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大洲 桂

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5. フライ・ハイ

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鈍く光る銃口の先端は俺の腹に向いている。 

男はドアの前に立ち俺を睨んでいる。 俺を睨むその目と銃口だけがハッキリと見え、その周りのものは全てなんだか歪んで見え、遠近感もおかしい。

銃で腹を打たれると地獄の苦しみを味わって死ぬ、となんかの本だか映画で見たことがある。

口の中が乾き、生唾さえ出てこない。 アキラさんは俺の背中に隠れてる。 死ぬかもしれない。 「日本人留学生射殺される」との新聞見出しが頭をよぎる。

どうしてこんなことになったのか…

話は3時間ほど前に遡る...







日曜日、今日は夜の仕事は休みだ。うーん、超開放感。

「今日は久しぶりにアレやろうか」アキラさんが言った。 マサとキヨは、「いいね、いいね!」と言うが、俺はなんのことかわからない。


みんなでスーパーに買い出しに行ってからアキラさんの住むモーテルへ向かった。 

買い出したモノは、コーラ、オレンジジュース、チョコレートにドーナツ? なんか、男4人のパーティーにしては甘いものが多くないか?

キヨはラジカセに入れるテープを探している。 キヨの音楽のテイストはイマイチなんだよな、って思ってたら、アキラさんが、「キヨちゃん、ボブ・マーレイかけて」と言った。 キヨは、少しだけ不服そうだが、黙ってテープを入れ再生ボタンを押した。

A la la la la long... a la la la la long..

これは好き。


アキラさんは、ラジカセに合わせて鼻歌を口ずさみながらコーラの空き缶の片側を潰し、潰した面にピンで小さな穴をたくさんあけている。 なにやってんだ?

マサは、ロウソクをあちこちに立てて、火をつけながら、「久しぶりだな~」と、やたらワクワクした様子。 キヨは、黙ってアキラさんのカセットテープコレクションを物色している。

「よし、出来た」アキラさんが言い、マサとキヨが床に座る。 俺も座る。 電気を消して、ロウソクの灯りだけになる。 なんだなんだ?

「じゃ、マサちゃんから」アキラさんはそう言い、穴をあけたコーラの空き缶に、ビニール袋から取り出したなにかの塊をほぐして乗せ、マサに手渡した。

マサは、「いいっすか? じゃ、」と言い、空き缶の飲み口に口を当てライターで炙りながら思い切り吸い込んだ。

もしかして、それって、、?

マサは吸い込んだ煙を胸にためて息をとめ、空き缶をアキラさんに戻した。 アキラさんはそれを今度はキヨに渡す。 

「どお?マサちゃん?」
マサは、息をとめたまま親指を上に向け、そして、ふー、と煙を吐いた。

次はキヨが同じようにライターで炙りながら空き缶で煙を吸い込んだ。

「ハワイアンだよ、いいでしょ。」とアキラさん。 キヨはほっぺたを膨らませ、息を止めたままアキラさんに向かって頷いた。

俺に空き缶が回って来た。 好奇心という名の大木が俺の脳天からニョッキニョキ生えてきた。 これって、どうなるの? 

俺は、マサとキヨがやったままを真似て煙を吸い込んだが、たまらずむせ返ってしまった。 うわ、胸が痛い。 

「初めはゆっくり吸い込むといいよ。 ホントは水パイプがあればよかったんだけどね」

アキラさんも同じように吸いこみ、それを4人で3~4巡繰り返した。


しばらくして、マサは、「あ~、来た来た~。 トンだ~」というが、俺にはなんの変化もない。

「コッチじゃ、みんなやってることだよ。 別に大して悪いことっていう認識はないよ。 医療にも使われているし、ジニーだって週末はやってんじゃない?」とアキラさん。

いや、それはなさそうだけど、でもなんだか全然大したことないな。 ちょっと頭がボーっとするぐらい。 確かに大騒ぎするほどのものではなさそう。 ん?誰が大騒ぎ? 俺は騒いでないよ。 俺はおおらかな人間だよ。 大騒ぎなんかしない。 あれ? 俺今なに考えてる? 

気がついたら目の前のロウソクの火をじっと見つめてる。 ロウソクの火はゆらゆらとゆっくりと優しい光を放ち、やがてそのあかりが中心となってゆっくりと世界の色が変わっていった。

、、綺麗だ。

だんだんとアキラさんの声が、なにか半透明の膜で覆われた別の世界の音のように遠のいて行き、その代わりラジカセから流れるボブマーレイの歌声が脳に直接話しかけて来る。

Get up, stand up. Stand up for your right....

