中とは言えない。

「日本に友達がいるよ。 彼は確かワセダユニバーシティって言ってたかな。 キミは何処の大学?」

「あ、ああ、俺は早稲田じゃないよ。 近いけどね」

いや、嘘ついてどうする、俺! 

「へえ~、ってことは東京かい? すごいな。 アジアでナンバーワンの大学だよ。 なあみんな、彼、東大だってさ」

いや、ちょっと待って、なんで東大なんだ。 そんな事一言も言ってない。

彼が声をかけたのはプールサイドでおしゃべりをしていた2人の女性で、2人とも目玉が飛び出るぐらい綺麗だ。 顔立ちといい、肌艶といい、スタイルといい。 しかも上品で、女優級に美しい。 

言っちゃ悪いが、年齢は同じぐらいでも、リツーチンやエレンとは天と地ほどの差がある。 彼女達だって台湾の富豪の娘なのだが。

しかし、一体なんだここは、アジア中の選りすぐり優良遺伝子の巣窟か? しかし、何か出来過ぎで作り物の様な気さえする。 非現実的だ。 ここにいる人間も、何もかも。

しかし、やばい。 なんとか逃げ出すか、話題変えなくちゃ。 うおー、めちゃくちゃ居心地悪い。 しかも、俺の顔。 さっきから作り笑い。 顔の筋肉が硬って、今にも痙攣起こしそうだし、目もショボショボする。

“Want some fruits?”

ジニーがフルーツの大皿を持ってきた。 そして韓国語で彼に何か言って、彼は部屋の中に友人を見つけたのか、「失礼するよ」とひとこと言い、部屋へと入っていった。

ナイス!ジニー。

「どお? 楽しんでる?」

いや、拷問だよ。 

俺は、一生懸命英作文して暗記してきた『青年の主張』を全部忘れた。 いや、仮に覚えていたとしても、この場で彼女と議論する内容じゃない。 それからはどういう口実で帰るかしか考えなかった。




あのパーティー以来、何か、負け犬根性的なものを心に宿していた。 住む世界の違いを見せつけられた気がする。 ああいう世界の存在を認めると惨めになって来る。 あれは作り物の世界。 自分のいる世界とは異質なもの。 そう考えるようにしているが、ならばジニーはなんだ? あちら側の世界の住人? 

どうも何か心に棘が刺さってなかなか抜けない様な気持ちの悪さが残った。








そんなある日、俺はメキシコ人居住区のスナックの駐車場の仕事を突然クビになった。



お客のいないヒマな日など、俺が駐車場でメキヤンと一緒にいるところをよく店のママが見ていた。 

俺はお店の人たちとは、まあまあ仲良くやってたつもりだったが、何故かママだけは俺に対してアタリが冷たく、また俺もママを嫌ってた。 ウマが合わない。 そんな風に感じる人だった。 

その日も、しばらく俺がメキヤン達と話しているところをママが見ていた。 不機嫌そうな顔をしてまた店の中に入っていくママに、俺は気が付いてはいたが別に気にも留めてなかった。

しかし、その日事件は起きた。




「いつになったらあのメキヤン共を追い出すの!」

最後の客が帰り、誰もいなくなった店の中に俺を呼んだママが言った。

俺の仕事は客の車の管理であって、メキヤンを追い出すことではなかったはず。 理不尽だ、と思ったが、何も言えない。 俺はまだ子供で、バカで、会話の論理的展開ができないうえ、高校時代の嫌な経験からか大人の理不尽な態度に異常に反応するクセが抜けいない。

俺は、グッと奥歯を噛み締めた。 言い返したくても言葉が出てこない。

物事の結果を考えてから行動に移す、という極めて人間としての基本が欠如していたし、何よりあのパーティーで刺さった心の棘がー、

気づくと俺は、ウィスキーの瓶をガラステーブルめがけて叩きつけていた。



つづく
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