どういう意味だろう。 でもなんだか力が湧いてくる。 今、俺は時空を超えてボブマーレイのライブ会場にいる。 青空の下のライブ。 会場全体がゆっくりゆらゆら揺れ、空の雲だけが高速で流れていく。 ボブ、生きていたの? 会えて嬉しいよ。 うわー、なんだこれ? 世界が万華鏡の中にある。


目をあけると、マサがドーナツをむしゃむしゃ食ってる。 「うめ~、うめえよこのドーナツ」 

キヨは、ふん、と立ち上がりラジカセの前でまたどかっと座った。 おもむろにテープを止めて、カセットを入れ替えた。 うわ、スプリングスティーンかよ。 

キヨは、スクッと立ち上がりひとり壁に向かい、ブルース・スプリングスティーンの音楽に入り込んでいる様子。 

おそらくイマジネーションの中、彼自身も今ステージに立っているのだろうか。 そう思うと彼のイマジネーションの中に俺まで入り込んだような気になってくる。 

スポットライトが当たるキヨ。 “Born in the USA…” 何万人もの手拍子の中で熱唱している。 俺は不覚にもその姿に見入ってしまってる。


ふと脇に目を逸らすと、マサがグルグル回ってる。 何やってるんだ彼は?
マサがベッドの上に上がりでグルグル回る。 うーん、俺は彼の頭の中にはシンクロできないようだが、おそらく彼は今、竜巻の中で遊んでいるのか。

アキラさんがマサの頭叩き、マサ、落ち着く。 その様子がまるでコントのようで笑える。 俺は笑う。 笑いが止まらない。 アキラさんも一緒に笑う。 


しばらくして、玄関のドアがドンドンなった。

アキラさんドアに出る。 知らないおっさんがドアの前に立ち、何か怒ってる。 怒ってなんか言ってる。

アキラさん、じっと怒るおっさんを見てる。

おっさん帰り、ドアを閉めたアキラさんが振り返る。 アキラさん顔笑ってる。 笑いが張り付いてる。 笑いながら「何言ってんだかわかんねえ! バーカジジイ、うるっせえよ」 アキラさん、顔壊れた?

それを見てまた笑いが止まらなくなった。


すぐにまたドアがドンドンと響く。 今度は俺がドアに出た。 


すると、さっきのおっさんが立っていた、今度は銃を持って。







“Knock it off already or I’ll blow your fucking heads off (いい加減にしないとコイツでアタマ吹っ飛ばすぞ)”

デッカい銃持ってる。 西部警察で大門刑事が持ってるようなやつ。

わーってパニックになったアキラさん、俺を盾にして、「なんて?ねえ、なんて言ってる?」 いや、言葉わかんなくても何言ってるかわかるでしょ、さすがに。


俺は我に帰り、謝って謝って謝り倒した。 こんな時は自分でも意外なくらい英語がスラスラ出て来る。 

おっさんは、「クソガキ共、今度来る時は脅しじゃ済まねえぞ」みたいなことを言って帰っていった。

すっかりシラフになってしまった。

部屋の角に目をやると、マサとキヨが何事もなかったかのように、むしゃむしゃドーナツ食ってる。 マサの無垢な目がこちらを見て「終わった?」と聞いているようだ。

今日のパーティーはお開きだ。 眠い。







翌朝、時計を見ると7時を回ってる。 やばい、今日は学校行く前にジニーと朝飯食う約束してたんだ。 

3人とも床の上でまだ寝てる。 俺は彼らをまたぎ、洗面台に行き、高速で顔を洗ってアキラさんちを出て、バス停へと走った。 

約束の場所までバスで10分ちょい。 30分遅刻だ。 あ~、まだ頭がボーっとする。 だるい。

“Hey, you’re late. Oh, you look like shit. What’s up?” (遅刻よ。酷い顔ね。どうしたの?)

「ごめんごめん、寝坊しちゃって。 え? 昨日の夜? 別に何も。 仕事休みだったからアキラさんちでみんなで遊んだ。」

「そう、昨日私レポート早く書き終えてキミに電話したのよ。」 カフェでコーヒーをオーダーしながら彼女は言った。 

「え、そうなの? 会いたかったな。 でも昨日の夜はボーイズパーティーでさ。 楽しかったよ」



急にジニーは鼻をヒクヒクさせて、顔をしかめた。 “Wait. Did you guys smoke?” (吸った?)

ギク。 年上の彼女はなんでもお見通しだ。 

“Smoke? Smoke what?”  (吸った? 何を?)  とぼけてみる。

“Did you smoke shits?”

いや、ウンコは吸ってないけど、ウィード(葉っぱ)を少々…。 ちょっとだけ戯けて正直に言ってみた。 コッチではみんなやってることだとアキラさんは言ってたし。

“Christ!” 

 彼女は大袈裟に天を仰ぎ言った。 思いのほかリアクションが大きい。 

「あのね、前から言おうと思っていたんだけど、キミまだ若いんだから一緒に遊ぶ人間を選ばなきゃダメ。 わかる? あのアキラとかいう男とはなるべく距離を置いて。 キミのためよ。 わかった?」 

ジニーは大きなため息をついてこう言った。

えー、説教かよ。 っていうか、アキラさんは恩人で友達だよ。 悪く言うなよ。 ってゆうか、男のやる事に口出しすんな。



…って思ったけど、言えなかった。



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